Kuschel   作:小日向

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006 アナグラ探索

 今朝説明されたとおり、アナグラは地上300メートル、地下は1000メートルにも及ぶ非常に広大な建物だ。区画移動用のエレベーターは上層用と下層用で分かれており、区画ごとの階層移動用エレベーターもあるらしい。

 

「迷いそ〜……。電車の乗り換えみたいですね」

「電車の乗り換え……懐かしい響きだね。実際、迷子になる人も多いよ」

 

 研究区画の下層用エレベーターに乗り、終点の地上2階でエレベーターを降りた。これより上に行きたい場合は、上層用エレベーターに乗り換える必要がある。

 

 地上の浅い階層には今朝も訪れた神機使い用の食堂のほか、ブリーフィングルームなどの共用施設があるらしい。

 

「上に行くほど神機使いはあまり用が無くなるね」

「上の階には何があるんですか?」

「高階層には役員区画……重役たちの仕事場だね。あんまり用は無いだろう。中階層には商業区画があるよ。ショッピングモールのようなイメージが近いかな。買い物がしたかったら商業区画に行くといい」

「あ、お店とかちゃんとあるんですね」

「お高めだけどね。それと、神機使い用の食堂とは別にシェフが料理した食事が出されるレストランもあるよ。内部居住者用の食堂だね」

「えっ……! それって神機使いは利用できないんですか!?」

「利用できるよ、有料だけど」

「……高いんですか?」

「そうだねぇ。一般の神機使いなら月に一度、自分へのご褒美で行けるくらいかな? もちろん節約してね」

「高級レストラン……!」

 

 普段使いは絶対できないだろう。神機使い用の食堂の味に慣れなければならない。だが商業区画は気になる。色々な店があるなら歩くだけでも楽しいだろう。

 

 地上100メートルほどまで上層用エレベーターで昇り、商業区画をちらりと覗いた。右手首に赤い腕輪を嵌めた人は少なく、身綺麗な人が多かった。商業区画より下の階層にはジムのようなトレーニングルームなどがあり、そこは神機使いも多く利用していた。

 

「訓練とかってここでしてるんですか?」

「いや、ここは軽い運動用だね。訓練場は地下にあるよ」

 

 そうして再び地上2階に降り、下層用エレベーターに乗り換える。地下の訓練場は仮想アラガミを出現させてホログラム演習などができるらしい。また、明日の適合試験も訓練場で行うと説明された。

 

 ちなみに、射撃場もあった。普通の。

 

「わ、射撃場だ。……普通の銃ってアラガミに効くんでしたっけ?」

「ここの射撃場は対人用だね。遠距離型神機使い用の射撃場は別にあるよ」

「こんな世界でも対人の銃って必要なんですか!?」

「ははは」

 

 笑顔が怖い。そういえば反フェンリルを掲げるカルト組織もあると言っていた。アラガミという人類の脅威が存在する世界でも、人間同士の揉め事は尽きないのだろうか。

 

 整備区画や医療区画なども案内され、ひととおり案内し終えた頃にはだいぶ時間が経過していた。話には聞いていたが、本当に広大な施設だった。

 

 居住区は地下300メートルにあり、サカキの研究室がある研究区画は地下800メートルに位置するらしい。地下に広がる施設は他にも食糧生産区や工業区などの生産プラントがあり、アナグラは生産と消費が自己完結しているアーコロジーだと説明された。

 

「さて、こんなところかな。何か質問はあるかな?」

「昨日アナグラに来る途中に壁の中にバラック小屋の町を見たんですけど、あれは……?」

「ああ、外部居住区だね。内部居住区に収容しきれなかった人たちが住んでいるんだ」

「へ〜。出歩いてみてもいいですか? 外の空気吸いたいですし」

「うーん、治安が悪いところもあるからね……。私はそろそろ戻らないといけないから、ツバキ君に頼んでみようか」

「あ、お手数かけるならいいですよ」

「いや、こちらとしても一般常識は知っておいてほしいからね。神機使いは外部居住区の出身者も多い。外部居住区を知らない、なんて発言したら大顰蹙を買うことになるよ」

「わぁ……じゃあお願いします……」

 

 そう言われてしまえば案内してもらいたい。この世界の一般常識を知らなすぎるのは浮いてしまうだろう。

 サカキからツバキに連絡を取り付けてもらい、地上1階のエントランスで待つ。ベンチに座りながら行き交う人を眺めていると、コツコツとハイヒールの音が近づいてくる。

 

「待たせたな」

「ツバキさん。すみません、お手数おかけしちゃって」

「事情が事情だから気にするな。外部居住区を見たいんだったな? アナグラの周辺はフェンリルの関連企業ビルがあり落ち着いているが、外側に行くにつれ治安が悪くなる。私の傍から離れないように、いいな?」

 

 なんとも頼もしいツバキの言葉にミツハは頷き、ベンチから立ち上がった。

 

「それと、少し調べてみたんだがな」

 

 ツバキの声量が少し小さくなる。他人に聞かれては不都合な、つまりミツハの事情に関する話だろう。

 

「お前が発見された場所……贖罪の街は昔、神奈川県横浜市西区と呼ばれていた辺りだそうだ。心当たりは?」

「……西区は横浜駅があるところです。駅に向かってる途中で眩暈が起きたので、そのままの場所で60年飛び越えたみたいですね」

「そうか。……いや、それだけだ。では行くぞ」

 

 声量を戻し、ツバキはヒールを鳴らしながら外部居住区へ向かう。ミツハはその少し後ろを歩いた。

 

――そりゃあ、見覚えあるはずだよね。

 

 ヴァジュラに襲われながら見た、瓦礫だらけの荒廃とした街並み。あの廃墟群に感じた既視感は間違いではなかった。横浜市街地が廃墟になったような――ではなく、まさにそのとおりだったのだ。

 

 あんなにも人で賑わい、物が溢れていた横浜は、今や街の骸だ。

 

 外部居住区に出ると、円形にそびえ立つ巨大な壁の中に町が広がっていた。中央施設の付近はビルが綺麗に建ち並び、地面も道として舗装されている。しかし少し外側に進むと剥き出しの地面にバラック小屋が無造作に乱立していた。歪な町並みが広がっている。

 

 それでもここは、60年後の横浜よりずっと賑わっていた。

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