Kuschel   作:小日向

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077 ヒトの言葉

「おっす!」

「オッス!」

 

 研究室に床にぺたりと座り込んだシオが、片手を上げて元気良く言葉を発する。コウタがシオと同じように片手を上げて返事をすると、隣のアリサが迷惑そうな顔をした。

 

「何その下品な挨拶。そんなの覚えさせないでください」

「えー、いいじゃんよー」

「じゃんよー」

「シオちゃん、ダメだよ? バカが伝染っちゃうよ?」

「ひでぇ……」

 

 相変わらずアリサはコウタに辛辣だ。ミツハとユウは二人の小気味良いやりとりにくすくす笑った。

 

「シオちゃん、こんにちは」

 

 小さい子供を相手にするように、アリサはうんと優しい声色でシオに挨拶をする。シオは「んー?」と少し首を傾げ、やがて合点がいったようだ。

 

「こんにちはー!」

「うん! えらいえらい!」

 

 アリサの真似をして挨拶を返したシオに、アリサは彼女の頭を撫でてやる。撫でられたシオは猫がゴロゴロと喉を鳴らすように、嬉しそうに笑い声を漏らした。ニコニコと笑顔を浮かべながら、シオはユウの足元までペタペタとやってくる。

 

「ありさ、えらいってー!」

「よかったね、シオ」

「えらいの、いいことだな? どうだろうな?」

 

 自慢するようなシオに、ユウは柔らかい表情を浮かべてシオの頭を撫でた。再び撫でられたことが嬉しかったのか、シオはきゃっきゃとはしゃぐ。無邪気なその様子が、本当に仔犬を見ているようだった。サカキを含めた五人は自然と笑顔になる。

 

「だいぶ色んな言葉、覚えてきましたねー」

「そうだねぇ。君たちがこうやって相手してくれているのもあるけど……それにしても、なかなかに飲み込みが早いね、この子は」

 

 感心するコウタにサカキが頷いた。ミツハたちの顔を見たり部屋を見たりと、忙しなく動く琥珀色を見下ろしながら、サカキは言葉を続ける。

 

「知性を持ちながら、喰うか喰われるかの世界を生き抜いてきたんだ。……飢えているんだと思うよ、コミュニケーションというやつに」

「……コミュニケーションに、飢えてる……」

 

 サカキの言葉を繰り返し、反芻した。そして考える。シオは今までどうやって生きてきたのだろう。荒廃として何もない世界で、アラガミを喰べながら生きてきたのだろうか。

 

――たったひとりで?

 

 アリサたちに褒めてもらえて嬉しそうにはしゃぐ少女が、たったひとり廃墟に佇む姿を想像する。それは、なんだかとても寂しいことのように思えた。

 

 たとえそれが、シオがアラガミであったとしても。

 

 シオを眺めていると、ぱちりと目が合った。考え事をしていて動揺するミツハをよそに、シオは大きな笑顔を見せてくれた。

 

「みつはー! シオ、えらいって。えらいの、うれしいから……んーと……オモイデ、のこしたいぞー!」

 

 両手を使ってシオは写真を撮るジェスチャーをしてみせる。その無邪気で可愛らしい姿にミツハは破顔して、ポーチからスマホを取り出した。

 

「よーし、じゃあ褒められ記念に撮っちゃおうか」

「おうかー! あーりさっ、さっきのやってー!」

「ふふふ、えらいえらい」

 

 先ほど撫でられたことが余程嬉しかったのか、シオはアリサの手を取ってぐいぐいと自分の頭に押し付ける。もっと撫でろを強請る仔犬みたいだ。

 

 そんなシオの様子にアリサは目尻を下げて、シオの頭を撫でてやる。ミツハは和やかな気持ちになりながらスマホのカメラで二人を撮った。軽快な音がして、シオが笑った。

 

「オモイデ、のこったー?」

「残ったよ〜。ほら可愛い」

「いいじゃないですか〜! もっと色々撮りましょうよ!」

「とるー!」

 

 スマホの画面を見せると、シオはまたはしゃぐ。アリサも喜んだことが嬉しかったようだ。

 

 そんなシオの姿を、ユウは驚いた様子で見ていた。

 

「人がどうして写真を撮るのか、そういう気持ちも理解してるんだ……凄いな、本当に」

「頭部神経節に相当する部分が人間の脳のように機能しているからね。心もあるということなんだろう」

 

 独り言のようなユウの言葉にサカキが答える。やはり昨晩ミツハが感じたシオの温かさは、勘違いではない。シオには温かな心があるのだ。ミツハたちと同じように。

 

 シオは楽しそうに笑い、次に撮られるのを待っていた。

 

「よーしシオ! 次は俺と撮ろうぜ。そうだなぁ……イサムのポーズで撮ろうぜ! こう!」

「ちょっと、変なこと覚えさせないでって言いましたよね!?」

「イサム……? こうかー!? シャキーン!」

「ああっ! ダメだよシオちゃん! ユウもなんとか言ってください、このままだとシオちゃんの教育に悪いです!」

「楽しそうだしいいんじゃないかなぁ」

「あはは、撮るよ〜」

「もう、ミツハまで!」

 

 アラガミと神機使いたちの楽しそうな声が、研究室を賑やかにさせる。

 そんな五人の様子を、サカキは眼鏡の奥の瞳を細めて笑った。

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