Kuschel   作:小日向

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057 ずれてくずれてく

3月8日

 

「本日一二〇〇(ヒトフタマルマル)付けで第二部隊から異動になりました、井上ミツハです! よろしくお願いします!」

 

 見知った顔に改めて自己紹介をするというのは茶番のようで可笑しかった。アナグラの屋上はヘリのローターにより強風が吹いている。「マジで!?」と強風に負けない声量で大袈裟なほど驚くコウタに「マジだよ」とミツハは笑いかけ、神機が収納されたケースを見せた。

 

「なんか新型の適合者は討伐班に優先させてるんだって」

「確かに最近アラガミの動きが活発になっていますからね……。でもミツハと一緒に戦えるなんて嬉しいです!」

「よろしくね〜! 新型神機の扱いについて色々聞くかも。リンクバーストするときのバレット放射切り替えにもたついちゃうんだよね」

「なんでも聞いてください、新型の扱いに関してはミツハより先輩ですからね!」

「あらあら。張り切っているのね、アリサ」

 

 ふふっと得意げな顔をするアリサを微笑ましそうにサクヤが笑った。「さぁ、早く出撃しましょう!」とアリサは張り切ってヘリに乗り込む。新型の先輩として格好良いところをミツハに見せたいようで、念入りにユウと本日の任務内容を確認し合っていた。

 

 そのアリサの様子にすっかり丸くなったな、と感じながらミツハもヘリに乗る。すると先に搭乗していたソーマの蒼い目がフードの下から覗かれ、バチリと目が合った。

 

 跳ねる心臓を抑えつけながら、ミツハはニコリと笑みを浮かべた。

 

「改めて、よろしくお願いします! 足手纏いにならないように頑張りますね」

 

 存外普通に舌は回るものだなとほっとした。ソーマは奇妙なものでも見るかのように眉を寄せたが、俯いたことによりフードに隠れてその顔は見えなくなった。

 

「……身体はもういいのか」

「大丈夫です! ご心配おかけしてすみません〜」

「…………」

 

 なんでもないように笑って言えば、それきりソーマは黙りこくってしまった。行方不明になっていた件や偏食因子の件について何か聞かれるかと思ったが杞憂だったようだ。

 

――あんまり眠れてないのかな。

 

 久しぶりにソーマの顔を見た。以前は毎朝見ていたフードの奥の顔には隈ができている。その原因の一端にはミツハがいるのだろう。ソーマに許されている自覚はある。だからこそ、今の自分の態度が彼にどう映るのか、ある程度は想像できる。

 

 ソーマのせいじゃない。自分を呪わないでほしい。ひとりで背負わないでほしい。その心の傷を癒してほしいと、心から思う。

 

――なんて、どの口が言えるんだろう。

 

 帰りたがっているくせに。忘れようとしたくせに。

 普通じゃないことを、望んだくせに。

 

「………………」

 

 ぎゅっとスカートの裾を握ってしわを作る。結局何も言えないまま、行き場の無い視線を窓の外に移した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 第一部隊に異動となって初めての任務の舞台は『愚者の空母』だった。かつての神奈川県横須賀市あたりの湾岸に位置し、空母が衝突して座礁したままになっている。かつてアラガミ出現の混乱に乗じて、空母を拠点として略奪行為を行う一派が存在し、略奪者と抵抗する者たちとの間で無益な争いが繰り返されたらしい。だがアラガミの大群によって両陣営は瓦解し、人間同士の戦いは皮肉にもアラガミによって終結を迎えた。なんとも皮肉の効いた通称である。

 

 討伐対象は大型種の『ボルグ・カムラン』。ボルグ・カムランは初めて相対するアラガミであるどころか、そもそもミツハは大型アラガミとの戦闘自体あまり慣れていない。図鑑やノルンのデータベースで勉強したボルグ・カムランの情報を思い出しながら、ミツハは瓦礫の陰に身を潜める。

 

「こちらミツハ。ターゲットを確認できました」

『了解、みんなも準備は良い?』

『ええ、問題ありません』

『こっちも大丈夫、いつでも撃てるわ』

 

 標的を囲うように配置し、奇襲の体制を取る。瓦礫の陰から捉えることができるボルグ・カムランは巨大なサソリ型のアラガミだ。腕部分は盾の役割を担っており、二つ合わせることで鬼の形相をした頑丈な盾が完成する。長く伸びる尾の先は鋭い針になっており、その攻撃範囲の広さに注意が必要である――と、頭の中で復唱していると隊長のユウが狼煙を上げる。「行くよ」と通信機から聞こえるゴーサインに、ミツハは神機を構えて地面を蹴った。

