Kuschel   作:小日向

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086 記念撮影

「本当に三脚持ってきやがった……」

 

 右手には神機が収納されたアタッシュケース。左肩には三脚が入ったバッグケース。装甲車の格納庫でソーマが呆れた声を出したので、ミツハは強気に笑った。

 

 後部ハッチを開き、兵員室に荷物やシオを隠したコンテナを積み込む。それらと一緒にミツハも兵員室に乗り込んだ。

 

「シオの話し相手しときますので!」

「端からお前に運転させる気ねぇよ」

 

 バン、とハッチが閉まり薄暗くなる。すぐに車が動き出し、アナグラから装甲車が出たことを確認してからコンテナの蓋を開ける。ひょっこりと顔を出したシオが微笑んだ。

 

「しゃしん、たのしみだな!」

「その前の討伐がしんどいけどね〜。二人でサリエル討伐かぁ……」

「シオがみつはまもるぞー! ほら!」

「え――ええっ!?」

 

 シオがコンテナから出した右手を翳すと、細い五本の指が生き物のように伸び出した。伸びた指先は形状を変え、次第に輪郭をしっかりと成していく。

 

 出来上がったシオの手だったものは、ショートブレードの神機のような形をしていた。

 

「なかまをいじめるやつは、シオがやっつけちゃうからなー!」

「心強い~……! ……前衛は二人に任せよ」

 

 討伐対象のサリエルは空中を浮遊しているため、大鎌を普段のように振り回してもなかなか刃先が当たらないのだ。ブラストで援護射撃に徹していようと決め込みながら、装甲車は廃寺へと進んだ。

 

 10分程度で鎮魂の廃寺に着き、後部ハッチが開かれ冷気が入り込んだ。アナグラからたった10分走っただけだというのに、辺り一面銀世界だ。夜の気配がすぐそこにあり、ポツポツと星が輝いていた。

 

 白い息を吐きながら赤いマフラーを巻き、シオと一緒に兵員室から降りる。サカキがノルンをハックして発行した任務のため、オペレーターからの通信は無い。通信が無いというのはなかなか不便で、アラガミの位置は自分たちで確認しなければならないのだ。

 

「サリエルさん、どこに居るかな〜」

「……御堂のほうだ。行くぞ」

「いっくぞー!」

 

 しかし、少しソーマが辺りの気配を窺うとすぐに歩き出した。そう言われて御堂の方角へ意識してみれば、ぞわりと産毛が逆立つような悪寒がした。アラガミが居る反応だ。何度か経験のある感覚だが、不快感には慣れずに首元を摩った。

 

「どうかしたか」

「アラガミが居る時の悪寒って未だに慣れないなーって……。なんか、ぞわぞわしますし」

 

 ミツハの曖昧な言葉にソーマがぴくりと眉を寄せる。

 

「お前も感じんのか」

「えっ、普通感じないんですか?」

「普通の神機使いはな」

「……あー、P53じゃないから、ですかね」

 

 付近にアラガミが居る際に感じる、産毛が逆立つ悪寒。てっきり本能的な危険予知なのかと思ったが、ソーマの反応からそうでもないらしい。

 

 ミツハたちを案内するように前を歩くシオの姿を見ながら、ソーマが吐き出すように言葉を紡いだ。

 

「クソ科学者どもが言うには、偏食因子とアラガミの間に起こる相互作用だとよ。P53偏食因子には無いらしいが」

 

 ソーマの持つP73偏食因子は、P53偏食因子よりもオラクル細胞に近いものだ。おそらく共鳴反応のようなものなのだろう。

 

 それがミツハにも同じように感じるということは――自分たちがアラガミに近い存在だということを実感させられる。

 

「……まぁ、危険予知って便利じゃないですか」

「はっ、物は言いようだな」

「多分その感覚が無かったら反応が出遅れて死んでた場面ありますもん、私。グボロの時とか、マータの時とか……あ、結局どっちもソーマさんに助けられてる……」

 

 危険予知したって結局駄目じゃないか、と自分の不甲斐なさに苦笑した。そんな会話をしながら歩くと、サリエルが徘徊する御堂の前に到着した。

 

