Kuschel   作:小日向

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078 蚊帳の外のバイキングデート

3月20日

 

 シオをアナグラに匿ってから数日が経った。この数日でアナグラ内に変わった様子はない。アラガミを匿ったことはバレていないようだ。

 

 昨日は夕食の時間になるまで研究室でシオと戯れながら、色々な言葉を教えていた。特にアリサは妹ができたみたいに可愛がっており、シオが言葉を覚えるとうんと褒めてあげるので、シオもそれが嬉しいのか積極的に言葉を覚えようとしていた。

 

 そして本日、ミツハは休みだった。昨日の帰り際、シオはまだまだ遊びたそうにしていたので先約が無ければ研究室に足を運んでいたかもしれない。すっかりあのアラガミの少女に絆されてしまっている。

 

 

 

 午前10時。エントランスで待っていると、先約であるエリナがやって来た。いつもの制服ではなく、可愛らしいフリルブラウスのワンピース姿だった。

 

「前にエリックが選んでくれたお洋服なの」

「え〜可愛い〜! エリックさんナイス〜!」

「でもエリック、フリフリしたお洋服ばっかり買ってきてたの。もっと動きやすい服も欲しいから、選んでくれる?」

「もちろん!」

 

 可愛らしい甘めの服ばかり選んでいたらしいエリックも、おそらくコウタと同じように妹に溺愛していたのだろう。お姫様のようなエリナは少し困ったように、しかしとても嬉しそうに話していた。

 

 中央施設の上階にある商業区画で、エリナと一緒に服を見る。商業区画は内部居住者向けの施設であるため、値段設定が高嶺の花であり新人の神機使いにはなかなか手が出せない。そして財閥のお嬢様であるエリナが連れてきた店は特に値段が高く、値札を見てミツハは目玉が飛び出しそうになった。

 

「コレとコレならどっちがエリナちゃん好き?」

「んー……、こっち!」

「じゃあ下はこのスカートが合うかな〜」

「あ、かわいい! 買っちゃおうかな……」

「流石お嬢様……」

 

 エリナの好みを聞きながら服を選ぶ。ガーリーな服はたくさん持っていそうだったので、カジュアルな服を見繕った。全身のコーディネートを揃えるとミツハは数ヶ月節制しなければならない金額になるが、エリナにとっては然程気にならない金額らしい。

 

 ブティックの他にも雑貨屋などの店を見て回る。気になるコスメを見つけたミツハに、エリナも興味を持っていた。エリナには少し早い気もするが、色付きのリップクリームなんかはいいかもしれない。エリナと一緒にウィンドウショッピングをして回った。

 

「ミツハさん、今日はありがとう」

「こちらこそ〜! 楽しかったよ」

 

 内部居住者向けの有料のレストランでランチを食べ、エリナと別れた。初めてレストランで食事をしたが、ミツハの今までの生活水準と変わらない味だったので打ち震えた。

 

――めちゃくちゃ美味しかった……。

――でもめちゃくちゃ高かった……。

 

 レストラン以外でもついつい散財してしまった。任務を頑張り、またお金を貯めなければいけない。

 

 エリナと別れた後、来月分の配給品の申請を受付で行う。そのまま横の階段を上がり、2階にあるターミナルで神機の強化シミュレートを確認する。

 

 神機は人工アラガミであり、アラガミが強い生き物を喰らうと強く進化するように、神機も強いアラガミを強化素材にすると性能が強化される。しかし強力なアラガミ素材は高価であり、メンテナンス以外の神機の整備は自費になるのだ。

 

 シミュレートされた金額にミツハは難しい顔になる。むむむ、とターミナルの画面を睨めっこしていると、ズシリと右肩に重みがかかる。ピンク色のブランドシャツが真横にあった。

 

「重いんだけど」

「ちょうど良い肘置きがあったもんでな」

「さいあく〜」

 

 肩に置かれた男にしては細い腕を振り払う。身長が180センチもあるカレルとは30センチも差があり、頭の位置がカレルの肘より少し上ぐらいになるのだ。顔を見て話そうとすると首が痛くなるのが悩みの種だ。

 

「今から防衛任務?」

「ああ、エイジスのな」

「……それ私も同行したいなー、なんて」

「断る。取り分が減るだろうが」

 

 相変わらず報酬第一のカレルらしい答えが返ってきた。取り付く島も無い返答にミツハは不満を漏らす。

 

「ええー! いいじゃん、取り分が減る代わりにちゃちゃっと終わらせて次の任務に行けばいいのに!」

「あ? じゃあお前付き合えよ、高額報酬の討伐任務に連れて行かせるぞ」

 

 ニヤリとカレルが口元を湾曲させる。目付きの悪さと相まってなかなかの悪人面だ。

 

 以前のミツハならば萎縮して引き下がっただろうが、第一部隊に異動してから大型の討伐任務にばかりアサインしている今ならば怯むほどの内容でもなかった。

 

