Kuschel   作:小日向

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082 シオの家出

3月23日

 

 翌日、サカキから第一部隊全員に呼び出しがかかった。昨日の今日とあってソーマも素直に呼び出しに従い、全員で研究室を訪ねる。

 

 中に入るとシオは奥の個室から出ており、サカキの隣にぺたんと座っていた。呼び出した当の本人はいつになく神妙な面持ちで第一部隊を迎え、普段よりも驚くほど真面目な声色で話を始めた。

 

「呼び付けてすまない。私ではどうにもならない問題が発生してしまってね……」

「何があったんですか……」

 

 サカキの標準装備である胡散臭い張り付けたような笑みすらその顔からは消え去っており、事の重大さが窺えた。只事ではないと第一部隊は身構え、ごくりと固唾を呑んでサカキの話を聞くのだが――

 

「彼女に、服を着せてくれないか……」

 

 深刻そうな雰囲気とは裏腹に、内容は至極拍子抜けしてしまうものだった。

 

「はぁ……服、ですか?」

 

 大袈裟だと言いたげにサクヤが聞き返した。サカキは頷き、少し寂しそうな顔をしてシオを見下ろす。その表情は娘のために嬉々として買ったプレゼントを「要らない!」と跳ね返されてしまった父親のような顔だとミツハは思った。

 

「様々なアプローチを試みてみたんだが、全て失敗に終わってしまってね……」

「きちきち、ちくちく、やだー」

「……と言うことらしい。是非女性の力を借りたいと思ってね」

「なら何で俺を呼ぶんだ……戻るぞ」

 

 踵を返そうとするソーマに思わずミツハは「あ」と声を漏らしてしまう。その声にぴたりとソーマの足が止まったが、じろりと詰るように視線だけが振り向かれた。

 

「……居てもしょうがねぇだろうが」

「で、ですねー……」

 

 何もシオと話すのは今でなくていいだろう。そもそも第三者が居る手前、ソーマの性格上絶対に話そうとしないだろうなと思い直し、ソーマを見送る。

 

 そんなソーマに便乗するかのように、コウタはしたたかにユウに笑いかけた

 

「俺も役に立てそうにないし、ちょっと今バガラリーが良いとこだったんだ。男子代表として、リーダー! 任せたぜ!」

「ええ!?」

 

 早い者勝ちとでも言いたげにそそくさとコウタは出ていってしまった。残されたユウは出ていくタイミングを見失ったようだ。

 

 サクヤが閉じた扉を見ながら呆れたように溜息を吐いた。

 

「まったく薄情な男どもねー……とにかく、ちょっと着せてみますよ」

「……僕はこっちで待ってますね」

 

 残されたものの流石に手伝えることもなく、ユウは困ったように笑いながら個室に入っていく女性陣を見送った。

 

 相変わらず散らかったシオの部屋のベッドには、おそらくサカキが着せようとしたのであろう服が放り出されていた。一本のラインが入った大きな襟が特徴的なトップス、水色のカーディガン、紺色のプリーツスカート、赤いスカーフ。

 

 それらはどう見てもあの服で、ミツハは苦笑した。

 

「セーラー服……」

「博士ってこういうのが趣味なんでしょうか……ドン引きです……」

「い、いいじゃない。シオに似合いそうで」

 

 怪訝な顔をするアリサの横でサクヤがセーラー服のトップスを拾い上げる。そして柔らかく笑顔を浮かべながら、いやいやと首を振るシオに近寄った。

 

「シオー? ちょっとバンザイしてみよっかー」

「やだ! ちくちくする!」

「あっ、逃げないで〜!」

 

 するりとサクヤの懐をすり抜け、壁際へ逃げたシオが顔を顰める。その姿はさながらお風呂を嫌がる仔犬のようで、可愛いなとミツハは小さく笑った。

 

「シーオーちゃーん。女の子がいつまでもそんな格好じゃダメなんだよ?」

 

 言い聞かせるようにアリサが宥めるが、シオはわっと癇癪を起こした子供のように大声をあげて逃げ出してしまう。

 

 ――壁へ向かって。

 

「ちくちくやだぁー!」

「え、ちょ――」

 

