2月25日
「いや~、にしてもミツハがソーマを好きだったとは。いや予想どおりだったけど」
「よく気にかけていたしな」
「うふふ、そうね」
「ミツハちゃん、今度恋バナしましょう! 私、お菓子用意しますので!」
「お前自殺志願者だったのかよ……」
「悪趣味だよな」
「あの……なんで話が広まってるんです?」
珍しく防衛班が全員休みの日。珍しくもないが防衛班がエントランス2階のロビーラウンジに全員集まって談笑していた。疎外感を感じて輪に入ってみれば、まさか自身の色恋沙汰について話をしていたとは誰が予想できよう。
じろりとカレルを見やれば、男は目つきの悪い目を細めてニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。話を聞かれた時、賄賂でも渡して口留めするべきだったかとミツハは後悔した。
「カレルさん最低〜」
「ふふ、カレルが言わなくても察していたけれどね」
「ははっ、確かにな!」
「ううっ、追い打ちですよそれ……」
「まぁ座れよ」と笑うタツミに促され、ミツハはカノンの隣に座る。テーブルの上にはカノンが作ったお菓子が並べられており、見た目が少々独特なマカロンに手をつける。サクリとした軽い食感に口溶けの良い甘いクリームが頬を緩ませる。
「ん〜! やっぱりカノンちゃんのお菓子は美味しいね」
「ほんとですか? えへへ、ありがとうございます〜!」
「コツとかあったら教えて〜。私も休みの日に簡単なマフィン作ろうかな〜ってちょっとチャレンジしてみたんだけど、上手く膨らまなかったんだよね」
近々カノンの誕生日なので、普段手作りの菓子をお裾分けしてもらっているお返しも兼ねてカノンへのプレゼントのためマフィンを試作をしたのだが、失敗してしまったのだ。元の世界の材料の感覚で作ったことが失敗の原因だったかもしれない。幸い量は少なかったので自分で消費した。
そんな事情は露知らず、ミツハの話を聞いたカノンは目をキラキラとさせた。
「マフィン! えー、食べてみたかったです。よかったら今度、一緒に作ってリベンジしませんか?」
「ふふ、そして上手くできたらソーマにプレゼントするのね?」
「ジーナさん〜! からかわないでください! お菓子は作りたいですけどー!」
すっかり玩具になったミツハは意外にもそういった話が好きなジーナにからかわれ、そして同じく片想いをしているタツミに何故か「お互い頑張ろうぜ!」と親指をグッと立てられる始末である。
ブレンダンはこういった話題が得意ではないのかあまり会話には参加せず、聞く側に徹していた。その隣でシュンはカレルと共に「死に急いでる」「自殺願望者だ」「マゾだ」など様々な言葉でミツハの趣味が悪いと語っていた。最早気にするだけ無駄というものだろう。
「どうせなら、アリサさんも誘ってみんなでお菓子作りしたいですね」
「あ、良いねそれ。みんな巻き込んでユウたちにプレゼントするのは有りかも……?」
「あら、カモフラージュ? 上手いわね」
「そういうのじゃないですから〜! ジーナさんにももちろんプレゼントしますよ〜!」
アリサは随分ユウに感謝しているようだし、『なんなら好きなのでは?』とミツハは薄々思っているので、アリサを誘ってユウにプレゼントさせるのも良いかもしれない。そう思って発言すればジーナには邪推され、そして言い出しっぺのカノンの表情が固まる。
「どうしたの?」と聞けば、カノンは顔を手のひらで覆ってテーブルに伏せた。
「実は……今日のこのお菓子、お詫びとお礼を兼ねてユウさんに渡すつもりで作ったものの余りでして……」
「そうなんだ? お詫びとお礼って……ユウと何かあったの?」
