Kuschel   作:小日向

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090 愛とか恋とか

3月28日

 

 本日の任務にアサインされたメンバーを見てミツハが思ったのは、『珍しいな』というぐらいのものだった。

 

 第一部隊にいつものように討伐任務が下されたのだが――その同行メンバーに、第一部隊隊長のアサインがなかったのだ。神薙ユウを除いた五人での討伐任務は珍しい。フリーの討伐任務ではなく、『第一部隊』宛てに下された討伐任務で隊長がアサインされていないというのはミツハは初めての経験だった。

 

 しかしミツハは第一部隊に異動してまだ日が浅い。リンドウが隊長だった時にもこういったことはあったのかもしれない――と、特に気にも留めていなかった。

 

 ソーマの腹に何か抱えたような表情を見るまでは。

 

「……今日の任務、ユウだけ居ませんけど珍しいですね」

 

 場所は『煉獄の地下街』。茹だるような暑さに辟易しつつ、ミツハは隣を歩くソーマに問いかけた。

 

 本日第一部隊に下された任務内容は、シユウとグボロ・グボロ各一体の討伐。共に堕天種ではあるが、それでも連日大型の堕天種を相手にしていた討伐任務と比べれば呆気ない。隊長であるユウが居なくとも問題無い相手だ。

 

 ミツハに問いかけにソーマは眉を顰めた。この尋常ではない暑さの中でもソーマは相変わらずダスキーモッズを着込んでおり、フードも目深に被っている。暑くないのだろうかとミツハは常々疑問に思う。

 

「どうも俺一人じゃままならねぇと判断したらしい」

 

 ソーマが忌々し気な舌打ちと共に吐き捨てる。主語の無い一見不明瞭な言葉ではあったが、ミツハはその意味を汲み取った。

 

「……特務、ですか」

「ああ」

「矛先、そっちに行ったんだ……」

 

 見つかるはずのない特異点捜索に業を煮やしたヨハネスは、ミツハではなくユウに矛先を向けたようだ。

 

 また自身の偏食因子を使って特異点を人工的に作り上げようとするのではないかと気が気ではなかったのだが、サカキからの忠告もあってそうならずに済んだようだ。だが、代わりユウに危険な特務を回される形となってしまい心苦しかった。

 

「……あいつはそう簡単にやられるタマじゃねぇだろうが」

 

 そんなミツハの心境を読んだのか、はたまたわかりやすく顔に出ていたのか。ソーマがぶっきらぼうながらに言葉をかける。不器用なソーマの優しさに胸が温かくなり、ミツハは「そうですね」と頷いた。

 

「ユウが頑張ってるんですから、私も負けないように頑張らないとですね! 中型の堕天種ぐらいちょちょいのちょいで倒せるように――」

『こちらコウタ! K地点でシユウを見つけたから、こっちに合流頼むよー!』

「行くぞ」

「はっ、はい!」

 

 意気込んでいると二手に分かれて索敵をしていたコウタから無線が入る。K地点まで駆け抜けると、荷電性のシユウが辺りに電撃を撒き散らして暴れていた。

 

 通常のシユウとは違い表面の外皮は黒っぽい色をしており、硬さを増している。中型の堕天種を『呆気ない』と評したが――あくまでそれは、第一部隊メンバーが揃っていての話だ。ミツハ一人ではむしろこちらが呆気なくやられてしまうだろう。ちょちょいのちょいで倒せるようになるのはいったいいつの話になるだろうか。

 

――単独任務って自殺行為なんじゃないの……。

 

 特異点の存在を『強力なアラガミのコア』という情報でしか知り得ないヨハネスは、それこそ接触禁忌種のような危険なアラガミの討伐を特務として言い渡しているのだろう。それを単独でこなすと思うと――想像するだけで震え上がる。ミツハなど簡単に死んでしまうだろう。

 

――でも、ユウなら、……きっと大丈夫。

 

 先ほどソーマが言ったように、ユウがそう簡単に倒されてしまうとは思えない。ユウの実力は本物だ。

 

 それでも、無事に帰ってくるように祈りながらミツハは漆黒の大鎌を振り翳す。硬い外皮に邪魔されてあまり手応えはなかったが、後方から放たれたサクヤの援護射撃によってシユウは怯んだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「はー、サッパリした~……」

「地下街での任務はあんまりやりたくないですよね……」

 

 煉獄の地下街での任務を終え、第一部隊はアナグラへ帰投する。自室に浴室がない新人区画に住むミツハたちはすぐさま共同区画のシャワールームへ駆け込み、汗を流して一息吐いた。

 

 脱衣所に設置されている化粧台の前に並んで座り、ドライヤーで髪を乾かす。髪が短いミツハはアリサより先に髪を乾かし終え、椅子から立ち上がってアリサの背に回った。

 

