2月26日
アナグラから鎮魂の廃寺はそう離れておらず、車でも10分程度で着く距離だ。急を要さない限りわざわざヘリを出すような場所でもないため、ミツハはソーマの運転する装甲車に乗って作戦区域まで移動する。
高機動車や装甲車で移動する際は神機使いが運転手となるため、基本的に神機使いは皆運転技術の取得が必須になっている。
ミツハは研修期間に車の運転の仕方は学んでいるのだが、ハンドルを握ったのは運転シミュレーターの装置のみなので実際に運転したことはない。運転技術に不安が強かったのでソーマにハンドルを握ってもらっているのだ。
「私から誘った任務なのにすみません……」
「新人向けの講習があるだろうから行っておけ」
「は〜い……」
申し訳なさを覚えて助手席で小さくなりながら、隣で運転するソーマを眺める。
まったく見えないが、ソーマはミツハよりも一つ年下だ。ノルンの表記では18歳だが、誕生日はまだ迎えていないので実際には17歳だ。17歳の彼は、慣れた様子で運転している。
――うん、年下に全然見えない。
「ソーマさんって大人っぽいですよね」
「……突然なんだ」
「だって私のほうが一つお姉さんのはずなのに、何度も助けられてるし、運転もソーマさんに任せっきりで……」
「まぁ、19には見えねえよな、お前」
「いや、実際はまだ18なので! 19までにはまだ半年以上もあるので大丈夫です!」
「何が大丈夫なんだよ……」
そんなくだらない会話をしながら装甲車は進み、辺りは雪が積もり始める。アラガミのあまり寄ってこない場所に装甲車を停め、積もった雪に足跡をつけた。
まだ夕刻時なのだが、山に囲まれたこの場所は日の入りが早く、辺りはうっすらと暗くなり始めていた。「早く終わらすぞ」とソーマがアラガミの居る作戦区域まで歩き始める。
ミツハは赤いマフラーを首に巻き、先を行くソーマの背を追った。吐き出す息は白く、薄暗い空には一番星が煌めいていた。
ミツハが受けた任務はそう難しくはない、中型二種の討伐任務だ。相手はグボロ・グボロとシユウ。グボロ・グボロは殺されかけた経験があるので苦手意識はあるが、冷静に対処すれば死にかけるようなことはない。
大型の討伐演習コースはあと少しで終わるが、ソーマと二人ではソーマのソロ討伐になってしまうことが目に見えていたので大型はやめて中型にした。そもそも今回の目的はオーロラの撮影であり、アラガミの討伐は目的のための手段なのだ。
雪が積もって滑りやすい階段を上がり、物陰からアラガミの姿を確認する。グボロ・グボロがゆったりとした動きで徘徊していた。シユウがこの地点へやって来るまでは5分ほど猶予がある。
「5分で片すぞ」
「はいっ」
ソーマが先陣を切り、背後からグボロ・グボロに重い一撃を喰らわす。ミツハも神機の柄の先端を握り、咬刃を大きく展開して身を抉っていく。
痛みに喘ぐグボロ・グボロは水泡を放つが、ソーマはひらりと避けて大きな顎にバスターブレードを叩き付ける。ボロリと牙が壊れ、追い打ちをかけるように捕喰してバーストモードに移行したソーマは息も上げずに神機を振るう。
――改めて思うけど、この人本当に強いなぁ……。
5分もかからずにグボロ・グボロは霧散し、続けてやって来たシユウも、ソーマはものの数分で倒してしまった。
捕喰してコアを回収しながらミツハは苦笑する。ほとんどソーマ一人で倒してしまったのでミツハはかすり傷すらできていない。
「全然お役に立てなくてすみません……」
「……足手纏いにならなければそれでいい」
基準の低さに苦笑を零しながら、付近にアラガミの反応が無いことを確認してミツハは神機をケースにしまう。戦っている間に日は暮れ、空には星が瞬きオーロラが出ていた。
