3月30日
鎮魂の廃寺のP地点――破壊された仏像が鎮座する、御堂の中。ミツハとコウタは神機を構えて臨戦態勢についていた。
チームはユウ、コウタ、ミツハの群れから引き剥がしたプリティヴィ・マータを討伐する三人と、ソーマ、アリサ、サクヤの群れを足止めする三人に分かれた。新型は一つのチームにまとまらないほうがいいことと、群れを足止めするのはベテラン二人の経験値と技量が必要となることからこのような分かれ方となった。
群れから一匹を引き剥がし、御堂に連れ込んで一匹ずつ確実に殺していく。その引き剥がす『囮役』はユウだ。
ユウの到着を待ちながら、ミツハは一度大きく息を吐き出した。
「緊張してる?」
肩の上がったミツハにコウタが問う。
「そりゃあ……だって接触禁忌種だよ!? コウタは怖くないの?」
「なんかミツハのあがりっぷり見てたら逆に冷静になったっつーか……」
「うっ……とにかく誤射しないように……誤射しないように……!」
銃形態に変形させた神機をしっかりと握り、もう一度息を吐き出す――
――と、ぞくりとうなじの産毛が逆立った。
身体を走り抜ける悪寒にミツハは御堂の入口に銃口を向ける。
「コウタ、来る!」
「オッケー!」
そう言葉を交わした途端、プリティヴィ・マータを引き連れたユウが御堂の中に転がり込んできた。次いで、氷の女王の咆哮が御堂の中に響き渡る。
「グレネード、投げるよ!」
咆哮に紛れながら宣言し、ミツハは閃光弾を放った。ヴァジュラ種と同様、プリティヴィ・マータも閃光弾に眩む時間が比較的長い。まずは怯ませた隙に優勢に立とうと、ユウが神機を
「ミツハ、まずは胴体を結合崩壊させよう! コウタ、支援お願い!」
「了解!」
「任せといて!」
ユウによるリンクバーストでミツハたちもバーストモードに移行し、怯みから立ち直ったプリティヴィ・マータに向かってバレットを撃ち込む。――ドンッ! と重厚音を立てて炎を帯びたオラクル砲がプリティヴィ・マータの胴体に直撃し、氷の女王は叫びをあげた。
冷たい眼差しが鋭くミツハに向けられる。氷柱を生み出し、仕返しと言わんばかりにミツハ目掛けて放たれた。
「させるかよっ!」
その氷柱は途中で撃ち落とされる――コウタの援護射撃だ。
その隙にユウがプリティヴィ・マータの後方へ回り込み、蒼い刀身を突き刺して雄叫びをあげながら切り裂いた。
獲物に張り付いて攻撃するユウを巻き込まぬよう気をつけながら、ミツハとコウタはのたうち回るプリティヴィ・マータに合わせて射撃を続ける。
このまま押し切れるか――と猛攻を続けたところで、氷の女王は牙を向いた。威嚇するように咆哮をあげたかと思うと、辺り一帯に氷の柱が地面から突き出した。
「二人共、気をつけて!」
ユウは装甲を展開して身を守っていたが、銃形態の神機では装甲が開けない。目測で距離を測っていたのだが、ミツハはそれを見誤ってしまう。
氷柱に吹き飛ばされ、ミツハは御堂の壁に打ち付けられた。肺から押し出されるような潰れた音が漏れる。
「ぁぐっ、」
「ミツハ!」
「だ、っじょぶ! ――撃てる!」
体勢を崩したミツハに、プリティヴィ・マータが飛びかかる。鋭利な爪がミツハを引き裂こうとていたが――その迫り来る冷酷な面に、ブラストの大きな銃口を向けた。大きく息を吸い込んで、止める。
「――――ッ!」
壁に背を預け、反動を殺してブラストを連射する。呼吸をせず、一心不乱にただただ大砲を放ち、撃つ。目の前で高エネルギーの炎が弾け、破裂する。
びりびりとブラストを支える腕が痺れるが、歯を食いしばってオラクルが空になるまで撃ち抜いた。
「っは、――敵っ、ダウン! あとお願い!」
「任せて!」
土煙が上がる中、プリティヴィ・マータはその場に倒れ込んだ。ずっと息を止めて撃ち続けていたせいか酸欠気味のミツハは身体に鞭を打って立ち上がり、邪魔にならぬよう少し離れた所まで移動して息を整える。
――キツい……。
――カノンちゃんのスタミナ、よくよく考えると凄いな……。
肩で息をしながら、ミツハはそんなことを思った。ブラストを撃つ時のイメージはずっと傍で見てきたカノンだ――もちろん誤射という点を除いてだが。
アンプルでオラクルを充填して息が整ったところで神機を構え直す。標的の姿を確認すると、既に決着がつく一歩手前だった。
