Kuschel   作:小日向

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085 お茶会と恋バナ・そのに

 廃寺にはサリエルが徘徊しているらしく、通常の討伐任務に細工をしてサカキがミッションを発注した。シオが一緒のためオペレーターをつけないよう、色々と手を回しているらしい。ついでにサリエルから取れる『女神羽衣』という素材がシオの服の材料になるらしく、取ってきておくれとサカキに頼まれた。

 

 オーロラを撮ることも目的の一つのため、廃寺に出向くのは夕方になってからだ。定期検査を終えても出撃まで微妙に時間が空いており、三脚の借用を頼んだり自室でカメラの準備をしていると、ミツハの携帯が鳴った。カノンからの着信だった。

 

「もしもし、カノンちゃん?」

『ミツハちゃん、今って時間大丈夫ですか?』

「うん、出撃が夕方からだからそれまでは」

『じゃあ、良かったらラウンジまで来てくれませんか? 今防衛班のみんなで集まってお茶してるんです!』

「行く行く〜! すぐ行くから待ってて!」

 

 カノンの誘いを断るはずもなく、電話を切ってミツハは早足でエレベーターに乗り込んだ。

 

 鼻歌を歌いながら数百メートルを上昇し、エントランス2階でエレベーターが停まる。ロビーラウンジへ向かう途中で名前を呼ばれた。少女とも少年とも言えないアルトの声で。

 

「ミツハさん、久しぶり!」

 

 ラウンジのソファから赤毛の少年が飛び出してきた。あどけない表情を浮かべながら嬉しそうにミツハのもとへ駆け寄り、にーっと白い歯を見せて笑った。

 

「カズヤ君、来てたんだ!」

「母さんがまたアップルパイ作ったから、防衛班のみんなにってさ」

 

 確かに甘い良い匂いがする。ラウンジを見ると防衛班の面々がアップルパイを切り分け、和やかと言うよりは賑やかなお茶会を楽しんでいた。

 

 ミツハに気づいたタツミとカノンがソファから立ち上がり、タツミはからかうようにカズヤの頭に肘を置いた。

 

「コイツがミツハ呼べってうるさくてなあ」

「う、うるさいって言われるほど言ってない!」

「ミツハちゃんが異動してから、会う機会が無くなっちゃったじゃないですか。カズヤ君寂しかったみたいで」

「カノンさん!」

 

 カズヤは髪色と同じように顔を赤くしながらタツミの腕を払いのける。すっかりからかわれしまっているその姿は、いつぞやミツハがソーマのことで茶化されていた姿と重なった。好意を向けられている相手が自分だということに恥ずかしさを覚えるが、微笑ましさもある。

 

「ミツハさんも食うでしょ、アップルパイ」

「えっ、でも防衛班のみんなで食べてもらったほうが……」

「お前を呼ぶ口実なんだから食ってやれって」

「……俺タツミ嫌い」

「んな冷たいこと言うなよ」

 

 不貞腐れたように口を尖らせるカズヤの頭を乱雑にタツミが撫でる。ボサボサになった赤毛を直しながら、カズヤは視線でミツハをソファに座るよう訴える。テーブルには手のつけられていないアップルパイが一皿あった。

 

「ほらほら座ってください!」

「え〜じゃあお言葉に甘えて〜。お邪魔しまーす!」

 

 カノンに背中を押されてラウンジのソファに腰を下ろす。向かいにはカレルが座っており、年下の少年から好意を向けられるミツハを鼻で笑った。

 

「いいじゃないか、死神より可愛げあって」

「でもカレルと比べるのも烏滸がましいぐらいソーマさんって可愛いところあるんだよ、知らないでしょ~」

「そんなもん知りたくもないがな、気色悪ぃ」

 

 からかいを軽口で返しながら、アップルパイにフォークを突き刺す。サクッと軽快な音を鳴らした。最後に食べたアップルパイは母の作ったものだ。味はもちろん違う。それでも、優しい味だということに変わりはなく、フォークは進んだ。

 

 隣にカズヤが座り、カップに手を伸ばす。中の液体は黒い、コーヒーだ。顔を顰めながら飲んでいるため苦いのだろう。背伸びをしている様子が可愛らしかった。

 

「ねぇ、ミツハさん。異動した先の第一部隊って、ソーマって人が居る部隊だよね?」

 

 コーヒーカップを置きながら、じろりと。少し緊張の色が滲んだ瞳で問われる。カズヤからソーマの名前が出るのは、少々どきりとしてしまう。

 

「えっと、うん。そうだけど、どうかした?」

「……付き合ってんの?」

 

――13歳の男の子って、案外グイグイくるんだな!

