1月31日
破られたアラガミ装甲壁の修理が完了するまで、極東支部周辺を闊歩するアラガミの駆除に力が入る。本日の任務はアラガミ装甲壁に近づくアラガミの掃討だった。
極東支部の外周部にある、荒れ果てたかつての防衛拠点が本日の作戦区域だ。通称は『創痕の防壁』。基本このエリアは第二部隊が担当しており、複数の大型アラガミや新種のアラガミが出現したときのみ第一部隊から人を借りて防衛任務を行っている。
装甲壁に建設されている防壁維持施設に地下通路を使って移動し、エレベーターで壁の上まで昇る。分厚い鉄の扉を開いて外に出ると、目の前に荒れた戦場が広がった。
地上100メートルの壁の上から振り向けば、極東支部を中心に広がる外部居住区の町並みを一望できる。しかし向き直れば、廃墟と化したかつての前線基地と、消えることのない猛火が目に飛び込んでくる。
まさしく生と死の境界線。ここは人類の最終防衛線なのだ。
「よーし、じゃあ仲間を呼ばれると厄介なザイゴートを中心に討伐していってくれ。シユウが近くにいるらしいから、見つけたら集合して全員で叩く。いいな?」
タツミの指示のもと、ブレンダンとミツハ、カノンとタツミの二手に分かれてアラガミを討伐していく。
ブレンダンの神機はソーマと同じバスターブレードだ。アラガミに張り付き、隙を見せた瞬間に重い一撃を叩き込む戦闘スタイルを確立しており、その模範的なスタイルは他のバスター使いの手本にもなっているらしい。
浮遊するザイゴートに飛びかかり、ブレンダンがその巨大な刃で斬り込んでいく。地面に落下しダウンしたザイゴートたちの中心でミツハは咬刃を展開させ、伸びた鎌を振りかざして一気にとどめを刺す。
――あれっ?
違和感があった。いつもなら軽々と振り回せるはずの神機が、重い。
「ミツハ? どうした――」
『こちらタツミ、K地点でシユウと接触! こっちに来てくれ!』
ブレンダンの言葉を遮るようにタツミから無線が入った。先ほどのタツミの指示どおりK地点へ向かって走り出したが、そこでもやはり違和感を付きまとう。
いつものように走れないのだ。息が上がる、速さが出ない。徐々に前を走るブレンダンと距離が開いてしまう。
――私、どうしたんだろう。
自分でもよくわからない不調に混乱する。
確かにミツハの持つP15偏食因子は、通常の神機使いに投与されているP53偏食因子よりも体細胞の強化は劣り、身体能力や治癒力は高くない。しかし適合率の高さでカバーしており、これほどまで差が浮き彫りになることは無かった。
「調子が悪いのか?」
前を走りながらブレンダンが肩越しに振り返る。
「……少し。でも大丈夫です!」
「そうか、無理はするなよ」
「はい」
短く会話を交わし、タツミたちがいるK地点へ到着する。戦闘スイッチが入ったカノンが容赦無くシユウの下半身へ高火力の放射弾を叩き込んでいた。
「あはははははは! ねぇねぇこの程度なの? あなたって!」
「カノンちゃん今日もキレッキレだなぁ……」
カノンの勢いに圧倒されながら、ミツハたちも加勢する。刃に近い位置で柄を握り、近距離で青い翼を斬り裂いていく。間合いを取るためか滑空するシユウを避け、少し離れたシユウに攻撃しようと咬刃を展開させ重い神機を振りかざす――
――が、咬刃が展開しなかった。
「えっ!? 嘘、なんで!?」
神機は咬刃ではなく、装甲を展開させる始末だ。言うことを聞いてくれない神機に戸惑っていると、シユウが衝撃弾をミツハに向けて飛ばす。勝手に展開されたいた装甲でそれを受け止めた。
「す、スタングレネード、いきますっ!」
時間稼ぎのために閃光弾を投げ、シユウの動きを止める。後方へ大きく飛び、シユウと距離を取るとタツミが心配した様子で駆け寄った。
「何があった?」
「自分でもよくわからないんですけど、神機が言うことを聞いてくれなくて……。あと、神機が重いんです!」
