2月3日
もはや日課となったメディカルチェック。数値は元に戻っていた。
「今日一日観測して、安定していたら計測器を外して構わないよ」
「やったー! 監視されてるみたいで嫌だったんですよね〜」
「ふふふ。昨日は随分訓練を頑張っていたようだね。19時半まで脈拍がずっと高かったよ」
「適合率とオラクル活性だけを見てるんじゃなかったんですか!?」
「バイタルチェックを兼ねているからね」
「ううう……早く外したい……プライバシーの侵害だぁ……」
苦々しい顔をして恨めしげにサカキを見る。まったく効いておらず、サカキはいつもどおり狐のように笑っていた。
本日はこの後、新人四名に向けたサカキの講義がある。ユウたちが来るまでミツハは茶を飲みながらソファでくつろぐことにした。
「この世界って未来なのに、携帯は時代巻き戻ってますよね。ガラケーより前のタイプじゃないですか?」
スマホで音楽をかけながらミツハは問いかけた。フェンリルから支給される携帯端末はとても無骨なデザインをしており、画面は小さくボタン式だ。
「神機使い全員に支給される携帯端末は安価で済ませたいからねぇ。それに任務に携行するのに液晶画面が大きいと耐久性の問題もある」
「あー、それもそうですね」
「それと、寡聞にして知らないんだが……ガラケーとは一体何かね? 話の流れから携帯端末の一種かい?」
「……!? えっ!? ……あ、そっか! サカキ博士って何年生まれなんですか!?」
「ふふふ、2024年生まれだよ」
「13年後!? ……つまり博士って、本来だったら私より30以上も年下なんだ……!」
驚愕の事実に打ち震えるミツハに「そうなるねぇ」とサカキは頷いた。イメージだけなら中年男性ということでポケベル世代のように思えるが、ミツハの居た世界ではサカキはまだ生まれてすらいなかったのだ。ガラケーも知らない世代なのか、とミツハは慄く。
「一番の衝撃すぎるんですけど……。スカイツリーって見たことあります?」
「懐かしいねぇ、スカイツリー。展望デッキから景色を眺めたことがあるよ」
「いいな〜! 来年だったんですよ、完成予定! 写真撮りたかったぁ……!」
「ミツハ君の時代じゃ建設中だったのかい!?」
双方、とてつもないジェネレーションギャップを感じる会話を弾ませた。
サカキと話をしていると、ユウたち三人がやって来た。アリサにも挨拶をしたが、ツンとした態度でそっぽ向かれてしまう。
――ソーマさんともちょっと違うタイプの取っ付きにくさだな〜。
せっかくの同期なのだからもっと仲良くしたいものだ。ミツハはめげずに笑った。
今日のサカキの講義は『アラガミの進化』についてだった。
アラガミ――オラクル細胞は発見された当初、まだアメーバ状のものだったそうだ。それからミミズ状のアラガミが発見され、半年後には獣型のアラガミが発見された。そして1年経つ頃には、一つの大陸がアラガミによって滅ぼされてしまった。オラクル細胞が食べたものの形質を取り込み、進化するとしても異常なスピードである。
「……そう、正確には彼らは進化などしていないんだ。事実、オラクル細胞の遺伝子配列は変化していない。そう、一つとしてね」
「そんなはずありませんよ! 現にヤツらは形態変化してるじゃないですか?」
アリサが異議を唱える。サカキは目を細めてアリサを見た。
「彼ら……アラガミもね、今の君と同じなんだよ。『食べたものの形質を取り込む』ということは、『知識を得る』ということ。そう、ただ知識を得て賢くなっているだけなんだ。どういう骨格をしていれば早く動くことができるのか。空を飛ぶためにはどうすればいいのか。それこそスポンジが水を吸い込むように情報を取り込んで、わずか20年の間に彼らは非常に高度な形態を得るまでに至ったんだ」
――私の偏食因子はアラガミのこの性質が強いんだろうなぁ……。
サカキの説明を聞きながらミツハは思う。現在まさに、オラクル細胞の勉強熱心さをミツハは体感中だ。ミツハの体内にあるP15偏食因子は、取り込んだ情報を『更新』しているらしい。
講義中に堂々と寝ているコウタをサカキはコツンと小突く。「アラガミがコウタ君くらい勉強嫌いだったら良かったんだがね」と冗談を言い、ミツハとユウはくすりと笑った。
先日外部居住区を襲ったクアドリガのような、ミサイルを発射するアラガミも居る。つまりオラクル細胞は、生物だけでなく人間の作った道具さえも取り込んでいるのだ。
「――実に興味深いと思わない?」
話を続けるサカキのその声色には、何かの期待が込められている気がした。
「それほどまでに複雑な情報を取り込めるのなら――人間というアラガミが現れるのも、遠い日じゃないかもしれないね」
「……人間という、アラガミ……」
サカキの言葉をアリサが繰り返す。
実際、そんなアラガミが居ても可笑しくはないのかもしれない。
ザイゴートは奇怪な姿をしているが、女体が卵を背負ったような見た目をしている。ミツハはまだ戦ったことはないが、人と蝶が融合したかのような姿をしたサリエルというアラガミも居る。シユウは空手の達人といった立ち振る舞いをしており、人間的だと感じるときもある。
そのようなアラガミが既に居るのだ。もっと人間に近いアラガミが、現れるのかもしれない。
想像して――ミツハは少しだけ怖くなった。
講義が終わり、アリサが足早に帰ろうとする前にミツハは彼女を引き留めた。
「アリサ! 明日、防衛班の巡回任務に同行するんだよね? 私も同行メンバーだから、よろしくね〜」
「そうですか。旧型は新型の足を引っ張らないよう、よろしくお願いします」
アリサはそっぽ向き、コツコツとヒールを鳴らして出て行ってしまった。取り付く島もない態度と物言いに、ミツハはユウに泣きついた。
「ゆ、ユウ〜! 私嫌われてる!? 馴れ馴れしかった!?」
「あはは……アリサは誰にでもあんな感じだから……」
「可愛いけど、ちょっとキツいとこあるよなー」
同じ第一部隊であるユウとコウタにも同じような態度らしい。安心すればいいのか不安になればいいのかわからないが、一つだけわかる。
「明日の防衛任務、大丈夫かな〜……」
絶対に何か問題が起きそうだ。