Kuschel   作:小日向

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094 温かな手

4月2日

 

 P15偏食因子は、情報の『更新』をする際に『休眠状態』となり、オラクル活性や適合率が低下してしまう。それに伴い神機との適合率も低下するため、戦闘の危険度が増してしまう。

 

 ――しかし、神機に捕喰されてしまうほど、適合率が下がるわけではない。

 

 

 防壁が破られて丸一日。ソーマたちの加勢やユウとコウタが持ち帰った新種のアラガミのコアにより防壁が強化され、その後の被害は無く無事に防衛任務は幕を下ろした――

 

 ――大きな爪痕を残して。

 

 瓦礫の撤去や倒壊した家屋の修理など、するべきことはまだまだある。第二部隊は任務が終わり次第協力しているそうだ。

 

 ミツハも手伝おうと掛け合ってみたが、「顔色が悪いから休んでいろ」と断られてしまった。鏡を見ると、確かに酷い顔をしていた。

 

――情けないなぁ……。

 

 自室のベッドで横たわり、長く重い溜息を吐く。脳裏によぎるのは、自分を慕ってくれている年下の少年だ。

 

――カズヤ君……。

 

 きちんと応急処置を施して止血をしたのが功を奏したのか、命に別状は無いそうだ。それでも針を縫うほどの大怪我であったのは変わりなく、傷痕が残るのは間違いない。後頭部と打ち付けたとなれば後遺症の心配だってある。

 

 それらを思うと――どうしようもないほど、自分自身への憤りが胸に沸き上がった。

 

 ぐるぐると思考が頭を覆い尽くす。ミツハはのそりとベッドから起き上がった。

 

 オラクル活性と適合率は低下している。普段より身体能力も治癒能力も低下しており、神機との適合率も低い。

 

 だが、ミツハは確かにこの世界に――60年後の世界に居る。

 

 1ヶ月前、完全に偏食因子が無くなって元の世界に帰った時とは違う。神機に捕喰されかけたあの日とは違うのだ。そもそもあの日だって、なんとか神機を扱えていた。

 

――戦えないわけじゃ、ない。

 

 自室を出てエントランスへ向かう。訓練場の使用許可を取り、神機保管庫に足を運んだ。第一部隊の神機は見当たらないため、まだ任務から戻ってきていないのだろう。その空いたスペースの近くには、ミツハの神機が収納されたアタッシュケースが置かれてあった。

 

――仕事早いな、流石リッカちゃん。

 

 『点検済』のシールが貼られたケースを持ち、ミツハは神機保管庫を後にした。

 

 エレベーターを地下へ進ませ、訓練区画で停止させる。第一訓練場の扉を開け、アタッシュケースを開く。柄を握り、神機を接続させた。

 

「……うん、大丈夫」

 

 思わずほっと息を吐いた。普段より確かに重さを感じるが、大鎌はミツハの手に素直に収まってくれている。

 

 くるりと柄を回転させれば、それに合わせて刃が空中で円を描いた。腰を沈め、足を踏ん張らせる。自身を中心にして大きく鎌を振り翳すと刃が伸び、いくつもの禍々しい小さな刃が派生した。ヴァリアントサイズの特徴である、咬刃展開状態だ。

 

――なんだ、できるじゃん!

 

 重さも感じるし、タイミングのズレも多少ある。だが、戦えないほどではなかった。

 

 鈍い痛みに蓋をし、仮想アラガミを出現させる。オウガテイルとザイゴートを複数体、ミツハ一人でも余裕を持って対処できるアラガミである。

 

 大鎌を振り翳し、群れを成すオウガテイルを薙ぎ払う。地上のオウガテイルが怯んだ隙に飛び上がり、大鎌を垂直に振り下ろす。着地と同時に咬刃を展開し――

 

「っ、」

 

 しかし鎌は伸びず、リーチが足りずにオウガテイルはミツハの懐へ入り込む。後方へステップして距離を取ろうとしたが、思いのほか身体が重く、すぐに距離は埋められてしまう。柄の握る箇所を変え、リーチを短くしてオウガテイルに刃を向ける。

 

 だが、こうも距離を詰められると遠距離に適した大鎌はその本領を発揮しない。どうにか距離を作る隙を窺っていると、上空を浮遊するザイゴートが砲弾を放つ。

 

――あ、

――まずい……!