「神機が? ……わかった。とりあえずミツハは戦闘が終わるまで待機だ。ちゃちゃっと片してくるから待ってろよ」
タツミの言葉に頷き、交戦ポイントから少し外れた場所で三人を見守る。
相変わらず神機は重い。振り回せないほどではないのだが、いつもより動きが鈍くなってしまう。もしこの神機がバスターソードだったら、振り回すこともできなかったかもしれない。
十数分ほどでシユウを倒し、タツミたちがミツハのもとへ集まる。特にカノンは戦闘中とは一変し、とても不安げな表情を浮かべている。
「ミツハちゃん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です! ご迷惑をおかけしてすみません……!」
「怪我が無いようで何よりだ。しかし一体何故……?」
「ヒバリちゃんに聞いてみるか。――もしもしヒバリちゃん? そっちからミツハの状態って確認できるか?」
タツミが襟元のインカムでヒバリを呼ぶ。少しするとミツハたちの無線にも通信が入った。
『……腕輪の観測結果から、ミツハさんの適合率とオラクル活性化数値、共に通常値より低下しています。至急帰投し、メディカルチェックを受けてください』
「えっ!? 適合率が下がるなんて……そんなことってあるんですか!?」
『いいえ、前例はありません。ただ、ミツハさんの神機は試験的に運用されているポール型神機ですから、何か不具合が起きたのかもしれません。欧州製のポール型のパーツは極東の人工コアと相性が悪いですから』
「そうなんですね……とにかく、早くアナグラに戻りましょう!」
ミツハ以上にカノンが心配してくれている。ヒバリの推察により理由がわかって少し安心したようだが、ミツハの内心は別の理由が浮かんでいた。
――P15偏食因子に、何かあったのかな……。
◇
アナグラへ帰投して、少し早足でサカキの研究室へ向かう。ミツハは週に一度検査を受けることになっており、つい4日前にも研究室へ足を運んだばかりだ。
その際は何も問題は無かったというのに、一体どうしたのだろうか。自分の身体の内側で何が起こっているのかまったくわからず、少し怖かった。
研究室に入るとサカキがメディカルチェックの準備を既に済ませていた。「やぁ」と狐のように細い目をミツハに向け、会話もそこそこにミツハは奥の部屋で横になった。睡眠ガスが狭い部屋に漂い、瞼が落ちる。
そうして眠ること30分。目が覚めたミツハは見知らぬ天井に軽く混乱した後、検査を受けていたことを思い出してサカキの待つ部屋へ戻る。
「おはようございます」
「やぁ、おはよう。いやぁ、P15偏食因子は実に興味深いね」
「今度は何が起きたんですかね……」
ソファに座り、メモを用意しながらモニターを見るサカキに問いかける。サカキは軽く咳払いをして椅子から立ち上がり、茶を入れながら話し始めた。
「結論から言うと、適合率とオラクル活性が下がった原因はわからない。P15偏食因子の量自体も減少している。ここで面白いのは、通常の神機使いは偏食因子が減少してしまうと体内のオラクル細胞が制御できなくなり、体細胞のオラクル化が進んでしまう。そうなるとアラガミ化の原因になるんだけど……ミツハ君の場合、オラクル活性自体が低下しているから体細胞のオラクル化は進んでいない。適合率もオラクル活性も下がる異常事態ではあるんだけど、ミツハ君の身体自体は安定しているんだ。アラガミや神機で見られる『休眠状態』に近しいね。実に興味深いよ」
「…………」
「理解できたかい?」
「ちょっと……もう一度ゆっくりお願いします。メモ見直すので……」
頭の中でぐるぐると読み込み中だ。久しぶりに聞き慣れない単語が頻出する情報の雪崩を受けたが、以前のミツハとは違いしっかり理解しようとメモを取りながら聞いていた。