「昨日、廃寺での任務を受注したんです。最近のアリサさんを見てたら、私も頑張らないと! って思って……。でも、よく見たらその討伐任務、クアドリガの討伐任務で……!」
「クアドリガ!? そういえば昨日午後からカノンちゃん居なかったね……。……あ、もしかしてユウが手伝ってくれた、とか……?」
「そうなんです! ユウさんのおかげで、クアドリガは無事に討伐できたんですけど……でも、でも……!」
「……誤射しちゃったんだ?」
「そうなんです! ユウさん、動きが凄く早くって……気づいたら射線上に居るんですよ!!」
「あはははは……」
カノンは涙目になりながら申し訳なさそうに語るのだが、ミツハは苦笑しかできなかった。ついにユウもカノンの誤射を喰らったのか――と同情するしか他に無い。
「それでこのマカロンを作ったんですけど、ユウさんいらっしゃらなくて……」
「第一部隊ならサリエルの討伐に出たらしいぞ。ヒバリちゃんが言ってたぜ」
「あら、サリエルが出てたのね。私が倒したかったわ……」
ジーナは恍惚とした表情を浮かべる。サリエルはアラガミにしては綺麗な見た目をしており、ジーナのお気に入りのアラガミらしい。
ミツハの大型討伐の演習コースも佳境に入っている。先日タツミに言われたとおり、ホログラム演習だけでなく実戦も大事だ。演習コースが全て終了したら、ジーナを誘ってサリエルの討伐任務を受けるのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと視界の端に見覚えのある赤毛があった。1階を見下ろすと、受付で空き瓶をリサイクルに出している少年を見つけた。
「あ、カズヤ君だ」
「ああ、この前アップルパイを持って来てくれた子ね?」
「あのアップルパイ、美味しかったですよね! そうだ、お返しにこのマカロンお裾分けしませんか?」
「いいね、それ。おーい、カズヤくーん」
手を振れば、ミツハに気づいたカズヤは嬉しそうに振り返す。おいでおいでとジェスチャーすれば、そのまま2階のラウンジまでやってきた。エントランスの1、2階は一般に開放されているので、民間人でも自由に行き来できる。
「久しぶり。どうしたの?」
「久しぶり〜。今お茶会してるから、一緒にどう? っていうお誘い。アップルパイのお礼させてよ」
ミツハの隣にカズヤが座り、カノンの作ったマカロンに手を伸ばす。13歳の少年はマカロンを初めて食べたのか、独特の食感に「なんだこれ」と目を丸くしている。その姿が妙に可愛らしく、変声期がまだ訪れていないカズヤは少女のようにも見えた。
「まかろん? っていうの、これ?」
「はい! フランスっていう国のお菓子だったらしいですよ」
「そしてカノンちゃんの手作りなんだよ〜、美味しいよね」
「配給品から作るって母さんみたい」
「カズヤくんのお母さんも凄いよね。アップルパイのレシピ教えて欲しいくらい」
「ミツハさんもお菓子とか作るの?」
「たまにかなぁ。今度カノンちゃんと一緒に作ろうねーって話してる」
「ミツハさんの作ったお菓子食べてみたいな」
「成功したらお裾分けするね〜」
「俺もまた今度、母さんがアップルパイ作ったら持ってくるよ」
ミツハが頷けばカズヤは嬉しそうに笑った。命を救ったこともあってか、カズヤはミツハに大層懐いている。
「うふふ、随分好かれたわね」
「カズヤっつったっけ? やめとけやめとけ、そいつクッソ趣味悪ぃから!」
「は!? いや、そんなんじゃないし!」
ジーナとシュンのからかいに大袈裟なほど反応するカズヤの顔は髪のように赤く、ミツハに向かって「違うから!」と念を押す姿が子供らしくて微笑ましい。いや、子供らしいも何も、カズヤはまだ13歳だ。
――13歳かぁ。中学1年生くらい?