 

 装甲を展開しようとするが間に合わず、ミツハはそれを喰らってしまう。訓練用のシミュレーションであるため貫通性は無く、ただの衝撃で済むのだが打撲のような鈍い痛みは伴う。

 

 閃光弾を投げ、無理矢理に隙を作って距離を取った。息を整えながら、神機をヴァリアントサイズから銃形態のブラストへ変形させる。

 

――先に、ザイゴートから倒そう。

 

 コクーンメイデンやザイゴートは遠距離から飛ばされる砲弾がなかなかに厄介で、中型や大型アラガミとの戦闘中に妨害されることがよくある。討伐任務でも厄介なのだが、防衛任務だと更に厄介なのだ。小型アラガミであろうと、力を持たない民間人からすればその力は無差別に発砲される機関銃のようなものだろう。

 

 ブラストを構え、空中を浮遊するザイゴートに照準を合わせる。反動に負けないよう足の指先に力を入れ、引き金を引いた。

 

「ぅひゃっ!?」

 

 だが、思った以上に反動が大きかった。踏ん張っていた足はいともたやすく反動に負け、後退ってしまう。その際に銃口がブレ、バレットはザイゴートではなく訓練場の壁に傷を作る。

 

 それだけならまだ良かった。次の引き金を引いていないにもかかわらず――神機は自分の意志を持ったかのように、ひとりでにバレットを撃ち始めるではないか。

 

「ま、ま、待って!? ストップ! お、落ち着いて!?」

 

 ドンッ、と神機が勝手に発砲するたびに腕に鈍い衝撃が走る。神機の暴発は、止まらない。

 

 なんとかしようとミツハはブラストからヴァリアントサイズへ変形させようと試みたが、神機は言うことを聞かずオラクルが尽きるまで撃ち続けた。これではどちらが無差別に発砲する機関銃だろうか。

 

 ジンジンと反動による衝撃で手足を痺れさせながら、ミツハは嘆く。

 

「う、嘘だぁ……!」

 

 出現させた仮想アラガミはバレットが命中していたのか動かなくなった。黒い靄となって霧散する仮想アラガミを前に、ミツハは「こんなはずじゃなかった」と項垂れた。

 

――でも、ブラストを使わなければ、なんとかいける……かな?

 

 適合率が下がった状態でブラストを扱うのは暴発の危険が高い。ならば鎌一辺倒で戦えばいいのではないか、とミツハはもう一度オウガテイルを出現させた。

 

――咬刃もなるべく使わないようにして、基本的な動きだけで立ち回ろう。

――装甲はいつもより出が遅いから、攻撃を予想して早めに展開して……。

 

 頭の中で扱いにくい神機との立ち回りを考えながら、オウガテイルと交戦する。一体、また一体と順調に倒していくのだが、ミツハの身体に異変が出始める。

 

――寒い。

 

 冷や汗が止まらず、悪寒がミツハの身体を走り抜けた。

 

 まるで血が逆流しているような感覚。身体の内側が逆立ち、細胞がチグハグになっている錯覚に陥る。神機を握る手が痛く、ミツハは顔を顰めた。

 

 それでも身体に鞭を打ち、最後の一体に大鎌を振り下ろす。

 

「疲れた……」

 

 神機を杖代わりにして、ふらついて頼りない足を支える。肩で大きく息をしていると、不意に訓練場の扉が開いた。

 

「……お前、何してんだよ」

 

 振り向くと、ダスキーモッズのフードを目深に被った男――ソーマの姿があった。

 

「ソーマさん!? な、なんでここに……」

「保管庫に行ったらお前の神機が無かったからな。まさかとは思ったが……何やってんだよ」

 

 言いながら、ソーマは訓練場に足を踏み入れる。咎めるような口調にミツハは居心地が悪くなり、苦笑を浮かべた。

 

「適合率が下がってても、神機が使えないわけじゃないので。上手く戦えるようにしてたほうがいいかなぁって……」

「その顔色でか?」

「そ、そんなに酷いです?」

「真っ青だぞ、お前」

 

 そう言われてしまい、ミツハはもう一度苦笑を浮かべようとしたのだが――

 

 ――ぐらり。

 

 地面が揺れた。

 

 神機はするりとミツハの手からすり抜け、音を立てて固い床に沈んだ。しかしその音はやけに遠くに聞こえ、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうようだった。

 

「っ、おい!」

 

 ソーマの焦った声がぼんやりと聞こえたが、姿は見えない。目を開けているはずなのに、視界は真っ黒で――ようやくミツハは、自分が眩暈を起こしているのだと気づいた。

 

 意識が飛んだのは一瞬だった。気づいたら、温かな体温に包まれていた。

 

「……ぶっ倒れるぐらいならやるんじゃねぇよ」

「…………ごめんなさい」

 

 前のめりに倒れたミツハを、ソーマの腕が抱き抱えた。起き上がろうと足に力を込めたが、未だに続く眩暈のせいで地につけた足は不安定にぐらつく。まだ立てそうにはなかった。

 

「そ、の……大丈夫です。軽い立ちくらみなので……。ちょっと横になれば治ると思うので……ごめんなさい」

「…………」

 

 羞恥と不甲斐なさでミツハは泣きそうだった。ミツハの言葉にソーマは一つ舌打ちを落とし、一度ミツハを抱き起こす。

 

 ゆっくりと優しい手つきで身体を傾けられ、冷たい床に横たわったのだが――頭部だけ、何か温かいものに触れている感触があった。

 

「……あの、」

「……んだよ」

「な、なんでもないです」

 

 言葉は真上から降ってきた。眩暈はだいぶ治まり、ぼんやりと視界が開ける。深いオリーブ色のズボンが真下にあった。

 

――ひ、膝枕だ……!

