Kuschel   作:小日向

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093 無力

4月1日

 

 第一部隊の前に姿を現した帝王――ディアウス・ピター。

 

 その翌日から行方を追おうと、リンドウと戦った贖罪の街や姿を見せた鎮魂の廃寺周辺を中心に索敵を行っていたのだが、その尻尾は掴めなかった。

 

 そして本日も引き続き追跡をするべく、調査班や偵察班と協力しながら任務に出るはずだったのだが――

 

 

 

「予測どおり、適合率が低下してるねぇ」

 

 本日は4月1日。前回P15偏食因子が『更新』してから30日が経ち、サカキが再び適合率とオラクル活性が低下すると予測していた日だ。

 

 そしてその予測どおり、朝食を食べてすぐ研究室に足を運んで計測してみると、数値は低下していた。

 

「30日周期で決まりですかね?」

 

 計測結果の数値を見ながらミツハが首を傾げると、サカキは頷いた。

 

「そう見てもいいかもね。気になる点があるとすれば、三回ともピッタリ新月の日ということかな。30日周期なら次は5月1日だけど、新月が関わりがあるとするなら……4月30日だね。1日ズレることになるから、次の低下の日がそのどちらだったら周期については確定できるようになるかな」

「わかりました、覚えておきます」

「低下期間に関しては、3日間と見てもいいかな。一回目のときは1日目に大きく低下して、徐々に回復して3日間かけて元の数値に戻っていた。二回目のときはミツハ君が不在だったから計測できていないけれど……低下した日から3日目に戻ってきたから、3日間かけて回復したとも考えられる。3日目にまた計測しにおいで」

「はーい」

 

 ――という会話をサカキとして、ミツハは研究室を後にした。第一部隊のメンバーに任務に出られなくなったことを伝えなければいけない。

 

 とりあえずエントランスへ向かってみると、ちょうどユウとソーマが今日の任務について作戦会議をしているのを見つけた。

 

「ユウ〜、ソーマさ〜ん」

「あ、ミツハ。ちょうど良かった、今日の捜索なんだけど……」

「ごめん、そのことでちょっと話があってね……」

 

 気まずい顔を浮かべながら、ミツハは先ほどサカキに説明されたことをユウとソーマに話す。適合率とオラクル活性が下がったこと。そして3日間は任務に出られないこと。

 

 定期的に数値が下がることは以前説明していたため、ユウは『そういえば』というような顔をしていた。

 

「索敵って人手が多いほうがいいのに、ごめんね……」

「謝らないでよ、ミツハのせいじゃないんだし。偏食因子のことじゃ仕方ないよ」

「……そうだな。お前が欠けたぐらいでそんなに影響は出ねぇから気にすんな」

「それはそれでちょっと悲しいんですけど」

「ソーマ、フォローのつもりが言葉選び間違えてるよ」

「…………」

 

 悲しいことにそれは事実なので、ミツハはばつが悪そうに小さく笑った。

 

 元々今日の予定は、先日のプリティヴィ・マータ戦のときと同じように二チームに分かれての追跡だったのだが、ミツハが欠けたことによりユウとコウタの二人だけになってしまった。

 

 しかしユウが居るのならば、欠けた分も上手くカバーするだろう。ソーマが言うとおり影響はそう出ないはずだ。

 

「だが、人数が減ったならお前のチームは早めに切り上げろ」

「うーん、そうだね。二人しか居ないとコウタの負担も大きいし、そうしようかな。ミツハ、帰投したら情報共有のために来てもらっていい?」

「うん、わかった。頑張ってね」

 

 ユウの言葉に頷き、ミツハは二人を見送った。

 

 突然3日間の休日ができてしまい、予定に悩んでしまう。ユウたちが帰投するのは昼過ぎだろう。それまで何をして時間を潰そうか。

 

――あ、そろそろ運転の講習行こうかな……。

 

 前々からソーマに言われており、なかなか行けずにいたのだが良い機会かもしれない。そして予定日より少し早いが、神機をメンテナンスに出すのもいいだろう。

 

 そう予定を立て、ミツハは講習の申請をするために受付へ向かった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「運転向いてないかも……人轢いちゃうよぉ……」

 

 午前中に運転の講習を受けたのだが、シミュレーターのハンドルでも握るのは緊張した。そしてシミュレーションの中でハンドルを切りすぎて建物に激突した。事故である。

 

 しかし法整備が無いこのご時世。通行人は存在せず、交通ルールも無い。対向車線を気にすることもない。ハンドルを握ってアクセルを踏んでブレーキで止まることさえ覚えれば大丈夫だというので、講習はたったの一回で終わってしまう。

 

――全然大丈夫じゃないよ〜! 免許が欲しいよ〜! 試験させてほしい〜!

