Kuschel   作:小日向

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038 少女の雪解け

 アリサが退院し、原隊復帰したようだ。

 

 周囲の神機使いや、うちの防衛班からもカレルやシュンがアリサに対して厳しいことを言っていたが、戦いの勘を取り戻すためにユウがアリサに付き合って任務に出ているらしい。

 巡回から帰投すると、エントランスのベンチでタブレットを見ながら話し合うユウとアリサの姿をよく見かけていた。

 

 ミツハに気づいたユウに手を振ると、ユウは手を振り返す。アリサは気まずそうに目を伏せ、身を縮めていた。以前とは違うアリサの態度に驚きつつも、邪魔しては悪いと話しかけることはしなかった。

 

 そんな光景が数日続き、リンドウがアナグラに戻らないまま2週間以上が経過した。

 第二部隊は引き続き巡回経路を拡大して捜索をしている。2週間以上も拡大した経路で巡回しているため、最早順路になりつつあった。

 

 

 

2月23日

 

「……あ。大型アラガミが居そうです」

「何か聞こえたか?」

 

 呟いたミツハにタツミが反応する。聞こえてはいないが、ぞわりとした悪寒がした。こういう場合は大抵、アラガミが居る。

 

「いえ、聞こえたわけでは……ちょっと遠いかもしれないです」

「そうか……確認してみるか。ブレンダン、カノン。俺とミツハはビルの屋上まで行ってみる。警戒を頼んだ」

「ああ、わかった」

「任せてください!」

 

 巡回中、街の跡地でアラガミの討伐を行っていたミツハたちは、討ち漏らしがないか索敵を行っていた。

 気配を感じたミツハはタツミと共に、近くの廃墟となった雑居ビルに入る。錆びついた階段を上って屋上に行き、高所から双眼鏡も用いて周辺を確認していく。

 

 するとタツミが北西の方を見ながら「ビンゴだ、ミツハ」とアラガミを見つけたようだ。

 

「北西3キロ地点にボルグ・カムランが居るな」

「3キロですか。んー、報告だけで大丈夫そうですかね?」

「そうだな。極東支部に向かってくる感じはないし、ヒバリちゃんに報告して討伐任務が発行のいつもの流れだな」

「了解です。……良かった〜。大型相手はまだ訓練中なんですよね〜……」

 

 タツミの話を聞いてミツハはほっと胸を撫で下ろす。そんなミツハにタツミは苦笑した。

 

「前にクアドリガが壁をぶち破ってきた時はちゃんと戦えてただろ?」

「あれは足止めに専念してたので……。討伐する力もつけないとですし……」

「そうだなぁ。ホログラム演習もいいが、実地演習も大事だぞ。慣れてるヤツと一緒に行ってみたらどうだ?」

「そうですね。……今週中に討伐訓練のコース終わらせておきます!」

「おう、頑張れ頑張れ」

 

 話をしながら階段を下りてビルから出る。ビルの入り口ではカノンとタツミが周辺を警戒していたままだった。特に何も問題は無かったようだ。

 

「どうだったか?」

「ここから北西3キロにカムランが居たが、こっちに向かってくる様子はなかった。報告で大丈夫そうだ」

「やっぱり居たんですね! ミツハちゃんの的中率、凄いと思うんですよ!」

 

 カノンが両手を合わせて感心する。手放しに褒められたミツハは「えへへ」とはにかむと、ブレンダンも「そうだな」と顎に手を当てて頷く。

 

「確かに、索敵に長けているな。コツがあるならご教授願いたいものだが」

「うーん……なんか居るなー? っていうぞわぞわした嫌な感じがして……?」

「勘が鋭いってことだな。侵攻される前に駆除できるから助かるぜ」

「ですよね? カレルさんに討伐班に獲物取られるからいい迷惑って言われましたけど、普通良いことですよね!?」

「はは、あいつらしいな」

「まったく、カレルも防衛班だろうに……」

「でも強いアラガミに果敢に挑もうとするカレルさん、凄いと思います……!」

 

 賑やかに会話をしながら車に乗り込み、帰路に就く。

 

 

 

 アナグラに帰投すると、アリサがエントランスで誰かを待っているようだった。

 

 ユウを待っているのだろうか――ミツハはそう思ったが、歩いてくる第二部隊に気づいたアリサが、こちらに近づいてくる。そして前に立ちはだかると、彼女は勢いよく頭を下げた。

 

「そのっ、すみませんでした……!」

 

 深々と下げられた頭から帽子は落ち、アリサのゆるいウェーブのかかった白銀の髪が垂れる。とてもじゃないが、高慢な態度を取っていた少女と同一人物とは思えない態度に、第二部隊はポカンと口を開けた。

