3月29日
翌日、第一部隊に召集がかかった。役員区画にある教官室への召集――ツバキからの呼び出しだった。
部屋に入ると、ユウの姿があった。他に来ている者はまだおらず、ミツハとユウの二人きりとなる。顔や腕のあちこちに絆創膏が貼られているが、大きな怪我は無さそうでほっとした。
「その、……お疲れさまです」
「なんで敬語なの」
ふ、と気さくにユウが笑う。しかし、その表情はどこか張り詰めたものがあった。また何か特務を言い渡されたのかとミツハは懸念を抱いたが、アリサたち他の面々がやって来て聞けずじまいだった。
だが――張り詰めた表情の意味は、意外にもすぐ知ることとなる。
「揃っているな」
教官室に第一部隊全員が揃ってすぐ、ツバキがハイヒールを鳴らしてやって来た。第一部隊の面々を一瞥し、ツバキは手元の資料に目を落とした。
「事前にユウには伝えておいたが……お前たち第一部隊には明日、接触禁忌種の討伐任務にあたってもらう」
「……接触禁忌種、ですか」
ツバキの言葉にサクヤがいち早く反応する。接触禁忌種と聞いて思い浮かぶのは――ミツハも遭遇したことがある、プリティヴィ・マータだ。
冷たい氷の女王は2ヶ月近く前に群れを成して第一部隊を襲い、リンドウをKIAにさせた。当時のミツハは第一部隊所属ではなかったので、アリサから聞いた話でしかその時の事情は知らない。だが、第一部隊にとって宿敵であると考えなくとも分かる。
「ああ」とツバキが神妙な顔をして説明を続けた。
「今回のターゲットから、前リーダーの腕輪らしき信号が確認された。目下調査中だが、おそらく……先の戦いの相手だろう」
その言葉に、空気が重苦しくなる。
前リーダー――雨宮リンドウの手掛かり。
リンドウが行方不明になった後、防衛班も総出で捜索に当たっていたが、ついぞ何も見つからなかった。それがようやく見つかったのだ。
ぎゅ、と誰かが拳を握る音が聞こえた。
「今回も先の戦いと同じように、群れを成して移動している。苦しい戦いになるかもしれんが……現状の戦力を鑑みて、勝てない相手ではないと判断した」
そして厳しい口調で、まるで言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「仇などという雑念を混ぜるな。くれぐれも慎重に戦いを進めろ……いいな?」
ツバキはそう念を押し、第一部隊を解散させた。明日の討伐に備えて各自準備をしろとのことだった。
「リンドウ……」
教官室を後にし、エレベーターに向かう最中でサクヤが呟くように男の名を呼んだ。
「やっと……やっと……!」
感極まった様子でサクヤは肩を震わせた。そんなサクヤを支えるように、アリサが肩にそっと手を置いて顔を見合わせる。互いに力強く頷き合うその瞳には、強い意志が宿っていた。
◇
「……サクヤさんとリンドウさんって、恋人同士なんでしたっけ」
サクヤたちと別れ、ミツハはソーマと共にエントランスへ向かった。
明日の戦闘に向けて準備をしようと思ったのだが、ミツハには群れを成したプリティヴィ・マータとの戦闘経験が無い。どう対処すれば良いのかアドバイスを貰うのも兼ねて、ソーマに付き合ってもらったのだ。
ミツハの問いかけにソーマは頷いた。ソーマはリンドウたちとの付き合いが長く、二人の様子を傍で見てきていたのだろう。
「明言はしてなかったがな」
「……ツバキさんは仇なんて考えるなって言ってましたけど、まぁ、無理ですよね……」
「…………」
無言は肯定だ。エレベーターの中に沈黙が落ち、地上2階に到着した。
携行品やバレットの準備をし、ターミナルで前回の交戦状況などを振り返る。ソーマからも群れと戦った様子の話を聞いているうちに、ミツハに不安が募っていった。
