「なんっだよあの新型! クッソムカつくぞ!」
「何が旧型は新型より劣ってる、だ。まともに実戦経験も無いくせに」
ユウとコウタにタツミを見ていないか聞くと「ヒバリさんを口説いてたよ」といつもの目撃情報を貰ったのでエントランスへ向かうと、2階のロビーラウンジでシュンとカレル、タツミいわくアホアホコンビが見るからに腹を立てていた。
――おお、これは面倒くさそう。
おそらくアリサと話したのだろう。あの二人の性格上、アリサとすこぶる相性が悪いと見た。
触らぬ神に祟りなし。そそくさと気配を消して通り過ぎようとしたのだが、目敏いカレルに見つかってしまった。
「なんだ、ミツハじゃねぇか」
「あ、お前! 扱えねーならポール型なんて洒落たもんヤメロよな!」
「3日後からまた使えます〜。タツミさんに復帰時期の報告に来たんですけど、受付にまだ居ます?」
「さっき見たな。それよりお前、今日配属された新型にはもう会ったか?」
「サカキ博士の講義の時に会いましたよ。とんでもない美少女でしたね」
「とんでもない性悪女、だろ」
「あれれ? カレルさん同族嫌悪ですか?」
「プッ、はははっ、一理あるな!」
「……チッ、お前もいい性格してきたな」
「そりゃもう素敵な先輩方に揉まれてますから」
軽口を叩きながら、素敵な先輩方の鬱憤を発散させるためにも話に付き合うかと観念した。ミツハはカレルの隣に腰掛け、テーブルに広げられているお菓子をつまむ。配給品のお菓子なのでまったく美味しくはなかった。
アリサへの愚痴を聞き流しつつ、どこかで話題を逸らしたいなと探っていると、エントランスの1階からソーマが上がってきた。ミツハたちが腰掛けるソファを横切る。
「ソーマさん、お疲れさまです」
「…………」
一瞥するだけで返事は無く、そのまま行ってしまった。いつものことなのでミツハは特に気にすることもなく会話に戻ろうとすると、突然男二人の話題がアリサへの愚痴から別のものへと変わった。
「お前さぁ、最近アレと一緒に飯食ってるらしいけど、死神とは関わらねぇほうがいいって言ったよな?」
――この話になっちゃったか〜。
この二人とソーマの話はあまりしたくなかった。どうしても意見が対立してしまうため、ミツハはシュンの忠告を軽く流した。
「でも関わっちゃいけないってわけでもないので〜」
「死んでも知らねぇぞ」
「むしろ命の恩人ですからっ!」
嫌な話の流れを吹き飛ばすように、ミツハはわざと馬鹿っぽく笑う。するとカレルは『何を言っても無駄そうだな』と呆れた様子で溜息を吐いた。
――話題を変えるなら今だな、とミツハは配給品の菓子をつまむ。
「それより、配給品のお菓子ってどれもこんな感じなんですか?」
「これはマシなほうだろ」
「ええー。カノンちゃんのお菓子レベルが配給品になればいいのになぁ……」
「ああ、アレな! 限られた配給品から作ってるとは思えねぇよな」
「売れば金になりそうだよな。今度外部居住区の闇市で売ってみるか」
「この人ブレないなー。え、ていうか今、闇市って言いました? 闇市なんてものがあるの?」
愚痴からただの雑談へスイッチを切り替える。カノンの菓子について話をしていると、受付嬢をしているヒバリが2階まで上がってきた。「どうしたんですか?」とミツハが尋ねると、ヒバリはにっこりと笑った。
「ミツハさんにお客様ですよ」
ヒバリの言葉に首を傾げながら、ミツハは席を立つ。階段を降りてエントランスの1階に着くと、見覚えのある少年が母親らしき女性と一緒に来ていた。
「あっ、この前の」
2日前の防衛任務で助けた赤毛の少年だった。ミツハの姿を見ると少年は「久しぶり」と人懐っこい笑顔を浮かべ、すっかり元気になったことが窺える。
そんな少年の隣に立つ母親は、ミツハに向かって深く頭を下げた。
「先日は息子を助けていただき、ありがとうございました」
「えっ、そんな、顔を上げてください!」
「あの、大したお礼もできないんですが……どうか受け取ってください」