 

 先陣を切って鋼鉄の甲殻に衝撃を与えたのはソーマだった。その巨大なバスターブレードがボルグ・カムランの鋭い針に叩き込まれる。前衛のユウ、ミツハがソーマに続き、アリサとコウタ、サクヤはユウたちの援護や周囲の小型アラガミを的確に潰していく。

 

――凄い、混戦にならない。

 

 アラガミとの戦闘は各個撃破が基本であるが、分断が難しい場合などは混戦となり小型種による妨害で大きな事故に繋がる場合が多い。しかし周囲に浮遊するザイゴートがボルグ・カムランと戦う前衛に近づく前に、その身体は地面に撃ち落とされる。そのためユウやソーマは大型種に専念でき、存分に戦えるのだ。

 

――防衛任務とは全然違うな。

 

 防衛任務はアラガミを防壁に近づかせないよう誘導しながら、また壁の内側であるならば周囲への損害も気にして戦わなければならない。作戦の自由度が制限されるが、討伐任務は自由度が高い代わりに戦うアラガミ自体が格段に凶暴だ。

 

 慣れない大型種との戦闘に戸惑いながらも、ミツハは切断に弱いボルグ・カムランの尾を狙って大鎌の切っ先を振りかざす。痛みを振り払うように大きく揺れる尾を避けるべく後方へステップし、ボルグ・カムランから少し距離を置いて咬刃を展開させた。いくつもの小さな刃が形成された禍々しい大鎌を垂直に振り落とした後に咬刃を引き戻し、その硬い肉を抉っていく。

 

――全ッ然手応えが無い!

 

 流石は大型アラガミとあり、攻撃の重みだけでなく防御力も厄介だ。咬刃を展開させて息が上がるミツハはバーストモードに移行しようと神機を捕喰形態(プレデターフォーム)へと変形させたが、ボルグ・カムランは耳を劈く雄叫びを上げてその場で回転する。振り回されて辺りを薙ぎ払っていく長い尾は攻撃範囲が極めて広い。後方へステップして距離を取ろうとしたが、そのリーチをミツハは見誤ってしまう。

 

「きゃあっ!」

 

 尾に打ち付けられたミツハは散乱した瓦礫に向かって吹き飛ばされたが、ミツハの身体を受け止めたのは硬い瓦礫ではなくソーマの腕だった。

 

「範囲攻撃は避けるんじゃなくて装甲使え」

「すみませんっ!」

「慣れてないなら突っ込むな。ブラストがあるんだろうが、そっちを使ってお前は盾を結合崩壊させろ」

「はいっ!」

 

 ソーマの指示に従い、ミツハは神機を銃形態へ切り替えてブラストを構える。

 

 ボルグ・カムランの盾は近接攻撃が通りにくいが、銃による破砕攻撃が有効で結合崩壊させれば近接武器でも攻撃が効くようになる。氷属性のバレットを装填してミツハはぐっと足に力を込めて踏ん張りを効かせ、鬼の形相をする盾にブラストを撃ち込んだ。

 

 ヴァリアントサイズはオラクル回収効率が良く、大量のオラクルを消費する高火力のバレットも連射することができる。盾にとめどなく弾を撃ち込めばボルグ・カムランの盾は傷つき、ボロリとその硬い甲殻を壊してオレンジ色の内部を剥き出しにした――結合崩壊だ。

 

「結合崩壊、確認しました!」

「よしっ! アリサは前衛に、ミツハはそのまま援護に回って!」

 

 アサルトからロングブレードに変形させたアリサと入れ替わり、ユウの指示どおりミツハは援護に徹する。小型アラガミを捕喰しながらコウタやサクヤへオラクルを分け与えつつ、ボルグ・カムランの後足にバレットを撃ち込んでダウンさせる。

 

 一気に畳み掛けようと前衛三人が神機を振りかぶり、その硬い肉に刃を突き刺した。断末魔を上げるボルグ・カムランの口にユウが蒼穹の刀身のまま弾丸を放つ。新型のロングブレード特有の攻撃方法であるインパルスエッジだ。近距離から弾丸を受けたボルグ・カムランはその巨体を震え上がらせ、静かに音を立てて沈んだ。耳障りな咆哮はもう聞こえず、潮騒だけが空母に響いた。

 

