Kuschel   作:小日向

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040 デートのお誘い

 ユウのリーダー就任に驚きながらも防衛班は解散し、ミツハは自室へ戻ろうと新人区画に向かっていた。

 

 エレベーターの中でもう一度、先ほど送られてきた上層部からのメールを見返す。ユウがリンドウに代わって第一部隊の隊長になったのは、ユウが新型だからだとカレルは言っていた。やはり新型というのは大きなアドバンテージなのだろう。同期の大出世にシュンのような羨望は抱かなかったが、遠い存在になったな、という気持ちが大きい。

 

 廊下を歩いていると、ドサッと何かが落ちる音が聞こえる。気になって音のほうへ足を運んでみれば、三箱のダンボール箱を派手に落としたユウの姿があった。

 

 目が合ったユウは恥ずかしそうに笑いながら、角が少し凹んだダンボール箱を積み重ねる。

 

「どしたの、そんな大荷物」

「部屋が変わるから、荷物を移動してたんだけどね……恥ずかしいとこ見られちゃったなぁ」

「あっ、そっか。ベテラン区画に移るんだ?」

 

 ベテラン区画は階級が曹長以上の神機使いが住む区画だ。基本的に部隊長は曹長以上の人間が務めるので、ユウは腕輪を嵌めてから僅か3ヶ月で曹長まで昇進したのだ。思わず溜息が出そうになるほどの出世スピードだ。

 

「運ぶの手伝うよ、一人じゃ大変でしょ」

「ありがとう、助かるよ」

「あとリーダー就任おめでとう! 凄いね、びっくりしたよ」

「うん、僕も驚いてる。まだ新人区画に居たかったなぁ……」

「3ヶ月で新人区画からベテラン区画に移るって凄いよね」

「全然ベテランじゃないのにね……」

 

 そう苦笑するユウからダンボールを一箱受け取り、エレベーターに向かう。廊下を並んで歩きながら、ミツハは顔をニヤつかせて隣のユウを見た。

 

「そういえば、昨日カノンちゃんとクアドリガ倒しに行ったんだっけ?」

「うん。……前にミツハが誤射されにくいのが重要って言ってた意味がよくわかったよ」

「ふふふ、こちら側へようこそ……」

「でも、カノンさんのバレットの威力凄かったなぁ。ブラストだからっていうのもあるんだろうけど」

「カノンちゃん適合率高いらしいからね。ユウと同じくらいじゃなかった?」

「そうなんだ。でもミツハも適合率高かったよね。ポール型使えるくらいだし」

「ユウたちには劣るよ〜」

 

 適合率だけで言えば確かにミツハは群を抜いているらしいのだが、適合率と比例するオラクル活性が、P15の場合は伸び幅が小さく、平均的な適合率のオラクル活性と変わらないのだ。

 ミツハの身体にある偏食因子が特殊であることは一部の技術班には話しているが、ユウたちには言っていない。笑って言葉を濁しつつ、「それより」と話題を強引に変える。

 

「廃寺での任務だったんでしょ? オーロラ見れた?」

「見れたよ。異常気象のせいだって分かってても、やっぱり綺麗だよね」

「いいな〜。時間帯とか合わなくてまだ見たことないんだよね」

 

 明日は昼で防衛任務が終わる。日が落ちてから廃寺での任務を受注して撮りに行こうか――などと考えていると、エレベーターがベテラン区画に到着する。

 

 扉が開くと、エレベーター前の休憩スペースでソーマが缶コーヒーを片手にベンチに座っていた。ちらりとソーマの視線がこちらに向けられ、すぐに逸らされる。

 

「……あっ、ミツハ! もういいよ、部屋すぐそこだし!」

「えっ!?」

 

 突如ユウが強引にミツハの持つダンボール箱を奪うように受け取る。三段に重ねられた箱で視界を悪くしながら足早に廊下を歩いて行った。

 

 『急にどうしたの』という目でユウを見やれば、彼は手が塞がっていなければグッと親指でも立てていそうな表情をしながら笑う。どうやら要らぬ気を遣われたらしい。あの状態で扉を開けられるのか少々不安に思いながら、ミツハはソーマの居る休憩スペースで取り残された。

 

「え、えーと……」

 

 あからさまに二人きりにさせられ、視線が泳ぐ。何か話題を探すより先に、ソーマがベンチを立ってしまった。帰るのかと残念に思いきや、缶コーヒーはゴミ箱に捨てられるわけでもなくベンチの上に置かれたままだ。