 

 物怖じしていないというわけではないのだろう。問うた声はようやっと絞り出せた、というような小声だった。

 等身大でぶつかってくる少年にすっかりミツハはたじたじとなり、首元を摩りながら困ったように笑った。

 

「つ、付き合ってないな~……」

「……ふーん」

 

 緊張したような表情とは一変し、あからさまにほっとした安堵の表情を浮かべるカズヤにミツハは言いようのない罪悪感が生まれた。まるで幼気な少年を弄んでいるかのようだ。

 

 苦笑を浮かべていると、向かいのカレルがニヤリと悪い顔をした。からかいのネタが目の前に転がっているのだ、この男が見逃すはずがない。

 

「で? 最近死神とはどうなんだよ」

「何かあったとしてもカレルに言うわけないじゃん」

 

 そもそも死神と呼ぶのはやめてくれないか――そう言葉を続けようとした時、間に数人を挟んで話を聞いていたブレンダンが「そういえば」とミツハに視線を向けた。

 

「今朝、ソーマの部屋からミツハが出てくるのを見たんだが――」

 

 衝撃。

 

 カチャン、と右手からフォークがすり抜け、わなわなとミツハの指先が震えた。顔に熱が集まり、動揺を隠せないまま口を開く。

 

「えっ、あのっ、ブレンダンさん!? み、見間違いじゃないですかね!?」

「お前、その慌てようはそうだって言ってるようなもんだろ……」

「は? なに、お前。朝帰り? しかも押しかけてんの? ミツハ、見かけによらず案外やるんだな……」

「誤解! 変なこと言わないでよ!」

 

 カレルとシュンは何を想像したのかもはや引いていたが、反対にカノンとタツミは目を輝かせていた。「どういうことですか、ミツハちゃん!」とカノンに迫られる。

 

「ちが、えっと。その、任務で! 確認したいことがあって部屋に行ったけど、私が寝落ちて、その、そういうアレで!」

「それで? 何かあったりしたのかしら?」

「あるわけないじゃないですか!」

「そう、つまらないの」

「つまらないってなんですか~……!」

 

 ジーナが不満そうに溜息を漏らす。防衛班にシオのことを説明するわけにもいかず、曖昧な返し方が逆に怪しいのかしばらくからかわれた。カズヤが聞き側に徹して話に混じって来なかったのがせめてもの救いだった。

 

 アップルパイの最後の一口を頬張り、ミツハはなじるようにカレルを睨む。

 

「もうこの話題やめない? 飽きてよそろそろ。タツミさんのデートの誘いがいつ成功するか賭けようよ」

「お前が入隊する前にとっくに擦りつくされたネタだそりゃ」

「そうなんだ……」

「それにお前の場合は打てば響くから面白いんだろうが」

「性格わっる……! ていうかカレルこそ、そういう話ってないの――」

「おい、……ミツハ」

 

 意趣返しをしてやろうと口を開けば、遮るように低い声で名前を呼ばれた。

 

 どきりとミツハの心臓が跳ねる。声のほうへ振り向けば、ラウンジから少し離れた所にソーマが立っていた。フードに隠れて表情はよく見えない。

 

「時間だ。行かねぇなら置いてくぞ」

「えっ、あ! すみません! すぐ行きます!」

「なんだよミツハ、デートか?」

「任務! サリエル倒してくるの!」

「あら、羨ましいわ」

 

 カレルのからかいを躱してソファから立ち上がる。出撃の準備をしなくてはいけない。慌ててソーマのもとへ向かおうとしたのだが、袖を掴まれて引き留められる。カズヤが少々不満げな顔をしながらミツハを見上げていた。

 

「カズヤ君?」

「……いってらっしゃい、気をつけてね」

「う、うん。いってきます」

 

 聞き分けの良い子供はすぐに袖を手放したが、なんだか悪いことをしている気分になってしまう。真っ直ぐに好意を向けてくれる少年にどう接するのが正解なのかわからず、ミツハは苦笑を浮かべながらラウンジを後にした。

 

「すみません、ソーマさん。ちょっと準備してくるので、一回部屋に戻りますね」

「あいつは俺が連れてくるから、お前は準備ができたら直接格納庫に行け」

「はーい、お願いします」

 

 二人でエレベーターに乗り込み、新人区画と研究区画の階層ボタンを押す。下降し始めた鉄の箱の中で、珍しくソーマから会話を切り出した。

 

「……あの赤い髪のガキ、外部居住区の子供か?」

「あ、はい。カズヤ君っていうんです。ほら、前にソーマさんに手伝ってもらった防衛任務があったじゃないですか。その時に助けた子で、時々防衛班に差し入れを持って来てくれるんですよ〜」

「随分懐かれてんだな」

「あはは……可愛いなって思うんですけど、ちょっと恥ずかしくなっちゃいますね」

 

 照れを隠すように首元を摩った。新人区画に着くまではもう少しかかる。

 

「ソーマさんが13歳の頃って、背丈ってどれくらいありました?」

 

 そう言いながら、ミツハはソーマを見上げる。

 

 13歳のカズヤの身長は150センチのミツハとそう変わりないが、将来的に180センチを超すことを目指しているらしい。配給の牛乳は美味しくないが頑張って飲んでいるそうだ。

 

 そのカズヤが目標としている180センチにソーマの背は近い。サカキの話によれば12歳の頃は背が小さかったらしいが、成長期の男の子というのは1年でもかなり背が伸びるものだ。ソーマがカズヤの年齢だった頃はどれくらいの背丈だったのか気になった。

 

 見上げた30センチ近く上にある整った顔は、どこか居心地が悪そうに逸らされた。

 

「……覚えてねぇな」

 

――なにかマズいことを聞いちゃったかな。

 

 逸らされた目に、咄嗟にそう思った。続ける言葉に迷っていると、エレベーターが新人区画に到着した。

 

「あ、えっと、それじゃあまた後で!」

「ああ」

 

 素っ気ないがきちんと返事が返ってきた。疑問に思いながらもエレベーターを降り、自室に続く廊下を歩いた。

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