2月4日
ソーマと短い会話をしながら食事をした後、サカキの研究室へ向かい適合率とオラクル活性の数値を測る。数値は昨日から変わらず安定しており、ようやく計測器を外すことができた。
神機の動作確認をして装甲車保管庫へ向かう。本日は第二部隊と第三部隊が合同の巡回任務にアリサが同行する形だった。
――絶対にあの二人と揉めるよ〜。
ミツハの頭には第三部隊の男二人の顔が思い浮かんでいた。
「第一部隊のアリサ・イリーニチナ・アミエーラです。他部隊との連携を取るということでアサインされましたが、旧型のみなさんは旧型なりの仕事をしていただければ結構です」
相変わらずな態度のアリサに防衛班の空気が固まる。予想どおり、カレルとシュンがアリサの言葉に機嫌を悪くしていた。
そして八つ当たり先が一番の新人のミツハに向いてくるのだ。
「おい、なんで防衛任務にあいつが居るんだよ」
「連携のためってさっき言ってたじゃないですか〜」
「ハッ! あんな調子で連携もクソもあるかってーの!」
「ちょ、シュンさん声が大きいです……」
「……言いたいことがあるなら、直接言えばいいじゃないですか。わざわざ陰で言うなんて、ドン引きです」
「ああ!?」
咎めるようなアリサの視線を、シュンが睨み返す。まさに一触即発の空気だった。
ジーナがシュンを咎め、ミツハがアリサに弁明しているとタツミが割って入り、「さぁ出発するぞ」と無理やり言い争いを止める。もちろんシュンとカレルはアリサと別のジープに乗り込んだ。
装甲壁外周にてアラガミの掃討を始める。本日の作戦区域は、創痕の防壁がある外周部とは反対側に位置していた。荒れ果てた街並みがどこまでも続いてる。景色としては贖罪の街のエリアに近い。
倒壊した建物が多いためアラガミの隠れる場所も多く、廃墟の上層階に行かれたりもして索敵が困難なものとなる。跳躍力も上がっているが、流石に2階へ届くのがやっとだ。それでも常人からすれば化け物レベルなのだが、地道に階段を上ってアラガミを討伐していく。
神機を握り、大鎌を振るう。適合率が下がった日よりも神機は軽く、思いどおりに咬刃も展開できた。ただそれだけでミツハは嬉しく、気合いを入れて任務に当たる。ここでアラガミを倒すことで外部居住区の安全にも繋がるのだ。
カノンが地上へ落としたザイゴートの群れに飛び込み、その中心で大鎌を大きく振りかざして群れを薙ぎ裂く。耳を劈く甲高い悲鳴を断末魔に、ザイゴートは動かなくなった。
コアを捕喰をしていると、ヒバリから通信が入る。
『中型種、作戦エリアに集まってきます!』
「ザイゴートちゃんに呼ばれちまったなぁ……。数と種類は?」
『コンゴウ二体、シユウ三体です』
「まぁ今日は人数も多いし大丈夫だろ。ブレンダンと第三部隊はシユウ、第二部隊とアリサはコンゴウを相手。乱戦にならないようなるべく離れて交戦しろ。いいな?」
タツミの指示に従い、それぞれ分かれてアラガミを迎撃する。ミツハが相手をするのはコンゴウだ。
コンゴウは巨大な猿のようなアラガミであり、その名は有名な金剛力士像から来ている。俊敏な動きと力任せの打撃が特徴で、人間を見つけると群れを形成して襲ってくるのだ。
そして一番の特徴は、恐ろしいほどまでに鋭い聴覚だ。遠く離れた位置で戦闘をしていても、音を聞きつけて乱入してくるので分断が難しい。先にコンゴウだけを倒すのが望ましいが、シユウを放置して装甲壁に近づかれると厄介だ。そのため今回はアラガミ種ごとに分断して戦う判断をタツミは下した。壁に開く風穴はまだ塞がっていないのだ。
片割れのコンゴウがだいぶ弱ってきた頃に通信が入る。
シユウの相手をしているカレルからだった。
『こちらカレル、シユウを一体取り漏らした。壁のほうに捕喰に向かったから応戦頼む』
「わかった。逃げたシユウの状況は?」
『下半身と頭は結合崩壊させてる。あと少しぶち込めば沈むだろうな』
「オーケー、一旦コンゴウの動きを止めてシユウを倒しに行くぞ! ミツハはトラップでホールド狙って――」
「――待ってください」
タツミの指示を止めたのはアリサだった。
「まさか全員でシユウの討伐に向かうんですか? 二手に分かれてコンゴウの相手もするのが適切だと思いますが?」
「いや、駄目だ。壁が直っていない今はシユウを一気に叩かなきゃ居住区に侵入される」
「コンゴウは聴覚が鋭いんですよ? シユウと交戦すればコンゴウもすぐに乱入してきますよ」
「逃げたシユウは虫の息だ。四人で叩けばコンゴウが乱入する前に倒せる」
「虫の息ならなおさら――」
コンゴウをあしらう後ろでアリサの抗議が聞こえる。大幅なタイムロスだ。
一度コンゴウから距離を取って端末で敵の位置を確認すると、先日装甲壁が突破され、修復作業中のB05ポイント付近にシユウが近づいていた。
「タツミさん、時間無いです! スタングレネード、いきますっ!」
大声を張り上げて閃光弾をコンゴウ目掛けて投げつける。怯んだコンゴウは動きを止め、その間にタツミたちは壁に向かって走り出した。