別名、氷の女王と呼ばれるプリティヴィ・マータは単独でも脅威的な存在だったが、それがヴァジュラと共に群れを成して行動しているらしい。ミツハは1ヶ月前、贖罪の街で交戦した時のことを思い出し――あれが群れになるのか、と恐怖が湧いてきた。
「わ、私なんかが混ざっていい戦いなんですかね、これ……。足手纏いになる自信しかないんですけど……」
ミツハの神機使いとしての実力は高いわけではない。第一部隊に異動した理由も、ヨハネスの口実作りのためだ。とてもじゃないが、接触禁忌種と渡り合えるような実力はミツハに持ち合わせていなかった。
途端に弱々しくなったミツハに、ソーマは少し考えて言葉をかけた。
「……ツバキがいけると判断したんだろうが。せいぜいあいつの期待を裏切らねぇことだな」
「ぷ、プレッシャー……」
「…………」
気遣いのつもりで言ってくれたのだろうが、余計に気負ってしまったミツハにソーマは呆れたように溜息を吐いた。
群れを成した接触禁忌種相手にそのまま飛び込むと言うのは自殺行為も甚だしい。接触禁忌種の討伐だけではなく、リンドウの腕輪を探すことも目的であるため、一体ずつ群れから引き剥がして仕留めていくのが一番だとソーマは言った。大勢のアラガミを相手にする際、分断は基本の戦術だ。
エントランスの外れにあるベンチに腰掛けながら、自販機で買ったジュースを片手に簡単なブリーフィングをする。
「前とは違って、戦えるヤツが六人居るんだ。群れを食い止めるチームと一体ずつ殺していくチームの二手に分かれりゃいい」
「群れを食い止めるって……三人だけでできるんですか?」
「あくまでこっちは足止めだ。スタンやトラップ狙って、別チームに合流させねぇよう引き付けて逃げりゃいい。要は持久戦だ」
なるほど、とソーマの話を聞きながらミツハは頷く。
明日の任務の作戦区域は鎮魂の廃寺だ。狭い通路やアラガミだけが通れるケモノ道も存在している地形のため、なかなか分断が難しい区域である。どう分断するか考えつつ、ソーマと話を続ける。
「どうチーム分けするかは明日ユウが決めるだろうが……少なくとも、俺は群れを相手するつもりだ」
「私は……どっち向きなんでしょうね……。複数のアラガミを相手するのは防衛任務で慣れてるんですけど、相手が相手ですし」
「今回の場合、お前は単独相手向きだろう。持久戦は短いに越したことはねぇ。ブラストの高火力で手早くブチ殺せ」
「が、がんばります」
後衛に回るのならばオラクル充填のアンプルも必要だと携行品のリストに追加した。ちゃぷちゃぷとペットボトルの中のミルクティーを揺らしながら、明日の討伐のことを思う。
苦しい戦いになるとツバキが言ったとおり、一筋縄では行かないだろう。
「……生きて帰るぞ」
缶コーヒーの飲み口を見つめながら、ソーマが言った。その言葉にミツハは柔らかく頷き、小さく微笑む。
「ソーマさん、リンドウさんみたいですね」
「……数も数えられねぇヤツと一緒にするんじゃねぇ」
数? とミツハは小首を傾げる。ソーマはフッと鼻を鳴らした。
「あいつがよく言っていた命令だ。……命令は三つ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運がよければ不意をついてぶっ殺せ――ってな」
「……それじゃ四つですね?」
「適当なんだよあいつは」
呆れたようにソーマが言うが、その声色は穏やかなものだった。
「……自分が守れねぇでどうすんだって話だがな」
そのまま呟くようにソーマが吐き捨てる。どこか憂いを帯びた表情をするソーマに、ミツハは強気に笑いかけた。
「ならせめて、私たちはしっかり守りましょうね!」
「……そうだな」
ミツハの言葉に目を細め、ソーマは頷いた。