Kuschel   作:小日向

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025 おはようの返事

2月1日

 

 目覚めは最悪だった。

 

――うわ、顔ヤバ……。

 

 鏡に映る自分の顔は酷かった。泣いたせいで目は腫れているし、不安と恐怖であまり眠れなかったせいで目の下に隈ができている。なのに短い睡眠時間でもしっかり見た夢が、他愛もない元の世界での平和で普通の日常の夢だったものだから。目が覚めてアナグラの天井を見たときの虚無感といったら筆舌に尽くしがたい。

 

――あーもう、情緒ぐちゃぐちゃだ……。

 

 冷水で叩くように顔を洗った。腫れた目元に少し滲みる。

 フェンリルから支給された携帯端末には、サカキから計測結果の経過報告がメールで届いていた。

 

 『徐々に適合率もオラクル活性も上がっているけど、まだ低いから任務の出撃は禁止だよ』

 『計測中下がることはなかったからこのまま回復するだろうね』

 『お昼過ぎにメディカルチェックを受けに来てね(^_^)/』

 

 ――とのこと。顔文字がお茶目だ。

 

 『回復する見込み』という文面にミツハは少し安心した。そのまま携帯で時間を確認すると、食堂が開く時間を過ぎていた。

 

 慌てて着替え、重たい身体を引きずる思いで食堂へ足を運んだ。そしてここ数日で定位置となったソーマの正面の席に座る。

 

「おはようございます、ソーマさん」

 

 少し掠れた声で挨拶をすると、ちらりと視線が向けられる。いつもどおり、一瞥だけされてすぐに逸らされる――

 

 ――かと思いきや、予想だにしないことが起こった。

 

「……体調が悪いなら部屋で寝てろ」

「…………えっ!?」

 

 思わぬ反応に声が裏返る。ソーマはうるさそうにぴくりと眉を寄せたが、ミツハには気にする余裕も無かった。

 

――ソーマさんが喋った! しかも心配されている!?

 

 ソーマを心配させて思わず声をかけてしまうほど酷い顔をしていたのは恥ずかしくて堪らないが、あのソーマが自分を心配して話しかけてくれた事実に感動していた。

 

 今日もいつもどおり、一言も会話を交わさないままソーマが席を立つのだろうと思っていた矢先にこれだ。沈んでいた気分が急上昇する。それくらいにソーマから声をかけられたことが嬉しかった。あんなに落ち込んでいた心が浮き足立ち、今にもスキップしてしまいそうだ。

 

「え、ええと……ありがとうございます」

「…………」

 

 会話になっていない謎の感謝の言葉にソーマが怪訝な顔をした。当然の反応である。

 

「いや、あの、ちょっと落ち込むことがあって寝不足だったんですけど、ソーマさんのおかげで元気が出ました。えへへ、おはようございます〜!」

 

 先ほどの挨拶とはまったく違う声色で朝の挨拶をし直す。朝食の味は相変わらずだが、何故だか今朝は食べるのが苦では無かった。

 

 無視されるのは流石に堪えるので普段は挨拶のみにしていたが、今日は無視されるダメージなど先ほどの心配の言葉で帳消しにできるくらい上機嫌だった。調子に乗ったミツハは果敢にソーマに話しかけてみる。

 

「あの、ソーマさん」

「…………」

「ソーマさんってバスター使いですよね。バスターの溜め技使うときって隙ができがちだと思うんですけど、そういうときどういう援護してもらったら助かりますか? ブレンダンさんと一緒に戦うときの参考にしたくって」

 

 無視されても構わないと覚悟を決めて話しかけるにしても、話題選びは重要だ。友達とするような、他愛もないくだらない話題ができるほどソーマとミツハの関係値は深くない。ならば任務や戦闘に関する話ならソーマも話しやすいのでは、と思ってミツハはこの話を選択した。

 

 一方的に話すのではない質問形式であり、その質問の着地点が他人のためであるのもポイントだ。ソーマのほうから興味を持って話題に参加してくるとは思えないので、受け答えできるものがいい。しかしソーマはあまり自己の開示をしたがらないタイプだろう。だが仲間を失うことを恐れている優しい人でもあるので、他者のためになるこの話ならば答えてくれるのでは、とミツハは考えた。