そう言って母親が差し出したのは、バスケットだ。布が被さっており中身は見えない。
布を捲ってみると、網目状に編み込まれた狐色に輝くパイが入っていた。網目からは飴色まで煮詰まれたリンゴが覗かせ、ふわりと懐かしい甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「お口に合うかわかりませんが、どうか防衛班のみなさんで召し上がってください」
「母さんの得意なお菓子なんだ。配給品から作ってるけど、すげー美味いよ」
親子の言葉とアップルパイの匂いに、ミツハは思わず目頭が熱くなる。じわりと涙の膜が瞳を覆い、今度はミツハが深く頭を下げた。
「あの、ありがとうございます。大事にいただきますね」
多少涙声になってしまい、少年が可笑しそうに笑った。
少年は佐々木カズヤと名乗り、B37区画に母親のトウコと二人で暮らしているらしい。13歳の遊びたい盛りで、先日はB14区画に住む友人の家へ遊びに行く途中でアラガミの被害に遭い、そしてミツハたち防衛班に助けられたのだと言う。
「ミツハさん、凄くかっこよかったよ。俺もいつか、ミツハさんみたいなゴッドイーターになりたいな」
カズヤはニッと笑い、「またね」とミツハに手を振った。
外部居住区に帰っていく親子の姿を見ながら、ミツハは嬉しさと懐かしさでいっぱいになっていた。思い出していたのは、母のことだ。
ミツハの母親は菓子作りが趣味で、特にアップルパイが得意だった。学校から帰宅するとたまに甘い匂いがキッチンから漂っていたり、誕生日ケーキも店に頼まず母親のアップルパイにローソクを差していた。
トウコから受け取ったバスケットから香る甘い匂いは、母が作ったアップルパイとは違う匂いをしているが、それでも母を思い出させるには十分すぎた。
母への恋しさと親子の言葉への嬉しさに目に涙が溜まる。手の甲で拭い、2階へ戻ろうと踵を返すと、いつから居たのかタツミが受付の傍からニヤニヤとミツハを見ていた。
「えっ、タツミさんっ、いつからそこに?」
「ずっとヒバリちゃんの傍に居たぜ」
「最初からじゃないですか!」
つまり涙ぐんでいた姿も見られていたのだろう。恥ずかしさで頬が火照るが、それすらもタツミは微笑ましそうに目元を細めた。
「アラガミに戦う力を持たない民間人からしたら、どんなに新米の神機使いも無敵のヒーローに見えるもんなんだよな」
「ヒーロー、ですか?」
「おう。ミツハはあのカズヤって子のヒーローになったんだよ」
ヒーロー。その単語を頭に反芻させる。すると、心の奥底から湧き上がるものがあった。不思議な力を持った単語だった。
この世界を現実だと実感してから、アラガミを殺す時に『生き物を殺している』と感じるようになっていた。ミツハの中でアラガミはライオンや熊のような猛獣と同じカテゴリにあり、憎しみも恨みも無いのだから当然だった。
それでも、人里に降りてきた熊は殺さざるを得ないように、アラガミを殺すことは人間が生きるために必要なことだ。
そしてこうして人を助け、感謝され、憧れの眼差しを向けられると、それを強く実感した。その感覚を身近で感じられる防衛任務は、討伐任務よりもずっとミツハに向いている気がした。
「……私、防衛班になれて良かったです」
「そう言ってくれて嬉しいぜ」
「そうだ! 3日後から任務復帰できますから、防衛任務参加させてください!」
「お、本当か! 新しく来た新型と合同で巡回任務をする予定があるから、それにミツハもアサインしてもらうか」
「はーい! あ、あとカズヤ君からもらったアップルパイ、みんなで食べませんか?」
「そうだな。ラウンジに全員に集合させるか」
防衛班に一斉メールを送るタツミの横で、ミツハはもう一度バスケットの布を捲ると、甘い香りが漂う。
香ばしいパイとほのかに香るバニラの匂い。母親のアップルパイはシナモンの香りもするので少し違う香りだが、その違いが妙に嬉しかった。
何故ならこのアップルパイは他でもない、ヒーローのために作られた特別なアップルパイなのだから。