既に結合崩壊を起こした顔面にコウタが発砲し、怯んだ隙にユウが懐に滑り込む。赤く染まった刀身を振り翳し――、
氷の女王は断末魔をあげ、ゆっくりと地に沈んだ。
「……目標、撃破!」
ユウが神機を翳して鮮血を払い、捕喰形態に変形させる。ひとまず無事に討伐できたことにほっとしたが、それも束の間だ。
ユウの神機が、プリティヴィ・マータを喰らう。
ぎちぎちと肉を断つ咀嚼音が響くが――それだけだった。
「……腕輪、ないみたい」
少し残念そうに、しかしどこかほっとしたような複雑な表情でユウが首を振った。
「そっか」
コウタが死骸を見ながら呟く。だが、まだ一匹目だ。
「それじゃあ、二回目。今と同じような戦い方でいこう。ただ範囲攻撃はなるべく敵から離れるようにして、攻撃を喰らわないことを一番にしよう」
「うん、次は気をつけます……」
「まあ切り替えてこーぜ!」
「次もよろしくね、ミツハ」
励ますようにコウタに背中を叩かれたが、打ち付けられた箇所だったため痛みが響いた。己の落ち度なので痩せ我慢をしたが。
ソーマに連絡を入れながらユウが御堂から出ていく。ミツハはその背を見送り、次の戦闘に備えて回復錠を取り出した。
群れから引き剥がし、御堂に連れ込んで討伐し、また一匹群れから引き剥がし――
それを繰り返して着実に数を減らして行き、最後はE地点で合流して全員で討伐した。腕輪はまだ、発見していない。
「……ラスト、いくね」
連戦のうちにすっかり日は落ち、月明かりが息絶えたプリティヴィ・マータを照らした。群れの最後の一匹を取り囲み、ユウは捕喰形態に変形させた神機を構える。
捕喰の様子を静かに見つめ――コウタが神妙な面持ちで問う。
「……あった?」
「……ううん、何も」
元の刀身の形に戻しながら、ユウは首を振った。サクヤが緊張を吐き出すように呟く。
「ないわね……」
「最近の調査隊、いい加減すぎますよ!」
「まぁまぁ……到着前に逃げちゃったのかもしれないし……」
愚痴るアリサをコウタが宥める。その様子を見ながら、ミツハは廃屋の壁に背をつけて息を吐いた。
空振りで終わったことにより、張り詰めていた緊張の糸が途切れかけた、その時に――
――ぞくりと。悪寒が走り抜けた。
「っ、」
ソーマにもその感覚があったようで、臨戦態勢に切り替えて辺りを警戒する。どうしたのかとコウタが問おうと口を開くが――咆哮がそれを遮った。
大地を揺さぶるような獣の雄叫びが空気を劈いた。
途端、一番にソーマが飛び出す。ミツハたちもそれに続いた。
そして――『帝王』の姿を見た。
崖の上から悠然と獲物を見下ろす、巨大な獣。漆黒の身体に顎鬚を生やした邪悪な帝王のような顔を持つ、ヴァジュラ種に似た――それでいて比べものにならないほどの威圧感を持った、漆黒の巨獣。
群れのボスはこの獣だと、一同は悟った。
帝王は群れを狩り殺した神喰らいを
しばらく身動ぎの一つもせず睨み合っていたのだが、その睨み合いの末、帝王は眼中に無いとでも言うように悠々と背を向けて去っていった。
それでもその圧倒的な存在を残すように、張り詰めた空気は戻らなかった。
「あいつを倒さないと駄目ってことね。待ってなさいよ……!」
帝王が君臨していた崖を睨みながら、サクヤが静かな怒りを滾らせて呟いた。
「ディアウス・ピター、だっけ。確か、ヴァジュラ種の頂点に位置づけされてる……」
「ああ……リンドウとやり合ったのも、あいつだろうな」
ユウとソーマの交わす言葉を聞きながらミツハは驚愕した。今回戦ったプリティヴィ・マータすら強敵だったというのに、まだ上がいるのか――と目眩がした。
「…………わ、」
「ちょ、ミツハ?」
ぐらりと軽い目眩が起こり、ミツハはその場にへたり込む。コウタが慌ててミツハの傍に駆け寄った。
「なんか、手足がぴりぴりする……」
「ブラストの撃ちすぎじゃない?」
「あんなにブラストに偏って戦ったの初めてだからなぁ……」
苦笑しながら、コウタの手を借りて立ち上がる。たくさん用意していたOアンプルは全て使い切ってしまった。
白い息を吐きながら、ミツハは先ほどまでディアウス・ピターが居た崖を見上げる。月は糸のように細く、オーロラは出ていない。雲が多いので星もあまり見えない暗夜だった。
闇夜に吐き出された息が空気に溶けると同時に、プリティヴィ・マータの死骸も霧散した。