Kuschel   作:小日向

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070 邂逅

 鎮魂の廃寺に着いたのはすっかり日が落ちてからだった。首元を吹き抜ける風の冷たさに、マフラーを取ってくればよかったとミツハは少し後悔した。

 

 装甲車から降り、寺の境内に入って神機を構えてユウたちのもとへサカキを連れていく。通常任務に偽装してヴァジュラとシユウの討伐をユウたちに依頼していたと装甲車の中でサカキから聞いていた。本日ミツハが全休であったのも、もしかするとサカキが手を回していたのかもしれない。第一部隊総出の事態に、ますますミツハはサカキの目的がなんなのかと首を傾げるばかりだ。

 

 地上のアラガミはソーマに任せ、浮遊するザイゴートをブラストで撃ち落としつつユウたちを探す。作戦区域のD地点に人影があった。遠くのエイジスが見える崖の上で、ユウ、アリサ、コウタ、サクヤの四人がシユウの死体を取り囲んでいた。

 

 ユウがシユウを捕喰しようと神機を変形させるが、それをサカキが止める。

 

「――それ、ちょっと待った!」

「……えっ、博士!? ソーマとミツハも!?」

「なんでこんなとこに?」

 

 滅多なことではアナグラの外には出ないサカキの登場に、ユウたちは随分と驚いているようだった。首を傾げるユウとコウタにサカキは手招きをして笑う。

 

「説明は後だ。とにかくそのアラガミはそのままにして、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

 

 サカキの言葉に不思議そうな顔をするユウたちと一緒に、ミツハとソーマも物陰に身を隠す。「何があるの?」声を潜めながらサクヤが尋ねてきたが、ミツハも詳しい事情は聞かされていないのだ。一緒になって首を傾げていると――

 

 

 ――ざわり

 

 

 冷たい空気が、ミツハの肌を逆撫でた。

 

 言いようのない感覚に胸がざわつく。全身がレーダーになったかのように、空気や風の音に過敏になる。サクリ。雪を踏む音に心臓が跳ねた。

 

「――来たよ!」

 

 声の声量こそ小さいが、興奮した声色でサカキが呟く。その声に、ミツハに纏わりついていた緊張感が解ける。雪を踏む音は近づき、音の正体は――

 

 ――白い人影となった現れた。

 

 雪のように白いショートカットの髪に、驚くほど青白い肌。ボロボロになったフェンリルの旗をポンチョのように身に纏い、他は何も身に着けていない。冷たい雪の中だというのに、素足のままで足跡を刻んでいた。その足跡は小さく、背丈は130センチほどだろうか。

 

 そんな白い少女の手足は――真っ赤な血で染まっていた。

 

 少女はシユウの骸に飛び乗り、何やら死体を漁るように身を屈めた。いったい何をしているのかとアリサたちと顔を見合わせたが、ソーマは何かを悟ったのか一番に飛び出した。それに続いて、ミツハたちも少女を取り囲むようにして近づく。

 

 先ほど少女が何をしていたのか――それは、すぐにわかった。

 

 

 少女はシユウの硬い翼の一部をもぎ取り、それを――()()()()()()()

 

 

 少女はごくんとか細い喉を上下に揺らし、ゆっくりと振り向く。

 

「……オナカ、」

 

 あどけない、ソプラノの声だった。

 

「スイ、タ……」

 

 そんな可愛らしい声とは似つかわしくない、赤く染まった口元を拭った。

 

「……ヨ?」

 

 血に濡れた首を傾げながらたどたどしく言葉を紡ぐ少女は、なんとも異質だった。月明りに照らされた琥珀色の瞳と目が合い、ミツハは思わず後退る。

 

――なんだろう、この子。

 

 不思議な感覚がした。胸がざわつく。

 しかし不快感ではない。むしろ、

 

――むしろ?