まだ納得のいっていない様子のアリサを横目に、ホールドトラップを設置してすぐ傍に挑発フェロモン剤を置いておく。これにかかってくれればコンゴウが乱入される前にシユウを倒せる時間は確保できるだろうが、問題はシユウの位置だった。
シユウはもう壁のすぐ近くまで迫っている。前方を走るタツミとカノンの焦りが、背中からだけでもひしひしと伝わってきた。そしてその焦りはミツハも同じだ。
壁に到着すると、シユウはちょうど穴から居住区へ侵入しているところだった。カノンのブラストによる放射弾が一早くシユウに撃ち込まれ、がくりと膝を折った。
「よしっ、畳み掛けるぞ! カノンは避難誘導に回ってくれ!」
「はいっ!」
第一防衛ラインで交戦を開始する。弱っていたシユウはカレルの言っていたとおり、あと少し攻撃を続けていけば問題無く討伐できるだろう。
しかし問題は別にあった。
その言葉どおりの、アリサの容赦ないアサルト連射だった。
のた打ち回るようにシユウは暴れ、バラック小屋を倒壊させる。瓦礫は足場を悪くして避難する民間人の足を遅くさせ、戸惑わせる。
しかしアリサの目は民間人には一切向いておらず、ただ目の前のアラガミを殺すことだけに専念していた。
「アリサ! もっと周りを見ろ!」
タツミの声が聞こえていないのか、はたまた耳を傾けてすらいないのか、アリサの猛攻は止まらない。
シユウが放つ爆炎玉をひらりと躱し、アリサは懐にスライディングしながらアサルトを撃ち込む。その動きは一切の隙も迷いも無く、きっと称賛に価する戦い方なのだろう。
しかし、ここでは違った。ここは装甲壁の内側なのだ。
タツミとミツハが慌てて装甲を展開させて爆炎玉を受け止めるが、受けきれなかったものはバラック小屋を壊して火の粉を上げた。パニックを起こす民間人の喧騒の中、アリサの一撃でシユウは呆気なく倒れる。
淡々とコアを回収したアリサはこちらを振り向き、『何をしているんですか』とでも言いたげな目をしながら口を開いた。
「さぁ、次はコンゴウです。早く行きましょう」
ギチッ、とミツハの隣で神機を強く握り締める音がした。
「……なぁ、お前さん。この状況を見て何も思わないのか?」
「……? 何が言いたいんです?」
「もっとやりようがあったって話だ。いいか? 防衛任務は市民の安全が最優先だ。お前さんの戦い方じゃ、避難民をビビらせちまってパニックを起こす。そうなったら収集つかんだろ」
「アラガミを迅速に撃破することが最善だと思いますけど?」
「だから、もっと市民の気持ちを考えながら戦えって話だよ。避難してる最中に瓦礫が飛んできてみろ、怪我でもして逃げられなくなったら元も子も無いだろ」
「……市民の気持ち、ですか。そんなものを優先させて、アラガミが撃退できるとでも?」
「――お前っ!」
『タツミさん! コンゴウが装甲壁に接近しています!』
タツミの怒りはヒバリの通信によって制されてしまう。ふん、と鼻を鳴らしてそっぽ向くアリサを、ミツハは呆気に取られながら見ていた。
アリサの実力は相当なのだろう。アラガミを殺すことに関しては。
ヒバリの通信を聞き、険悪な雰囲気の二人の間にミツハが入る。
「タツミさん。……コンゴウの迎撃は私とアリサが向かいましょうか?」
「……いや、大丈夫だ。気を遣わせてすまんな。……よし! カノンとミツハは残って民間人の誘導と怪我人の救助! 俺とアリサはコンゴウの迎撃だ」
「待ってください、そんなものに人員を二人も割くんですか?」
「アリサ、これは防衛班班長としての命令だ。俺と二人でコンゴウを誘導して壁から遠ざけてから交戦する。いいな?」
命令という言葉でアリサは押し黙り、コンゴウの迎撃に向かって走り出した。
「じゃ、行ってくるわ。あと頼んだぞ」
「はい、任せてください」
苦笑しながらタツミは言い、先を行くアリサを追いかける。ミツハもすぐに背を向けてカノンと合流し、避難民の誘導と救出を開始する。
先ほどのタツミとアリサの会話を聞いていたのか、カノンはどこか不安げな表情をしていた。
「アリサさん、すっごく強いのに……なんだかもったいないなって思っちゃいました」
「……うん、私も」
人々の気持ちを。避難誘導を。怪我人の救出を。
それらをアリサは『そんなもの』と言い放った。アリサの最優先事項は、あくまでもアラガミの討伐なのだろう。
それは神機使いとして正しい。
正しいが、今はただの掃討作戦とは違う、防衛任務なのだ。
――連携どころの話じゃなかったなぁ……。
きっと任務に対する価値観が違ったのだ。防衛任務に対する価値観が。
タツミがあんなにも怒りを露わにしていたのは珍しかったが、それだけタツミが防衛任務を大切にしており、誇りに思っている証拠だった。ミツハもああいうふうになりたいと強く思う。
ただアラガミを殺すだけではない。タツミのような、力無い人々の『ヒーロー』になりたいのだ。
――だって私は防衛班だ。
ミツハはアリサのように強くはない。
それでも手を伸ばせば届き、助けることだってできるのだ。
そんなものと言い放たれたものは、きっと何よりも大事なものだった。