3月24日
意識が浮上し、安心する匂いに包まれながら目が覚める。
目に映るのは実家の天井ではなくアナグラの個室の天井だが、違和感を覚えた。ミツハは目を擦りながらむくりと起き上がると、
「起きたか」
――ソーマの声がした。
途端、ミツハの意識が覚醒する。
――そうだ、お泊まりしたんだった!
好きな人の部屋に訪ねるだけでなく、そのままお泊まりするというドキドキハプニングイベントが起きたのだ。イベントのきっかけとなったシオは寝ている間にベッドの上で大冒険をしていたようで、シーツをぐちゃぐちゃにしながら逆さの位置になって寝ている。まだぐっすりと眠っており、起きる気配はなかった。
「おはよう、ございます……?」
先ほどの違和感は、一つは新人区画の個室の天井とは違うことに対してだった。
そしてもう一つの違和感に、ミツハは記憶を遡ろうとする。
「寝惚けてんのか」
「夢の内容が思い出せなくて……」
「夢?」
「あっ」
ソーマの言うとおりまだ寝惚けていたらしく、ついつい口が滑ってしまった。そしてあからさまに「しまった」というような反応をしてしまったのもよくない。ソーマから追求するような視線を向けられる。
寝起きの姿を好きな人に見られるのは恥ずかしい。ミツハは赤くなる顔を誤魔化すように髪を手櫛で整えながら、仕方なしに白状する。
「毎日夢を見てて内容も覚えてるんですけど、今日は何を見たのか曖昧なんですよね」
「……毎日?」
「自分でもヤバいなって自覚はあります、ハイ」
「夢っていうのは、元の世界の夢か」
「……はい。夢といっても、本当にあった記憶そのままなので覚えていやすいんですけど……今日は本当に夢って感じの夢だった気がする……」
夢の内容を思い出そうとするが、曖昧な輪郭はどんどんぼやけていき、掴もうとすればするほど霧散してしまう。
なんとなく、夢の登場人物に元の世界の友人たちだけではなく、ソーマたちも居た気がする。この世界が現実だと自覚してから、こんな夢を見るのは初めて――
――いや、初めてじゃない気がする……。
そういえば少し前にも、いつもとは違う夢を見た。
あの夕暮れの屋上で、ソーマに抱きしめられた記憶の夢だ。それを見たのは、夜中にシオの部屋に訪ね、ソーマのダスキーモッズを着て眠ったあの日。
ふと、ミツハは視線を下に落とす。ミツハの腰には、ダスキーモッズが毛布代わりに掛けられていた。
あの日も、昨夜も。ミツハはソーマの存在を感じ、安心感に包まれて眠りに落ちたのだ。
「………………よし! 私はそろそろ部屋に戻りますね! それではっ!」
ダスキーモッズをソーマに返し、ミツハは返事も聞かずに逃げるように部屋から出た。恥ずかしくて顔から火が出そうで、今はとてもじゃないがソーマの顔を見れそうになかった。
◇
午前中のうちに壁の修理は完了したようで、正午過ぎにサカキから研究室に呼び出された。第一部隊の女子三人と、シオを連れたソーマが研究室に集まる。ユウとコウタは呼ばれていなかったようだ。男で唯一呼ばれたソーマも、シオを連れてくるとサカキによってすぐさま追い出されてしまった。
「シオの服の件だけど、リッカ君が快諾してくれてね。そこで君たちにはシオの採寸をお願いしたいんだ」
そう言ってサカキはミツハに採寸用のメジャーを渡す。それが理由で女子だけが呼ばれたらしい。
測ったシオの背丈は135センチ。肉付きは少なく、スタイル良し。
シオは不思議な顔をしながら採寸されていたが、だんだん面白がってきたらしい。細い腰にメジャーを巻くと、シオはクルクルとその場で回ってメジャーに巻きついた。メジャーを包帯のように身体に巻きつけたシオにミツハたちはくすくすと笑った。