 

 人の姿をした『何か』に狼狽え、ミツハがまた一歩後退る。するとそれを止めるように、後ろから両肩に手を置かれた。

 

 ハッと我に返ると、緊迫した空気を壊すようなサカキの陽気な声が頭上から降ってきた。

 

「いやぁ、ご苦労さま! やっと姿を現してくれたねぇ!」

 

 サカキは随分と上機嫌なようで、顔をいつも以上に口元をニヤつかせながら少女に話しかけていた。もっとも、少女はあまり意味がわかっていない様子で、首を大袈裟なほどに傾げるばかりだったが。

 

「は、博士……」

「二人とも、ここまで連れてきてくれてありがとう。君たちのおかげで、ここに居合わすことができたよ!」

「……礼などいい。どういうことか説明してもらおうか」

「いや、彼女がなかなか姿を見せてくれないから、しばらくこの辺一帯の『餌』を根絶やしにしてみたのさ。どんな偏食家でも、空腹には耐えられないだろう?」

「……チッ、悪知恵だけは一流だな」

「いや、あの子の説明をしてほしいんですけど……」

 

 訝しげな顔をするソーマとミツハをのらりくらりとサカキは躱し、ミツハの肩から手を離して少女のもとへと歩み寄る。

 

「ええーっと……博士、この子は……?」

「そうだね。立ち話もなんだし、私のラボで話すとしようか。……ずっとお預けにしていてすまなかった。君も、一緒に来てくれるね?」

「イタダキマス!」

「あ?」

 

 頓珍漢な少女の返しにソーマが睨む。だが少女はソーマの睨みをものともせず、「イタダキ……マシタ?」と首を傾げるように身体を傾げた。

 

「……餌、ってどういうことなんでしょう……」

「うーん……あのシユウがあの子の餌、ってことか……?」

「私にもよくわかんない……でも、あの子食べてたもんね」

 

 アリサとコウタと顔を見合わせて頭を悩ませる。白い少女は相変わらずゆらゆらと身体を揺らしながら、ミツハたちの姿をそれぞれ見ていた。そしてその琥珀色の瞳はソーマを捉えて、何かが気になるようにじっと凝視する。

 

「……あの二人、何をコソコソしているんでしょう。怪しいです」

 

 少女の目線の先に居るソーマは、サカキと何やら声を潜めて話をしているようだった。説明不足なこの状況にアリサは少々腹が立っていたのか、棘を含んだ声色で二人に声をかける。

 

「そこ、コソコソ何してるんです?」

「――ああ、ごめんごめん!」

 

 アリサの言葉にサカキがわざとらしい大声をあげてこちらに向き直った。サカキはニッコリと胡散臭い笑みを浮かべ、耳を疑うような言葉を続けた。

 

「ちょっとソーマから人生相談を受けていてね。いやぁ、初恋の悩み。誰もが通る道だねぇ」

「は――」

「ええ!? ソーマが!?」

「マジで!?」

 

 衝撃的な言葉にアリサとコウタが大袈裟に驚く。

 

 ――初恋。

 

 その言葉の響きに、ミツハは開いた口が塞がらなかった。

 

 サカキの言葉にソーマも目を剥き、怒気を含んだ声で否定する。

 

「ふ、ふざけるな! 誰がそんな――」

「あ、あ、相手は誰なんです!? 私、あなたがミツハ以外の女の子と話してる姿なんて見たこと無いんですけど!?」

「うるせぇ、黙ってろ! クソッ、付き合ってられねぇ……!」

 

 問い詰めるアリサからソーマは背を向け、神機を肩に担いで階段を下りていく。早足で階段の下へ消えていくソーマの背中を見送りながら動揺で固まるミツハの背中を、少し呆れたようにユウが軽く叩いた。

 

「……いや、嘘だと思うよ? こんな状況で、ソーマがそんな場違いな話をするわけないだろうし……」

「――あ、そ、そうだよね!? ビックリしたぁ……。それにしてもソーマさんと初恋っていう単語の組み合わせが衝撃的すぎる……サカキ博士って凄い……」

 

 少し考えればアリサの不信感を誤魔化すための虚言だとわかることだ。しかし誤魔化すにしても、その単語をチョイスするサカキは怖いもの知らずにも程がある。ソーマに好意を寄せているミツハにとってはクリティカルヒットする単語だった。

 

 一瞬でも真に受けた自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。火照る頬を抑えながら、ミツハはソーマの後を追って階段を降りた。