「別にいいよ、最近の任務内容そんな感じのばっかりだし」

「ハッ、華の討伐班は大変だなぁ?」

「正直防衛班に戻りたい……」

「愛しの死神が居るのにかよ」

「それとこれとは別だしソーマさんは死神じゃありませーん」

「チッ、面白くねぇヤツ」

 

 からかいをさらりと躱したミツハにカレルがつまらなさそうな顔をした。舌打ちを落とし、ミツハに代わってターミナルを操作する。迷いの無い手で贖罪の街でのボルグ・カムラン堕天種の討伐任務を発行していた。

 

「同行するからにはしっかり働けよ」

「が、がんばりまーす……携行品とバレットの準備してきまーす……」

「おう、早くして来い。ラウンジで待っとくぞ」

 

 大型の堕天種かぁ、と苦笑いを浮かべながらカレルと別れた。

 

 携行品を補充し、ターミナルでバレットの準備をする。防衛任務の後に戦うボルグ・カムランは黄金に輝く荷電性の堕天種だ。火属性に弱く、破砕が効くので高火力の火属性バレットを用意してウエストポーチに詰め込む。攻撃習性と弱点部位の特徴を思い出しながら、ラウンジへ向かった。

 

「あれ? みんなどこか行くの?」

 

 階段を上がると、第一部隊の男三人がエレベーターから出てきた。「ちょっとね」と笑うユウは見覚えのあるコンテナを押している。

 

「えーっと、素材集めに。もうなくなっちゃったみたいで」

「……なるほど」

 

 ぼかした言い方だったが、コンテナの存在とソーマがやけに周りを警戒している様子から、おそらくシオの食糧確保だろうと察する。

 

 納得したミツハにコウタが笑いかけた。

 

「ミツハも来る?」

「あー……私今から防衛任務に行くから、また今度で!」

「防衛任務? なんか緊急事態あったの?」

 

 居住区に何かあったと思ったのか、コウタは神妙な面持ちをした。ここ最近はアラガミの変化が活発になっており、居住区外周のアラガミ装甲壁も対応しきれなくなっているらしい。

 

 家族が外部居住区に住んでいるコウタの不安を煽ってしまったようだ。ミツハは慌てて首を横に振る。

 

「あ、違うの。ただ単に私が防衛任務したくって、エイジスの防衛任務に無理矢理カレルにお願いしたの」

「なんだ、そういうことか。居住区にアラガミが侵入したのかと思ったよ」

 

 ほっとしたようにコウタが胸を撫で下ろすと、ずっと仏頂面だったソーマが言葉に棘を含ませながら割って入ってくる。どこか呆れたような口調でもあった。

 

「おい……喋ってねぇでさっさと行くぞ」

「お? なんだよソーマ、ノリ気じゃん」

「呑気な野郎だな、お前は……」

 

 いくらコンテナで隠れているとはいえ、エントランスという人が行き交う場所にいつまでも居たくないのだろう。噛み合っていない二人に苦笑すると、ソーマが溜息を吐いた。

 

「本当、あのオッサン何考えてやがんだ……」

「ずっと狭い部屋に閉じ込めておくのは可哀想ですし」

「ユウと同じこと言いやがって……呑気なヤツらだぜ」

「そのぶんソーマさんがメリハリ付けてくれるじゃないですか。役割分担ってやつです」

「分担も何も俺だけじゃねぇかよ」

「頑張ってください!」

「…………」

「いたっ、地味に痛いです」

 

 ぐっと親指を立てて笑えば、ソーマは呆れて物も言えないようで言葉の代わりに右手がミツハの顔の前に伸ばされた。曲げた中指の先を親指の腹に引っ掛けてから弾き出す、俗に言うデコピンだ。

 

 力の加減はされているのだろうが鈍い痛みに見舞われたミツハは額を押さえる。そしてふふ、と笑みを零した。以前では考えられない、他愛もないじゃれあいに嬉しくなる。

 

「……おいコラ、ミツハ。先輩待たせておいて逢引きかよ。先にヘリ行っとくぞ」

 

 そんなふうにふやけていると、やけに冷めたカレルの声が後方から聞こえる。振り向けば第三部隊の面々が少し離れた場所からミツハたちを見ていた。くすくすと笑うジーナと白い目をするカレルとシュンに、ミツハは思わず顔が赤くなる。

 

「あっ、あいっ、――~ッもう! 今行くから! あのっ、カレルの冗談は気にしないでくださいね!? それでは!」

 

 流石に本人が居る目の前でからかわれるのは耐え難い。出撃ゲートに向かう第三部隊を追いかけようと、ミツハはソーマに弁解をして慌てて駆け出した。

 

 神機保管庫に向かう彼らに追いつき、ミツハは恨めしげにカレルを睨む。

 

「ソーマさんが居る前でああいうこと言うのやめてくれない!?」

「さっさと来ねぇお前が悪い」

「そうだけど……そうだけどぉ……!」

 

 赤く染まる顔を両手で覆いながら嘆いた。相変わらずシュンは珍妙なものでも見るような白い目をしており、うんざりしたような声色でミツハに問いかける。

 

