Kuschel   作:小日向

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043 急転直下

3月2日

 

 本日はいよいよ大型討伐の実戦任務だ。ブリーフィングルームで同行者のジーナと話をしていると、扉が開く。同じく同行者のユウと、そしてソーマがやって来た。

 

 ミツハは流れるようにユウの腕を引き、ソーマとジーナから少し離れた場所でヒソヒソとユウに耳打ちをする。

 

「ちなみに神薙隊長さん。ソーマさん選出の意図は?」

「混戦になりがちなコンゴウはサクッと倒したいからソーマの火力が頼りになるなぁって」

「ちゃんと戦術的な理由だった! 邪推しちゃったごめん!」

「あとミツハが嬉しいかなって」

「邪推どおりだったよ!」

 

 くすくすとジーナの笑い声に恥ずかしくなり、コソコソ話はやめた。実際のところ、ユウの言うとおり嬉しい。より一層任務に気合いが入るものだ。

 

 雑談をやめ、ブリーフィングを開始する。任務内容は昨日確認したとおり、贖罪の街エリアでのサリエルとコンゴウ、および多数の小型アラガミの討伐である。

 

 偵察班による最新の情報だと、コンゴウは奥まった建物の中で休んでおり、サリエルは周囲を徘徊。小型アラガミは群れて行動しているらしい。

 

「作戦だけど……ミツハ、何か希望はある?」

「混戦には絶対なりたくない! です!」

「ってことだから、サリエルを足止めしつつ、先にコンゴウと小型アラガミを別々で討伐しようと思います。ジーナさんは何か希望はありますか?」

「私はサリエルと踊りたいわ。足止めは任せてちょうだい」

「それなら僕とソーマがコンゴウを倒して、その間にミツハは小型の掃討。それぞれ終わったらジーナさんと合流して、本命のサリエルを討伐……って流れで行こうか。それでいいかな、ソーマ」

「構わん」

「よし、じゃあ決まりだ。携行品の準備は大丈夫?」

 

――めちゃくちゃリーダーしてる〜!

 

 第一部隊のリーダーに就任しているのだから当然なのだが、実際にユウのリーダー然とした姿を見るのは初めてだ。とても頼もしい同期と共に、ミツハたち四人はアナグラを飛び立った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ヘリが作戦区域である贖罪の街に着陸し、ミツハたちは神機を構えて散開した。各々交戦ポイントまで移動し、アラガミに見つからぬよう姿を潜めて様子を窺う。

 

 ヘリの中でもブリーフィングを行い、ジーナがC地点でサリエル、H地点でミツハが小型の掃討、奥まった建物のJ地点でユウとソーマがコンゴウの相手をすることになった。

 

 交戦開始のタイミングはサリエルがC地点に入った時だ。ジーナの合図でユウとソーマがコンゴウを叩き、それから各々戦闘開始するといった手順でまとまった。

 

 神機を持ちながら、ミツハは挑発フェロモン剤を用意する。複数の小型アラガミを引き受ける際は他の交戦ポイントへ乱入させないよう、注意を引きつけておくことが重要だ。

 

 しばらくアラガミの鳴き声と、壊れたビルの合間を吹き抜ける風の音だけが響いていたが、ジーナの声が無線に入る。

 

『――サリエル、C地点に入ったわ』

『了解。コンゴウと交戦開始します!』

「わかりました。こちらも戦闘に入ります!」

 

 ユウの返事を聞き、ミツハも神機を構えてオウガテイルの中に飛び出した。

 

 挑発フェロモン剤を使い、小型アラガミの標的をミツハへ向けさせる。複数のオウガテイルがミツハ目掛けて襲ってくるが、ミツハは咬刃を展開させてその群れを大鎌で薙ぎ払う。

 

――あれっ?

 

 違和感があった。いつもなら軽々と振り回せるはずの神機が、重い。

 

――まさか、また!?

