Kuschel   作:小日向

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050 壊れた世界

2011年 1月13日

 

「三葉、来週不動産屋さんに予約入れといたから。物件の目星つけときなさいね」

 

 母親がパートへ行く支度をしている最中、リビングのソファに座ってスマホを見ていた三葉にそう言った。バイトの求人サイトを見ながら、何の話をしているのかと一瞬思ったがすぐに思い出す。

 

――そうだった、私春から一人暮らしするんだった!

 

 大学進学を機に一人暮らしを始める話をしており、タイムスリップする前にもいくつか物件をブックマークしていた。冬休み中は母親から料理を教わったりもしていたのだが、すっかり頭の隅に追いやられていた。

 

「探しとく〜。ていうか、今日の夕飯私が作るよ。何作るか決まってた?」

「今晩は生姜焼きの予定だけど、作る?」

「作る作る。材料もうある? 無ければ買ってくるけど」

「じゃあ付け合わせのキャベツとトマト買ってきて。お肉はチルドにあるから」

「おっけ〜。いってらっしゃーい」

 

 母を見送り、家には三葉一人となった。自室のベッドに寝転がりながらバイト先や物件候補を見繕い、一眼レフカメラの値段を見て頭を悩ませる。卒業旅行の旅費もある。幸いカメラのレンズを買うためにお金を貯めていた途中だったので貯金はあるが、それでも自由登校期間中はバイト漬けになりそうだ。

 

 昼食は手軽にパスタを茹でた。ソースはレトルトのミートソースだ。粉チーズをたっぷり振りかけ、くるくるとフォークで麺を巻いて口に運ぶ。

 

――うん、普通に美味しい。

 

 専門店のお店ほど凝った味ではないが、企業努力の賜物で普通に美味しい。この『普通』の基準もあの世界ではズレていたなと思い出す。あの世界でも配給品でレトルトのミートソースはあるが、こんなに美味しくはなかった。

 

 午後は部屋の掃除をしつつ、久しぶりにアルバムを見返した。小中学校の卒業アルバムなどを見返していると、掃除はろくに進まないのに時間だけがいたずらに過ぎていった。買い物に行かなければいけないことを思い出し、三葉は出かける支度をして家に鍵をかけた。

 

 駅近のスーパーへ足を向け、坂を下る。冬の午後はまだ15時でも日暮れの予兆を見せ始めている。タイムスリップした先で2ヶ月過ごしたが、戻ってきたためこちらの世界はまだ1月中旬だ。スーパーは正月や節分からバレンタインへ特設コーナーを切り替えてることだろう。今年のバレンタインはどうしようかな、などと三葉は頭に思い浮かべる。

 

 すると、チョコレートが溶けるように――

 

 ――三葉の視界は、ぐにゃりと溶けて見えなくなった。

 

 眩暈がした。

 

 ぐらぐらと視覚は眩み、寒気がしたが身体の内側は不思議と燃えるように熱かった。この感覚には覚えがあった。覚えがあったからこそ、三葉は焦る。

 

 まさか、まさか! と跳ね上がる心拍数は駆け足で世界を進んでいき、三葉を置いてけぼりにしてしまう。

 

 そうして、色を帯びていく視界に見慣れた住宅地は無い。駅へ続く道も、自宅へ続く道も消え去ってしまっている。

 

 代わりにあるのは――荒れ果てた、町の残骸。

 

「……うそだ」

 

 魂が抜けてしまったかのように、三葉は呆けてその場に崩れ込む。震える手でスマホを取り出し、電源を入れる。いつぞやの日をなぞるかのように、三葉は恐る恐るカレンダーのアプリをタップする。

 

 表示された日付に、思わず乾いた笑みが零れた。その口元は三葉には似つかわしくない、随分と歪なものだった。

 

 2071年 3月4日

 

 贖罪の街でミツハがプリティヴィ・マータと遭遇してから、2日後の日付だった。

 

 わなわなと震えるミツハに追い打ちを掛けるかのように、ぞくりと悪寒がした。獣の鳴き声が荒廃した土地に響き、咄嗟に声のほうへ振り向く。

 

 そうしてミツハは、黄色の瞳と目が合った。

 

 『それ』は鬼の顔のような巨大な尾を持つ化け物だった。二足歩行竜の前足を切り落として鎧を着せた見た目をしており、象牙のような大きな牙を生やしている。それはまるで、CG映画のような生き物だった。

 

 オウガテイル。ミツハの初陣のアラガミであり、ミツハが初めて殺した生き物である。小型種であるオウガテイルはそう苦戦する相手ではなく、ミツハでも難無く倒すことができるアラガミだ。――()()()()()()()()()

 

「――ひっ」

 

 神機が無い。スタングレネードもトラップも何も無い。戦う術が無いミツハは震える足に鞭を打って立ち上がり、全速力で逃げ出した。

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