Kuschel   作:小日向

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061 科学者とラット

 第一部隊に異動して数日が経った。本日は朝から単独任務らしいソーマを除いた五人での討伐任務だったが、昼過ぎには終わり無事アナグラへ帰投した。エントランスで神機をヒバリに預け、早々に帰ろうとしたミツハをヒバリが呼び止める。

 

「あ、ミツハさん。支部長がお呼びでしたよ」

 

 支部長、と聞いてミツハは気分が重くなった。偏食因子の話だろうか。ヨハネスはミツハの特殊な偏食因子に何やら期待している節があり、荷が重いのでやめてほしいのが本音だがそうも言えず、頑張りますと笑うしかない。

 

 最上階にある役員区画へエレベーターを移動させ、人気の無い静かな廊下を歩く。訪問を告げるインターホンを押せば、ヨハネスが直々にミツハを出迎えた。

 

「任務終わりで疲れているところ、呼び出してしまってすまないね」

「いえ、全然。お気遣いありがとうございます」

「少々込み入った話になる。座って待っていてくれ」

 

 ヨハネスが扉を閉めるとカチャリと音が鳴った。やはりP15偏食因子に関することだろうか、とミツハは気が滅入ってしまった。

 

 言われたとおりソファに腰掛けて待っていると、ヨハネスが紅茶を出してくれた。淡いキャラメル色をしたミルクティーからはふわりと甘い香りがする。頭を下げて高級そうなカップに手を伸ばせば、普段飲む自販機のミルクティーとは大違いな上品な味がした。質の良い茶葉を使っているのだろう。配給品の茶葉もこれぐらい美味しければいいのに、と思いながらもう一口飲んだ。

 

「新型神機の扱いはどうかね?」

「特に問題無く使えてます」

「やはり君の偏食因子は適応力が高いのだな」

 

 ヨハネスはそう笑い、色違いのカップとソーサーを持ってミツハが座るL字型のソファに腰掛けた。ミツハとは違ってストレートティーのようで、綺麗な飴色した紅茶をヨハネスは一口飲む。カップをソーサーに置いたヨハネスは「本題に入ろう」と空気を変えた。

 

「第一部隊の前リーダーであるリンドウ君やソーマ……そして近々現リーダーである神薙ユウ君にも任せる予定である特務について話したい」

「特務、ですか?」

「そうだ。特務は全て私自身が直接発行し、直轄で管理する特殊な任務だ。特務は全てが最高レベルの機密事項であり、その性質上ほとんどの特務は単独でこなすことになる」

 

 突拍子も無い話に意外に思いながら聞いていたが、単独での任務は今日もソーマがしていた。そして以前、ウロヴォロスのコアが剥離されたという放送を聞いたとき、どうせリンドウが倒したのだとシュンが話していたことをミツハは思い出した。それが特務だったのだろうか。

 

 そしてヨハネスは何故、その特務のことをミツハに話しているのだろうか。

 

 嫌な予想が浮かび、ミツハは冷や汗が滲んだ。

 

「……まさか、私に特務を……?」

「ご明察のとおりだ」

「私っ、ソロ討伐は中型種がやっとなので荷が重いです……!」

 

 正気なのかと不敬にも問い正したくなるほどだった。ミツハは神機使いとして飛び抜けて強いわけではない。直接ミツハが討伐するより、支援に回ったほうが討伐に貢献できるほどだ。

 

 慌てるミツハに対し、ヨハネスはからかうように喉の奥で笑った。

 

「確かに代表的な特務としては、特定のコアを単独で奪取することだが……特務の内容はそれに限ったことではない。……君にしかできないことをしてもらいたい」

 

 君にしかできない――そう言われ、思い浮かぶことは一つしかない。

 

「それは……私の偏食因子が関係することですか?」

「ああ、そうだ」

 

 やっぱりか、とミツハは気分が重くなった。

 

「君と同じように偏食因子が特殊なソーマは、偏食因子を生化学的に応用利用する総合プロジェクト……通称『マーナガルム計画』により生まれ、神機の開発やゴッドイーターの誕生に大きく貢献した。君の偏食因子も、人類の未来のため大きく貢献できるだろう」

 

 さらりととんでもないことを説明された。ソーマの持つP73偏食因子は、胎児段階で母体を通じて投与したとは聞いていたが、まさかプロジェクトの一環として生まれていたとは思わなかった。

 

