急遽開催が決定された女子会だが、『これは都合が良いのでは?』とミツハは女子会への準備に取りかかった。
そして夜。夕食とシャワーを済ませた後、同じ新人区画にあるアリサの部屋を訪ねた。インターホンを押すとすぐに扉が開き、アリサが出迎えてくれる。
「ミツハ、いらっしゃい! 待ってました――」
「アリサ、誕生日おめでとー!」
――パンッ! と乾いた音が鳴ると、色とりどりの紙吹雪が舞った。可愛らしいピンクのパジャマ姿のアリサが驚いて目を丸くする。
「えっ、え? ……あ! そっか、今日私の……!」
「ふふふ、女子会兼誕生日会にしよっか」
本日3月25日はアリサの誕生日なのだ。ミツハは記念日にかこつけてはしゃぐのが好きなタイプなので、友人の誕生日は大体覚えている。
アリサの驚きながらも嬉しそうな表情ににんまりとしながら、ミツハは持っていた紙袋を手渡した。
「これ、プレゼント! 可愛い色のマニキュア見つけたから、アリサに似合うと思って。あとマカロン作ったよ〜」
「ありがとうございます……! 使うのも食べるのももったいないじゃないですかぁ……!」
「使ってよ〜」
アリサに感激されながら招き入れられ、部屋に入る。渡されたプレゼントに喜んでくれてミツハは笑顔になった。
アリサがお茶の用意をしてくれている間にクラッカーの紙吹雪を回収する。商業区画はミツハの住む世界のショッピングモールに近いのだが、内部居住区の住民向けで一般の神機使いには敷居が――というより値段がかなり高い。度々足を運んではウィンドウショッピングをしていたのだが、先日良いコスメを見つけてこの日のためにクラッカーと一緒に購入したのだ。
ソファに座りながらアリサを待つ。アリサのパジャマはとても可愛かった。
もこもこした素材のパジャマの下に薄いキャミソールを着ており、スウェットのショートパンツから伸びる生足はリボンの付いたサイハイソックスによって、いわゆる『絶対領域』が作られている。
世の男子が理想とするパジャマ姿だな――と、何故か感心すらミツハが覚えていると、カチャリとテーブルにカップを置かれた。
「どうぞ。この前言ってた、ロシアから持ってきた茶葉です。配給品の物より美味しいと思いますよ」
「ありがとう〜。香りからもう全然違うってわかる」
「ふふ、でしょう? ミツハが作ってくれたマカロンと一緒に頂きましょう。ミツハってお菓子作りも得意なんですね」
「得意ってほどでもないよ〜、カノンちゃんにレシピを教えてもらってめちゃくちゃ練習したもん」
「えー、じゃあますます食べるのがもったいなく感じちゃうじゃないですか」
アリサがウキウキした様子でミツハの隣に座り、紅茶に手をつける。
可愛らしい小薔薇の装飾が施されたティーカップに注がれたのは、透き通った飴色のストレートティーだ。すっきりとした控えめな甘さは爽やかで、飲んだ後に鼻の奥で香りが広がった。
作ったマカロンを二人で食べつつ、ミツハはプレゼントのマニキュアをアリサに塗ってやる。発色の良いコーラルピンクが形の良い長い爪を彩り、アリサは手を広げて爪先をうっとりと眺めた。
「かわいい~……明日はこのまま任務に行っちゃおうかな……」
「マニキュア塗るだけなら邪魔にならなくて良いよね」
「ですよね! 本当はもっとパーツを付けたりして可愛くしたいんですけど、神機を扱うのに邪魔になっちゃうんですよねぇ……」
「引っかかって剥がれちゃったりしたら嫌だしねー」
戦闘とオシャレの両立は難しいものがある。しばらくそんな話をしていると、「ところで」とアリサがニヤリとミツハを見た。
「結局どうなんですか? あの人と」
そう聞きながら、アリサがじろりとミツハの顔を覗き込む。その拍子にふわりと紅茶とは違う甘い香りがした。シャワーの後なのでボディクリームか何かの匂いだろう。
「ど、どうと言われましても」
「一緒に寝たって! 言ってたじゃないですか!」
「だからそれは誤解だって! 寝たのはシオと!」
「シオちゃんと? そもそもどうしてソーマの部屋に泊まったんですか?」
首を傾げるアリサに、ミツハは事の顛末を説明する。