 奇襲するタイミングを窺うべく身を潜めようとしたのだが、そんなものはお構いなしにシオが飛び出す。「あの馬鹿」ソーマが悪態を吐きながら飛び出し、ミツハもそれに続いた。

 

 

 

 ――討伐は問題無く終了し、サカキが欲しがっていた羽衣のような素材も手に入れた。

 

 シオの手製の神機は銃型にも変形可能なのだが、シオ自身のオラクル細胞を弾体として射出していたせいか随分空腹のようだ。サリエルの骸にシオがむしゃぶりつき、美味しそうに妖艶な女神の姿をしたアラガミを喰っていた。

 

 そんなシオの姿を見ながら、ミツハは御堂から出た。近くに立てかけておいたバッグケースから三脚を取り出して組み立てる。ソーマの呆れた視線がミツハの背中に突き刺さるが気にしない。

 

 はあ、と指先を吐息で温めてカメラの設定をする。ISO感度やシャッタースピード、それとセルフタイマーの設定。シャッターを押すわずかなブレを防ぐためにはリモートスイッチというケーブル式のシャッターを用いるのが理想的なのだが、生憎手に入らなかったのでセルフタイマーで代用している。

 

 ちなみに三脚はサカキからの貰い物だ。研究用で使うものなのか、随分しっかりした三脚なので強風で動くことはないだろう。

 

「……お前が真面目な顔をしてると違和感があるな」

「えっ、酷い……」

「なんかムズカシイかおしてるなー」

 

 真剣な顔をしてカメラの設定をしているとソーマがぼやき、便乗するように食事を終えたシオもやってきた。シオは見慣れない三脚が珍しいのか、近寄って取り付けられたカメラを覗き込んだ。

 

「しゃしん、とるのか?」

「うん。でもいつもの撮り方と違って撮るのに時間がかかるから、シャッターボタン押したら動かさないでね」

「わかった! おとなしくしてるぞー!」

 

 試しに一枚、シャッターを切ってみる。シャッタースピードは20秒。20秒間シャッターを開いたまま、オーロラの淡い光を何度も重ね撮りして焼き付ける。ゆっくり時間をかけてシャッターを切るため、例え息を止めて動かないように注意していても三脚を使わないとブレてしまうのだ。

 

 そうして、20秒。時間をかけてシャッターが閉じ、写真が撮られる。画面を確認すると、ミツハは感嘆の息を漏らした。

 

「はああ……! やっぱり三脚って大事……! ほら、見てください! この前と全然違いますよ! ちゃんと綺麗なカーテン状になってます!」

「わ、わかったから落ち着け」

 

 興奮しながら画面をソーマに見せつける。はしゃぐミツハに感化されたのか、シオも同じようにはしゃいできゃっきゃと黄色い声を上げた。

 

「うまくとれたのか!?」

「うん! えっとね、前もオーロラ撮ったことがあるんだけど……ほら! 全然違うでしょ?」

「オオー!? ハクリョクがちがうな!」

 

 1ヶ月に撮った写真をシオに見せ、その違いに目を丸くした。同じカメラで撮った同じオーロラの写真でも撮り方次第でまったく違うのだ。「しゃしんっておもしろいな」とシオが目を輝かせた。

 

「シオ、まえにそーまとみつは、みつけたぞ! しゃしんとってたけど、これってそのときのしゃしんか?」

「あっ、気づいてたんだ? そうだよー、その時は三脚が無かったからあんまり綺麗に撮れなくってね……」

「デートしてたのか?」

「でっ、」

 

 無邪気なシオの声に言葉が詰まる。少なくともミツハは想い人と二人きりで出掛けたあの日のことを『デート』と勝手に認識しているが、ソーマの手前で肯定し辛い。

 

 返しに悩むミツハを他所に、シオはいつぞや『可愛い』の話をしていた時のような、無邪気な顔で笑った。

 

「デートって、たのしいことだってハカセがいってたぞ。みつはたちたのしそうだったから、デートだ!」

「……変な言い方すんじゃねえ」

「そしてきょうもたのしい! デートだな!」

「もう黙れ」

 

 ぺしん、とソーマがシオの丸い頭を軽く叩いた。しかし存外シオは楽しげで、ソーマの手を掴むと強引に引っ張りミツハの前に立つ。無邪気な少女の行動を前にソーマはすっかりたじたじとなり、その仏頂面を崩していた。