 ドゴッ、と可愛げの無い大きな破壊音が小さな部屋に響き、土煙が視界を悪くする。部屋に蔓延する埃に咳き込みながらシオが居た場所を見やれば、少女一人が通れそうなくらいの風穴が開き、通風管等の配管が剥き出しになっていた。

 

 シオの姿は、ない。

 

 シオが――アラガミが、偏食場を遮断する専用の部屋から出ていってしまったのだ。

 

 それがどんな事態を引き起こすのかは、想像に容易い。三人の顔色が一瞬にして青褪め、慌てて部屋から飛び出した。

 

「あ、あの、シオちゃんが……!」

「壁を壊して外に……」

「に、逃げ出しちゃいました!」

「……やはり、予測できない……!」

 

 ユウと話をしていたサカキは珍しく目を見開き、嘆くように言葉を漏らした。

 

 そしてその直後、追い打ちを掛けるように警報音がスピーカーから鳴り響く。

 

『緊急事態発生! 施設内にアラガミの偏食場反応を観測、観測ポイントは研究区画です。研究員は直ちに避難、並びにゴッドイーターは戦闘準備を――』

「博士! これって結構ヤバいのでは!?」

「ひ、非常にマズい事態だ。とにかくユウ君はソーマたちを呼んで、なるべく早くシオを連れ帰って来てほしい! 通常任務に偽装して任務を発行しておくから、頼んだよ!」

「わかりました!」

 

 サカキの言葉にユウは研究室から飛び出した。研究区画の廊下は研究員が避難しようと混雑しており、その合間を縫うようにしてエレベーターに向かっている。

 

「三人は研究員に実験中の事故だと説明して落ち着かせてほしい。私は放送を訂正するようにオペレーターに連絡を入れてくるよ」

「実験って、具体的にどういう……」

「そうだね、新型レーダーの実験って事にしておいてくれ。レーダーの運用テストに使用した擬似偏食場が暴発した、という具合に」

 

 よくもまぁすぐに嘘が思いつくものだと感心しながら頷き、ミツハたちは騒然とする研究員たちの中に飛び込んだ。

 

 結果として、存外すぐに騒ぎは沈静化された。

 サカキの実験事故だと説明すれば研究員たちはどっと呆れ返ったように「またか」とぼやき、馬鹿馬鹿しくなったのか各々の研究室へ戻っていったのだ。

 

「またかって言われてますけど、博士」

「ははは。日頃の行いのおかげで騒ぎが大きくならずに済んだね」

「ええ……」

「ドン引きです……」

 

 ミツハはアリサと一緒に呆れ返り、サクヤは苦笑して壁が壊れた部屋に目を向けた。

 

「アラガミの毒とかはまったく効かないのに、服はあんなに嫌がるのね。強力な駄々っ子の恐ろしさを思い知ったわ……」

「そうだねぇ、あんなに服を嫌がるとは、興味深い……。これは彼女専用の服が必要だなぁ」

「作れるんですか?」

「リッカ君にお願いしてみようかな。彼女も相当な技術バカだから、きっと嬉々として変な注文をこなしてくれると思うよ」

「シオちゃんの服かぁ……! いいですね、楽しみです!」

「だろう? よし、そうと決まればちょっと依頼してみよう」

 

 サカキはカタカタとキーボードを打ち始めた。リッカはミツハの偏食因子が特殊だということを知っており、他の技術班の人間には他言せずに居てくれている。リッカならば安心だろうと思いながら、ミツハたちは瓦礫で散らかったシオの部屋の掃除に取りかかった。

 

「まさか壁を壊しちゃうなんて、流石に驚いたわね」

 

 風穴が開いた壁を見ながら、サクヤが溜息に近い言葉を漏らした。やはり可愛らしい少女の見た目をし、ミツハたちとなんら変わりなくても、その根本がアラガミであることには違いないのだ。

 

「今更なんですけど、シオちゃんもアラガミなんですよね。つい忘れちゃうなぁ……」

「あんまり遠くに行ってないみたいだから良かったけど、大丈夫かなぁ……」

「大丈夫ですよ、ユウならすぐ見つけてくれるでしょうし!」

「そうね。それにソーマもついてるし安心か」

 