 

 そしてソーマは意外にも素直に答えてくれた。

 

「……無闇矢鱈と狙う馬鹿じゃねぇなら、リーチもあるからそこまで気を回す必要はない。アラガミのヘイトを逸らしておくか、周りの小型を潰して横槍を入れさせねぇようにするぐらいじゃねぇか」

「あー……討伐目標にばかり目を向けて周りの小型疎かにしちゃうと怖いですよね……。身をもって経験しました……」

「足の怪我は完治したのか」

「あっ、はい! 傷痕は残りましたけど、後遺症も無くピンピンしてます」

「……フン。一丁前に気を配るのはいいが、精々足手纏いにならないようにするんだな」

 

――えっ、やっぱ優しい〜! 怪我の心配もしてくれてる〜!

 

 ミツハの内心はフィーバー状態だった。付け加えられた憎まれ口すら嬉しい。『言い方は厳しいけど結局のところ心配してくれているのでは?』『気をつけろよってことでは?』などとソーマの言葉を都合良く解釈する。

 

 ニコニコしながら聞いていると、この日はまた違うことが起こった。ソーマの隣の席が埋まったのだ。

 

「よっ、おはよーさん」

「リンドウさん、おはようございます」

「…………」

 

 雨宮リンドウは眠そうに大きな欠伸を一つして朝食を食べ始める。左目を隠す長い前髪は寝癖のせいでぴょんぴょん跳ねていた。

 

 話をしていたせいか、普段ソーマが朝食を食べ終え席を立つ時間を過ぎていた。朝食を食べに来た神機使いたちで食堂が賑わっている。新しく配属される新型神機使いへの噂話が多い中、ソーマとリンドウというベテラン二人と食事としているミツハへの視線もあった。

 

 リンドウが加わったことにより、朝の時間は一気に賑やかになった。と、いうのもリンドウがソーマに絡むのだ。

 「あ、俺これ嫌いなんだわ」とパサパサした肉のパテをソーマのプレートに移したり、今日見た夢の内容を聞かれてもいないのに話し出す。ソーマは鬱陶しそうな顔をしながらも突き放すことはせず、渡されたパテを無言で食べる。

 

 つまり、これがいつもどおりなのだろう。

 

――リンドウさん、凄い……!

 

 ミツハは尊敬の眼差しをリンドウに向ける。するとリンドウと目が合った。

 

「そういやミツハ、昨日カノンがお前のことをすげぇ心配していたが、何かあったのか?」

 

 カノンはミツハの不調を人一倍心配し、昨夜も体調を心配するメールが届いた。気にかけてくれるカノンに嬉しく思いながらも、正直に話すこともできないので心苦しい。ミツハは苦笑しながらリンドウに答えた。

 

「神機の適合率が下がっちゃったんですよね。そのせいでしばらくは任務もできなくて」

「はぁ!? おいおい、そりゃ大丈夫なのかよ……」

「徐々に回復してるみたいなので、大丈夫だと思います。体調には問題ないので、心配ご無用です!」

 

 なんでもないように努めて笑いながら言えば、それ以上詮索はされなかった。

 

「じゃあしっかり食って休まないとな。ほれ、たんと食え食え」

「えっ、いやっ、大丈夫ですそんな食べれませんから! あっ、ソーマさんどうぞ!」

「……おい」

 

 リンドウのプレートから移されたレーションを、今度はソーマのプレートへたらい回す。じろりと咎めるように睨まれたが、ミツハはえへへと笑って乗り切る。呆れたソーマは溜息を吐いて増えたレーションを食べ始めた。

 

 そんなやりとりを見て、隣のリンドウは頬杖をつきながらくつくつと笑った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「普通に仲良いじゃねぇか」

 

 朝食を食べ終え、食堂の出入り口に向かうとリンドウに話しかけられる。ちなみにソーマはいつもどおり先に食べ終え、ひと足早く食堂から出て行った。

 

 リンドウの言葉にミツハは浮かれたように顔を緩ませた。

 

