Kuschel   作:小日向

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003 NEW GAME

 2046年、北欧地域にて旧来の生物の組成とはまったく異なる生命体、『オラクル細胞』が発見される。

 

 その後、爆発的に発生・増殖していったオラクル細胞は、地球上のありとあらゆる対象を『捕喰』しながら急激な進化を遂げ、凶暴な生命体として多様に分化していった。

 

 このオラクル細胞の集合体からなる脅威を、人は『アラガミ』と呼んだ。

 

 既存の兵器はアラガミの捕食効果の前に一切無効であり、人類は徐々にアラガミにその生活圏を奪われていく。

 

 そんな折、生化学企業『フェンリル』によって、オラクル細胞を埋め込んだ生体兵器である『神機』が開発され、それを操る特殊部隊、通称『ゴッドイーター』が編成される――

 

 

 

「ミツハ君を助けた彼らがゴッドイーター……神機使いだって言えばわかりやすいかな」

「……みなさん大きな武器を持ってましたけど、あれが神機なんですね」

 

 サカキとツバキが未来世界の説明をしてくれたが、あまりにも現実離れした話のせいで十分に理解できた自信が三葉には無かった。とにかく、三葉を襲ったヴァジュラのような化け物のことを『アラガミ』と呼び、ソーマたちのようなアラガミを倒す存在が『ゴッドイーター』『神機使い』なのだろう。それだけは理解できた。

 

――ゲームとかにありそうな世界観じゃん。

 

「そう。ちなみに彼女も元神機使いだ。右手に腕輪があるだろう? これがゴッドイーターの証なんだよ」

「……そういえば雨宮さんって、贖罪の街でお会いした男性と同じ名字だった気がするんですけど、ご家族ですか?」

「ああ、リンドウのことか。あいつは私の弟だ」

 

 どうりで雰囲気が似ているはずだとミツハは思った。神機使いは遺伝子レベルでの適性が必要らしく、一人適合者が見つかるとその血縁者も同じく適性者だという場合が多いそうだ。

 

 神機使いを束ねる『フェンリル』は人類最後の砦とも呼ばれ、唯一アラガミに対抗できる勢力だという。そのため、人々はフェンリル施設の周りに自然と集まるようになり、フェンリル支部を中心とした都市ができあがった。国家による運営は崩壊しており、世界中にあるフェンリルの各支部が都市を運営しているらしい。

 

 その都市の住民はフェンリルから食糧や物資等の配給を受ける代わりに、データバンクへの登録が義務付けられている。また、神機使いの適合候補者とみなされた場合、適合試験を受けることも義務になっているそうだ。

 

 多くの人は食べることすら困難な状況のため、学校に通うことができるのは上流階級の人間のみらしい。三葉はようやく、ソーマたちに言われた『富裕層』の意味を理解した。

 

「……ここがどういう世界なのかは、なんとなくわかったんですけど……私の身体にオラクル細胞とか偏食因子? があるって話が、よくわからなくて……」

 

 これなのだ。偏食因子とは、オラクル細胞に含まれる物質らしい。神機使いたちは人工アラガミともいえる神機との接続のためにオラクル細胞と偏食因子を投与しているそうなのだが、三葉はそんなものを投与された覚えは無い。

 

 三葉の問いにサカキも頷いた。

 

「そう、そこなんだよ。神機使いに投与しているのは『P53偏食因子』というものだが、ミツハ君から検出されたのは『P15偏食因子』という、投与の成功例が無い、実用化されていない偏食因子なんだ。扱いが非常に難しくて危険な偏食因子なんだが、ミツハ君の体内ではオラクル細胞の増殖を抑えて安定している。適合率もすこぶる高いときた。まるでミツハ君の体内に存在していることが自然なように馴染んでいる」

 

 難しい話が始まった。サカキが饒舌に説明しているが、聞き慣れない単語が頻出するせいでいまいち頭に入ってこない。何を喋っているのか聞き取れるのに、話している内容が理解しきれない。リスニングの授業を受けている感覚に近かった。

 