戦闘で役に立てないのはわかり切っているので仕方ない。そもそも今回の目的は、この夜空なのだ。
感嘆の白い息を漏らしながら、ミツハは持ってきていた黒いバッグからカメラを取り出す。
「20ミリの広角レンズ、入れといて良かったぁ……!」
タイムスリップをしたあの日、学校は午前で終わるため午後は写真を撮ろうとカメラとレンズを用意していたが、本格的な撮影会をするわけではなかったのでレンズは標準レンズと広角レンズの二種類しかバッグに入れていなかった。お年玉や長期休暇中のバイトでお金を貯めて買ったり誕生日やクリスマスのプレゼントで集めていたレンズたちは、60年前のミツハの部屋で寂しくしていることだろう。
レンズを取り付けている間もミツハはのテンションは上がりっぱなしだった。そんなミツハにソーマは怪訝そうな顔をする。
「……お前、本当によくそんなもん持ってるな」
「えへへへへ。2007年発売のハイアマ向けのカメラです。CanonのEOS40Dです! 私の相棒です!!」
「2007……骨董品だろ、動くのかよ」
「…………さぁ撮りますよー!」
テンションが上がりすぎたせいで、ついつい喋りすぎて要らないことまで口が滑ってしまう。64年前のカメラなんて骨董品すぎる。
ソーマの怪訝そうな目から目を逸らし、オーロラを撮ろうとしたが、ミツハは致命的な失敗に気づいてしまう。
「……あ! オーロラってカメラ固定して撮るものですよ! 三脚が無い!」
「あるわけねぇだろ……」
今度は呆れた目でソーマが見ている。ええいこんなことで終われないと、ミツハは近くの廃材を集めて即席の三脚を作る。地平線が見える場所を探して不格好な三脚を置き、ミツハは真剣な表情をしてカメラの設定をする。
「確か、感度は1600以上で……絞りは下げて……5秒ぐらいかな……いやもっと長め?」
ぶつぶつと思考を声に出して確かめながらカメラを操作する。オーロラの撮り方は調べたことはあるものの、実際に撮ったことは当然ないので手探りだ。
ひとまず設定し終え、シャッターを切ってみる。ボタンを押した後に、長時間露光の撮影では少しのブレが大きく影響するからリモートスイッチやタイマーが良かったと気づく。しかしもうシャッターを切ってしまったのだから仕方がない。白い吐息が写ってしまわないように息を潜めて撮影が終わるのを待ち、撮れた写真を確認する。
「わあぁぁあ……! オーロラ撮れてる……! ……けどちょっとやっぱりブレてる! それにぼやけてるなぁ……あっ、ソーマさんソーマさん! 見てください! どうですか、ちょっと減点ですけど、初めてにしては上出来じゃないですか!?」
「……お前、こんな特技があったのか」
「えへへへへ〜」
「…………そういうところが年上に見えねぇんだろ」
「えっ、突然なんですか……」
「……撮れたんならさっさと帰るぞ」
「ええっ、もう少し! もう少し撮りたいです! っていうか普通に廃墟撮りたい! 雪と廃寺と星空、めちゃくちゃ絵になりますよ!」
帰投を催促するソーマに抗議し、ミツハはカメラを構える。ソーマの溜息が聞こえたが、写真を撮りに歩き出したミツハについて来てくれていた。
夜空を見上げてカメラを構え、シャッターを切っていく。良い撮影ポイントはないかと歩きながらカメラを構えていると、廃材を踏んでしまい凍った表面に足が滑ってしまう。
「えっ」
重力に負けた身体は簡単に後方へ倒れ、雪の積もった地面へ背中からダイブしてしまった。両手がカメラで塞がっていたため受け身も取れずに盛大に転び、雪の冷たさが肌を刺した。
「……前見て歩けよ」