 

 車の運転をするには自動車学校に通い、学科や技能の教習を行って仮免許の試験を受け、路上での教習を行ったりなんだりして、ようやく運転できるようになるものではないのか。ゲームセンターのレーシングのような講習だけで運転できるようになると本当に思っているのだろうか。道路交通法が存在しないこの世界にミツハは慄いた。

 

 戦いとは違う疲れ方をして昼食を取り、午後は少し休憩した後に整備区画へ向かった。神機保管庫へ足を運ぶと、ちょうどよく整備士のリッカの姿があった。彼女はミツハの姿に気づくとスパナを片手に手を振った。

 

「どうしたの、ミツハ」

「少し早いけど、神機のメンテお願いしたくって……いいかな?」

「もちろん! ミツハはちゃんとメンテしに来てくれるから助かるよ」

 

 小首を傾げながら問えば、リッカは快活に了承した。神機のメンテナンスの日程は整備班から通知が来るのだが、それを守らない神機使いも多いのが現状だ。

 

 リッカは特殊な手袋をつけてミツハの神機を手に取る。適合していない神機を扱おうとすると捕喰されてしまうが、オラクル規格の特殊な手袋越しでならばそれは防げるのだ。茶色く分厚いグローブは小柄なリッカがつけるとと随分大きく見えた。

 

「うーん、ちょっと銃身が疲れてるね。オラクルを貯める部分が傷んでるから、パーツ交換しとくよ」

「あー、ブラスト撃ちまくったせいかな……。カノンちゃんみたいに撃ってたんだけど、難しいね」

「反動が大きいってことは、それだけ神機に負荷がかかってるからね。ミツハの場合は新型だから、負荷が近接や装甲にも影響が出ちゃうかもしれないの。ブラストだけのカノンとは違うから、あんまり偏った使い方はしないであげてね」

「うっ、気をつけます」

「まぁその辺りの負荷をどこまで減らせるかが私たちの仕事なんだけどね。もっと安定感が増すパーツにするのが良いんだろうけど、そしたら重くなって機動力が欠けちゃうし……」

 

 リッカは神機を見ながらぶつぶつと考え込む。神機の構造などについての知識は生憎とミツハは持ち合わせておらず、下手に口出しをすることもできない。

 

 あとはリッカに任せて自分は部屋に戻っていようか――

 

 ――そう思った時、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 

『緊急連絡! アラガミが装甲壁を突破し、外部居住区に侵入を確認! 速やかにこれを撃退して下さい! 繰り返します――……』

「っ、リッカちゃん、神機を――」

 

 条件反射のように身体が動いたが、リッカの手に収まる自分の神機を見てハッとする。次いでリッカの厳しい目がミツハに向けられた。

 

「サカキ博士から聞いてるよ、適合率が下がってるって。そんな状態で、君を出撃させることはできないよ」

「…………」

 

 適合率が下がっている今、無理に防衛任務に出ても迷惑になるだけだ。もどかしさが湧き上がり、拳を強く握った。

 

 すると、神機保管庫に慌ただしく第二部隊が駆けつけた。

 

「た、タツミさんっ!」

「ミツハ?」

 

 思わずと言った様子で、ミツハは防衛班長に声をかける。

 

「その……私も、同行させてください」

「……駄目だ。お前、今出撃できないんだろ?」

 

 ここに来る前、帰投したユウとコウタから話を聞いていたらしい。「そうですけど」とミツハはかぶりを振った。

 

「でも、避難誘導とか、負傷者の手当てとか! それなら今の私だって、やれます! だから……お願いします!」

 

 神機を受け取るタツミの背中に訴える。元々の所属が防衛班という身だったからだろうか。外部居住区が危険に晒されている時に、自分は安全な所で待っているだけというのは嫌だった。じっとしていられない。警報音が鳴り響いた瞬間から、ミツハはずっと飛び出したい気持ちでいっぱいだった。

 

 ミツハの言葉に、タツミは不敵に笑った。ちらりとカノンのほうを一度見やって、「いいぜ」と頷いた。

 

「ただあまり前に出すぎるなよ。流石にお前を守りながらは戦えないからな」

「あっ、ありがとうございます!」

「……もー、気をつけてね? ……行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます!」

 

