2月17日
本日は火曜日、毎週恒例の定期検査がある日だ。サカキの研究室の前に立ち、扉の横にあるインターホンに腕輪をかざす。ピピッ、と音を鳴らしてロックが解除された。
「いらっしゃい、時間ピッタリだ」
「今週もお願いしま〜す」
勝手知ったる顔で研究室に入り、検査用の奥の小部屋へ向かう。何度か前の定期検査で、時間どおりに研究室を訪ねたがサカキが研究員に呼ばれて不在だったため、随分待たされたことがあった。検査は毎週のことなので、ミツハの腕輪認証をさせて自由に入れるようにしてくれたのだ。
「30分の仮眠って逆に眠くなりますよね」
「仮眠じゃなくて検査だけどね」
短い検査が終わり伸びをする。短い睡眠でもしっかり夢を見るもので、古文の授業の夢を見てしまったせいで寝たはずなのにとても眠かった。
ソファに座って欠伸を手で隠していると、モニターを見ながら検査結果をサカキが語る。
「偏食因子が『更新』してから2週間以上経つけれど、あれ以来変化は無いね。数値も前回検査した時とほぼ同じだ」
「本当何だったんでしょうね〜、アレ」
数値を確認したサカキはノートパソコンを取り出し、カタカタと手動でデータを移している。メイン機のデータは保存せずにログを消去している。間違っても本部や外部に知られないようにしているらしい。
「相変わらず厳重ですねー」
面倒な作業をしてくれているサカキにミツハはぼやいた。
「この部屋は他の区画とは通信インフラやセキュリティも独立しているけど、停電や緊急事の補助電源は中央管理だからね。念には念を入れたほうがいいだろう」
「……タイムスリップしたことを隠すのは、非現実的すぎてわかるんですけど……。私のこの偏食因子の情報とかも、厳重に秘匿したほうがいいんですか? P15偏食因子って別に、未知の偏食因子! 新発見! ……ってわけでもないですよね?」
「うーん。本部に知られたらラットになるかもね」
「ラット!? 実験動物扱いですか!?」
恐ろしい返答にミツハは震え上がった。サカキのいつもの冗談なのかとも思ったが、そういうわけでもなさそうだった。
「フェンリルってそこまで非人道的なんですか……?」
「技術の発展のため、ましてや人類の存続がかかっているような状況では、なりふり構っていられないというのが現状だろう。まぁ、人類を救うために非人道的な行いをするのは、エレガントとは言い難い。……私はあまり賛同できないやり方だ」
どこか回顧するような口調でサカキは語る。過去に何かあったのかもしれない。言葉にどこか陰を含みつつも、サカキはニコリと笑った。
「……ソーマとは、随分仲良くなったようだね」
唐突に出てきたその名前に驚いたが、ミツハは嬉しそうに笑顔を返した。
「客観的に見てもなってますよね? や、ソーマさんがどう思ってるかわかんないですけど」
「ははは。まぁ、ソーマのほうも悪い気はしてないんじゃないかな。……リンドウ君を喪ってからの彼は、酷い顔をしていたからね。支えてくれる人がいるだけでも違うだろう」
「……リンドウさんって、ソーマさんの初陣からの付き合いなんですよね」
「おや、よく知っているね。6年前の、旧ロシア連邦領でのアラガミ一掃作戦。これがソーマの初陣だ。私はここアナグラの屋上で彼らを見送ったよ。私がソーマと初めて会ったのもその時だ」
「6年前のソーマさんって、どんな感じでした? 12歳ってランドセル背負ってるイメージなんですけど」
「あの頃のソーマはミツハ君より少し大きい程度の背丈だったかな」
「えー! 150センチ台のソーマさんって想像できない!」
「ソーマはこの6年で随分大きくなったからね。喜ばしいことだよ」
「博士ってなんだか、ソーマさんのお父さんみたいですよね」
ミツハがそう言って笑えば、サカキはキーボードを打つ手を止めた。「お父さん、か」と小さく呟いたサカキは狐目をうっすら開いてミツハを見据える。突然変わった空気にミツハはどきりとした。
「ミツハ君。君は……ソーマの生い立ちについて、知りたいとは思わないかい?」
え、と思わず間の抜けた音を零す。まるで時間が止まってしまったようだ。先ほどまで軽快に鳴っていたキーボードを打つ音は聞こえず、よく回るサカキの舌も大人しい。研究室はコンピューターの起動音だけが響く静かな空間になった。沈黙の中、サカキはミツハの答えを待っているようだ。
ソーマの生い立ち。それはきっとソーマの『秘密』に関わることだろう。
先日の訓練場でのソーマを思い出す。的外れなことを答えたミツハに、ソーマはわずかに安心するような表情を見せ、忘れろと言った。
「……知りたいとは、思います。でも、博士の口から聞いていいようなものでもないと、思います」
「そうかい。なんとなく、君はそう言うだろうと思っていたよ」
「ソーマさんが話してくれるまで待ちますよ」
「ならその時が来たら、君自身の秘密も話してあげるといい。君たち二人はまったく違うようで、よく似ているよ」
その言葉の意味がよくわからずに首を傾げると、サカキは笑った。