Kuschel   作:小日向

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089 鈍感主人公

 ――高校1年生の夏休みの時だった。

 

 夏休み前に初めて彼氏ができた三葉の家に千夏が押しかけ、事情聴取のごとく根掘り葉掘り聞かれたことがあった。夜通しで恋バナをして合間にバンドや写真の話をして、また恋バナに戻り。結局あの日寝たのは何時だっただろうか。日付はとうに変わっていたはずだったが、目が覚めたら昼過ぎで、そして目の前に親友の寝顔があった印象が強くて覚えていない。

 

 千夏は三葉より幾分大人びた顔立ちをしており、睫毛の長さに羨ましく思った記憶がある。

 

 

 

3月26日

 

「まつげなが……」

 

 朝6時過ぎ。目を覚ますと、眼前に美少女の寝顔があった。

 

 アクアマリンのような綺麗な青い瞳は今や閉じられ、長い睫毛が呼吸に合わせて揺れている。あどけない寝顔は15歳の少女そのものだ。しかし時折捩るその身体は発育が良く、絶妙なバランスがある種の芸術品のように思える。

 

――アリサの写真集を出せば飛ぶように売れそう……。

 

 金にがめつい悪友とつるんでいるせいだろうか。つい不純な考えが頭に浮かんでしまったが、それを頭から追いやる。

 

 アリサを起こさぬようにと配慮しながら、ミツハはアリサのベッドから降りた。

 

 結局昨晩の女子会は夏休みに千夏と盛り上がった女子会とは異なり、日付が変わる頃合いで閉幕した。自室に戻るのも億劫となり、そもそもアリサが「ソーマとしたんなら私ともしてください、お泊まり!」とミツハをベッドに寝転がしたのでそのまま寝落ちた経緯だ。

 

 どうにもアリサはこういった友達同士のやりとりが新鮮で楽しいらしい。昨晩のアリサは随分と浮かれていた。

 

 そんな女子会の閉幕から約6時間――恋する乙女は本日も神狩りの任務が入っている。

 

 寝ている間に乱れた衣服を整え、身支度をするべく自室へ戻ろうとしたのだが、ミツハはぴたりと足が止まった。

 

 アリサに何も言わずに出ていくのも悪いだろう。彼女が起きるまで待っていてもいいのだが、あと20分も経たないうちに食堂が開く。とどのつまり、ソーマとの食事の時間だ。

 

 別に約束しているわけでもないのだが、すっかり習慣となった上に想い人と一緒に食事を取りたい乙女心という名の下心があり、ミツハは申し訳ないと思いつつもアリサの肩を揺らした。

 

「アリサー、私部屋に戻るね?」

「んん……な、なんじですか……」

「6時12分〜」

「……あっ、お、おはようございます!」

 

 時間を聞き、アリサが飛び起きる。そして何故か慌てた様子を見せた。

 

「ふ、普段ならもう起きてるんです。その、昨日寝るの遅かったじゃないですか! いつもなら支度も終わってるんですからねっ」

「まだ6時だし別に寝坊ってわけじゃ……」

「……ミツハは早起きなんですね?」

「だって早く食堂に行かなきゃソーマさん食べ終わっちゃうし」

「ああ……、朝一緒に食べてますもんね。大体あの人がもう少し時間遅らせればいいのに」

「私が勝手に時間合わせてるだけだし……」

 

 口を尖らせて文句を言うアリサに、ミツハは苦笑で返した。

 

「またしましょうね、女子会」

 

 「お邪魔しました」と部屋の扉を開けるとアリサに見送られる。ふふ、と微笑んだアリサにミツハも笑って頷いた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「おはようございます」

「ん」

「何かありました?」

「……何もねぇよ」

 

 6時40分。食堂に足を運び、いつものようにソーマの正面の席に座る。朝の挨拶をすれば、素っ気ないながらも反応が返ってくるようになったのはいつからだろうか。

 

 ちらりとこちらを見やった蒼い瞳にミツハは首を傾げた。

 

「何も無いって顔じゃないですよ」

「……この後クソ野郎のところに顔を出さなきゃいけねぇのがムカつくだけだ」

「クソ野郎とはどの野郎ですか」

「支部長だ」

「……あー」

 