「そう見えます? 今日初めて話をしながら食事ができて嬉しかったんですよ〜!」

「あいつ他部隊のヤツと滅多に話さないからなぁ。順調に懐に入って行ってるな!」

「だから懐に入るって良い意味じゃないんですけど~……」

 

 食堂を出て廊下を歩きながら苦笑する。リンドウはニヤリと口元を緩めた。

 

「リンドウさんからのありがた~いアドバイスだ。あいつは人付き合いに不慣れでな、こっちからガンガン踏み込んでいけば絆されるぞ。エリックがまさにそうだったからな」

「……ソーマさんとエリックさんって、仲良かったんですか?」

「ああ。ソーマの正面の席、あそこ元はエリックのポジションだったからな」

 

 エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。鉄塔の森で殉職した神機使いであり、エリナの兄だ。

 

 先日エリナと話をした後、ミツハはエリックのことが気になってノルンで経歴を調べてみた。フェンリルの傘下企業である『フォーゲルヴァイデ財閥』の御曹司であり、2年前に自ら志願して神機使いとなってアラガミの最前線である極東へ赴任してきたらしい。

 

 エリナが療養のため極東に来たのは4年前だ。彼が神機使いとなって極東に来たのは、もしかすると妹のためかもしれない。そんな想像が浮かんだ。

 

「エリックはソーマの親友とも呼べるヤツでな、よく一緒に行動してたんだよ。年上に囲まれてたソーマからしたら初めてできた歳の近いダチだったんだろうな」

「…………」

「エリックが死んだのは自分のせいだと、あいつは自分を責めてる。だからまぁ、またそんなふうに自分を責めてたら葡萄味の缶ジュースでもやって一緒に居てくれや」

「葡萄味、ですか?」

「おう。あいつ葡萄味の飲みもん好きだからよ」

 

 リンドウは優しく笑い、ミツハの肩に手を置く。

 その言葉にしっかりと頷けば、リンドウは嬉しそうに目を細めた。

 

――やっぱりリンドウさんって、ソーマさんのお兄ちゃんみたいだ。

 

「リンドウさんってソーマさんのことよく知っていますね」

「付き合いは長いからな。あいつの初陣からの仲だし、もう5年になんのか……ん? いや、6年だったか?」

「6年前!? ソーマさんって今年18でしたよね? 12歳から神機使いしてるんですか……!?」

 

 12歳というと小学6年生ではないか。ミツハの世界ならばランドセルを背負ってる子供が戦場で戦っていたのかと驚愕する。

 

「初陣は12で入隊はその1年前だったか……? まぁとにかく、その辺だな。確かにソーマは最年少で神機使いになったが、適合試験は基本13歳からやってるからなぁ。シュンは13で入隊してたはずだぞ」

「えっ、そうなんですか!? シュンさんの見る目が変わる……!」

「なんつーか、本当お前さんはこのご時世に珍しいくらい真っ当だな。コウタに似てるが、あいつともまた違う感じの……」

「あ、いや、ただ単に私が世間知らずなだけだと思います……あはは……」

 

――そうだ、適合試験は基本的に13歳から18歳なんだっけ。

 

 そう考えると、この世界ではそう可笑しな話でもないのかもしれない。ミツハの世界の感覚で変に反応してしまった。

 ばつが悪そうな顔をするミツハにリンドウが苦笑する。

 

「ま、お前さんのそういうところにあいつも毒気が抜けるんだろうな」

「え?」

「んじゃ、体調には気ぃつけろよ〜」

 

 ひらりと手を振ってリンドウが去っていく。ミツハはその背を見送り、エレベーターに乗り込んだ。

 狭い箱の中で、リンドウの言葉を思い出す。

 

――エリックさん、私も話してみたかったな……。

 

 ソーマに関心を持つようになったのはエリックが殉職してからのことなので、ミツハは二人が一緒に行動している姿を見たことがなかった。それがひどく残念でならない。

 

 今もなお、ソーマの後悔は和らぐことがなく、彼のことを悔やみ続けて自分を責めているのだろうか。

 あの訓練場で見た時のように――ひとりで。

 

 きっとこれは同情だ。自己保身の側面もある。

 ミツハはそう自覚しながらも、どうしても思ってしまう。

 

――ひとりにしたくない。

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