 少し困ったような顔をしながら、リッカは防衛班を見送った。神機保管庫を出て、外部居住区へ繋がる扉を開く。

 

 

 ――途端に、世界は変わる。

 

 

 火の手が上がり、悲鳴が聞こえる。アラガミの咆哮が耳を劈く。壁に向かって走り出すタツミたちの背を追った。

 

 今回突破された壁はE区画の防壁だった。既にアラガミは第一防衛ラインを超え、家屋が密集している第二防衛ラインの内側まで侵入していた。

 

 アラガミを掃討しようと神機を握ったタツミたちは駆け出す。一方でミツハは第三防衛ライン付近で止まり、普段は手が塞がっているせいであまり使わない拡声器を手に持った。

 

「第四防衛ラインの避難所へお願いします! 焦らず進んでください! 怪我をされた方はいませんか!?」

 

 周囲を見渡しながら人の流れを作る。怪我をした人には応急処置を施し、歩けないようであればおぶったり肩を貸して避難所まで連れていく。神機が扱えなくても、できることは確かにあるのだ。

 

 今回はアラガミの侵攻が早かったため、第三防衛ラインの避難所ではなく、より内側にある第四防衛ラインの避難所へ誘導しなければならない。しかし避難所へ収容できる人数は限られており、避難所へ向かって走る住民の流れを見ながらミツハは無線機を取り出した。ヒバリへ連絡を入れる。

 

「こちらミツハ! ヒバリちゃん、可搬型シェルターが必要かも!」

『了解です! それと、そちらの誘導が落ち着いたらA区画にもお願いします!』

「A区画?」

『A08ポイントの防壁にアラガミが集まっているんです! 突破まで、もう間もなくです! 現在帰還中の第一部隊にも要請していますので、迅速に住民の方々の避難を!』

「っ、わかった!」

 

 E区画からA区画はちょうど真逆の位置にある。避難警報自体は防壁が突破されてから外部居住区全体に出ているのだが、侵入地点から真逆の位置に住んでいる人々は避難に出遅れる場合も多いのだ。

 

 真逆の位置にあるが、外部居住区というのは円形に広がっている。中央施設を迂回していけば早く着く。

 

 大方住民の避難が終えたことを確認し、ミツハはE区画に背を向ける。A区画に向けて走り出したその時――外側から破壊音が響き、土煙が上がった。

 

 防壁が突破されたのだ。

 

「っ、」

 

 焦りが滲む。戦力は今のところ、E区画から侵入したアラガミの討伐にあてられている。ヒバリは帰投中の第一部隊に応援要請を入れたと言っていたが、辿り着くのは何分後だろうか。

 

 火の手が上がる遠くの――第一防衛ラインの家屋を見ながら、ミツハは被害の無い内側の区画を走り抜ける。

 

――ああ、もう、もどかしい!

 

 普段とは違ってミツハの手に大鎌はない。自由に使える両腕を大きく振りながら走るが、神機を持っている時のほうが早く走れることは明白だった。何故だか、無性に悔しくなった。

 

 腰のベルトに取り付けた拡声器を揺らしながら、B区画の途中で進路を変える。壁の外側へ向かって走りながら避難を促した。突破場所はA08ポイント――B区画寄りの場所だった。アラガミが流れ込んでしまったのならA区画に留まはずがない。

 

 住民に避難を促しながら走り、第三防衛ラインまで到達する。しかし、アラガミは既にここまで到達していた。

 

「タイミング悪いなぁ……!」

 

 目の前で上がる土煙や炎に、ミツハは思わず愚痴が零れる。防壁を突破したアラガミに対してではない、自分自身に対してだ。

 

 侵入したアラガミは小型アラガミの堕天種ばかりだ。小型相手であればミツハ一人でも対応できる。

 

 だが、今日は戦うことすらできやしない。その事実がひどく苛立った。

 

 閃光弾やトラップを使って上手くアラガミを避け、避難誘導をしながら負傷者の手当てをしていく。逃げ遅れた人が居ないか確認しながら回っていると、崩れた家屋の前で蹲っている一人の女性の姿が目に映った。

 

 ――見覚えのある、赤毛の髪をしていた。

 

「――ッ、どうしたんですか!?」

 

 声をかけながら駆け寄る。

 

 振り返った女性は――佐々木トウコ。カズヤの母親だった。

 

「ミツハさん……!」

 

 トウコは涙を流しながらミツハに懇願した。助けてほしい、と。崩れた家屋に目を向けた。

 

 そこには――

 

「――――か、ずや……くん……」

 