 散らばった瓦礫をバケツに入れながら話す。確かに五感が鋭いソーマならば捜索にもってこいだろう。

 しかしアリサは何か不安要素があるのか、「そうですけど……」と難しい顔をした。

 

「……でも、ソーマってシオちゃんの事どう思っているんでしょう。名前をつけてあげるぐらいなのに、化け物なんて酷いこと言ったりして……どうなんですか、ミツハ」

「ええっ、私に振るの!?」

「だってソーマのことならミツハに聞くのが一番かと」

「ええ~……なにそれ~……」

 

 恥ずかしさで苦笑するが、そう言われて嬉しくないわけもなく口元が歪に緩んだ。

 

 しかし内容が内容だ。ミツハがどう答えようと考えていると、サクヤが困ったように眉を下げながら形の良い口を開いた。

 

「シオのことはちょっと難しい問題よね、ソーマにとって」

「……サクヤさんも知ってたんですか? あの、ソーマさんのこと」

「これでもソーマとの付き合いは結構長いのよ?」

「……あの、何かあるんですか? あの人……」

 

 置いてけぼりにされていたアリサが間に入る。コウタはユウから話を聞いているので、第一部隊のメンバーでソーマの事情を知らないのはアリサだけだったようだ。

 

 変に隠すのも可笑しいだろうと、サクヤが過去を振り返るようにソーマの出自について話を始めた。

 

――改めて、がっかりした自分が最悪すぎる……。

 

 サクヤの話を聞きながら、ミツハは幾度目かの自己嫌悪に陥った。

 

 ソーマ自身はさらりと流してくれたが、事故のことはソーマが自分を呪ってしまう根源だ。自分が生まれたせいで母親や大勢の人が死んでしまったと思ってしまっているのなら、きっとソーマは自分自身を許せないのだろう。

 

 『自分なんか』と当たり前に言ってしまう原因を、ミツハ自身の安心感のために期待した自分が嫌で仕方なかった。消えない傷痕のように、この罪悪感はしこりとなってずっと残り続けるのだろう。消えてほしいとも思わないが。

 

「……あの人にも、そんな事情があったなんて」

 

 ぽつりとアリサが呟く。腹の底に何やら抱えたような、複雑な顔色だった。

 

 アリサは今でこそ柔らかな雰囲気を纏っているが、彼女だって少し前までは人を拒絶するような、それこそソーマのような態度を取っていたのだ。

 

 アリサにもきっと、何かあったのだろう。

 

「何かとみんな色んなことを抱えているわよね、この部隊」

「そうだねぇ。こんなご時世、誰にでも悲劇の一つや二つはあるものだろうしね」

 

 唐突に介入してきたサカキの声に驚く。扉のほうへ振り向けば、にっこりと張り付けたような笑みを浮かべたサカキが立っていた。

 

「ミツハ君にとっての悲劇は、この世界に来てしまったことかな」

「……博士のこと嫌いになっちゃいそうです」

「はは、すまない。冗談だよ」

 

 悪いなんてちっとも思ってもいないような声で謝られ、ミツハは口を尖らせた。

 サカキは時々、こちらを試すように意地の悪いことを言ってくる節がある。サカキのそういう部分は少し苦手だった。

 

「ユウ君たちが戻って来たよ」

「じゃあ、シオちゃん見つかったんですね?」

「ああ。ここもだいぶ片付いたし、もう戻ってくれていいよ。夕食の時間だろうしね」

 

 そう言われて時間を確認してみれば、食堂が開く時間になっていた。アリサとサクヤは夕食を食べに先に研究室から出ていったが、ミツハは残ることにした。ソーマとシオがどうなったのか、少し心配なのだ。

 

「保留にしていた質問の答えは出たかい、ミツハ君」

 

 研究室のソファに座りながら待っていると、例によってサカキが笑いかけてくる。

 保留にしていた質問――シオのことをどう思うか、初めてシオと出会った日に問いかけられたものだ。

 

「……出ましたけど、意地悪なことを言う博士には内緒です~」

「おや、ソーマと二人だけの秘密ってやつかい」

「うっ、そ、そういうことでいいです……!」

 