和気藹々としながら採寸を終えて研究室を出ると、エレベーター前の休憩スペースにソーマが居た。呼び出されたのにすぐ追い出されてご立腹のようだった。
そんなソーマにアリサがニヤニヤと笑った。
「あら〜? ずっと待ってたんですか?」
「……何を企んでる」
「ふふ、シオ専用の服を作ろうって話をしているの。リッカちゃんが協力してくれるらしいわ」
「結局外部に漏らしてんじゃねぇかよ」
「リッカちゃんなら安心ですし。楽しみですね!」
「くだらん……」
話をしているとソーマの携帯が鳴った。画面を確認したソーマは舌打ちを一つ落としてベンチから立ち上がる。
「あのオッサン、今度はなんの用だ……」
「呼び出しですか?」
「お前も来い、どうせロクなことじゃねぇ」
「はーい、お供しまーす」
おそらくシオ関連のことだろう。「ごゆっくり〜」とからかうように笑うアリサたちと別れ、ミツハとソーマは研究室に戻る。
「おや、やっぱりミツハ君も来たかい」
「何の用だ」
笑うサカキに対して、ソーマが不機嫌を隠さずに問う。シオは採寸をしたご褒美に、バケツいっぱいに入った手羽先のようなシユウの部位素材を口いっぱいに頬張っていた。おやつタイムを堪能しているようだ。
美味しそうに食べているシオを微笑ましく見るサカキはまるで保護者だ。そう、子供のためを思う保護者。
「明日にはヨハンが帰ってきてしまうだろう? ヨハンの目を盗んでシオを外に出すのは難しいからね。ずっと部屋に居てもらうことになってしまう」
「まぁ、そうだろうな」
「だからその前に、シオを連れて外で遊ばせてあげてほしいんだ! ほら、思い出になって良いだろう?」
ミツハたちに頼む内容も、研究者というより保護者めいたものだった。子供を外で遊ばせたい親そのものである。
サカキの言葉にソーマは怪訝な顔をした。
「はぁ? ふざけんな、なんでそんなこと……」
「オモイデ! つくりたいぞー!」
「却下だ却下」
「やだー! シオ、あそびたいぞー!」
ソーマは取り付く島も無く却下するが、シオはなかなか引き下がらずジタバタと手足を振り回して駄々を捏ねる。
しばらくソーマと押し問答を繰り返していたのだが、なかなか折れないソーマにシオは矛先をミツハに向けた。おねだりをするいたいけな琥珀色の瞳にじっと見つめられると断りづらくなってしまう。
「みつは〜」
「うっ、かわいい……」
「おい、絆されんな」
「しゃしんって、『キネン』のときにとるって、みつはいってたな」
「そ、そうだね。言った言った」
「そーまとなかなおりしたキネンに、とりたい! オモイデ、つくるぞ!」
「なっ、何が記念だ、馬鹿!」
なかなかに威力が大きかった言葉だったらしい。弾かれたようにソーマが動揺し、その頬を紅潮させる。
ソーマのその様子が可愛らしく、ミツハは口元を緩めてシオに笑いかけた。
「……よし、ソーマさんとシオが仲直りした記念に撮りに行こっか!」
「やったー!」
「おい、勝手に決めるな!」
ソーマが吼える。キッと強く睨まれるが、赤くなった顔では普段のような鋭さはまったくなかった。ミツハは強気で答える。
「記念写真は大事です!」
「何が記念だ何が」
「だからソーマさんとシオが、」
「もういい何も言うな。クソ、連れて来るんじゃなかったぜ……」
ミツハの言葉を遮るように、ソーマは顔を手で覆って深い溜息を吐く。これは押しに負けたときの顔だ。「女の子はしたたかだねぇ」とサカキが肩を竦め、ミツハは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「廃寺に遊びに行きましょう! オーロラ撮影のリベンジもしたかったんですよね〜」
「いくぞー!」
「……勝手にしろ」