Kuschel   作:小日向

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第3章
068 死神の悪夢


 胎児のように丸まって温かい水に漂っていた。

 揺蕩いながら、声が聞こえる。

 

「気分はどうだ?」

 ――今まで耳にしたこともない、思いやりに満ちた温かな父の声。

 

「早く生まれてきてね」

 ――聞き覚えているはずのない母の声。

 

「お前は全てのアラガミを滅ぼすために生まれてきた。いいな、あれら全てを殲滅しろ」

 ――これまで何度も聞いた冷徹なヨハネスの声。

 

 母を返せと叫びながら背後からソーマの頭を鉄パイプで殴りつけた少年。

 

 化け物を気味悪がってヒソヒソと話す看護師。

 

 死神を忌み嫌って恐れる神機使い。

 

 無邪気に事故のことを聞いた少女。

 

 

 ――ねぇねぇ。ドクターから聞いたんだけど、

        あなたのお母さん、あなたのせいで――

 

 

 

「――クソッ」

「わっ!」

 

 冷水を掛けられたかのようにして目を覚ますと、ソーマを見下ろしていたアリサが驚いた声を上げた。不快な汗にまみれながら荒れた波を落ち着かせるように長い息を吐く。吐き出した息は白い形となって空気に溶けた。

 

 場所は鎮魂の廃寺。昨日から装甲車を駆り出し野営をして特異点の捜索に出ていたソーマは第一部隊の任務にアサインされ、一足早く集合ポイントへ到着して仮眠を取っていた。その間に仲間たちが来ていたらしい。

 

 アリサは驚いた顔を取り繕うようにしながらソーマを再び見下ろした。

 

「ちょ、ちょっと、ビックリさせないでくださいよ」

「うなされてたみたいだけど大丈夫?」

「……ああ」

 

 追求されるのが面倒だったのでソーマは適当に返事をした。するとコウタは物珍しいものでも見るように目を丸くする。

 

「おお? やけに素直だな! 昨日のパーティ来なかったの、やっぱ寂しかったんじゃねーの? ミツハが迎えに行くべきだったかもな〜」

「ええ〜、そういう駆け引きだった? 高度な心理戦すぎるよ〜」

「うるさい、黙ってろ……」

「お、いつもどおりだ。大丈夫でしょ!」

 

 悪態を吐けばコウタはすぐに引き下がった。ふざけあう二人のやり取りにソーマが顔を上げれば、ミツハと目が合い、笑いかけられた。野営をしていたことをミツハは知っている。アナグラを離れていたので当然食堂に来なかったソーマに対して、『寝坊ですか?』などと気の抜けたメールを送ってきたのだ。

 

 秘密を打ち明けたミツハは憑き物が落ちたかのように、コウタたちと気さくに話している。元々人の輪の中に溶け込み楽しそうにしていたが、ミツハの様子は以前よりずっと打ち解けているようにも見えた。

 

「さあ行こうぜ! ちゃっちゃと片付けて帰るぞー!」

「どうしてあなたが仕切るんですか」

「でもコウタが言うと元気出るよね」

「へへっ、だろー?」

 

 ユウの言葉にコウタがにやっと笑い、先陣を切って廃屋の2階から飛び降りた。それにユウたちも続き、ソーマも億劫な身体を立ち上がらせる。

 

 降り積もった雪を踏み締めて歩く。赤いマフラーを巻いたミツハがソーマの顔を覗き込むようにして近づいてきた。

 

「……大丈夫です?」

「しつこい、大丈夫だ」

 

 悪夢に苛まれるのはよくあることだと内心で付け足し、ソーマはミツハの言葉を切り捨てる。心配を無下にされてもミツハは気にしたそぶりも見せず、鼻先を赤くして白い息を吐きながら笑った。

 

「寒いと睡眠の質が良くないって言いますよね。仮眠を取るにしても、暖かくしたほうがいいですよ〜。マフラー要ります?」

「要らん」

「でもソーマが任務前に居眠りなんて珍しいですね。ちゃんと休めてるんですか?」

「余計なお世話だ……」

「睡眠はしっかり取らないとダメだぞー。バガラリーの見すぎで寝不足になった俺が言うんだから間違いない!」

「うわ……あなたこそ、足引っ張らないでくださいよ」

「期待してるからね、コウ夕。じゃあそろそろ、散開して索敵しようか」

 

 いつの間にか会話の輪の中にソーマも組み込まれている。そのことが妙な心地だった。悪夢を見た後はいつも最悪な気分なのだが、今は不思議と不快感も薄れていた。

 

 二手に分かれて索敵を開始する。積雪に足跡を刻んでいくと、隣を歩くミツハが夜空を見上げた。アラガミではなく一番星を見つけて「オーロラ見れたらいいですね」なんて気の抜けたことを言って笑う。呆れたソーマは白い息を吐いた。

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