 崩れた家屋の下敷きになった、佐々木カズヤの姿があった。

 

 頭から血を流し、赤毛を更に赤く紅く染め上げている。あんなにも明るい笑顔を向けていたカズヤは、今や顔色を真っ青にして震えていた。

 

 途端、指先から急激に冷えていくのを感じた。

 

 あまりにも強烈で残酷な目の前の光景に、ミツハは一瞬真っ白になる。

 

 だが、そんなミツハをハッとさせたのも、目の前のカズヤだった。

 

「……ミツハ、さ……」

 

 うっすらと目を開け、弱々しい声でミツハの名を呼ぶ。冷水を頭からかけられたような気分になり、ミツハは弾かれたように瓦礫に手を伸ばした。

 

「っ、待ってて! いま、今助けるから!」

 

 いくらオラクル活性が下がっているとはいえ、身体能力は神機使いではない一般人に比べて高いはずだ。カズヤの身体を押し潰さんとする瓦礫を押しのけようとするが、その重さにミツハは顔を顰めた。

 

 歯を喰いしばって重い瓦礫を持ち上げる。わずかにできた隙間を見逃すまいと、トウコがカズヤに手を伸ばした。無事にカズヤを瓦礫の下から救出したことを確認し、ミツハは手を離す。ズシン、と重い音が地面を揺らした。持ち上げていた手は血が滲んでいた。

 

 だが、まだ安心はできない。ウエストポーチから包帯とタオルを取り出し、すぐさま止血を行う。

 

 後頭部を打ち付けたのか、大きな傷が開いていた。傷口に押し付けたタオルはみるみるうちに赤く滲んでいく。タオルで圧迫して固定しようと包帯を巻き付ける。

 

 その手は、馬鹿みたいに震えていた。その震えを誤魔化すように、ミツハは気丈に振舞った。

 

「だい、じょうぶ。大丈夫だよカズヤ君。痛かったよね。怖かったよね。もう、もう大丈夫だから。だから、」

 

 だからもう安心して――

 

 その言葉は、アラガミの鳴き声によって掻き消された。

 

 ぞくりとうなじの産毛が逆立つ。振り向けば、オウガテイルの堕天種がミツハたちを見据えていた。捕喰者の目に、獲物の姿が映る。

 

――なんで!

――なんで私は今、神機がないの!

 

 己の内側にあるP15偏食因子を呪いながら、ポーチに入っている閃光弾に手を伸ばす。

 

 それと同時に、オウガテイルが飛びかかり――

 

 

 同時に、巨大なバスターブレードがオウガテイルを両断した。

 

 

「ソーマさん!」

 

 ディアウス・ピターの追跡に出ていた第一部隊が帰って来たのだ。アリサとサクヤが少し離れた所でアラガミを掃討している。これでもうアラガミの侵攻を許すことはないだろう。

 

「お前は早くガキを連れて逃げろ! 死にてぇのか!」

「っ、はい!」

 

 ソーマが声を荒げ、ミツハはカズヤをおぶって慌てて立ち上がる。トウコと一緒に走り出し、避難所を目指した。

 しかし、避難所は既に人でいっぱいだった。先ほどと同じようにヒバリに連絡を入れ、シェルターが搭載された大型トラックと救護班を待つ。

 

 ミツハは膝の上にタオルを敷き、自身の膝を枕にさせてカズヤを寝かせた。

 

「ありがとうございます」

 

 深々とトウコに頭を下げられた。

 

「二度も、カズヤを助けていただいて……本当に、ありがとうございます」

 

 目に涙を浮かべながら、トウコは深い感謝の言葉をミツハに告げる。

 だが、ミツハは曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。

 

 神機を扱えていれば。適合率の低下が今日じゃなければ。

 

 ――P15偏食因子なんかじゃ、なければ。

 

 A区画に侵入したアラガミは小型種だ。一早く駆けつけたミツハが掃討していれば、居住区への被害はもっと少なかっただろう。カズヤが瓦礫の下敷きにされ、大怪我を負うことだってなかったかもしれない。

 

――神機使いなのに、どうして、

――どうして神機が使えないんだろう。

 

 人とは違う、P15偏食因子が恨めしかった。それは前例のない、自分独りしかいない恐怖心からではなく――

 

 肝心な時に戦えない自分への、怒りからだった。

 

「……ごめんね、カズヤ君」

 

 膝の上で眠るカズヤの額を撫でながら、ぽつりと呟く。

 

――私はこの子のヒーローなのに。

――……だったのに。

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