Kuschel   作:小日向

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第2章
044 MIA


 ――おい、聞いたかよ――

 ――またソーマのチームが接触禁忌種と遭遇したらしいぞ――

 ――嘘でしょ。あの人、本当にアラガミを呼び寄せてるんじゃないの?――

 ――それで、誰か死んだのか?――

 ――行方不明になったヤツが居るらしい――

 ――俺、名前聞いたぜ――

 ――井上ミツハ。ソーマとよく一緒に居るポール型の新人だよ――

 ――あの子が? 可哀想に。良い子だったのね――

 ――状況的に新人が生きてるわけないよな――

 ――エリックにリンドウさん、そしてミツハか――

 ――全員、ソーマとよくつるんでたな――

 ――やっぱりソーマとは関わるべきじゃねぇよ――

 ――あいつは死神なんだ――

 

3月2日

 

 リンドウが行方不明になってから1ヶ月も経たぬうちに出た新たなMIA(作戦行動中行方不明)認定者に、アナグラは不穏な空気が流れていた。

 

 慌ただしいオペレーターや調査隊の出動などで漏れ聞いたのだろう。ソーマたちがアナグラに帰投する頃には話が広まっており、畏怖を抱いた眼差しがソーマを出迎えた。

 

 恐怖や懐疑、化け物でも見るような視線が、遠巻きに向けられる。ソーマにとっては慣れた視線だ。

 

「……何も知らないのに勝手なことを言うのね」

 

 憶測や邪推でざわめく中、ジーナが独り言ちるが喧騒に掻き消された。

 

 部隊長であるユウは報告のためツバキに連れられ、先にエントランスを後にしていた。神機が収納されたケースをヒバリに預けるジーナに対し、ソーマはケースを持ったまま受付横の階段を上がる。

 

「ちょっと、どこに行くのよ?」

「……お前には関係ねぇだろ」

「……そうね。野暮なことを聞いたわ」

 

 ジーナの言葉に足を止めずに、ソーマは区画移動用エレベーターに向かった。ソーマが歩を進めると、遠巻きに見ていた神機使いが顔を逸らして口を噤む。そしてその横を通り過ぎると、なじるような視線が背中に刺さる。

 

 『死神』への畏怖や非難の渦から逃げるように、ソーマは第一訓練場に足を運び、その重く頑丈な扉を閉じた。

 

 その扉を開ける者は居なかった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 夜、訓練場から自室へ戻りシャワーを浴びたソーマの携帯に一通のメールが来ていた。差出人はペイラー・榊。至急研究室に来てくれという旨だった。

 

――特異点絡みか?

 

 サカキがソーマを呼び出す理由は、これしか考えられなかった。

 

 『特異点』とは終末捕喰を引き起こす鍵となるアラガミのコアのことだ。起こるかもわからない終末捕喰を、この極東支部の支部長であり己の父であるヨハネスは信じ、ソーマに特異点の捜索をさせている。

 

 しかし最近になって、サカキからも内々に特異点捜索をソーマに依頼してきた。研究のためだとサカキは言っていたが、実際はヨハネスに対抗してのことだろうとソーマはにらんでいる。ヨハネスとサカキの目的が一致しているのならば、わざわざ内密に特異点を探し、自分に引き渡してほしいなどとは言わないはずだ。

 

――あのオッサンはクソ親父の企みを知っているはずだ。

 

 そしてサカキは反対の考えを持っており、だからこそ内密に特異点捜索を依頼しているに違いない。己の父が何を企んでいるのか知るためにソーマはサカキの呼び出しに応じているが、今は誰の顔も見たくはなかった。

 

「…………クソッ」

 

 仮想アラガミをひたすら叩いても鬱々とした気分は晴れず、むしろ最悪な気分になるばかりだった。舌打ちを落とし、ソファに放り投げたモッズコートに袖を通す。鏡に映った自分は笑えるほど酷い顔をしていた。瓦礫の下敷きになった際にできた頭の傷はもう治っている。

 

――化け物だな。

 

 心の中でそう呟いて自嘲した。

 

 重たい足取りでソーマは研究区画へ足を運んだ。サカキの研究室のインターホンをぞんざいに鳴らし、訪問を告げる。サカキがソーマを出迎えると、狐のように細い目をうすら開いた。