 

「おい、シオ!」

「しゃしん、とろう? たのしいときはとるって、みつはいってたもん! シオはいま、たのしいぞー!」

「……撮るなよ?」

「いや撮りますけど」

 

 ミツハは手にしていたカメラの設定をデフォルトに切り替え、躊躇いなくシャッターを切る。悪戯が成功した子供のように笑って見せれば、ソーマは不機嫌な顔をした。

 

「撮るなっつったろ」

「え〜、今のは完全にフリでしたよねソーマさん」

「んなわけあるか」

「いいじゃないですか、元々仲直り記念を撮りに来たんですよ?」

「その言い方やめろ……」

「照れてます?」

「ねぇよ」

 

 間髪も無く即答された。以前こうして写真を撮りに来た時に比べ、言葉は弾むように交わされる。1ヶ月だってだいぶ仲良くなったと自分では思っていたのだが、今はそれ以上だ。ミツハは嬉しくなってにへらと笑った。

 

「なぁなぁ、さんにんでとれないのか?」

 

 笑ったミツハの顔をシオが覗き込む。三脚があるのでセルフタイマーに設定すれば三人写った写真は撮れると説明すれば、シオは花が咲くように笑った。

 

「とろう! なっ、そーま!」

「馬鹿らしい、お前らだけで撮れよ……おい、放せ。シオ」

 

 逃がすまいと言わんばかりにソーマの腕にシオが絡まり、カメラの前から動こうとしない。ミツハは三脚にカメラを取り付け、タイマーの設定をする。デジカメの液晶画面に映る二人の姿にくすくすと笑った。

 

 このまま自分が行かずに二人の写真として残すのもいいかもしれない。そう思ったが、シオがミツハを呼んだ。

 

「みつはー! そーまがにげだしちゃうぞー! はーやーくー!」

「あはは、今行くから」

 

 シャッターボタンを押して二人のもとへ駆け寄る。タイマーの設定は5秒だ。シオとミツハで挟むようにしてソーマの逃げ場を無くすと、彼は呆れたように息を吐き出した。

 

 白い息が空気に霧散する前に、パシャッ、と軽快なシャッター音が静かな廃寺に響いた。次いで、シオの楽しげな笑い声が響く。はしゃぎすぎたのか、シオは足を滑らせて積もった雪に背中から転んでしまう。

 

 1ヶ月前にも見た光景に、ソーマはふっと柔らかな白い息を吐いた。

 

「シオと同レベルだぞ」

「流石に私は転がってませんからね!?」

 

 雪にダイブしたシオは感触が面白かったのか、ゴロゴロと転がって真っ白な雪の絨毯に跡を作っていた。ただでさえ白いシオの肌が雪にまみれ、雪だるまのようになっている。

 

 その様子にミツハは笑いながらシオに積もった雪を落としてやる。相変わらずシオは楽しそうにしており、今度は雪遊びに興味を持ったようだった。小さな雪玉を二つ重ね、手のひらサイズの可愛い雪だるまを作っていた。

 

「小石とかを目にしたらもっと可愛くなるよ」

「ほんとだ! じゃあこれシオにしてー、これをそーまにする! こっちがみつは!」

 

 シオは大中小のサイズ違いの雪だるまを三つ作って並べた。形は歪だが、家族みたいな可愛いらしい雪だるまたちだった。初めて雪だるまを作ったにしては上出来だろう。

 

「上手に作れたね。写真撮っちゃお〜!」

「へへへ、えらかったか?」

「偉すぎる、天才! ほらほらソーマさんも褒めて! 褒めて伸ばすのが大事ですよ!」

「何を伸ばすんだよ……」

「それはほら、芸術性? 写真も歌も好きだし、才能あるかもしれませんよ!」

「ふふん! シオ、げーじゅつかだな! もっとつくって、そーまにほめてもらうぞー!」

 

 気を良くしたシオは再び雪を丸め始める。雪だるまを量産するシオが可愛く、ミツハはカメラを構えてパシャパシャと何枚もシャッターを切った。そんな二人の姿を、ソーマは小さく笑いながら見ていた。

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