Kuschel   作:小日向

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004 近寄りがたい命の恩人

 ちょうど2日後に二人の適合候補者が試験を受けるらしく、それに合わせてミツハも適合試験を受けることになった。適合試験に合格して正式に部屋を貰うまでは来賓用の部屋を借りることになった。

 

 案内された部屋は、清潔感のある綺麗な部屋だった。

 

 白を基調としたローテーブルに大きなL字のソファ。入って正面の壁は一面にディスプレイが嵌め込まれており、窓の代わりとして風景映像を映していた。部屋の右角にはターミナルと呼ぶ大きな端末が置かれている。データベースにアクセスできるパソコンのようなものらしい。簡易キッチンと冷蔵庫があり、風呂トイレは別。浴槽は広い。

 

――え〜、想像してたより全然良い。ホテルみたい。

 

 三葉はふかふかのソファに座り、コンビニで買ったスティックメロンパンの残りを食べる。食堂で夕食を取るかサカキに聞かれたが断った。この世界に来る前、おやつに買った六本入りスティックパンを半分食べていたので、あまりお腹が空いていない。菓子パンでは栄養が取れないからとカロリーメイトのようなシリアルバーも貰ったので、菓子パンとシリアルバーだけで十分お腹が満たされそうだ。

 

 パンを食べながらスマホを操作する。やはりアンテナは一本も立っていない。オフラインでも使えるアプリを開き、ミツハは音楽を再生させながらカメラロールを開いた。

 

 正月に行った初詣、クリスマスケーキ、大学の合格通知、高校最後の文化祭、友人と食べに行ったパンケーキ、虹が架かっていたので撮った空――スクロールしていく写真は、全てこの世界から見れば60年も前の写真になるのだ。ミツハにとっては少し前の出来事だというのに。

 

 2011年1月11日は、冬休み明けの始業式だった。学校が始まったといっても、高校3年生で大学への合格も既に決まっていたミツハは午前中で下校し、午後はスナップ写真を撮るためにカメラを持って横浜を散策していた。日が傾き始めた15時半頃に帰宅しようと横浜駅に向かって歩いていたら――気づけば60年後の世界だ。

 

 カロリーメイトより味が劣るシリアルバーも食べ、お風呂に入る。ツバキから渡された服に着替えてベッドに横になった。ベッドサイドに備え付けてある時計は22時過ぎを知らせており、普段寝る時間よりも少し早い。その上メディカルチェックで3時間も寝たはずなのに、意外と疲れていたのかすぐに眠気がやってくる。

 

 いつもとは違うシャンプーの匂いを感じながら目を閉じた。愛用の抱き枕を抱いて眠れないことが、少しだけ寂しい。

 

 

 

   ◇

 

 

 

1月12日

 

 扉を開けるとサカキが立っていた。

 

「やぁ、おはようミツハ君。その様子を見るとよく眠れたようだね」

「……おはよーございまーす……」

 

 時刻は7時。普段のミツハの起床時刻だが、眠気が覚めているわけではない。目が覚めてからぼんやりとスマホを触ったり微睡んだりしていたらインターホンが鳴り、慌てて扉を開けたのだ。寝癖は直していないし顔も洗っていない。背中まである長い黒髪がうねっていた。

 

 恥ずかしさを感じながら、ミツハはサカキに訪問の理由を尋ねる。彼はニコリと笑った。

 

「食堂へ案内しようと思ってね」

 

 

 

 フェンリル極東支部は地上300メートル、地下は1000メートルにも及ぶ非常に広大な建物だ。居住区などの施設のほとんどは地下にあるため、『アナグラ』という通称で呼ばれているらしい。

 

 区画移動用のエレベーターに乗りながら、サカキはそう説明した。確かにエレベーターのボタンを見ると、たくさんのフロアボタンがありアナグラの広さが窺える。

 

 エレベーターが止まり、サカキと共に降りる。食堂に足を運ぶと、右手首に腕輪をした人たちが大勢居た。

 