 

 ミツハは床に落ちた帽子を拾い、アリサに手渡すと「ありがとうございます」と素直に感謝の言葉が告げられた。

 

「突然どしたの? アリサ」

「……以前の私の言動を顧みて、失礼なものだったと……。……防衛任務の時も、本当にすみませんでした」

「あー、そのことか」

 

 タツミがくしゃりと髪を掻く。アリサと共に出撃した防衛任務の際、珍しくタツミは怒りを露わにしていた。『そんなもの』と言い放たれた時、防衛班として日の浅いミツハでさえもカチンときたのだ。防衛班長のタツミならばなおさらだっただろう。

 

 苦笑するタツミはしばらく言い淀む。ミツハたちも黙ってただ二人を見つめた。やがてタツミは苦笑を消し、真面目な顔をして芯の通った声で言葉を紡いだ。

 

「市民の気持ちや避難誘導を『そんなもの』と言ったのは、悪いが防衛班長としては流石に許せん。お前さんがそんなものと言ったのは、俺たち防衛班の誇りだ」

「……はい、仰る通りです」

 

 わかりやすくアリサの声色が落ちる。ぎゅっとスカートを握り、もう一度「すみません」と零した。その謝罪にタツミは再び苦笑する。

 

「でもな、お前さんの実力は確かだ。まだ若いのに大したもんだ。それぐらいの実力があれば助けられる人だって増えるだろう。悪いと思っているなら、その力で戦う力が無い人を守ってやってくれ。ただアラガミを倒すことだけが、人を守ることじゃないんだ」

 

 タツミの声色は優しく諭すようなものだった。その言葉にアリサは頷く。はい、と返事をしたその声は少し震えていた。

 

「その……ありがとうございます」

「おう、今後ともよろしく頼むわ」

「ああ。戦術理論はこちらも改めて学ぶことが多い」

「あのっ、アリサさん! よかったら夕食、ご一緒しませんか?」

「……いいんですか?」

「もちろんですよ! ねっ、ミツハちゃん!」

「食べよ食べよ! ユウがアリサを独り占めしてたの羨ましく思ってたんだよ〜」

「ゆ、ユウはそんなつもりないですよ! 話しかけてくれて良かったんですよ!?」

「じゃあこれからは仲間に入れてもらうね」

 

 赤くなって慌てるアリサは15歳の年相応の女の子だった。常に警戒心を纏っていたような近寄りがたい雰囲気は無くなり、この礼儀正しい真面目なアリサが本来のアリサなのだろう。

 

 ミツハとソーマの間に屋上での出来事があったように、きっとユウとアリサの間にも何かがあったのだろう。

 

 アリサの手を引くと、少女は素直にこちらへやって来た。嬉しそうに笑うカノンを見て不器用ながらにアリサは笑い、三人で並んで廊下を歩く。

 

「第三部隊の男二人が色々言うかもだけど、気にしないでね〜」

「カレルさんとシュンさんは厳しいですからねぇ……」

「……色々言われてしまうのは覚悟の上です。失った信頼を勝ち取るために、行動で示していきますから!」

「アリサさん……! かっこいいです……!」

「良い子すぎる……! あの二人の毒牙から守らなきゃ……!」

 

 カノンとミツハの二人でアリサを挟むようにぎゅっと腕に抱きつく。アリサは驚きつつも嬉しそうに照れていた。

 ミツハは女子高生のノリを思い出していた。そしてふわりと良い匂いが香る。

 

「え……めちゃくちゃ良い匂いする……! てか髪が超サラサラ……! 配給品でこんなに良い匂いのシャンプーとかあった!?」

「そ、そうですか? ロシアから持って来たものを使ってるので、極東支部には無いのかもしれません」

「え〜いいな〜。配給品のシャンプー、髪が軋むんだよね〜……」

「配給の物は少し質が悪いですよね。実家に帰った時、髪が生き返る感じがします……」

 

 カノンの実家は内部居住区にあり、そこそこ裕福な家庭で育っている。ミツハと感性が近しいと感じるときがあるのは、育ちの影響もあるのかもしれない。

 

 ミツハとカノンの嘆きを聞き、アリサは困ったように眉を下げた。

 

「……どうしましょう。持って来たシャンプー、残り少ないんですけど……」

「プチプラなシャンプーとかトリートメント、一緒に探そうねアリサ……!」

「ぷちぷら、ですか……?」

「安くて良いやつ〜! この前商業区画に行った時、気になってるの見つけてね〜……」

 

 三人の少女は談笑しながら廊下を歩く。食堂の扉を開ければ、ユウとコウタの姿があった。ミツハたち三人の姿を見ると、彼らは嬉しそうに笑うのだった。

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