「ドライヤー私やるよ」

「あっ、いいんですか? お願いします」

「長いと大変だもんね」

 

 まだ湿り気のある髪の束を掬い、ドライヤーの熱風を当てていく。ふわりと柔らかなプラチナブロンドが靡いた。

 

「写真でも見ましたけど、ミツハって私が来る少し前までは長かったんですよね。どうして切ったんですか?」

「んー……なんていうか、決意の断髪的な……」

 

 アリサの髪を乾かしながら、髪を切った経緯を説明する。グボロ・グボロに殺されかけたのは適合試験を受けて間もない、1月下旬の話だ。バスケを辞めてから伸ばしていた髪を切って、もう2ヶ月になる。

 

――もしもあの日、死にかけなかったら私はどうなってたんだろう。

 

 そんなことをふと思った。死に直面したあの日、ようやくミツハはタイムスリップをしたという現実を受け入れた。死んでも元の世界には戻れないと悟ったのだ。

 

 だが、ずっと夢でも見ているのだと思いながら神機を握っていたのなら――

 

――どこかで死んでただろうなぁ……。

 

 ある意味あの日の出来事はショック療法だったのかもしれない。苦笑を浮かべながら語るミツハに、アリサは「なるほど」と頷いた。

 

「ミツハのその短い髪は、戦う証なんですね」

「そんな感じかなー。なんか、また伸ばそうとも思わないし」

 

 少なくとも、神機を握っている間は短いままでいるだろう。そう告げると、楽しげにアリサが笑う。

 

「じゃあ写真でしか髪の長いミツハには会えないんですね。もっと見せてくださいよぅ」

「え〜。なんか照れるな〜」

 

 髪を乾かし終え、60年前のスマホを取り出す。椅子に座ってカメラロールを開き、写真を遡ろうとしたのだが――画面を覗き込んだアリサが目を輝かせる。

 

 画面をタップし、とある一枚の写真が拡大表示された。

 

 その写真は――数日前、ソーマが屋上でミツハに寄り掛かってうたた寝をしていた時に勝手に撮った、ツーショット写真だった。

 

 ヒァ、とミツハが息を呑むような奇妙な悲鳴を上げる。ニヤニヤとアリサが笑った。

 

「あらぁ、ラブラブですね~?」

「あ、あわわ」

「これソーマに見せたら絶対面白いですよ?」

「あわわわわ」

 

 壊れたロボットのように悲鳴を上げるミツハをアリサがからかう。シャワーの後だということを抜きにしてもすっかり顔は赤く染まり、耐え切れずミツハは椅子から立ち上がった。

 

「さきにもどるね! ばいばい! おつかれさま!」

「あ、逃げた」

 

 早口で言葉を捲し立て、ミツハは慌てて脱衣所を後にした。

 

 大きく息を吐き出して逸る心臓を落ち着かせたところで、エレベーターに足を向ける。夕食の時間まで少しあるので、シオのもとへ行こうと思ったのだ。

 

 共同区画から800メートル近く地下にある研究区画へ足を運び、サカキの研究室を訪ねる。インターホンを押さずに勝手知ったる顔でロックを解除し、中に足を踏み入れた。

 

「こんにちは!」

「ミツハ君もだいぶ遠慮が無くなったねぇ」

 

 「まぁいいけどね」と特に咎められることなく済まされる。サカキのこういった態度も遠慮を無くす原因だとミツハは思う。

 

 シオの部屋へ行こうと右手の扉へ向かう。するとサカキが楽しげに笑った。

 

「先客が居るよ」

 

 その言葉どおり、シオの部屋には先客が居た。

 

 見慣れたネイビーブルーのダスキーモッズを着込んだ先客――ソーマはベッドに腰掛けてシオと一緒に音楽を聴いていた。イヤホンを半分ずつ使い、随分と距離が近い。

 

 兄妹のような姿に、ミツハ口元を緩めた。

 

「なんですかー、いつの間に仲良くなっちゃってるんですか〜?」

「……腹立つ言い方やめろ」

 

 先日のコウタの言葉を真似て笑えば、拗ねたようにソーマが睨む。その様子にくすくすと微笑みながら、シオの隣に腰掛けた。

 

「何聴いてるの?」

「んー? このまえの!」

 

 そう言ってシオは鼻歌を歌いだす。今イヤホンから流れているフレーズをそのまま真似ているのだろう。

 

 その鼻歌は先日聴いた、あの女性シンガーの曲だ。シオは随分この歌が気に入っているようだが、何か考えるように首を傾げた。

 

「このうた、キレイだけどなんだかフシギなきもちになるなー」

「曲調がちょっと物悲しいからかなぁ。そういえば、なんて曲名なんですか?」

 