 

 片膝を立てたソーマは横にしたほうの太腿にミツハを寝かせ、大人しくしていろと言わんばかりに軽く後頭部を叩いた。

 

 悪寒で冷え切っていた身体は少しずつ体温を取り戻し始める。身体の中で酸素が巡り始めるのを感じながら、ミツハは自由が利くようになった手を強く握った。

 

「…………なんで、適合率が下がっちゃうんでしょうね」

 

 苦笑交じりに言ったつもりだったが、存外口から出た声は弱々しく震えていた。一度口を開いてしまえば次から次に零れそうになる弱音を止めるべく、ミツハはきゅっと口を噤んだ。

 

 だが、噤んだものを優しく解いてやるかのように、ソーマの大きな手がミツハの頭を優しく撫ぜる。

 

 その手のひらは、涙が出るほどに温かかった。その温かさの前では、強がりなんていとも簡単に解けてしまうのだ。

 

「……私が、」

 

 噤んだ口が解けたかわりに、強く、爪が食い込むほどに拳を握った。

 

「私が、P15なんかじゃ、なければ……適合率が下がらなければ……! そしたら、アラガミだって倒せて……カズヤ君が、あんな目に遭わなくて、済んだのに……っ」

 

 悔しかった。戦えない自分が。

 恐かった。ひとつの命の灯が、目の前で消えてしまいそうで。

 

 P15偏食因子が恨めしくて堪らない。アラガミから民間人を守ってこその神機使いだ。

 

 それなのに、目の前で民間人が危険に晒されているのにもかかわらず、神機使いのくせに戦えやしない自分。小型アラガミにさえ苦戦してしまい、しまいには眩暈を起こしてソーマに迷惑をかけている自分が情けなくて、不甲斐なくて――

 

「どうして、P15なんだろう……!」

 

 前例のない自然発生。普通とは違う偏食因子。

 ずっと『人とは違う』ことを悩んでいたが、今はそんなこどうでもよかった。

 

 自然発生でもいい。普通と違った偏食因子でもいいから――戦える自分でいたかった。

 『ヒーロー』でいられる自分でいたかった。

 

 そんな弱音を吐露するミツハに、ソーマは――

 

「……適合率が下がってなかったら、お前は普通に第一部隊の任務に出撃してただろうが」

 

 事実を、ただ告げる。

 

「どの道あのガキが瓦礫の下敷きになるのは変わらねぇだろ。それどころか、お前が俺たちの任務に同行してたら発見も遅れて、母親諸共アラガミに喰い殺されていたかもしれねぇ」

「…………」

「防壁の強化に使った新種のアラガミのコアは、人数が減ったから先に帰投させたユウたちが取って来たんだろうが。結果を見りゃ、お前の適合率が下がってたからあのガキは助かったし、防壁の強化も間に合った。それを見落としてんじゃねぇよ」

 

 ――悲しいが、それが事実だ。

 

 防衛任務に同行したのは、ミツハが第一部隊の任務に出撃せずアナグラに残っていたからだ。通常通り任務に同行していたのなら、ミツハは防壁が破られたことを帰投中に知ることになる。

 

 『一早く駆け付けたミツハが掃討していれば、居住区への被害はもっと少なかっただろう』

 ――そう思うのは、目先だけの都合のいい話でしかない。

 

 神機を持てなかったから、ミツハは一早く駆け付けることができたのだ。神機を持っていたのなら、ソーマたちと同じタイミングで防衛任務に加勢することとなる。どの道、居住区の被害拡大は免れないのだ。

 

 それでも。

 

「……そう、ですけどっ……」

 

 それでも、何もできなかった自分に悔しいと思ってしまうのは、傲慢なのだろうか。

 

 どうしようもない事実を突き付けられ、それでも拭えない悔しさに涙が滲む。これ以上醜態を晒したくない思いで、流れ落ちないようにと唇を噛んだ。

 

 その痛みを和らげるように、ソーマの手のひらがミツハの頭を優しく撫でる。さらりと、癖のある黒髪が広がった。

 