 

「驚いた。地獄でも見たかのような顔だ」

「……何の用だ」

「聞きたいことがあってね。まぁ入っておくれ」

 

 そう促され、ソーマは研究室に入る。相変わらずハイテクな機材とは場違いの金屏風や額装された水墨画などが飾られ、掴みどころの無いサカキらしい独特な雰囲気な部屋だ。

 

 サカキは定位置である四台のモニターに囲まれた赤い椅子に座り、ソファに座るよう促した。だが長居するつもりは無かったので、ソーマはその言葉を無視してモニターの前に立ち、サカキを見下ろす。

 

「聞きたいことってのはなんだ。手短に済ませろ」

「ミツハ君のことでちょっとね」

 

 その名前を聞き、思わずソーマはサカキを睨む。

 

――今、その名前は聞きたくなかった。

 

「彼女が姿を消す前、傍に居たのは君だろう? 何か様子が可笑しかったとか、変わったことは無かったかい?」

「…………」

 

 わざわざソーマを呼び出し、サカキ直々に聞くことなのかと不思議に思った。

 

 だが、思えば基本的に研究室から出ないサカキが珍しく食堂まで出向いていた時、保護されたばかりのミツハを直々に案内していた。それだけでなく、サカキの研究室に訪ねるミツハを度々見かけたことがある。

 

――何かあるのか?

 

 二人の間には、何か事情があるのだろうか。だが、それが一体なんなのか、ソーマには検討もつかない。

 

 眉間にしわを刻みながら、ソーマはミツハが居なくなった直前のことを思い出す。

 ヴァジュラからミツハを助け、エリックの時とは違い手を掴めたと思った、あの直後だ。

 

「……腕輪が壊れかけていた」

 

 プリティヴィ・マータとの戦闘で傷を負わされたのか、ミツハの腕輪は深い爪痕によって壊れかけていた。手錠のような腕輪はソーマのような異例を除き、通常の神機使いにとって重要な役割を担っている。

 

「それで神機との接続が切れていたせいか、神機に喰われかけてたぞ」

「腕輪、腕輪ねぇ……」

 

 腕輪が壊れ、接続が切れた神機の生体部分が触手のように伸び、ミツハの腕を捕喰しようとしていた。そしてその直後、ソーマがミツハから目を離した一瞬の間に、ミツハの姿は忽然と消えていたのだ。

 

 神機に捕喰されたにしても、血痕が無い。腕輪の制御が無くなったことで体内のオラクル細胞が抑え切れずアラガミ化したとしても、気づかないことなどあるだろうか。

 

 サカキは思案するように言葉を繰り返すが、その言い方が妙に気になった。真に捉えていないというべきか、まるで他に原因があるように疑っている。

 

「神機に捕喰されかける前にも、神機の様子に何か可笑しな点は無かったかい?」

「……神機が持ち上げられねぇほど重たがっていた。接続が切れていたんだろ」

「ふむ」

 

 カタカタとキーを打つ音が響く。サカキは考え込むように黙った後、「そうかい」と何か納得がいったように眼鏡のブリッジを上げた。

 

「わざわざ呼び出してすまなかったね。聞きたいことはそれだけだ」

「……そうかよ」

「眠れそうにないなら睡眠薬でも処方しようかい?」

「要らねぇ」

 

 サカキの戯言を切り捨て、ソーマは研究室を後にする。エレベーターを待ち、到着し開いた扉の先に居た人物を見て、ソーマは思わず顔を顰めた。

 ヨハネスが居たのだ。その隣にはツバキも居る。二人はエレベーターから降りると、真っ直ぐサカキの研究室へ向かっていった。

 

――何の用だ?

 

 ヨハネスとツバキが二人で居ることは珍しくない。そしてヨハネスが旧友のサカキの研究室に自ら出向くのも珍しいことではない。

 

 しかし、ヨハネスとツバキが二人揃ってサカキのもとへ訪れることは珍しいことだった。

 

 疑問に思いながらも父の居る研究室に戻る気になれず、ソーマは自室に戻る。ソファに横になるが、とてもじゃないが眠れそうになかった。

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