ソーマの部屋に行った理由と、泊まる事になった理由。特にアリサが期待するようなことは何も無く、「なんだ」と彼女は少々がっかりしていた。
「てっきりもう付き合っているのかと思いました」
「ジーナさんにも同じこと言われたよ〜。……そう見える?」
「見えますよ。前々から仲良いなとは思ってましたけど……ミツハが私たちに秘密を教えてくれたのも、ソーマと何かあったからなんでしょう? 前よりずっと距離が近くなったというか、なんていいますか。収まるところに収まった、みたいな感じがありますもん」
「……そ、そっかぁ~」
「顔、にやけてますよ……」
むに、と緩んだ頬を抓まれた。ミツハの顔を覗き込んだまま、アリサも口元をにやつかせて笑う。
「告白、しないんですか?」
「こ、心の準備といいますか」
「でも絶対両思いだと思いますよ、ミツハたち」
何故か自信満々にアリサが言う。傍から見れば想い合っているように見えるのだろうか。アリサの言葉に顔がにやけるが、ふと冷静になる。
――正直なところ、自分がソーマにとって特別な位置に立っている自覚という名の自惚れはある。
抱き締められたあの黄昏の屋上での記憶は、思い出すだけで恥ずかしさと嬉しさ、そして温かい何かで胸がいっぱいになる。同じ『普通』じゃない者同士、他人より深いところでソーマと通じているはずだ。
それに気づかないほど、ミツハは鈍感でもなかった。
――しかし、だ。
おそらく鈍感なのは、ソーマのほうなのだ。
「ソーマさん、私がソーマさんのこと好きって微塵も気づいてないし……」
「……えええ」
にやついていたアリサの口元が引き攣り、それにつられてミツハも苦笑した。
そもそもソーマの中に恋愛という概念があるのか、そこから気になるところだ。『俺なんか』に好意を向ける人間など居ない、恋など自分には無縁だと思っている男だ。そんなソーマが誰かに恋愛感情を抱くのか疑問である。
ソーマに好かれているという自惚れはある。パーソナルスペースが広いソーマが部屋にあげてくれるくらいなのだ。押しに弱いとはいえ、任務に付き合ってくれる上に一緒に写真だって撮らせてくれた。これで自惚れないほうが無理がある。
だが、それが恋愛としてなのかはわからない。
「……だったらなおさら、告白したほうがいいんじゃないですか? 直接ガツンと言ってやらないと、あの人きっと気づきませんよ」
「そうかもしれないけど……うーん……まだいいかなぁ」
アリサの言うことにも一理あるが、少なくとも今すぐに告白しようという気はミツハには起きなかった。
「それは……シオちゃんが居るからですか?」
「えっ」
突然出てきたアラガミの少女の名前にどきりとした。彼女もまた、ソーマにとって特別な少女である。
「でも、ソーマとシオちゃんはそういうのじゃないと思いますよ? 確かにシオちゃん、ソーマに凄く懐いてますし今日のソーマは随分シオちゃんに甘かったですけど――」
「ちょっとストップ! 違うよ!? 別に三角関係とかじゃないからね!?」
「えっ、そうなんですか?」
確かにシオはソーマによく懐いており、ソーマもそれを受け入れている。無邪気にソーマに引っ付くシオと、そんなシオにたじたじとなりながらも甘んじているソーマはとても仲が良い。
しかしその間に恋愛感情があるとは思えなかった。距離の近さに微笑ましいなと思うことはあっても、ヤキモチを妬くようなことはない。
「そういうのじゃないけど……うーん。シオが居るからってことになるのかなぁ。ソーマさんは今までずっと、自分のこととかシオのことで悩んでたけど、やっと受け入れられたんだよ。なのにまた悩ませるような爆弾を落としたくないというか……」
告白したところで、それをソーマがすんなりと受け入れてくれるとは思い難い。今までずっと苛まれていた悩みからようやく抜け出せ、前を向けたというのに、それをつまずかせるようなことはしたくなかった。
――それに加えて、今の距離感が心地良いというミツハの下心もあるのだが、それには口を噤んだ。
「……ミツハってソーマに甘いですよね」
「そりゃあ、好きだし」