「泣きたきゃ泣いとけ」

「…………」

「今更だろ」

 

 穏やかな声で、そう言われた。頭に触れる温かさに、ミツハは強がりが解けたように彼のズボンを濡らした。

 

――ずるい。

 

 悔しさと、込み上げる温かさに、はらはらと涙を落とす。泣きながら、1週間前のアリサとの会話を思い出していた。

 

 ソーマは旧型神機使いだ。ソーマとミツハの間では、新型同士に発生する感応現象は絶対に起こり得ない。

 

 ――それでも、胸の奥に流れ込んでくる温かな気持ちは確かなものだった。

 

 この温かさこそがソーマの優しさなのだと感じながら、ミツハはひとしきり泣き続けた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「……いや、本当、なんかみっともないところばっかり見せてて……ええ……恥ずかしくて死にそうなんですけど……」

「なら無理に訓練なんかするんじゃねぇよ、馬鹿」

「うう……ごめんなさい……」

 

 涙が止まったところで頭も冷静になり、改めて羞恥が込み上がった。眩暈も治まったのでのそりと重い身体を起き上がらせる。

 

――本当、ソーマさんには助けられっぱなしだ……。

 

 自分の不甲斐なさに最早呆れ返ってしまうぐらいなのだが、ひとしきり泣いたせいか気分はすっきりしていた。

 

 少しふらつきながら立ち上がり、床に放置された神機を拾う。流石にこれ以上訓練するつもりもなく、神機をケースに収納すると横から褐色の手が伸びた。

 

「神機は俺が戻してくるから、お前は医務室に行っとけ」

「え! いいですよ、そんな! 医務室に行くほどのことでもないですし、これ以上迷惑かけたくないですし……」

「散々任務だの写真に付き合えと言ってた口がよく言えるな」

「だ、だからこれ以上はって言ってるじゃないですか!」

「それこそ今更だろうが」

 

 そう言ってソーマは神機ケースを持って扉へ向かったしまった。手持ち無沙汰になったミツハは仕方なくソーマの背を追う。訓練場を出て、エレベーターに続く廊下を並んで歩いた。

 

「適合率が下がってる時に神機を握るなんざ馬鹿な真似、もうすんなよ」

「…………」

「……おい」

「うっ……だってぇ……」

 

 ソーマの言葉にミツハは目を泳がせる。低下中に訓練をするなと言われても、ミツハは約束できなかった。

 

「出撃できないって、やっぱり不便じゃないですか……。適合率が下がってても戦えるようになれたら、それに越したことないですし」

「……お前は『辛うじて戦える』、そんな状態で接触禁忌種を相手する気あんのか」

「えっ、それは流石に……無理ですけど……」

 

 接触禁忌種など、通常の適合率であってもあまり相手にしたくないアラガミだ。そのアラガミを適合率が下がった状態で戦うなど、自殺行為もいいところだろう。

 

 そう答えたミツハに、ソーマは言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「なら、明日は大人しくしていろよ」

「…………」

 

 含みのあるソーマの言い方に、ミツハは思わず足を止めた。

 

――接触禁忌種?

 

 その単語に、ミツハは二体のアラガミの姿を思い浮かべる。

 

 一体は先日戦った氷の女王、プリティヴィ・マータ。

 

 もう一体は――

 

「……ディアウス・ピターの行方、わかったんですか?」

 

 プリティヴィ・マータの群れを倒した翌日から、ずっとその足取りを探っていた漆黒の巨獣。

 

 ミツハの問いかけに、ソーマも足を止める。そして、頷いた。

 

「ああ……明日、決着をつけてくる」

「……そう、ですか」

 

 リンドウの仇討ちに、ミツハは同行できない。残念に思うよりも、あの帝王と相見えずに済んだことにほっとする自分がいた。

 

「なんか、変な言い方ですけど……同行できなくて正解だなって思います」

 

 プリティヴィ・マータを相手する時だって、本当に無事に戦えるのか不安が大きかった。その後、初めて帝王の姿を見た時は――恐怖で足が竦んだ。そんな自分がディアウス・ピターと戦えるとは、思えなかった。

 

 そうか、ソーマが相槌を打つ。咎める様子はなく、むしろ同意するような声色だった。ミツハには荷が重い相手だと、きっとミツハ以上にソーマはわかっているはずだ。

 

「お前は大人しくアナグラで待ってろよ」

「……待ってます」

 

 ソーマの言葉に、ミツハは強く頷く。祈るような眼差しで、ソーマを見つめた。

 

「絶対、生きて帰って来てくださいね……待ってますから」

「……ああ」

 

 そして同じくソーマも強く頷いた。

 

 決戦前夜の誓いのような、そんな約束を二人は交わした。

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