「……よしっ、みんなお疲れさま!」

 

 ぱっと顔を上げて笑ったユウは神機を振るい、蒼い刃についた鮮血を払う。ぴくりとも動かないボルグ・カムランを見て、ミツハは緊張を解くように息を吐いた。ユウのもとへコウタたちと共に駆け寄る。

 

「ミツハ、お疲れさま。大丈夫だった?」

「大丈夫! でもやっぱり大型怖いよ〜。みんな凄すぎ」

「ふふふ、討伐班ですからね。けどナイスアシストでしたよ! 凄く戦いやすかったです」

「本当? ありがと〜。流石に疲れたから、ヘリが来るまで休んでるね」

 

 会話の輪から抜け出し、海岸に面した空母の甲板に腰を下ろす。足をブラブラとさせながら、遠くに見えるドーム状のエイジス島を眺めた。

 

 第二部隊は本日、アラガミ装甲壁周辺の任務ではなく第三部隊と合同でエイジス島の防衛任務が入っていたはずだ。昨日まではミツハもその任務にアサインする予定だったのだが、突然の異動に防衛班の面々は納得のいかない様子を見せていた。カノンは特に悲しんでいたが、それでも「頑張ってください」と笑ってミツハを送り出した。防衛任務にアサインされる機会は緊急事態でもない限りほとんど無くなるだろう。寂しいな、と夕焼けに染まるエイジス島を見ながらミツハはぼんやりと思った。

 

「ミツハ、あと少しでヘリ来るって」

「わかった〜」

 

 夕焼け空を眺めていると、ユウがやってきた。彼はミツハの隣に腰を下ろし、少し硬い表情でミツハを見やる。

 

「ねぇミツハ」

「ん? どしたの」

「……ソーマと何かあったの?」

 

 この世界に戻ってきて数日経つが、ミツハは一度もソーマの正面の空席に座っていない。少し前までは毎日短い会話を交わしながら食事を共にしていたのだが、2日間の行方不明を機に途絶えてしまったそれに『ついに目が覚めたのか』と事情を知らない神機使いたちは噂した。物好きなミツハがついに死神に嫌気が差したのだ――と。

 

 この問いが出てくるということは、ユウもその噂を耳にしたのだろう。ユウの耳にも届いているそれは、当然ソーマも聞いているはずだ。そう思うとやるせない気持ちになるが、行く気にはなれなかった。

 

「えー、何も無いよ?」

 

 ユウの問いに対し、ミツハは笑って答えた。

 

 嘘ではない。ソーマは何も変わっていない。ソーマとの間に何かがあったわけではない。

 ミツハ自身の問題でしかないのだから。

 

「……じゃあ、どうして、」

「ご飯がね、美味しくないの……!」

「…………ご飯?」

 

 予想外の言葉だったのだろう。ユウは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。キョトンとするユウにミツハは「そう!」と食い気味に強く頷いた。

 

「ユウは事情知ってるから話せるんだけど、元の世界のご飯を久々に食べたら、食堂のご飯の味の落差で吐いちゃいそうで……。有料のちょっと良いやつを買って慣らしてるんだ〜」

「……あ、それもそっか。やっぱりご飯の味もだいぶ違うんだ?」

「全然違うよ〜。ほら、3日前にユウと一緒に朝ご飯食べたじゃん? アレほぼ水で流し込んでたんだよねー……」

「確かに食べるの大変そうだったね……」

「昼も夜もそんな感じで食堂行ってないんだ。そのうち慣れると思うから、気にしないで?」

 

 明るい調子で話し、にこりと笑う。近づいてくるヘリの音が聞こえ始め、ユウは不安げな表情を浮かべながらも頷いて立ち上がった。

 

「……うん、わかった」

 

 帰ろうか、とユウは笑って歩き出した。その言葉に頷いてミツハも立ち上がる。ユウの背を追いながら、夕日が落ちる海を見る。遠くにエイジス島のドームが見えるだけで、大きな橋もフェリーも無い静かな海だ。凪いだ海を見ながらしみじみと思う。

 

――帰りたいな。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 アナグラへ帰投し、支部長室に呼ばれたユウは足早にエントランスから去った。忙しそうな今やリーダーである同期の背中を見送り、ミツハはエントランスの自販機でミルクティーを購入する。

 

「ミツハってよくミルクティー飲んでますよね。コーヒーより紅茶派なんですか?」

 

 ガコン、と落ちてきたペットボトルを取りながら、ミツハはアリサの言葉に頷いた。

 