にへ、と頬を緩ませる。包み隠さずに想いを告げるミツハに、あてられたようにアリサのほうが顔を赤くした。彼女はそんな顔を隠すようにティーカップに口をつける。
「……やっとミツハが年上なんだなって実感湧きました」
「なにそれ、ちょっとひどーい。……そういうアリサはどーなの」
「えっ、な、なにがですかっ」
形勢逆転と言わんばかりに、今度はミツハが口元をにやつかせた。カチャン、とカップをソーサーに置く音が響く。
ぎくりとアリサが仰け反ったが、逃がすまいとミツハは距離を詰めた。広いソファで身体が密着する。
「ユウと! ねぇねぇどうなの、アリサはユウに告白しないの?」
「ゆっ、ゆゆゆユウとはそんなんじゃありませんから! その、た、確かに好意的に思っていますけど、それはあくまでリーダーとしての尊敬ですし!」
「私には根掘り葉掘り聞いておいて誤魔化すのは不公平だよ〜!」
不満を漏らすとアリサは言い返せないのか口を結ぶ。期待するようにじいっとアリサを見やれば、観念したのかぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。
「……告白は、しません。今の私なんかじゃ、全然駄目です。助けられてばっかりで、不甲斐なくて……。ユウに告白する時は、もっと自分に自信を持ってからって決めてるんです」
顔を赤くしながら、恋する乙女はいじらしく胸の内を明かした。陶器のように白い頬を赤く染め、柔らかくはにかむ。
その仕草に、今度はミツハがあてられてしまう。
「……アリサは、どうしてユウを好きになったの?」
アリサが変わったきっかけは、きっとユウだ。リンドウが居なくなった後、錯乱状態で入院していた彼女に親身になっていたのはユウだった。
二人の間に何があったのかは知らないが、きっとその出来事がきっかけでアリサはユウに惹かれたのだろう。どうして好きになったのかなんて聞かなくともわかることだったが、つい聞いてしまった。彼女の口から聞いてみたかった。
アリサは少し困ったような顔をしながら、自分の手のひらを見下ろした。その手を胸に当て、優しい声色で思い出すように語る。
「手を、握ってくれたんです」
――それからアリサは、自身のことを語り始めた。
自分の過去のこと――両親をかくれんぼで探させていた最中に、二人がアラガミに喰い殺されてしまったことを。
リンドウが取り残された日のこと――自身の誤射によってリンドウを瓦礫の中に閉じ込めてしまったことを。
そして、感応現象を通じてユウに救われたことを。
「温かい気持ちが流れ込んできて……その温かさに、凄く安心したんです。救われるってこういうことなんだなぁって、思っちゃいました」
闇の底で子供のように泣きじゃくっていた自分に気づき、誰よりも早くその手を取ってくれた人――アリサは愛おしげに、そう言った。聞いているミツハまで恥ずかしくなってしまうほどの、慈愛に満ちた声だった。
「……好きな人って、なんか、すごく……温かいよね」
アリサの言葉に、ミツハは深く頷く。アリサがユウに救われたように、ミツハもソーマに救われた。
抱き締められたあの温かさが。不器用なその手の温かさが。
その温かさが、押し潰されそうになっていたミツハを救った。温かいから好きだと思うのだろうか。好きだから温かいと感じるのだろうか。
――きっと、その両方だ。
「ズルいですよね。そんなの、好きにならないわけがないじゃないですか」
アリサが笑う。恋をしている顔だった。
「お互い、鈍い人を好きになっちゃいましたね」
「あー、ユウも恋愛面に関しては鈍そうだもんね……」
「そうなんですよ! あの人自分以外の人にばっかり目を向けるせいなのか、自分のことには全然で……それにユウって凄くお人好しじゃないですか! ちょっと色々心配です……」
「じゃあアリサがちゃんとユウのこと、見てあげないとだね?」
「……ふふ、ですね!」
お姉さんぶるようにアリサが快活に頷いた。恋する乙女のその表情はきらきらと輝いて見え、もしかすると自分もこんな顔をしているのかもしれないと思うと少し恥ずかしくなる。
くすぐったくてはにかむとアリサは楽しそうに微笑み、紅茶のおかわりを注いでくれた。