 

 この違和感には既視感があった。1ヶ月前、創痕の防壁での任務中に適合率とオラクル活性が低下した時のことを思い出す。

 

 相手が小型アラガミのみだから変わりなく戦えているが、中型以上のアラガミ相手にこの状態では命取りになってしまう。実際、変形が上手く作動しないときもある。

 

 それでも無事にオウガテイルの群れを捌き斬り、ミツハは一息吐く。ヒバリに状態を確認してもらおうと、襟元の無線のスイッチを入れた、その時だった。

 

 

 ――ぞくり

 

 

 ぞわりとした悪寒が身体を突き抜ける。全身の産毛が立つような感覚に漠然とした恐怖と不快感を覚えていると、悪寒でもなんでもなく、本物の冷気が後方から漂い、足を竦ませる。

 

 振り向けば、崩れて崖になっている場所からアラガミが姿を現す。所々にある建物の残骸を足場に上ってきたのだろう。そのアラガミの姿を捉え、ミツハは息を呑んだ。

 

「……ッ、こ、こちらミツハ! ――()()()()()と遭遇しました!」

 

 約1ヶ月前に第一部隊が遭遇したという、『プリティヴィ・マータ』がミツハを冷たく見据えていた。第一部隊が遭遇した日以来、プリティヴィ・マータの目撃数は以前の数倍に膨れ上がっている。今まではあまり出現しないアラガミだったため、詳細がわからず偏食場レーダーでの観測も難しいらしい。

 

 報告で上がっていた画像と一致する冷酷な女神像の顔に思わず怯み、一歩出遅れてしまった。

 

 無線でバイタルチェックではなく遭遇報告を入れると同時に、プリティヴィ・マータは氷柱のような鋭く尖った氷を複数生成してミツハ目掛けて連射させる。装甲を展開し受け止めるも、その圧倒的な威力に簡単に弾き飛ばされてしまった。

 

 受け身を取って即座に立ち上がるが、プリティヴィ・マータは既に距離を詰めてその鋭い鉤爪をミツハに向けていた。間一髪で爪の餌食になることは避けたが、普段より重い神機が足を引っ張る。爪先が回復錠などの携行品が入っているポーチを傷つけ、中身が散乱する。スタングレネードも転がり落ち、怯ませて撤退する手段が絶たれてしまった。

 

『周囲にもう一体、大型アラガミの反応があります! ミツハさんは直ちにその場から撤退してください!』

「っ、撤退の余裕、無いです! 受け身だけでっ、精一杯ですっ!」

『俺が行く。待ってろ!』

 

 コンゴウは瀕死状態らしく、ソーマが先んじて救援に来てくれる。交戦ポイントが近いジーナはサリエルが合流してしまわないように場所を移動しながら引きつけており、ユウもコンゴウを倒し次第来てくれるそうだ。

 

 その間、ミツハは一人で耐えなければならない。

 

――絶対、死ぬもんか。

 

 少しでも遅れを取れば死んでしまう。何せ相手は接触禁忌種だ。ミツハが敵う相手ではない。心臓が飛び出そうな緊張感と恐怖に圧倒されながらも、ミツハは冷たい女神が繰り出す攻撃をなんとか躱していく。

 

 だが身体の動きが普段より鈍く、神機が重いせいで防戦すらままならない。プリティヴィ・マータが飛びかかってくるが、今の状態では装甲が展開できない可能性もある。神機のポール部分で鉤爪を受け止めると、腕輪を傷つけられた。身体はなんとか無事だ。

 

 極限状態の中、重たい神機を強く握り締め、全神経をプリティヴィ・マータに集中させる。

 

 その時だ。

 

「ミツハ、上だ!!」

「――ッ!?」

 

 ソーマの叫びを耳にして頭上に目を向ければ、アラガミの逃げ道となっている教会の屋根の上で、ヴァジュラがバチバチと音を鳴らす電球を放っていた。

 

――あ。

――死ぬ。

 

 目前に迫る高電圧の球体を避けようとするが、間に合うはずもなく視界が真白に染まる。

 

 

 

 ――しかし、電圧で皮膚が焼けるような痛みは無かった。

 

 代わりに感じたのは、体温と背中への鈍い衝撃だ。口内に血の味が広がり、ポタポタと滴る水滴が頬に伝う。

 

「……っ、」

「……死んでねぇな」

「そーま、さん、血が……」

 

 眼前には、ソーマが瓦礫からミツハを守るように覆い被さっていた。その頭からは血が流れ、ミツハに滴り落ちる。血の味が喉に焼けるように熱くなった。

 

 目が眩む真白な光は、ヴァジュラの電撃ではなく閃光弾の光だったのだ。間一髪でソーマに助けられたが、電撃によって壊された瓦礫の下敷きになってしまった。

 

 しかしそれが好機となったか、瓦礫の隙間から見えるプリティヴィ・マータはしばらく閃光弾の光に苦しんだ後、消えた獲物を探しにどこかへ行ってしまった。

 