 2009年リリースの曲らしいので、曲名や歌手名を聞けば思い当たる節があるかもしれないとソーマに尋ねる。彼は手元の音楽プレーヤーの画面を見ながら口を開いた。

「『my life』って曲名だ。alanという旧中国地域の出身の歌手らしいが、知ってるか?」

「あ、歌手の名前はちょっと聞いたことありますよ! 映画の主題歌を歌ってたような……何の映画だったっけ……?」

 

 過去の記憶を引っ張り出そうと頭を捻るが、思い出せそうにはなかった。ふ、と小馬鹿にするようにソーマが小さく笑い、ミツハは恥ずかしくなって話題を逸らした。

 

「この曲が前に教えてくれなかった、ソーマさんがよく聴いてる好きな曲ですか?」

 

 夜の屋上でソーマと一緒に曲を聴いた翌朝、そんな会話をしていた。

 

 美しくさよならを言おう――そんな別れの歌だ。儚げで美しく、物悲しい旋律を好んでソーマが聴いているというのが少し意外だった。しかし不思議と似合わないな、とは思わなかった。それはミツハがソーマの内側を知っているからだろうか。

 

 ミツハの言葉に、ソーマは何か詰まったように一度口を噤んだ。しかし取り繕うように軽い悪態を吐く。

 

「……偶然見つけただけだ。似合わねぇってか?」

「その捉え方は捻くれすぎてますよ!? まぁ、洋楽とか聴いてそうなイメージだったので意外ではありますけど、良い曲ですよね」

「お前の好みのほうがよっぽど意外だろうが」

「うっ、よく言われますけど……でも、ロック系ばかり聴いてるわけじゃないですよ? ちゃんと女の子らしく流行りの恋愛ソングも聴いてましたし!」

「れんあい? れんあいってなんだ?」

 

 聞き慣れない言葉が気になったのか、ずっとイヤホンに耳を傾けていたシオが話に割り込んできた。『面倒なことを言いやがって』と目だけでソーマから訴えられる。

 

 そんな視線をひしひしと受けながら、ミツハはしどろもどろにシオの好奇心に答えてやる。

 

「えーと……誰かを好きになって恋することが、恋愛かなー……?」

「コイ? まえにソーマがハツコイっていってたやつか!?」

「ありゃ嘘だ、忘れろ」

 

 間髪をいれず即座にソーマが否定し、シオの頭を軽く叩いた。思わず苦笑が漏れる。

 

 叩かれたがじゃれあいと思っているようで、シオは特に気にした素振りもない。むしろきゃっきゃと楽しそうに笑っていた。

 

「『すき』になるのがコイなら、シオはミツハとソーマにコイしてるぞ! シオ、ふたりのことすきだからな!」

「シオ……!」

「…………」

 

 満面の笑みを浮かべ、シオは感激するミツハに抱き着く。ソーマも特に反論せずにじゃれあう二人をただ見つめていた。

 

 ミツハに引っ付いてはくすぐったく笑うその愛くるしさに胸がいっぱいになる。嬉しく思いつつ、ふにゃりと口元を緩めながら困ったように笑った。

 

「でもね、シオ。それは恋とはちょっと違うよ」

「そーなのか?」

「うん。シオは、ユウたちのことも好きでしょー?」

「うん! シオ、みんなのことだいすきだよ」

「でしょう。それは恋じゃなくて、うーんと、友愛? かな。恋の『好き』は、友愛じゃなくて恋愛のほう。『好き』にも色んな形があるんだよ」

「ゆうあい……? れんあい……? ……んー、なんだかいろんなアイがあるんだなー」

「ねー。ちなみにコウタが妹ちゃんに向けてる『好き』は家族愛。ちょっと行き過ぎてるような気もするけど」

 

 シスターコンプレックスのきらいがあるコウタは、シオにも妹のノゾミのことを話していた。熱弁するコウタの姿を思い出したのか、シオは可笑しそうに笑った。

 

「でも、みんなだいすきだけど、ユウたちとミツハとソーマのすきはちょっとちがうぞ?」

「そうなの?」

「ミツハとソーマは、うーんと、とくべつ」

「…………」

「……ふふふ、そっかぁ」

 

 柔らかくシオが微笑む。『特別』という言葉にミツハは一瞬驚いたような表情を見せたが、溢れ出るように優しく微笑んだ。

 

「特別ですって、ソーマさん。嬉しいですね」

「……別に。どうでもいい」

「照れてる照れてる。可愛いー」

「てれてるー」

「クッソお前ら……」

 

 少女二人からからかわれ、ソーマはすっかりたじたじとなってフードをより一層目深に被り直した。

 

 ――特別。

 

