Kuschel   作:小日向

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第4章
087 シオのうた


3月25日

 

 もはや恒例となった、サカキ博士による第一部隊への呼び出し。ヨハネスは今日の朝極東支部に帰還し、既にサカキの研究室にも訪ねたようだ。そしてバレた様子もない。ソーマがシオを連れて来ると、サカキはにっこりと楽しそうに笑った。

 

「リッカ君に頼んでいたシオの服ができたんだ」

「もうできたんですか? 早いですね」

「流石はリッカ君だ。サクヤ君、シオに着せてやってくれないかな」

「ええ、わかりました」

 

 リッカに依頼をしたのは二日前で、採寸は昨日したばかりだ。服というのはそんな短時間でできてしまうのか。はたまたリッカの腕が良いのか。きっと後者だろう。

 

 サクヤは服の入った紙袋を手渡され、シオの部屋に入っていった。以前のように暴れないか不安だったが、存外すぐに扉は開いた。サクヤが柔らかく微笑みながらシオの手を引く。

 

「お待たせ」

 

 その声色は随分と弾んでいた。サクヤに手を引かれて出てきたシオの姿を目にし、一同は息を呑む。見違えるとはこのことだとミツハは思った。

 

 ――その姿は、真っ白な天使のようだった。

 

 背中にはそれこそ天使の羽を模しているのかフリルが翼のように装飾され、それが緑色のリボンでまとめられて動く度にひらりと揺れる。

 

 パレオに近いふわりとした白いワンピースの内側には緑色のフリルが覗き、胸元は大きな白薔薇の飾りがついたリボンが施されていた。

 

 ワンピースというより、ウエディングドレスといったほうがイメージが近い。布切れを纏っていただけの野性的な姿からは一変し、どこか儚ささえも感じる姿をしていた。

 

「キャ~! 可愛いじゃないですかぁ~!」

「写真! 写真撮っていい!?」

「ホントに普通の女の子みたいよね」

 

 シオの姿にアリサとミツハが黄色い悲鳴を上げる。こうして見ると本当に普通の女の子のようで、とてもじゃないがアラガミとは思えないだろう。

 

 ミツハはスマホを取り出し、カメラアプリを起動させてシオの返事を待たずに画面をタップする。色んな角度から撮りまくった。目を輝かせる女性陣を前にして、シオも少し照れたようにはにかんだ。

 

「おお、可愛いじゃん! ね、ソーマ!」

「まぁ……そうだな」

 

 コウタの振りに、ぶっきらぼうながらにソーマが認める。その素直さに、コウタはひどく驚いたように目を丸くした。

 

「おお……予想外のリアクション……」

「今日のソーマ素直だね」

「寝言は寝て言え」

「なんだ、いつもどおりだったか」

 

 ユウのからかいにソーマは眉を寄せる。その顰めっ面にコウタが笑った。

 第一部隊の全員が集まり、自分のことで楽しそうに談笑している光景にシオは嬉しそうに目を細めていた。

 

「なんか、きぶんいい……」

 

 ぽつりとシオが呟き、柔らかく微笑みながら胸の前で両手を組んで目を閉じた。祈るようなポーズで、シオは優しいメロディーを紡ぎ始める。それこそ、着ているドレスと相まって天使が奏でる歌に思えた。

 

 耳に心地良いソプラノの音色はまるでオルゴールのようだ。その鼻歌に驚きながらも第一部隊の面々はシオの歌に聴き入る。シオが気持ち良さそうに歌うその曲は、ミツハには耳に覚えのある歌だった。

 

 ――ソーマがシオに聴かせた歌だった。その時も真似するように鼻歌を歌っていたのだが、どうやらメロディーを覚えていたようだ。

 

「これ、しってるか? うた、っていうんだよ!」

 

 一通り歌い終えたところで、シオがぱっと瞳を開いて自慢げに笑った。琥珀色の瞳はきらきらと輝いている。

「すごい……」

「凄いじゃない、シオ!」

 

 アリサとサクヤが、その歌声に舌を巻いた。二人の賛辞を受け、シオはきょとんと首を傾げながらユウに話しかけた。

 

「なんだ? これ、えらいか?」

「うん、凄く綺麗な歌だったよ」

「……へへへ。そっか、えらかったか! なんかきぶんいいな!」

 

 ユウに褒められ、シオは落ち着かないように身体をくねらせる。そんなシオに今度はサクヤが首を傾げた。

 

「それにしても、歌なんてどこで覚えたの?」

「んー? ソーマのへや!」

「なぬ!?」

 

 ご機嫌に答えられた言葉に、一同の視線はソーマに集まる。注目を浴びたソーマは居心地が悪そうに目を伏せた。

 

「ソーマといっしょにきいたんだよ! なっ、ミツハ!」

 

 無邪気な瞳が、今度はミツハに向けられる。同意を求めるその言い方は、ミツハもソーマの部屋に居たことを言外に伝えていた。

 

 ソーマに向けられていた視線がミツハにも移り、みんなはニヤニヤと茶化すように笑った。ミツハの頬に熱が集まる。

 

「あらぁ? あらあらあら?」

「へぇ~、そうなんですかぁ~」

 

 サクヤが噂好きな主婦のような声を上げ、次いでアリサが裏を探るような怪しげな視線を向けた。ソーマは紅潮する頬を隠すようにそっぽ向く。

 

「し、知らん……」

「頑張ってるね、ミツハ」

「頑張ってるって何が!?」

 

 ユウは満面の笑みでミツハに親指を立てる始末だ。驚いていたコウタはにやりと口元を吊り上げ、ソーマを肘で突きながらいやらしく目を細める。

 

「なんだよー、いつの間に仲良くなっちゃってんの~?」

「……チッ、やっぱり一人が一番だぜ」

「ちょ、逃げないでくださいよ!」

「うるせぇ、あとはどうにかしろ」

「酷い! 共犯なのにー!」

「何が共犯だ何が!」

 

 居た堪れなくなったのか、ソーマは顔を赤らめて背を向けてしまった。

 

 ソーマが出ていってしまえば集中砲火を受けるのはミツハだ。ソーマが逃げるのならば自分も退散しようと研究室から出ていくソーマの背を追うのだが、逃がすまいと言わんばかりにアリサに手を掴まれてしまった。アクアマリンのような爛々とした瞳に迫られる。

 

「ミツハ、ソーマの部屋に行ったんですね? いつですか? 何をしたんですか? 何かされたんですか!?」

「きゃー! アリサの目が怖いよー!」

「えっとな、ソーマのへやでいっしょにねたよ!」

「寝――ちょ、えええ!? あの人意外と手が早いんですね!?」

「わああああ! 誤解! 何もないってばー!!」

 

 顔を真っ赤にし、涙目になりながらミツハはかぶりを振る。きゃあきゃあと悲鳴を上げながら騒ぐ二人のやりとりを周囲は可笑しそうに笑い、止めに入ることはしなかった。

 

「決めました、今夜女子会を決行します! 場所は私の部屋です!」

 

 唐突にアリサが高らかに宣言する。真似するようにミツハも声を張り上げた。

 

「ふ、不参加表明をします!」

「そんなの受け付けません! さぁミツハ、そうと決まれば早くシャワーを済ませてパジャマパーティーです!」

「ひえぇ……!」

 

 ぐいぐいと背中を押され、研究室から押し出される。助けを求めようとちらりとユウを見やったが、「楽しんで!」とでも言うようにまたしても笑顔で親指を立てられただけだった。

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