「うん。ていうか私苦いの駄目だからそもそもコーヒー飲めないんだよね」

「ミツハらしいね。そういや配給品にも紅茶の茶葉あるけど、あれ美味いの?」

「あれ渋みが強くて美味しくないんだよね〜。自販機のミルクティーのほうが全然美味しいよ」

「そうねぇ、あの茶葉はちょっとハズレよね」

「最近支給品の質が目に見えて落ちてるよなー。この前のプリンのレーションも不味かったし」

 

 苦い顔をしたコウタとサクヤに同意する。そんなミツハを見てアリサは名案を思いついたように「それなら」と人差し指を立てて笑った。

 

「あの、私の部屋にロシアから持ってきてた紅茶の葉があるんです。良かったらこの後一緒にお茶でもしませんか?」

「あー……ごめん、この後神機のことでちょっとリッカちゃんのところに行きたくって」

「あっ、それなら気にしないでください! 神機の更新をしたばかりですからね、メンテナンスはちゃんとしておかないといけませんしっ」

 

 「また今度にしましょう」と特に気にした素振りを見せないアリサと別れ、ミツハはエレベーターに向かった。

 エレベーターを待っていると、ソーマが少し間を空けて隣に立つ。普段どおりのミツハなら話しかけないと不自然な距離だった。

 

「お疲れさまです!」

「……ああ」

 

 笑って挨拶をすると、ソーマから無愛想ながらも返事があった。喜ばしいことなのだが、今は無視されてしまったほうが良かったと思ってしまう。

 

 ソーマの返事を最後に、二人の間に沈黙が落ちる。ソーマから反応があったのに会話を続けないのは不自然だろうか。だが今までだって沈黙が無かったわけではない。ミツハはソーマから視線を逸らし、地上に近づいてくる下層用エレベーターのランプを目で追った。待ち時間がいやに長く感じる。ようやく到着したエレベーターに乗り込み、ミツハは新人区画のボタンを押した。

 

「……リッカのところに行くんじゃなかったのかよ」

「え」

 

 投げかけられた言葉に、ペットボトルを握る手に力が籠った。エレベーターの扉は閉まり、逃げ場の無い狭い箱に閉じ込められる。

 

 先ほどのアリサとの会話がソーマにも聞こえていたらしい。どうしよう、とミツハは視線を泳がす。――ボタンを押し間違えことにする? それにしては変な反応をしてしまったし、間が空きすぎている。迂闊だった。

 

 数秒の逡巡の後、ミツハは誤魔化すように苦笑を浮かべた。

 

「…………あ、はは。聞こえてたんですね」

「……何かあったのか。それとも、あの野郎に何か言われたか」

「あの野郎とはどの野郎です?」

「支部長だ」

「支部長を野郎呼びって、ソーマさん大胆不敵すぎません?」

「話を逸らすな」

 

 冗談を言うが、ソーマは逃がしてくれない。尋問される犯罪者のような気分だった。

 エレベーターはまだ止まらない。喉の奥がカラカラに渇く。警鐘を鳴らす心臓が痛い。狭い鉄の箱は酸素が足りていないんじゃないかと思うほど呼吸が苦しかった。

 

「何かって言われても……別に、なんでもないですよ?」

「……そうかよ」

 

 ミツハはゆるりと意識的に口角を上げて笑った。笑うミツハを、やはりソーマは奇妙なものでも見るかのように眉をひそめた。

 

 それきり箱の中に沈黙が落ちる。ミツハは笑顔を張り付けたまま、下へ移動していくランプを目で追った。久しぶりに、ソーマとの間に流れる空気の重さを感じた。

 

 エレベーターが新人区画に到着し、扉が開く。

 

「それじゃ、お疲れさまでした〜! 明日もよろしくお願いしますっ!」

 

 重たい空気には不自然なほど浮いた声で挨拶をして、ソーマの顔を見ないままエレベーターから降りた。

 

 ミツハは足早に廊下を歩き、与えられた部屋に逃げ込んだ。鍵を閉め、ペットボトルを床に落とし、ベッドに身を投げる。

 

 自室のベッドとは全然違う匂い。全然違う柔らかさ。お気に入りの抱き枕は見当たらない。

 

「かえりたい……」

 

 苦しい。息が詰まる。この世界での呼吸の仕方がわからない。

 

 白いシーツにぽたりと丸い染みが生まれ、それは人知れずに乾いて消えた。

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