1月14日
朝食を食べ、ミツハは昨日サカキに言われたとおり8時に神機整備場へ足を運ぶ。
様々な形状をした神機パーツが並んだ広い空間には、サカキがタンクトップを着た少女と話をしていた。
「おはようございまーす」
「おはよう、ミツハ君」
「あなたがミツハちゃんだね? 私は楠リッカ。ここの整備士で、よく顔を合わせることになると思うからよろしくね」
「よろしくお願いします〜!」
気さくな笑顔を見せるリッカと名乗った少女は、ミツハと同い年くらいだろうか。目線の高さもミツハと同じほどだ。明るいアッシュグレーの頭には厚いゴーグルが装着され、全身がところどころ機械油で汚れている。オーバーオールの上半身は脱いでおり、露わになった白いタンクトップは灰色に染まっていた。顔まで機械油で汚れているが、そんなことが気にならないくらいチャーミングな笑顔だった。
「それで博士、お願いってなんですか?」
「うん、ポール型神機を試してみてほしくてね」
「ポール型神機……?」
またも初出の単語に首を傾げるミツハに、リッカが説明してくれる。
「神機の近接パーツにはブレード型とポール型があるんだ。と言っても、ポール型は欧州の支部で最近使われ始めた新しい武器でね。試験的に欧州からパーツを取り寄せているんだけど、ちょっと問題があって実戦配備はしていないんだ」
そう言ってリッカは、これまで見た神機とは大きく異なる形状をした三種類の神機を見せてくれた。それぞれ槌と槍と鎌のような見た目をしており、どれも巨大だ。
ポール型神機とはブーストハンマー、チャージスピア、ヴァリアントサイズという柄の長い近接式の神機パーツらしい。極東支部でも実戦配備が検討され欧州からパーツを取り寄せて調整しているのだが、極東で使われている人工コアと欧州製のパーツと相性が悪いそうだ。
ポール型神機はブレード型神機よりも制御機構が複雑で、ただでさえ神機の暴走が起こりやすいのに極東の人工コアと相性が悪いときた。そのためアナグラで実戦運用している人は現状居ないらしい。神機との適合率が非常に高くなければ、今のところ使用が許されないとリッカは言う。
「……え、それを私が使うんですか? 適合試験が凄く痛かったので、適合率は低いと思うんですけど……」
「私としてはあまり賛成できないんだけど……君の偏食因子はちょっと特殊だから、理論上は問題無いってサカキ博士が言うんだよね」
特殊な偏食因子。紛れもなくP15偏食因子のことだが、話してしまって問題無いのかと視線でサカキに聞いた。
「リッカ君には技術的に色々お世話になるだろうから共有しておいたんだ」
「口は堅いほうだから安心して。適合試験の時はかなり痛がってたけど、神機との適合率は高いほうなんだ。だからあんなに痛がるのが不思議だったんだけど……数値を見ると面白いことになっててね」
舌足らずな声でどこか楽しげに語りながら、リッカはタブレットを取り出す。画面には右肩上がりになっている曲線グラフが表示されていた。
「これは君と神機との適合率を表しているグラフだよ。時間が経つにつれて適合率が上がっているんだ。最初はとても低い数値なんだけど……ほら、最終的な適合率は非常に高い数値で安定してるの。この適合率なら、理論上ポール型神機の扱いも問題無いはずなんだ」
「そして昨日、メディカルチェックを受けただろう? その結果、偏食因子が変異していたことがわかったんだ。神機と接続した際、適合するように変異したんだろうね」
「へ〜……? 便利な偏食因子ですね……?」
色々と詳しく説明してくれているが、悲しいことにミツハには水溜まりのように浅い理解しかできない。とにかく、低かった適合率は偏食因子が変異したおかげで高くなったらしい。
「我々としても使用実績があったほうが調整や研究がしやすいから、可能ならポール型神機を使用してもらいたいんだ。どうかな?」
「よくわからないですけど、そのほうがいいんですよね? ならそうします」
「それじゃあ種類を選ぼうか。さっきも説明したとおり、ポール型神機にはブーストハンマーとチャージスピア、それとヴァリアントサイズがあるよ。えーと、それぞれの特徴をまとめた資料はどこだったかな……」
「私、あの鎌の……ヴァリアントサイズ? がいいです! 見た目がかっこいいので!」
リッカが資料を探してくれていたが、説明を受ける前に希望を伝えた。そんな決め方で本当にいいのかと心配されたが、見た目の良さに抗えなかった。
