2月2日
「おはようございますっ!」
朝の開いたばかりの食堂で、一人で食事をしている男に元気良く挨拶をする。フードの奥で一瞥だけされ、すぐに逸らされる。ミツハはソーマの正面の席に座った。
今日は返事が無かった。だがリンドウのありがたいアドバイスによると、ガンガン踏み込んでいけば絆されると言っていたので、ミツハは適当に雑談を振ってみることにした。
「廃寺って暗くなるとオーロラが見れるって聞いたんですけど、ソーマさんは見たことありますか?」
「…………」
「写真を撮るのが好きなのでいつか撮ってみたいんですけど、見れる日とか見れない日とかあるんですかね〜」
「……雲が無けりゃ大抵見れる」
――話してくれた!
嬉しい驚きだが、変に反応してはいけない。昨日は初めての衝撃で驚いてしまったが、いちいち驚いてしまっては『話す』というハードルを上げてしまう。当たり前のように受け止めることが吉だ。
ミツハは嬉しさを抑えながら会話を続ける。
「そうなんですか? えー、意外と簡単に見れるんですね。今度天気が良い日に行ってみようかな〜」
「遊びでうろついてアラガミに喰われても知らねぇぞ」
「確かに、気をつけないとですね。心配してくれてありがとうございます」
「あ?」
『別にそんなつもりじゃねぇ』とでも言いたげに睨まれたが、笑顔で返すと目を逸らされた。
リンドウいわく、ソーマは人付き合いに不慣れだと言っていた。こういう相手は、悪意や敵意の無い押しには弱いと見た。12年間の笑いあり涙あり、ゴタゴタギスギスありの学校生活で培ったコミュニケーション能力はこの世界でも無駄にはならないようだ。
何か言いたげなソーマを見て、ミツハは喋るのを止めてコップの水に手を伸ばす。飲み終えてコップをテーブルに置くとソーマが口を開いた。
「……おい」
「どうしました?」
「お前、旧ビル街あたりで誰か……人の気配を感じたことないか?」
「え? うーん……すみません、わかんないです。フェンリルの庇護下に居ない人が住んでたりしてるんですっけ?」
「……そうか。気にするな、忘れてくれ」
「はーい。あ、気になることを感じたら報告しますね」
「…………」
――この無言は了承かな?
話を続けようか迷ったが、朝食を食べ進めることにした。ガンガン踏み込めばいいとアドバイスを貰ったが、踏み込みすぎるのも良くないだろう。
ソーマが席を立つ。「いってらっしゃーい」と軽い調子でミツハは手を振った。返事はやはり無い。ちらりと怪訝そうに一瞥された後、背を向けて食堂から出て行った。
◇
適合率が低下して3日目。本日もメディカルチェックを受けに、ミツハはサカキの研究室へ向かった。
適合率とオラクル活性の数値はやはり上がっており、普段の数値に近くなっていた。明日の朝には通常値に戻りそうだとサカキは言った。
「明日一日様子を見て、問題が無ければ明後日から任務に出て構わないよ。そうそう、明日も講義があるから、メディカルチェックが終わっても残っておいてね」
「はーい。……任務がないと暇で仕方ないです博士〜」
ミツハはソファにだらしなく寝転びながら愚痴を零した。もはや第三の自分の部屋のようにくつろぐミツハを見てサカキは笑った。
「ゆっくり休日を謳歌したらいいんじゃないかい?」
「任務に出てアラガミと戦ってるほうが、まだ気がラクなんですよ〜……」
「おや。何か気に病むことでもあるのかい?」
しまった、とミツハはばつが悪い顔をした。つい口が滑ってしまった。
あーだのうーだの口をまごつかせたが、一度滑った口は滑りやすくなってしまい、白状した。
「……その、普通に生活してると……色んなことを元の世界と比べちゃうんですよね」
「ああ……なるほど。食事や娯楽は比較対象があるけれど、アラガミはミツハ君の世界には居なかったからね。比較のしようがないか」
サカキの声色は先ほどのからかうようなものとは違い、憂慮するものになっていた。そのことがなんとなく、居心地が悪い。困らせてしまっていると感じてしまい、ミツハは寝転んでいた身体を勢いよく起き上がらせる。
「それに戦ってる間って元の世界のこと考える余裕ないですしっ! 別のこと考えてたら死んじゃいますよ〜」
先ほどの愚痴を払拭するような明るい口調で言った。ミツハが強がって笑っていることなどサカキにはお見通しなのか、サカキは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「模擬パーツによるホログラム演習はどうだい? 接続無しの状態だから、変形動作はできないけれど」
「えっ、やりたいです! そっか、模擬パーツでなら訓練できたんだ……!」
そもそも模擬パーツがあったことも初耳だった。変形動作ができないとなると戦い方は限られるが、それもまた良い訓練になるかもしれない。
ミツハが乗り気になると、提案したサカキはニコリと目を細めた。
「ではこちらで申請しておくよ。頑張っておいで」
「は〜い! いってきま〜す!」
◇
「おーい、ずっと訓練やってるって聞いたぞー」
「そろそろ食堂閉まっちゃうよ、ミツハ」
「えっ、コウタ? ユウ?」
声をかけられてミツハが訓練場の扉を見ると、ユウとコウタがいつの間にか入ってきていた。時間を確認すると、午後7時半を過ぎている。ちょくちょく休憩を挟んではいたのだが、ここまで時間が経っていたとは気づかなかった。
夕食の食堂が開くのは午後6時から8時半までだ。あと1時間しか食堂が開いてない。汗だくだから食堂へ行く前にシャワーを浴びなければならない。時間が無かった。
「教えてくれてありがとう〜! 急いでシャワー浴びてくるっ!」
「神機は僕たちが返却しとくよ」
「ありがと〜!」
ユウたちに礼を言い、ミツハは走って訓練場を出た。
自分の中にある偏食因子のことや、暇な時間があるせいで考えてしまう元の世界のことを払拭するように訓練に没頭してしまった。急いでシャワーを浴び、髪も乾き切らぬまま時間ギリギリの食堂にミツハは駆け込む。
人は少なく、用意されている食事も残り物だ。どれも美味しくないので残念と思うほどでもないが、残っているものは特にミツハの舌に慣れない味をしている。
プレートを手に取って何を食べようか悩んでいると、出ていく人が多い中食堂に今しがた入ってきた男が居た。
――ソーマさんだ!