 シオは人間に近いアラガミであり、ソーマとミツハはアラガミに近い人間である。

 『普通』ではない似た者同士だ。そんな見えない繋がりを、シオも感じているのだろう。

 ユウたちに向ける友愛とはまた違う愛情に、シオは足をぷらぷらと揺らしながら首を傾げた。

 

「とくべつだけど、これはコイじゃないのかなー?」

「……恋って字のとおり、下心がついて回るものだと思うしなぁ……」

「したごころ?」

 

 ミツハの呟きにシオが琥珀色の瞳をきょとんとさせる。純真無垢といったその表情に、ミツハは何か綺麗なものを汚しているような妙な後ろめたさが募った。

 

「……だめ! シオにはまだはやい!」

「えー! したごころってなーにー! ソーマ、なにー!?」

「きゃー! 矛先がー!」

「お前ら、少しは大人しくしてろよ……」

 

 騒ぐミツハたちをソーマが面倒くさそうに一瞥する。シオに問われても「知らん」の一言で跳ね除け、居心地が悪そうにベッドから立ち上がった。

 

「そろそろ飯の時間だろうが、帰るぞ」

「あ、ほんとだ……。じゃあね、シオ。また来るね」

「うん! またなー!」

 

 ブンブンと大きく手を振り、シオは部屋から出ていくミツハたちを見送る。「随分楽しそうだったね」と笑うサカキをソーマが一睨し、そんなやりとりに苦笑しながら研究室を後にした。

 

 研究区画の廊下を二人並んで歩く。エレベーターに向かう最中、ソーマが疲れたように溜息を吐き出した。

 

「何であんな話になったんだよ……」

「歌の話からまさかああなるとは思いませんでしたね……。でもタイムリーでしたよ、恋バナです恋バナ!」

「くだらねぇ」

 

 一昨日の朝の会話を思い出し、ミツハはにやりと口元をいたずらっぽく緩めた。

 そんなミツハに呆れ、ソーマが呟く。

 

「愛だのなんだの、自分のことすらよくわからねぇシオにわかるわけねぇだろ」

「えー。でも私たちのことは特別って言ってくれたじゃないですか。その違いって重要だと思いますよ?」

「普通じゃない化け物同士って意味でだろう。そんなもんただの仲間意識だ」

「そうかもですけど。でも、ちゃんと繋がりをシオは感じてるってことじゃないですか」

 

 エレベーターに乗り込み、狭い箱の中で会話する。ソーマは随分と難しく考えすぎているような気がした。

 

「恋愛に限らずですけど、家族に向ける家族愛だったり、友達同士で感じる友愛だったり。そういうのって、何かしら繋がりがあるから感じられるんじゃないですか」

「…………」

「その繋がりが、なんていうか……広い意味での、愛なんじゃないですか? 愛って何も、恋人同士の間にだけ生まれるものじゃありませんし」

 

 気恥ずかしいことを言っている自覚はあったが、恥を忍んでミツハは語る。ソーマはただ黙って聞いていた。

 

 初めてミツハが知った愛というのは、家族愛だった。そこそこ裕福な一般家庭に生まれ、一人娘とあって両親から目一杯に愛を受けて育った。友人にも恵まれ、幼馴染の千夏は家族と同じくらい大切な存在だった。それは友愛より、親愛という言葉のほうが近い。高校では初めて恋をして、恋人ができた。苦い別れ方をしてしまったが、良い思い出ではある。

 

 様々な繋がり経て、色んな形の愛があるのだとミツハは学んでいた。それが特別だとは思わなかった。誰かに愛されて生きることは、ミツハにとって当たり前のことだった。

 

 それが『普通』だと思えるくらいに、ミツハはごく普通の平凡な少女だったのだ。

 

 ほんの、数ヶ月前までは。

 

「……愛、か」

 

 ソーマが呟く。エレベーターはベテラン区画のすぐ近くまで来ていた。

 

「だったらなおさら……俺には無縁の話になるな」

 

 自嘲の笑みすら浮かべず、さもそれが当然のように言い放つ。

 

 ベテラン区画で扉が開き、「じゃあな」とソーマがエレベーターから降りた。

 

「……えええ」

 

 扉が閉じられた箱の中で、嘆きの声をミツハは上げる。思わず項垂れてしまいそうになるくらいだった。

 

 無縁だと言って頑なに切り離してしまうのは何故だろうか。どうしてそんなにも自分が愛されるわけがないと強く思ってしまうのだろうか。

 

 ベテラン区画から離れていくエレベーターの中で一人、ミツハは改めて思う。

 

――な、なんていうか……

――頑張ろう……!

 

 ソーマがいつか、人から愛されているのだとわかってもらえるように。

 

 なかなかに前途多難だな、と思いながらミツハは強く意気込んだ

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