「ほ、本当ですね……めちゃくちゃ冷たいです……」
恥ずかしさで顔からは火が出そうだった。雪がクッションになったおかげで痛みは無いが、雪に突っ込んでしまったため顔面以外があまりにも寒い。
両手を擦って暖を取っていると、ソーマは白い溜息を吐いてモッズコートを脱ぐ。そのままバサリとミツハの頭に被せた。
「えっ? あの、」
「着ていろ」
「で、でもソーマさんが寒いじゃないですか」
「別にこれぐらい寒くねぇ」
「う……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
フンと鼻を鳴らしてそっぽ向いたソーマだが、普段目深に被られているフードが無いため表情がよく見える。その表情にミツハは小さく微笑んだ。
――やっぱり優しいなぁ。
コートに袖を通すが、ミツハには大きすぎて指先はすっぽり隠れてしまっている。袖を捲って指先を出し、カメラが無事か確認すると同時に今まで撮った写真を見返した。
どれも綺麗に撮れている写真なのだが、ふと、一枚だけ違和感を覚える写真があった。
夜空がメインである写真の隅。建物に隠れるようにして、
「……心霊写真が撮れてしまいました」
「はぁ?」
「ひ、ひとかげがうつってるんです。ほら、この辺りに!」
怪訝な顔をするソーマにカメラの画面を見せる。『またくだらないことを言い始めたな』と呆れた様子のソーマだったが、問題の写真を見た途端にソーマの纏う雰囲気ががらりと変わる。思わずミツハまで緊張してしまうような、臨戦態勢の空気に変わったのだ。
「ソーマさん?」
「……お前は先に装甲車まで戻ってろ」
「えっ、どうしたんですか?」
「いいから戻ってろ。俺もすぐに戻る」
そう告げ、ソーマは神機を構えて索敵を始めてしまった。この人影に何か心当たりがあるのだろうかと首を傾げるが、到底ミツハにはわかりもしない。
仕方がないので言われたとおりに神機ケースを持ち、装甲車を停めている場所まで戻る。時間を確認すると最終帰投時刻が近づいていた。静まり返った廃寺では風の音がよく響く。静寂の中、屋根に積もった雪が落ちる大きな音に少し驚いてしまう。
――一人だとちょっと怖いな。
コートから手を出し、ケースから神機を取り出した。ぞわりとする悪寒はしないため近くにアラガミは居ないはずだが、神機を握るだけでも安心感があった。気分を落ち着かせるために深呼吸をすればソーマの匂いがし、逆に心拍数が上がってしまった。
「……大きいなぁ」
ぶかぶかのコートを眺めながら、小さく独り言ちた。ネイビーブルーのモッズコートはミツハには大きすぎる。肩幅の違いでしょっちゅうずり下がってしまうし、裾は膝下にまで届いている。調子に乗ってフードを被れば普段のソーマだ。へへ、とマフラーに口元を隠して笑った。
しばらく待ち惚けていると、神機を肩に担いだソーマが戻ってきた。ミツハに上着を貸しているせいなのだが、黄色いシャツ一枚のソーマは随分と寒そうだ。フードを脱ぎ、ソーマのもとへ歩み寄る。
「おかえりなさい」
「…………」
先ほどより少々不機嫌になってしまっている。索敵の成果が何も無かったのだろうと思いながら、鼻先を赤くするソーマにミツハが元々巻いていたマフラーを背伸びして巻いてやる。
「……何のつもりだ」
「寒そうなので」
「お前のせいでな」
もっともなソーマの返しにすみませんと苦笑し、コートを返そうとしたが「別にいい」と制された。ソーマはマフラーを巻いたまま神機をケースにしまい、装甲車に乗り込んだ。
「帰るぞ」
「は〜い」
ミツハもソーマに続き、神機をしまって助手席に乗る。行きとは互いに違うものを身に纏いながら、二人は鎮魂の廃寺を後にした。