夕食の時間に会うのは初めてだった。会えないかなと探してみてはいたのだが、いつもこのくらい遅めの時間に来ているのなら会えなくて当然だ。現金なもので、ミツハは落ちていた気分が一気に急上昇する。
「お疲れさまです!」
「…………」
返事は無い。でもいいのだ。朝喋れたし。
残っているものの中から比較的食べられそうなものだけを選び取る。そうするとプレートはとても貧相な盛り合わせになったが、致し方ない。
先に席に着いているソーマの正面にミツハは当然のような顔をして座った。夜もソーマと一緒に食事ができて嬉しいのだが、食事は朝と比べて一段と美味しくない。水で流しながら食べていると、珍しくソーマから口を開いた。
「……お前、それだけか?」
「えっ? あー……、この時間の食堂に来たの初めてで、苦手なものしか残ってなかったんですよね……」
ミツハが苦笑を漏らすと、ソーマは少し考えて腰のポーチをまさぐった。そして取り出したものを雑に放り投げ、ミツハのプレートの横に転がった。
「これは……」
そのパッケージには見覚えがある。この世界に来た日の夜に食べたシリアルバーだった。
後々になって判明したのだが、このシリアルバーは嗜好品配給チケットで受け取ることができる上等なものだ。美味しくて当然だった。
「これでも食ってろ」
ソーマはぶっきらぼうに言い捨てた。
「えっ、えっ、いいんですか!? 遠慮なく貰っちゃいますよ!?」
「くどい」
「ありがとうございます〜!」
――やっぱりソーマさんはめちゃくちゃ優しい!
――なんで死神とか言われてるんだこの人!
ソーマの優しさとシリアルバーの美味しさにミツハは感涙しそうだった。美味しい美味しいと噛み締めながらシリアルバーを食べていると、噛み殺すような小さな笑い声が聞こえた。
――えっ、笑っ……!?
思わずソーマの顔を見てみたが、俯きがちの顔はフードに隠れてよく見えなかった。
「……ソーマさんって夜はいつもこのくらいの時間帯に食べてるんですか?」
そう問いかけると、顔が上がりミツハに向けられる。笑うどころか怪訝そうな顔をしていた。
「ンなもん、知ってどうすんだ」
「一緒にご飯できたらいいなーって」
「……お前には関係無い」
「はーい」
無碍に扱われても重たく捉えず、気にしていない調子で引き下がるべし。ミツハはそれ以上食い下がりはしなかった。
量が少なかったため、珍しくソーマより先に食事を終えてしまった。ソーマが食べ終えるまで待つか、先に帰るか。待っているのは図々しいだろうか。いや図々しいのは今更かも――などと悩んだ末、『帰れ』と言われてしまうまでミツハはソーマを待つことにした。
「……お前」
――あ、帰れって言われる?
「何を企んでやがる?」
「…………なにも!?」
予想外の言葉に驚き、思わず大きな声が出てしまった。そんなミツハにソーマは鬱陶しそうに眉を寄せた。
「少し前までビビってやがったくせに、急に近づいてきてなんのつもりだ」
「あー……前は確かに怖いなって思ってました。すみません」
「…………」
素直に白状した。ソーマは黙って聞いている。
「でも、それは誤解でソーマさんは良い人だってわかったので。助けてくれて感謝してますし……仲良くなりたいです」
「……お友達ごっこがしたいなら他を当たれ。俺にはなるべく関わるな」
本人から言われてしまうと、流石に少し戸惑ってしまう。
だが、リンドウが言うように人一倍人の死に目を見ているからこそ、人を遠ざけようとしているだけなのだろう。きっと本心から孤独でいることを望んでいるわけではないはずだ。そうであってほしいとミツハは思う。
――そうじゃないと、悲しいから。
「足手纏いにならないように、頑張りますね」
「…………」
「そのためにも訓練してたんですけど、没頭しちゃって夕飯食べ遅れたんですよね〜」
「……適合率下がってたんじゃねぇのか」
隣でリンドウと話していたことを聞いていたらしい。そして覚えていてくれたのか。その事実にミツハは嬉しくなる。
「模擬パーツでホログラム演習してました。適合率も回復してきてるので、明後日から任務に出られそうです」
「……そうか」
プレートを空にしたソーマが席を立つ。ミツハも一緒に席を立ち、プレートを返却して食堂を出た。
ミツハは区画移動用のエレベーターの前で足を止めたが、ソーマは別の場所に用があるようだ。遠ざかっていく背中を見送る。
「ソーマさん、また明日〜」
別れ際の挨拶をする。ソーマからの返事はやはり無いが、向けられた視線が普段のように警戒していたものではなかったことが、とても嬉しかった。