「……その、マーナガルム計画というのが、私に言い渡される特務ですか?」

「いいや。このプロジェクトは既に永久凍結している。偏食因子の転写実験の失敗によってね」

「転写実験の失敗、ですか?」

「ああ。以前、ソーマは胎児段階でP73偏食因子を母体を介して投与したと説明しただろう。あれは偏食因子転写実験という、プロジェクトの一環として行われた試みだ」

「……でも、ソーマさんがP73偏食因子を持って生まれたってことは、成功してるんじゃないんですか?」

「P73偏食因子を投与した母体が――被験者のアイーシャ・ゴーシュが偏食因子に耐え切れず、アラガミ化して暴発捕喰事故を引き起こしたのだ。プロジェクトの参加メンバーは私とペイラーしか生き残っていない」

「――――」

 

 絶句するしかなかった。それはつまり、ソーマの母親により、ソーマが生まれたことにより――大勢の人が喰われたということだ。

 

 ソーマが自分のせいだと、自分は化け物なのだと己を呪う根源はこれだ。

 

 胎児段階での投与だと聞いて落胆した自分を殺したくなった。何も知らぬくせに、ソーマにお門違いな期待をした自分があまりにも愚かで、醜かった。

 

 後悔と自己嫌悪に襲われる。そんなミツハにはお構いなしに、ヨハネスはここではないどこかを見つめながら、力強く語る。

 

「大きな……大きな犠牲だった。だがその犠牲により、我々はアラガミに対抗する手段を得て、今日まで至っている。何かを犠牲にするということは、代わりに何かを得るということだ」

 

 ヨハネスはうっすらと笑い、遠くを見つめていた視線をミツハに向けた。

 

 だが、目が合わない。

 

 ぐらり――ミツハの視界が揺れたのだ。

 

「え……?」

 

 上体を支えられなくなり柔らかなソファに倒れ込む。机に置いていたカップが倒れ、中に入っていたミルクティーが床を汚した。ふわりと甘い香りが鼻先を掠める。

 

「……なに、か、はいっ……て……」

「隠し味に睡眠薬を少々。お気に召したかね?」

 

 猛烈な眠気に襲われ、ミツハは今にも瞼が落ちそうだった。嘲るように一笑したヨハネスは腰を上げ、執務机から頑丈そうな小振りのアタッシュケースを取り出した。中から注射器を取り出し、眠りに誘われるミツハを見下ろす。心臓は警報のように早鐘を打つが、身体は動いてはくれなかった。

 

「君の偏食因子は可能性に満ちている。外的因子に適応できるよう変異したと知ったときに確信したよ。多種多様な偏食因子を投与し、それに適応したとき君は――超高密度の情報集積体を持った、限りなくアラガミに近い人間になれる。君は、特異点になり得ると」

「とくい、てん……?」

「君がタイムスリップした理由には、大きな意味があると言っただろう。きっと人類の未来のために、その身を捧げるために、君はこの世界に来たのだ」

 

 聞きたくない、とミツハはかぶりを振る。人類の未来だのこの世界のためなど、そんなものはただの女子高生にあまりにも荷が重すぎる。ボロボロと泣き腫らしながらミツハはヨハネスを否定する。

 

「そ、……なの、しらない……わたしはっ、ただの、」

 

「ただの――化け物だろう」

 

 

 その言葉に、胸の奥で何かがひび割れた。

 

 

「オラクル細胞が自然発生するなど、化け物以外のなんだと言うのだ? ……生憎私は科学者でね。化け物に何をしようと、それで多大な結果が得られるのであれば厭わないのだ。――その化け物が例え、血を分けた己の息子だろうとね」

 

 冷たい笑みを浮かべるヨハネスは自分自身すらも嘲笑し、ミツハに触れる。淡々としたその手つきはヒトではなく、ただの実験動物を扱っているものだった。

 

 手足をばたつかせてヨハネスに抵抗しようとするが、力の入らない四肢は簡単に手折られてしまう。心臓が飛び出てしまいそうな恐怖とは裏腹に、襲いかかる強制的な眠気によって意識は朦朧とし始めた。

 

 ヨハネスがミツハの腕を取る。袖を捲り、鋭い注射針を柔らかな肌に突き立てる。今にも途切れそうな意識の中、ミツハは泣き叫んだ。

 

「やだっ……だれか、……たすけて!」

 

 それはただの悪足掻きでしかない叫びだった。

 

 だが、その声に呼応するように。

 

 チクリとした痛みと同時に――

 

 ――激しい衝撃音と共に、鍵のかかった扉が()()()()()()

 

「なっ――」

 

 珍しく顔色を変えたヨハネスが扉を見やる。

 

 激しい痛みに襲われて閉じゆく意識の最後、ミツハは確かに――ソーマの姿を見た。

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