 

 寺の境内を抜けると、ミツハたちが乗ってきた装甲車が見えた。白い少女とサカキを兵員室に乗せ、乱暴にハッチを閉めるソーマの様子からして腹の虫が悪いようだ。

 

 そんなソーマにユウとサクヤが近寄る。閉じたハッチを不安そうに見ていた。

 

「ソーマ。なんなの、あの子……?」

「博士、あの子を誘き寄せるために、僕たちにミッションを依頼したって言ってたよね。ひょっとして……」

「……サカキのオッサンに聞いてくれ。俺も何を企んでるのか、よくわからねぇ」

 

 ユウはあの少女が何なのか、何か気づいているようだった。その気づきをミツハがユウに尋ねようとする前に、ソーマは運転席に乗ってしまう。「お前も早く乗れ」とフードの下から覗く蒼い瞳が無言で訴えていたため、ミツハは慌てて助手席に乗り込んだ。

 

「博士、ホント何を考えているんだろ……」

 

 動き出した車内の中で、ミツハは自問するようにポツリと呟いた。

 

 サカキはあの少女を誘き寄せるために、色々と手を回していたようだった。その上、あのサカキが直々に赴いたのだ。それほどまでに白い少女は特別な存在なのだろうとは察するが、その正体がなんなのかはミツハには辿り着けなかった。

 

「……さぁな」

 

 ミツハの呟きには返答があった。その声色は、何か知っているようにも感じた。

 ハンドルを握るソーマを見ながら、ミツハは話を続ける。

 

「ソーマさん。あの子、不思議な感じがしませんでした?」

「……どう感じたんだ?」

「うーん……うまく言葉にできないんですけど……胸がざわつくというか……見てるとドキドキするんです。でも不快感とかではなくて……」

「…………」

 

 ソーマは何も言わなかった。やはり何か事情を把握しているようだったが、答えないということは言いたくないのろう。

 

 それならば仕方がない。ミツハは車内の空気を変えるために、行きと同じようにスマホを取り出して音楽を鳴らした。

 

「ちなみに、ソーマさんって恋したことあります?」

 

 ミツハの唐突な問いかけに、ソーマはぴくりと眉を動かした。

 

「お前、なにオッサンの言葉を真に受けてんだよ……」

「別に博士と本当に恋愛相談してたとは思ってないですけど〜、やっぱり気になっちゃうじゃないですか〜」

 

 援護するBGMはポップで可愛らしい恋愛ソング。片想いの相手の腹を探るこの心理戦、青春を思い出す。

 

 軽い調子を装いながらもミツハの内心はドキドキだ。そんなミツハに対し、ソーマは馬鹿馬鹿しいとでもいうように溜息を吐いた。

 

「あるわけねぇだろ」

「……そう、ですか」

「なんだよ」

「いえ」

 

 ただの否定ではなかった。『あるわけがない』とソーマは言った。まるで自分とは無縁のことだと言いたげな言葉であり、声色にもその気持ちが表れていた。

 

 他人事。無関係。

 なんの感情も期待も込められていない、平坦な声だった。

 

――脈アリとかナシとか以前の問題じゃない?

 

「……そういうお前はどうなんだ」

「えっ、この話続けるんですか!?」

「お前から言い出したんだろうが」

 

 まさかソーマがこの話題を打ち返すとは思ってもおらず、ミツハは思わず頬が赤くなる。そしてぎこちない苦笑を浮かべた。

 

「ご、ご想像にお任せします」

「ここで降ろすぞ」

「……あ……あり、ます……」

「元の世界でか」

「でももう終わってます! 別れてますから!」

「付き合ってたのか」

「あああっ! 墓穴掘っちゃった!」

 

 ミツハは俯いて両手で顔を覆う。想い人に過去の恋愛歴を話すというのは、なかなかに拷問染みたことだった。

 良くも悪くも、ミツハは高校生らしい恋愛をしていた。援護のつもりで流していた恋愛ソングがミツハに突き刺さり、耐え切れなくなって曲を変える。ロックバンドの曲を大音量で流してもソーマは何も言わなかった。

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