 

 ソーマは自販機のボタンを押してガコンと音を鳴らす。取り出したペットボトルはミツハへ向けられた。

 

「…………」

「……え、えっと?」

 

 ペットボトルの中身はミツハがよく飲んでいるミルクティーだった。ハテナマークを浮かべるミツハにソーマは少々眉を寄せ、目を逸らしながらずっと閉じていた口を開いた。

 

「……やる」

「え」

「借りは返す主義だ」

「借り……? ……あっ、この前の葡萄ジュースのことですか?」

「わかったならさっさと取れ。要らねぇなら捨てるぞ」

「欲しいです、超欲しいです! 捨てないでください~!」

 

 差し出されたペットボトルを受け取って礼を言う。ソーマはそっぽ向いて再びベンチに座り、缶コーヒーを呷る。

 当のミツハは、見慣れたミルクティーを見ながら嬉しさで胸がいっぱいになっていた。

 

――嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい。

 

 いつも飲んでいるはずのミルクティーだが、飲むのが勿体なく感じてしまう。思わず緩む口元を抑えきれずに、ふやけた顔をしながらソーマに目を向けた。

 

「ありがとうございます。私、ミルクティー大好きなんですよね」

「知ってる」

「えっ、あっ、ありがとうございます」

「なんでいちいち礼を言うんだよ……」

「だって、私が好きなものを選んでくれたんですよね、ソーマさん。それが嬉しくて」

 

 そして何より自分の好きなものをソーマが知っていたことが嬉しかった。

 

 貰ったミルクティーを両手で握りながら、一度小さく深呼吸をした。嬉しさで羽が生えたような今のミツハなら、なんだってできそうだった。

 

 例えば、そう。ソーマを任務に誘う勇気だって、今のミツハは持ち合わせていた。

 

「あの、ソーマさん、明日の夕方以降って空いていますか?」

「……急になんだ」

「鎮魂の廃寺での任務を受けたいので、同行していただけたら嬉しいなぁ、って。オーロラを撮りに行きたいんですけど、流石に一人で行くのは怖いので」

「防衛班のヤツらとでも行けばいいだろ」

「うっ、そう、ですけど……でも、ソーマさんと行きたいんです」

「…………」

「……あっ、いや、駄目なら全然いいんですけど!」

 

 恥ずかしいことを口走ってしまい、慌てて首と手を大袈裟なほどに振る。「忘れてください」と照れを誤魔化すように苦笑しながら言えば、ソーマからは予想外の言葉が返ってきた。

 

「……別に、行ってもいいがテメェの身の丈に合わねぇ任務は受けるなよ。足手纏いになられるのは御免だ」

 

 まさか了承されるとは思わず、目が点になる。両手で持っているミルクティーに力が入り、べこっと間抜けな音を立ててしまった。

 

「本当ですか!? え〜! ありがとうございます! 今度何かお礼しますね!」

「別に要らねぇ」

「でも〜……あっ、スマホに入ってる音楽、CDに焼いてプレゼントしていいですか? 私の好きなバンドのアルバム、聴いてほしかったんですよ〜!」

「勝手にしろ」

「じゃあ勝手にしまーす!」

 

 もう一度笑って礼を言う。「しつこい」と一喝されてしまったが、緩み切った口元は治らなかった。

 ソーマは立ち上がって缶をゴミ箱に捨て、ミツハに背を向ける。

 

「あの、あとで任務詳細のメール送りますね」

「…………」

「明日、よろしくお願いします」

 

 何も答えない背中に言葉をかけて笑った。

 

 自室に戻るソーマの背を見送ってから、先ほどまでソーマが座っていたベンチに腰掛ける。そして受け取ったペットボトルのキャップを空けた。ミルクティーはずっと両手で握っていたせいか、体温で少し温くなってしまっていた。

 

――嬉しくて死んじゃいそう。

 

 上機嫌でミルクティーを一口飲む。自販機で売っている普通のミルクティーなのだが、特別甘く感じて淡いブラウンが輝いて見えた。自身の単純さにほとほと呆れるが、嬉しいものは嬉しいのだからしょうがない。何せミツハはソーマに恋をしているのだから。

 

――明日、かっこ悪いところ見せたくないなぁ。

 

 後で軽く訓練をしようと決め、もう一口ミルクティーを飲んで立ち上がる。

 ステップでも踏みそうな軽やかな足取りで、ミツハはエントランスへ向かった。

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