「つかお前、死神と付き合ってんの?」

「付き合って! ない!」

「あら、そうなの? 仲が良いから、てっきりもう付き合ったのかと思ったわ」

「……そう見えます? 見えちゃいます? やっぱり前とちょっと違いますよね!?」

「顔がうぜぇ」

「痛い!」

 

 盛大にニヤけていると、カレルから頭を叩かれた。非難の声を上げればカレルはフンと鼻を鳴らしてそっぽ向く。

 

 そんな二人のやりとりを見ながら「仲が良いことね」とジーナが薄く笑った。その言葉に嫌そうな顔をカレルにされたが。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 防衛任務の後の討伐任務は流石にキツいものがある。倒せはしたものの、帰りのヘリの中でミツハは疲労困憊といった状態で座席に溶けていた。

 

 第一部隊は自力でバーストモードに移行できない旧型遠距離神機使いが二人に対し、リンクバーストができる新型神機使いが三人も居る。

 

 しかし今日は新型がミツハしかいない。隙を見て積極的にカレルやジーナたちにリンクバーストをしていたのだが、ミツハ一人で全員のバースト状態を維持しようとするとなかなか大変だった。

 

「リンクバースト疲れた……」

「それ便利だよな。お前なんで防衛班抜けたんだよ」

「第一部隊ばっかずりぃぞー!」

「私に言わないでよ……」

 

 今思えば、ミツハが第一部隊に異動した理由は『新型だから』というだけではないのだろう。第一部隊は討伐班という別名のとおり、基本的に上層部から発令された討伐任務を担っている。担当区域があらかじめ決まっている第二、第三部隊より、ずっと動かしやすいはずだ。

 

 『実験』を上手く隠蔽する理由付けに討伐班に下される『特務』という言葉を使えば下手に詮索されることはない。突然姿を消したとしても『特務中にKIAになった』と言えばいいのだから。

 

――思い出したら憂鬱になってくる……。

 

 ヨハネスが欧州に飛んでから1週間近くになる。そろそろ帰ってくる頃かと思うと気が重くなるが、仄暗い考えを打ち消すように首を振った。

 

 ヘリはアナグラの屋上に着き、神機が収納されたケースを持ってキャビンから降りる。エレベーターを待つ四人の影を夕日が長く伸ばした。

 

「久々にミツハと共闘できて楽しかったわ。良かったらまた手伝ってちょうだい」

 

 到着したエレベーターに乗り込みながら、ジーナがふふっと笑った。

 

「取り分が減るから来るなって言う人がいるんですけど、いいですか? カレル・シュナイダーって名前の人なんですけど」

「リンクバースト要員でなら歓迎してやるよ」

「そんなこと言っちゃう人にはアラガミバレットと間違えて普通のブラストバレット撃っちゃうかもしれなーい」

「誤射したら撃ち返すぞ」

「あら、撃ち合いするなら私も混ぜてくれない? 綺麗な花を咲かせましょ?」

「ジーナが言うと冗談に聞こえねーんだよ……」

 

 言い合いをしているとジーナが冗談めいて笑う。シュンが引き攣った口から零した言葉に同意するようにミツハたちも苦笑した。

 

 報告をしにヒバリのもとへ向かおうとエントランスの階段を降りていると、一階から上がってくるユウとソーマに出くわした。コウタの姿はない。シオを隠しているコンテナが無いことから、おそらくサカキの研究室に行っているのだろう。

 

 「げぇ」とあからさまに嫌そうな顔をしたシュンは先に一階へ降りる。カレルたちもシュンに続いたが、ミツハだけは足を止めた。

 

――あれ?

 

 フードに隠れたソーマの表情に、妙な違和感を覚えた。

 

「ソーマさん?」

「…………」

 

 小首を傾げて声をかける。ソーマは一度薄く口を開いたが、一文字に硬く結んでしまった。

 

 そしてそのまま無言でソーマは立ち去ってしまう。すれ違いざま、迷子のような蒼い瞳をミツハは見た。

 

「……ユウ、何があったか聞いてもいい?」

「もちろん。……というか、ミツハには一番聞いてほしいな」

 

 困ったような顔をしながら、ユウが頷く。しかしここでは話しにくい内容なのか、「また後でね」と言葉を濁してユウはエレベーターに乗り込んだ。

 

 その背を見送り、ミツハは溜息のように息を吐き出した。

 

――シオと何かあったのかな。

 

 仲良くしていたのになぁ、とポーチからスマホを取り出す。カメラではなくスマホなら前面カメラがあり、簡単に自撮りができるので一緒に撮ったりしていたのだ。

 

 カメラロールに映る写真をぼんやりと眺めていると、「何してんだよ」と一階からカレルの声がした。

 

「早く神機預けろよ」

「あっ、うん。今行く」

 

 とにもかくにも、ユウから事情を聞かないことには始まらない。ヒバリに神機が収納されたアタッシュケースを預けて自室に戻った。

 

 ベッドに寝転びながらカメラロールを見返していると、フェンリルから支給された携帯端末ににメールが届く。差出人は、ユウからだった。

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