「神機使いってこんなに居るんですね」

「極東はアラガミの最前線だからね。他の支部より戦力が集まりやすいんだけど、それでも人手不足なのが現状だ。人員を補充しても、すぐアラガミにパクリ! ってことが多いからねぇ」

「……食事前にする話じゃないと思います!」

「ごめんごめん」

 

 たいして悪びれる様子もなくサカキが笑う。人が死ぬことなんて日常茶飯事なのだろう。

 

 食堂はホテルのようなバイキング形式だったが、並んでいる食事はホテルとは程遠いラインナップだった。缶詰やレトルトの中身を並べたような、そんな印象を受ける。

 正直、どれも美味しくなさそうだ。それらの中から比較的美味しそうな料理をプレートによそい、六人用のテーブルにサカキと向かい合って席に着く。

 

――美味しくない!

 

 見た目のとおり、美味しくなかった。ビーンズ煮と乾パン、それと何かの肉のパテのようなものと、どことなく薬品臭のするサラダ。全体的に薄味でパテは繊維が多い。昨夜食べたシリアルバーは、もしかすると非常に美味しい部類だったのではないのだろうか。

 なるべく噛まずに、水で押し流すように喉に通す。なんとかプレートを空にした。

 

「ゴチソウサマデス……」

「やっぱり口に合わなかったかい?」

「うっ、いや、大丈夫です……ただちょっと味が慣れなくて……」

「まぁそうだろうね。それでもここは優遇されているほうだってことは理解してくれると嬉しいよ」

「それは……はい、そうですよね……」

「けど悪いことではないよ。ミツハ君はちゃんと、美味しいものの味を知っている証だからね」

 

 ばつが悪そうに俯くミツハに、サカキがフォローを入れてくれる。食えない人だが、悪い人ではないのだろう。少なくともミツハはそう感じた。

 

 トレーを返却口に置き、食堂を出る。今後のことについて話すため、サカキの研究室に行くことになった。

 エレベーターの前でサカキと話しながら到着を待っていると、ふいに見覚えのある青年が視界の隅を横切る。顔を向けると、フードを被った青年が廊下を歩いていた。

 

「あ、ソーマさん! ……でしたよね?」

「……あ?」

「ああ、確かミツハ君をヴァジュラから助けたのはソーマだったね」

「昨日はありがとうございました! 色々とご迷惑をおかけしちゃって、すみません」

 

 ソーマはミツハの姿を視認すると、面倒くさそうに目を逸らした。フードを深く被っているせいで顔はよく見えないが、好意的な感情がまったく感じられないのは確かだった。

 

「彼女は井上ミツハ君。検査の結果、適合者であることがわかってね。近々ソーマの後輩になると思うよ」

「使えるようには見えねぇけどな」

「そのために新人研修がプログラムされているんじゃないか。同行することがあったらよろしく頼むよ、先輩」

「よろしくお願いします、ソーマ先輩!」

「ごっこ遊びじゃねぇんだぞ、クソッタレ」

 

 そう吐き捨て、鋭く睨まれた。その眼差しの冷たさにビクリと萎縮すると、ソーマは舌打ちを落として去っていった。

 

――何あの人! 怖すぎる!

 

 命の恩人にそう思うのは失礼極まりないことだが、助けられたことを加味してもソーマの印象が悪すぎる。

 確かに昨日はタイムスリップした直後で何もわからず、ソーマとの噛み合わない受け答えで迷惑をかけてしまった。そのせいで疎まれているのかもしれないが、今の会話でソーマを怒らせるポイントがあっただろうか。軍隊的な組織だから先輩と呼ぶのは間違っていたのかもしれない。それにしたって沸点が低すぎやしないか。

 

 到着したエレベーターに乗り込む。サカキは研究区画へのボタンを押して苦笑した。

 

「悪く思わないでほしい。ソーマは不器用なところがあるからね」

「……サカキ博士はソーマさんと仲が良いんですか?」

「うーん、仲が良い悪いというより、付き合いが長いって感じかな」

 

 相槌を打つと、サカキは細目を更に細めて笑う。その笑みはどこか、親が子に向けるものに似ている気がした。

 

「よかったら、彼と仲良くしてやってくれ」

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