呆れるリッカの隣でサカキは笑う。
「まぁ、特徴を説明しても実戦経験が無いからよくわからないだろう。それなら好ましい神機を扱ったほうがモチベーション的にも良いだろうしね」
「うーん、命を預ける相棒になる子なんだから、そんな決め方でいいのかなぁ……」
「とにかく、まずは接続テストをしてみよう。リッカ君、準備をお願いできるかな」
「わかりました。ミツハちゃん、こっちに来てくれる?」
「はーい」
神機整備場の奥にある、モニターなどの機材が置かれた部屋に移動する。奥にも小さな部屋があり、ミツハはそこで待機するよう指示された。
何も無い小部屋は壁の一面がガラス張りになっており、隣の部屋の様子が窺える。他三面は頑丈そうな壁で覆われており、その壁には訓練場の壁のように刃物で抉ったような傷跡や弾痕があった。
ガラス越しに隣の部屋を見ると、リッカはミツハの神機を取り出して元々接合されていたブレードを取り外して鎌を接合していた。そしてヴァリアントサイズの形になったミツハの神機を小部屋の中央に置き、ミツハの腕輪に何やらコードを取り付けてモニターのある部屋に戻っていった。いつの間にかサカキも隣の部屋に来ている。
『それじゃあ、ヴァリアントサイズとの適合率を測るよ。神機を持ってみて。振り回されそうになったり痛みを感じたら、すぐに手を離すんだよ』
スピーカーからリッカの声が小部屋に響く。言われたとおり、ミツハは神機を手に取った。
途端――柄を持つ手から、まるで神経を逆撫でするような違和感が身体を突き抜ける。激痛が走り、神機がひとりでに動き出そうとする。
――何これ!?
冷や汗が垂れ、慌てて神機から手を離す。ガシャン! と大きな音を立てて大鎌の神機は床に沈黙した。
――どう考えても適合率低くない!?
話が違うじゃないかとガラス越しにサカキとリッカを見やる。焦るミツハとは対照的に、二人は何やらモニターを見て興奮している様子だった。
『ミツハ君、もう一度神機を持ってみてくれるかい?』
「ええっ!? 明らかにヤバかったですよ!?」
『きっともう大丈夫なはずだよ』
そうサカキからスピーカー越しに言われてしまい、ミツハは恐る恐る神機の柄を握った。
「……あれ?」
痛みを覚悟して握ったが、何の痛みも違和感も感じずに拍子抜けした。
『凄い! 一度大きく適合率やオラクル活性が下がったと思ったら……さっきまであんなに低かった神機との適合率が、もうこんなに上がってる!』
「な、なにがどうなったんですか……?」
リッカの舌足らずな声のトーンが上がっている。随分と興奮していることが窺えるが、ミツハには何が起こっているのかまったく理解できなかった。
ガチャリと小部屋の扉が開き、サカキが入ってくる。痛みや違和感の有無を聞かれたが、何も無いことを告げるとサカキはニコリと目を細めた。
「ミツハ君の偏食因子は変異しやすいとは教えたよね? 変異しやすいということは、環境に適応しやすいということでもある。アラガミにも極地適応型やマグマ適応型が居るようにね」
アラガミには極地適応型やマグマ適応型が存在するらしい。初耳であった。
「つまり、ミツハ君の偏食因子はこの一瞬で、相性の悪い神機に『適応』するように変異したんだ。それにこの適応具合なら腕輪の制御の必要も……まぁとにかく、これならポール型神機も問題無く扱えるだろうね!」
「……とにかく大丈夫ってことなんですね!」
それさえわかれば十分だ。大雑把な理解をしたミツハに、サカキとリッカは苦笑した。
腕輪のコードを外されて部屋を出る。広い場所で、試しに柄をバトンのようにくるくると回してみる。接続しているおかげで神機は軽く、手足のように思うままに扱えた。
「それじゃあヴァリアントサイズの特徴と扱い方を簡単に説明するね。訓練の開始は9時からだっけ。それまでに間に合わせよっか」
「はーい、お願いします」
「後はよろしく頼んだよリッカ君。ミツハ君も訓練頑張ってね」
ひらひらと手を振ってサカキは神機整備場から去っていった。
部屋の窓ガラスに反射して、神機を持つミツハの姿が映る。ヴァリアントサイズはミツハの背丈よりも大きく、黒い大鎌が死神の鎌のようだった。
――えー、かっこいい〜。
まるで漫画やゲームのキャラクターのようだ。ミツハは心躍らせて、リッカからヴァリアントサイズの扱い方の説明を受けた。