 ソーマの言葉にミツハは口元を引き攣らせる。そういえば帰ってきてたな、とヨハネスの顔を思い出す。ソーマが不機嫌になるのも致し方無いだろう。

 

「そういえば今日の任務、ソーマさんはアサインされてませんでしたけど……あれですか」

 

 特務――特異点の捜索。ソーマがヨハネスから命じられている単独任務だ。「ああ」とソーマが頷く。

 

「灯台下暗しってやつだな。笑えるぜ」

 

 ヨハネスが探している特異点――シオは既にサカキが保護しており、アナグラ内で過ごしている。どんなに捜索を命じても見つかるはずがないのだが、いつまでも特異点が見つからなければヨハネスは業を煮やすだろう。

 

 ――その矛先がどこに向くか。そこまで思考を巡らし、ミツハは大きく息を吐き出した。

 

「やめましょうこの話題。朝から気が滅入ります」

「同感だ」

 

 肩を竦め、ソーマは朝食を食べる手を再開する。ミツハが席に座ってからプレートの量はあまり減っていなかった。

 乾パンを食べながら、他愛もない雑談にシフトチェンジする。

 

「そういえば昨日アリサと女子会したんですけど、男子会とかってしないんですか?」

「そんなもん俺がやるように見えるのかよ、お前……。そういうのは俺じゃなくてユウかコウタに聞け」

「えー。ソーマさんも男の子なんですから参加しましょうよ」

「そもそも集まって何するんだよ……」

「……恋バナ?」

「なおさらやる意味ねぇだろ」

 

 呆れたような口調でソーマが一笑する。その取り付く島もない返しにミツハは口を尖らせた。

 

「別に恋バナって言っても、好きな人が居るからするってわけでもないですよ?」

「そういうもんか」

「そうですよ。ほら、どんな人がタイプだとか、付き合うならどんな人がいいだとか。そういうのも恋バナですよ」

「そうか」

「…………」

 

 『また何かくだらないことを言い出したな』とでも言いたげな生返事で相槌が打たれる。

 

 実際ソーマにとってくだらない話になるのだろうが、ミツハにとってはそうでもない。話半分で聞くソーマに少々ムッとして、ミツハはストレートに『探り』を入れる。

 

「ちなみに、ソーマさんってどういう人がタイプなんですか?」

 

 先ほどまでミツハがしていた一方的な話とは違い、問いかけだ。質問に相槌が返されることはなく、一瞬だけ食事を取るソーマの手が止まった。

 

 そしてやはり、呆れた視線を向けられる。

 

「戦闘で足手纏いにならねぇヤツ」

「……そういうのじゃないっ……!」

 

 恋愛的な好みというより、同行メンバーの好みではないか。ちなみにその条件にミツハはあまり当て嵌まらないので少々ダメージを負ってしまうが、食い下がらずに畳み始めていた風呂敷を再び広げる。

 

「見た目の好みとか、内面の好みとか。そういうの聞いてるんですけど」

「どうでもいい」

「ぐう」

 

 そしてあえなく撃沈した。思わず『ぐうの音』を漏らすミツハに対し、今度はソーマは問いかける。

 

「そういうお前はどうなんだよ」

 

 好み云々より好きな人が目の前に居るんですけどね――などと思いつつも言えるはずもなく。ミツハは少し頭を悩ませて、目の前に座る想い人をじっと見る。

 

「……背。が、高い人……とか?」

「カレルか」

「なんでそうなるんですか!?」

 

 勘付いてくれるどころか勘違いを生んでしまいそうになり、ミツハは内心で悲鳴を上げた。

 

 『直接ガツンと言ってやらないと、あの人きっと気付きませんよ』――昨晩のアリサの言葉が思い出される。踏み込んだ質問をすれば少しくらい気づいてくれるかもしれない。そう思っていたのだが、これは一筋縄ではいかないようだ。

 

――ラノベの主人公に恋するヒロインって、こんな感じなのかな……。

 

 そんな思いすら頭に浮かび、ミツハは苦笑を隠すようにレーションを咀嚼する。相変わらず美味しいとはお世辞にも言えない味をしているが、特に苦でもなくなっていた。

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