今まで頭にまったく入ってこなかったのは理由がある。夢の世界での難しい話を理解しようとは端から思わなかったせいだ。ミツハはゲームの説明パートは流し見して、なんとなくの理解のまま実際に使ってみて覚えるタイプなのだ。
だがここは夢でもゲームでもなく現実なので、ミツハは真面目に説明を聞いた。サカキにもう一度繰り返してもらい、一応理解はできた。
適合率とオラクル活性が低下した原因は不明。P15偏食因子の量も減少。だが体内のオラクル細胞は制御できているため、身体に問題は無い。
――わかったけど意味わかんないよ〜。
身体に問題が無いことはひとまず安心だが、原因不明というのが引っかかる。難しい顔をするミツハにサカキは話を続ける。
「それと、常時適合率とオラクル活性が下がっているのは初めての事態だけど……この下がり具合と酷似したケースは前にも観測している。初めてヴァリアントサイズと接続して、適応するように偏食因子が変異した際にも数値は下がっていたよ」
「え……変異してるんですか?」
ミツハの問いに、サカキは茶を一口飲んで首を横に振った。
「それはわからない。平時の状態から大きく数値が下がっているから、もう少し数値が上がらないことには比較しようにもできない状態なんだ。明日また検査してみようか」
「そうですか……。何も変異するようなことはしてなかったはずなんですけどね」
「そこなんだよね。P15偏食因子が人体に存在する場合の作用が予測できないし、そもそもこの偏食因子自体、扱いが極めて難しいから研究も進んでいない。前例も情報も無いから手探り状態だけど、ともかく適合率とオラクル活性の観測は常にしておこう」
そう言ってサカキは何やら機器を取り出した。「腕輪を見せてごらん」と言われ右腕をサカキに差し出すと、腕輪にチップを取り付けられた。そして時計のような計測器を左手首に装着させられる。
「よし、数値がきた。これで遠隔でも常に計測できるよ」
「えええ……なんか監視されてるみたいでやだぁ……」
「我慢しておくれ。経過はメールでも連絡するよ」
不満を漏らすミツハにサカキは苦笑する。仕方がないことなのだろうが、どうしても抵抗感が拭えない。不貞寝するようにミツハはソファに横になった。左手首に着けられた計測器を見ながら、寝転んだままミツハは口を開く。
「……P53でも、適合率やオラクル活性が下がることって、あるんですか?」
オペレーターのヒバリは前例が無いと言っていた。だが研究者であるサカキならば、何か知っているかもしれない。そんな淡い期待があったが、すぐに打ち砕かれる。
「いや、そういった事例はないね。適合率は先天的な素養で変化は無いし、オラクル活性も適合率の高さに比例するものだから基本的には一定だ。そもそも普通の神機使いは偏食因子を自己生成できないから、腕輪から一定期間ごとに偏食因子が静脈注射されて管理している。このように変化することは無いよ」
「…………」
「ミツハ君?」
「いえ……なんでもないです。……そろそろ帰りますね」
「大丈夫かい?」
「大丈夫です! 明日また来ますね〜」
ソファから起き上がり、ミツハは研究室を出た。
先ほどサカキはミツハの状態を、アラガミや
通常のP53偏食因子を定期的に投与されている神機使いでは起こらないと言っていた。
そもそもどうして、アラガミを構成するオラクル細胞と、それを制御する偏食因子がミツハの体内で自然発生したのだろうか。
投与されたわけでもない。神機使いの親から受け継いだわけでもない。そもそもミツハの居た世界には存在すらしていなかった細胞だ。
それが突然発生し、細胞に捕喰されるわけでもなく、こうしてミツハの身体と共存している。
途端に、得体の知れない化け物を自分の中に飼っている感覚に陥った。
足早に自室へ戻り、ひとりでこっそり泣いた。
いろんなことが、怖くなった。