Kuschel   作:小日向

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031 出来損ないの化け物

 新人区画へ向かうエレベーターでユウと鉢合わせた。挨拶をすると、アリサのことで何故か謝られてしまった。

 

 どうやらタツミ伝いでアリサの防衛任務の話を聞いたらしい。『そのことか』とミツハは苦笑を漏らす。

 

「タツミさんもキツく言いすぎたって気にしてたから、大丈夫だよ。カレルさんとシュンさんはだいぶ怒ってるけど」

「だよね……」

「あの二人はあれが通常運転だし気にしないで〜。それに初めての連携だったし、衝突しちゃうのはしょうがないよ。今回の反省を次に活かせば良いわけだし」

 

 新人区画に着き、エレベーター前の自販機で飲み物を買ってベンチに腰掛ける。ユウはコーヒーを一口飲み、感心するような表情を浮かべた。

 

「ミツハって本当……上手いよね、人との付き合い方。見習いたいよ」

「ユウもコウタも上手いと思うけどな〜。話しやすいよ?」

「うーん……上手く言えないけど、経験値の違いを感じるっていうか……」

 

 ユウの指摘は真を突いている。ほとんどの人が学校に通えないこの世界の人と比べたら、12年間も学校に通い、集団の中で過ごしていたミツハは人との付き合い方に関する経験が豊富だろう。

 

 ユウは缶コーヒーのラベルを見ながら、思案するように言葉を漏らす。

 

「慣れない環境で色々あるだろうし、同じ新型としてできることはしたいんだ。空回ってるかもしれないけど……」

「んー、踏み込みすぎない程度に気にかけてあげるのがいいと思うよ。この人は無害で話しても問題無い人だ〜って思ってもらえれば、向こうからも話しやすいだろうし。つまり今のユウがベストだと思う、多分!」

「なるほど……。また何かあったら相談させてもらうかも」

「いいよ〜、役に立てるかわかんないけど!」

 

 

 

 その日の夜食堂に行きソーマが居ないか探してみると、アリサと一緒に食事をするユウを見つけた。話しかけても素っ気なく返されるだけだったが、アリサが孤立しないようにしていた。

 

 ここで自分が混ざりに行ってもアリサの警戒心を上げてしまうだけだろうと判断し、ミツハは少し離れた席に着く。

 

「アナグラには物好きなヤツが多いな」

「あ、カレルさん。お疲れさまでーす」

 

 一人で食事をしていると、カレルが近くの席に来た。ユウとアリサを遠巻きに見ながら、呆れた様子で言葉を続ける。

 

「あの二人、お前と死神みたいだな」

「え? 微笑ましいって?」

「どこがだよ。関わってもろくなことにならねぇだろ。痛い目見ても知らねぇぞ」

「ご忠告ありがとうございまーす。ってか思うんですけど、どちらかというと私の神機のほうが死神っぽくない?」

「死神の鎌ってか?」

「そう〜! ポール型神機って三種類あったんですけど、完全に見た目で選んじゃった」

「バカかよ」

 

 どんどん話は逸れていき、くだらない言い合いが始まる。

 いつの間にかミツハとカレルは悪友という言葉が似合う間柄になっていた。皮肉屋で常に斜に構えた態度の捻くれ者だが、認めるべき相手はきちんと認める男だ。ミツハが戦果を出せばカレルは意外にも素直に褒める。そういうところをミツハは気に入っていたし、何より先輩ではあるが同い年なことも親近感を抱く。クラスの男友達と話しているようで懐かしく、こうやって馬鹿騒ぎをするのも楽しかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

2月7日

 

「なぁ聞いたかよ! リンドウさんが()られちまったって!」

 

 任務を終えてアナグラへ帰投すると、待ち構えていたのは喧騒だった。行き交う人々が口にする言葉にミツハたちは耳を疑う。

 

――リンドウさんが?

 

「なぁ、その話どういうことだ?」

 

 思わずといった様子でタツミがすれ違う神機使いに話しかける。話したことはないが、朝食の時に同じ時間帯に食堂に居る救護班の神機使いだ。名前は確かキリノといっただろうか。彼自身も困惑した様子だった。

 

「贖罪の街に任務に出ていた第一部隊が、接触禁忌種の群れと遭遇しちまったらしい。そんでリンドウさんだけ取り残されたって話だ」

「取り残されたって……なんでそうなったんだよ」

「俺もよく分かんねぇよ」

「あの、キリノさんたちの救護班が出動してないってことは、怪我人は居ないんですか?」

「俺らは呼ばれてねぇけど、医療班が屋上で待機してるから居るんじゃねぇのか? さっき機動隊が慌ててヘリ出してたから、リンドウさん以外の第一部隊のヤツらはもうすぐ戻ってくるだろ。そしたらもう少し詳しい話がわかるんじゃねぇの」

「そうか……っておい、ミツハ!?」

 

 救護班の男の話を聞き、ミツハはエレベーターへ駆け込んだ。

 

 アラガミはその危険度に応じて分類されている。接触禁忌種というのは並みの神機使いでは近づくことも許されない、非常に危険なアラガミの分類だ。そんなアラガミが群れとなって第一部隊を襲ったのだと聞けば、ミツハは居ても立っても居られなかった。

 

 エントランスから最上階の屋上へエレベーターを上昇させる。どうか途中で開きませんようにと祈りながら300メートルを移動し、夕焼け空が眩しい屋上で扉が開いた。

 

 ヘリは停まっていたが、エンジンの火は落とされていた。人影はなく、もう一つのエレベーターを見やればランプが降下していた。どうやら入れ違いになったらしい。

 