「偏食因子の特性的にもミツハ君の状況的にも、投与されたとは考えられない。そうなると細胞の突然変異でミツハ君の身体に自然発生したことになるけど、これもまた信じ難い話だ。そもそも、2046年に発生するオラクル細胞が2011年から来たミツハ君の体内から検出されたこと自体、可笑しな話なんだよ」

 

 こればかりはサカキもお手上げだというような表情を浮かべる。

 

「もしかすると、矛盾の修正なのかもしれないね」

「……矛盾の修正? 何がですか?」

「ミツハ君がタイムスリップした原因だよ。本来2046年に発生するはずのオラクル細胞が、2011年のミツハ君の体内に発生したことによりタイムパラドックスが生まれて、それを修正するためにタイムスリップをしてしまった――みたいな、ね」

「……なる、ほど?」

「まぁ、可能性の一つの話だよ」

 

 いまいち理解できていない三葉をクスクスと笑い、サカキはツバキへ不気味なほど明るく声をかける。

 

「それじゃあバトンタッチだ。ツバキ君、説明を頼むよ」

 

 まだ何か説明があるらしい。三葉は視線をサカキからツバキへ移すと、どうにも厄介そうな表情をわずかに浮かべていた。

 

 ツバキは一度重たい息を吐くと、途端に表情が切り替わる。きりっとした鋭い眼差しが三葉を見据え、思わず背筋が伸びた。

 

「……先ほど、フェンリルの庇護下にある者が適合候補者とみなされた場合、適合試験が義務付けられることは説明したな?」

「? はい」

「当然だが今のお前には身寄りが無い。帰る場所が無ければ頼る者も居ない」

「……あ」

「そしてメディカルチェックの結果、お前に適合する可能性のある神機が見つかった」

 

 フェンリルの庇護下となる者が適合候補者とみなされた場合、適合試験が義務となる。適合試験では神機に接続するための偏食因子が投与され、神機に適合すればゴッドイーターとなる。そして三葉の体内には、既に偏食因子が存在している。

 

 ここまで情報が開示されれば、ツバキが言わんとすることはわかる。

 

「……私、神機使いにならなくちゃいけないんですか?」

「フェンリルの庇護下になるなら、そうなるね」

 

 バトンタッチしたはずのサカキが会話に割って入る。相変わらず張り付けたような笑みを浮かべたまま、台本でもあるかのようにさらさらと話し始めた。

 

「ミツハ君はフェンリルのデータバンクへの登録はしていない。今の君はまだ、フェンリルの庇護下ではないんだよ。だから私たちは、ミツハ君に適合試験を強要することはできないんだ」

 

 たっぷりと言外に意味を含ませながら、サカキは言葉を紡ぐ。隣のツバキは辟易したように目を閉じ、会話に介入することはなかった。

 サカキの言葉は続く。

 

「だが、ミツハ君が適合試験を拒否するのならば、君はフェンリルの庇護下にはなれない。つまり――壁の外へ行ってもらうことになるんだ」

 

 言外にサカキは言う。適合試験を受けなければ死ぬことになる、と。

 

 人々はアラガミの脅威から逃れるために、フェンリルの庇護下に入り壁の中で暮らしている。壁の外はアラガミが闊歩する荒廃とした土地で、帰る場所も頼る人も居ない三葉が投げ出されてしまえば、自殺行為に等しい。

 

「それは……ほぼ選択肢、無くないですか?」

「強要できないのも事実だからね。選択するのはあくまで君自身だ」

 

 サカキは食えない顔で笑う。『いいえ』を選んでも選択肢に戻されるゲームのようだ。

 

 ――タイムスリップした60年後の世界では、人類は『アラガミ』という脅威によって存続の危機に瀕している。人類を守るため、『神機』と呼ばれる特殊な武器を手にして、アラガミと戦わなくてはならない――

 

 なんて現実離れした話なのだろうか。

 

「……受けます、適合試験」

 

 『いいえ』を選んでも戻されるのならば、『はい』を選ぶしかないだろう。

 

「ゴッドイーターになります」

 

 きっとこれは、そういう話だ。

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