外部居住区に住んでいるため、学校には通っていないのだろう。それどころか十分に食事も取れていないかもしれない。まだ成長期がきていないせいかもしれないが、それにしたってカズヤは13歳の男の子にしては細身だった。身長は150センチのミツハと同じくらいしかない。
「ねぇ、カズヤ君。アップルパイは嬉しいんだけど、貴重な配給品だからちゃんと自分たちのために使ってね?」
また今度持ってくるとカズヤは言ったが、配給品は決して多くない。少ない材料を消費させ、そのせいでカズヤたちが食べるぶんが減ってしまうのはいただけない。
そんなミツハの言葉に、カズヤはあっけらかんと答える。
「ちゃんと自分たちのぶんは取ってあるし、そんなの気にしないでいいよ。防衛班は俺たちのために命懸けて戦ってんだし、少しぐらいお礼させてよ」
「うーん、でもカズヤ君育ち盛りだろうし、もっと食べないと……」
「……それ俺の背が低いの見て言ってる?」
「えっ」
図星だったので思わず口元が引き攣る。じろりと詰るような目をしたカズヤは、ムッとした表情を見せた。
「俺はこれから伸びんの! 絶対180超えてやるから!」
「ははは、男に身長の話は駄目だぞミツハー」
「あんまり高すぎると話す時に首が痛くなるから程々がいいなぁ……。カレルさんとかブレンダンさんは顔見て話そうとすると首痛いですもん。シュンさんぐらいがちょうど良いです」
「お前それ喧嘩売ってんのか!?」
「ソンナコトナイデスヨー」
「でもソーマは結構身長あるぞ? 抜かされた時はショックだったなぁ」
「ちょ、その話に戻るんですか!?」
「ソーマ?」
「いやカズヤ君は気にしなくていいよっ!」
慌てふためくミツハをニヤニヤと頬杖をつきながらタツミは笑う。顔を赤くしながら誤魔化すようにミツハがマカロンを一口で頬張ると、タイミング悪く第一部隊が帰ってきた。はしたなく頬を膨らませている姿など想い人に見られて堪るかという話だ。「あっ、第一部隊の人たちが帰って来ましたよ!」というカノンの言葉に慌ててマカロンを飲み込むと咽せてしまった。
「ええっ、だ、大丈夫ですかミツハちゃん!?」
「だい、だいじょうぶ……ありがとうカノンちゃん」
「ふふ、ミツハってわかりやすいわね」
クスクスとジーナに微笑まれていると、ラウンジの横を第一部隊が通り過ぎる。「美味そうなもん食ってんな」とつまみ食いをしようとするコウタの頭をアリサがパシンと平手で叩き、隣でユウとサクヤが苦笑する。すっかり馴染んでいる様子のアリサに「お疲れさま」と手を振れば、彼女は手を振り返してくれた。棘の消えたアリサは素直でとても良い子だ。
「ソーマさんも、お疲れ様です」
「……ああ」
ユウたちから一、二歩遅れてやって来たソーマにも言葉をかければ、不愛想ながらにも返事があった。エレベーターに乗り込んだ第一部隊を見送りながら上機嫌になっていると、タツミとジーナからはやはりからかうような視線を向けられたが、もう触れないことにした。
そんな折、第一部隊が乗り込んだエレベーターをじっと見つめていたカズヤはぽつりを呟く。
「……早くでっかくなりてぇ」
「ははは、頑張れ少年」
「配給品の牛乳不味いんだよなぁ……」
自身の身長に悩むカズヤにタツミが愉快そうに笑う。矛先が向けられているミツハは苦笑しか漏らせないが、純粋な好意を向けられて悪い気になる人などそうそう居ないだろう。
自分とそう背の変わらない年下の子供は背を伸ばす方法を真剣に考えており、それがまた微笑ましかった。
しばらく話をした後にカズヤは外部居住区に帰った。テーブルの上に並んであった菓子もほとんど無くなり、そろそろお開きにしようと残った菓子をつまんでいると、携帯が鳴る。誰か一人の携帯ではなく全員の携帯が鳴ったため、おそらく上層部からの一斉メールだろう。
各々が携帯を開くと、やはり上層部からのメールだった。内容を読み、一番に声を荒げたのはシュンだった。
「はあ!? ユウが隊長って、まじかよ!」
『本日
メールの内容はこの通りだった。まだ日の浅い新人のリーダー抜擢に、周囲の神機使いたちはざわめき始める。
それは防衛班も例外ではなく、ユウの異例の昇進にシュンとカレルはメールを読みながら不満を漏らしていたが、タツミたちは「流石ユウだ」と素直に祝っていた。
ミツハはと言うと、突然の同期の大出世に唖然としていた。「やっぱりユウさんは凄い人ですね」と感嘆の吐息をもらすカノンに、ミツハも深く頷いて同意する。
「……カノンちゃん、作ったお菓子はお詫びじゃなくてお祝いに持っていきなよ〜」
「あっ、それがいいですね! そうします!」