 接触禁忌種が去ったことにほっとしたが、まだ安心はできない。ヴァジュラはまだこの場に居るのだ。

 

「動けるか」

「……大丈夫です」

 

 神機はなんとか扱えている。ソーマも一緒なのだ、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 

 ソーマが瓦礫を押しのけて立ち上がる。バスターブレードを握り直し、ヴァジュラと交戦を開始する。

 ミツハもそれに続こうと、袖で血を拭って地面に投げ出された神機を握る。柄を強く握り、その大鎌を持ち上げる――

 

 ――しかし、神機は地面に沈んだままだ。

 

「え……」

 

 その重さにミツハは唖然とする。踏ん張って持ち上げようとすれば神機は地面から浮いたが、とてもじゃないが振り回すことができる重さではない。腕が痺れ、すぐに地面に沈む。たらりと冷や汗が垂れた。

 

――なに、これ!?

 

「おい、何ボーッとしてやがる!」

「す、すみません! 神機が、重くて!」

「何言って……――っ、おい、手を離せ!」

 

 ソーマがミツハを見やれば、その蒼い目を剥いた。ミツハの持つ神機の生体部分が触手のように伸び、ミツハの腕に伸びていたのだ。

 

 咄嗟にソーマはミツハの腕を掴み、強引に神機を手放させる。『ガシャン!』と大きな音を立てて大鎌は地面に沈み、伸びた黒い触手も元に戻った。

 

「お前、腕輪が……!」

 

 ソーマの瞳に、ミツハのボロボロに傷ついた腕輪が映る。狼狽えるソーマをお構いなしに、ヴァジュラが吠える。電撃を放たれ、ソーマが舌打ちをしてタワーシールドを展開し、電球を受け止めると同時にヴァジュラは咆哮を上げてソーマに飛びかかる。

 

 しかしその黒い胴体に銃弾がとめどなく撃ち込まれ、ヴァジュラは失速し地面に這う。駆け付けたユウのアサルト連射だった。

 

 ダウンしたヴァジュラに追い打ちをかけるユウに続こうと、ソーマは装甲を収めながら後方のミツハに向けて声を荒げる。

 

「クソッ、お前は今すぐアナグラに戻って腕輪を――」

 

 言葉の途中に、硬いものが地面に落ちる音がした。

 

 振り返ると、二つに分離した腕輪とミツハの神機であるヴァリアントサイズが地面に沈黙している。

 

 

 ただ、それだけだった。

 

「は……?」

『――ミツハさん!? ミツハさん、応答してください!』

 

 呆然とするソーマの耳にヒバリからの通信が入る。オープンチャンネルに入った通信にヴァジュラと戦っていたユウも焦った様子を見せ、ミツハが居たはずの場所を見やる。変わらず、そこには大鎌と壊れた腕輪があるだけだ。

 

「おい、あいつは今どこにいる!?」

『それが……確認できないんです! 腕輪のビーコンはその場にあるのに、生体信号(バイタルサイン)がありません! 周囲の観測レーダーからも、生体反応が一つ消失しているんです……!!』

 

 ヒバリが何を言っているのか、ソーマは一瞬理解ができなかった。

 

 その言葉は、それだけの衝撃を持っていた。

 

 ヴァジュラと交戦していたユウは隙が生まれてしまい、ヴァジュラがここぞとばかりに鉤爪を伸ばす。

 

 しかし、その爪はユウに届く前に砕かれた。

 

「――落ち着いて。まずは目の前のアラガミを排除しましょう。じゃないと状況確認もままならないわ」

 

 サリエルを倒し終えたジーナがスナイパーを構え、冷静にヴァジュラをスコープ越しに見据えていた。

 

 ソーマは舌打ちを落とし、神機を強く握ってヴァジュラに刃を叩き込む。早く探しに行きたい思いから三人はすぐにヴァジュラを倒し終え、散開してミツハの捜索に当たった。

 

 しかし、ミツハはどこにも居なかった。

 

 辺りをどれだけ探してもミツハの姿は無かった。それどころか血痕すら、何も無かった。

 

 腕輪が本人から外れているせいでビーコンも生体信号も確認できない。探す当てもなく、捜索は調査隊に任せてソーマたちは帰投するよう指示が下った。

 

 持ち主をなくした神機だけが無情に取り残され、その大鎌を見ながらソーマは歪に自嘲する。

 

――俺はまた、守れなかったのか。

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