 先ほどのお返しにとミツハも意地悪をしたのだが、逆に返り討ちにあってしまった。そもそもソーマの名前を出す時点で察してはいるのだろう。わざわざ聞こうとする辺りがサカキらしいのだが。

 

 しばらくすると研究室のインターホンが鳴った。ミツハが出迎えると、コンテナを押したユウとソーマが立っていた。

 

 扉を閉めてからコンテナを開ける。ひょっこりとコンテナから家出少女が顔を出し、「タダイマ!」と元気良く笑った。

 

「やぁやぁ、ありがとうありがとう! 一時はどうなることかと思ったよ」

「そりゃこっちの台詞だ」

「せりふだー!」

 

 シオがソーマの真似をする。その様子にふふ、とミツハは笑った。どうやら心配は杞憂だったようだ。顔を緩めながら二人を見ていると、ソーマから照れ隠しのように睨まれた。

 

「部屋の壁壊れちゃいましたし、シオどうします? 博士」

「応急処置が必要だね。その間この部屋に居てもいいんだが、ちょっと考えがあるんだ。ソーマとミツハ君は残ってくれるかい」

 

 わざわざソーマとミツハを残そうとするあたり、何かあるのだろうと察しの良いユウは素直に頷いて研究室から出ていった。しかしサカキの考えがなんなのか、ミツハにはまったく予想ができなかった。

 

 ユウを見送りながら首を傾げていたのだが、扉が閉まるなりサカキは迫るように焦りの滲んだ声を出した。

 

「大変だよ、二人とも!」

「藪から棒になんだ」

「ヨハンが明後日帰ってくる!」

「――え」

 

 サカキの言葉に一番動揺したのはミツハだった。

 

 近いうちに出張中のヨハネスが帰ってくるだろうとは思っていたが、いざその事実を耳にすると大袈裟なくらいに気分は急降下した。ミツハは隠れるように拳をぎゅっと握った。

 

「……そりゃいつかは戻って来るだろ」

「そのとおりだが、この状況は非常にマズい。騒ぎがあったばかりだ、ヨハンは必ずここに様子を見に来るよ! せっかく欧州にお暇願ったのに、ああ、なんてことだ!」

「……どうするんですか? 結構マズい事態じゃないですか。そもそもこの壁の穴、どうするんですか」

「明日は壁の修理に作業員を入れなくちゃだね。そしてヨハンは明後日の早朝に帰ってくる。帰ってきたその足で、留守中に騒ぎを起こした私にお説教だろう。それまで、絶対に見つからない安全な場所にシオを隠す必要がある」

「そんな場所があるのか」

「一つだけ心当たりがあるよ」

「どこだ、早く言え」

 

 なかなか核心に触れようとしないサカキの言い回しにソーマが苛立つ。サカキはその糸目をキリッとさせ、至って大真面目な顔をしてソーマを見やった。

 

「君の部屋だ」

「ソーマさんの!?」

「……冗談は顔だけにしろ、オッサン。そもそも俺の部屋じゃコイツの偏食場反応がバレるだろうが」

 

 怪訝な顔をしながらもっともな言い分でソーマが抗議するが、サカキはそう返されることなどわかっていたと言わんばかりに棚から四つの機械を取り出した。タバコの箱を一回り大きくしたような黒い金属製のボックスに、四本の可動式の短いアンテナがついている。

 

「偏食場探知ジャマーだ。これを部屋の四隅に設置すればレーダーから探知されなくなる。電源は部屋のコンセントから取れるようにしておいた。じゃあ、よろしく頼んだよ!」

 

 にっこりと笑いながら、捲し立てるようにサカキがぺらぺらと饒舌に舌を回す。決定事項だと言うように機械をソーマに押し付けると、大きな溜息が彼の口から漏れた。

 

 あまりにも準備が良すぎるサカキにソーマは憮然とするものの、渋々といった様子でそれを了承する。押しに弱いのは相変わらずだな、とミツハは可笑しくなって苦笑した。

 

「……あとで遊びに行きますね?」

「……勝手にしろ」

「しろー!」

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