 医療班が待機していたのなら誰か負傷したのは確かだろう。踵を返そうとエレベーターに手を伸ばす。

 

 しかしその手は、ボタンを押す前にぴたりと止まった。

 

 ソーマの声と鈍い衝撃音が聞こえたのだ。

 

「……クソッタレ!」

 

 その声色はいつか見た訓練場のものと同じだった。悔しさとやり切れなさが入り混じった、荒々しい声。その声はミツハの心臓を締め付ける。

 

 足は当然のようにソーマのもとへ向く。少し歩けば、ヘリポートの上に伸びる己の影に、神機の刃を突き立てているソーマの姿があった。それはまるで自分自身を殺しているかのように見える。痛々しい背中は小さく感じた。

 

「っ、誰だ!?」

 

 他者の気配を察したソーマは勢いよく振り向いた。そのフードの影から覗く蒼い瞳は手負いの獣のそれで、他人を遠ざけ、踏み込ませないだけの鋭さを持っていた。

 

 その鋭さに思わず怯む。近づいてくるなとその目は訴えていたが、ミツハはソーマのもとへ歩み寄った。

 

「……何しに来た」

「……ソーマさんが、心配で」

「余計なお世話だ。失せろ」

 

 明確な拒絶は初めてだった。ソーマは確かに他人を遠ざけ排他的な性格をしているが、食堂で正面の席に座った時や会話を振った時もやめろとは言われなかった。

 

 しかし、今は明確にミツハがその心の内に踏み込むことを拒絶している。その事実が悲しく、そして寂しくなる。

 

 一向に背を向けないミツハにソーマは舌打ちをし、顔を背ける。フードに隠れてその横顔は一切見えなくなってしまった。彼は突き立てていた神機を肩に担ぎ、俯いたままミツハの横を通り過ぎる。引き留めようとソーマの左手を掴めば、大きな力で振り払われた。

 

 ソーマはミツハを一瞥すらもせず、諦観のような声色で呟く。

 

「お前、もう俺に関わるなよ」

「……嫌です」

「死にてぇのか」

「関係無いですから」

「はっ、実際死にかけてただろうが」

「死にかけた私を、助けてくれたのはソーマさんじゃないですかっ」

 

 思わず言葉に力が入り、拳を強く握り締めた。爪が皮膚に食い込み鈍い痛みが走るが、それだけの痛みでミツハの頭は冷静にはなれなかった。

 

「ソーマさんは自分の責任だと思ってるのかもしれないですけど、でも、ソーマさんが助けてくれたおかげで私は生きてるんですよ!」

「テメェは俺を良いように見過ぎだ!」

 

 これ以上ミツハの言葉を聞きたくないとでも言うように、ソーマが珍しく声を荒らげる。ようやく振り向いたソーマはうっすらと自嘲の表情を浮かべ、言葉を吐き捨てた。

 

「仲間も守れやしねぇ、出来損ないの化け物なんだよ……!」

 

 まるで誰かに懺悔するかのような口ぶりでもあった。

 

――出来損ないの、化け物。

 

 言うつもりはなかった言葉なのだろう。ソーマは言葉を吐き出した後、ばつが悪そうに目を伏せた。肩に担いでいた神機を再び自身の影に突き立てる。鈍い衝突音がオレンジ色に染め上げる屋上に響いた。

 

――この人は、いつもそんなことを思ってたの。

 

 エリックが殉職し、死神と後ろ指を指されていた時も。

 駆け付けても間に合わず、同行者の死に行く姿を見た時も。

 どんなに危険な任務でもひとり生き残った時も。

 そして、今も。

 

――この人は、出来損ないの化け物だって、思ってたの。

 

 きっとソーマは、『死神』という言葉を受け入れてしまっている。

 己を死神だと、化け物だと罵り、責め続けている。仲間を守れなかったのは、死なせたのは自分のせいなのだと。

 出来損ないの化け物。それは呪いの言葉に思えた。こんなにも優しい人が、自分自身に呪いを課せているのだ。

 

 呪いの言葉はどうしようもなく、ミツハの心臓をぎゅうぎゅうと締め付ける。自分のことではないのに息が苦しくなり、視界が滲む。ぎょっとしたようなソーマの顔がぼやけていた。

 

「なんですか、それ……っ」

 

 わけもなく涙が溢れ出た。瞼を焼くような熱い涙が頬を滑り落ちる。

 

「なんで、お前が泣いてんだよ……」

「……ソーマさんが、そんな、悲しいことを言うから……」

「…………」

 

 立ち尽くすようにソーマは微動だにしなかったが、しばらくすると泣いたままのミツハに声をかけること無く、背を向けて遠ざかっていた。

 

「……出来損ないって、化け物って、なにそれ……」

 

 虚空にぽつりと問いかける。当然返事は無いが、ソーマに直接問うたところで言葉が返ってくるとは思えなかった。

 

 ミツハは北東へ視線を向ける。アナグラからおよそ20キロ先にある贖罪の街にリンドウは取り残されている。

 ソーマのことを語るリンドウは兄のようだった。ソーマの初陣からの付き合いだとも聞いており、周りから孤立するソーマを随分気にかけていた。

 だからこそ、リンドウはミツハにソーマのことを話してくれたのだろう。彼をひとりにしないよう。

 

 『またそんなふうに自分を責めてたら葡萄味の缶ジュースでもやって一緒に居てくれや』

 

 きっとその役目はリンドウだったはずだ。

 しかし彼は今、アナグラに居ない。その事実にソーマは自分を責めている。

 

――泣きたいのはソーマさんのほうだっていうのに。

 

 なに泣いているんだろう。ミツハは乱雑に涙を拭った。

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