Kuschel   作:小日向

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096 変わりゆく前兆

4月5日

 

「大型種二匹……!? しかもどっちとも堕天種……!?」

 

 巨大な竜巻が常に発生している何も無い平原。潔いほどに壁も遮蔽物も何もなく、見通しの良い平原は本日討伐対象のアラガミがよく見える。

 

 ボルグ・カムラン堕天種とサリエル堕天種が本日の討伐対象だ。氷属性のバレットを装填し、ミツハは嘆きながらブラストを構えた。

 

 前衛はユウとアリサ。後衛はミツハとコウタだ。毎度ながら新兵四人に任せる任務内容なのかと疑問に思うが、ユウが居るのだから大丈夫だろうという安心感がある。

 

 俊敏な動きで攻撃を与えていく前衛二人に注意しながら、ブラストを撃つ。ひとりでに撃ち続けるということもない。適合率は通常値だ。

 

「ま、サクヤさんが元気になるまで俺たちだけで頑張ろー、ぜっ!」

 

 コウタが上空を浮遊するサリエルに向かって連射を放ち、撃ち落とす。その隙を見逃さずにユウがロングブレードで斬りつける。サルエル種は宙に浮いているため、近接武器は刃が届きにくい。こうして遠距離型の神機使いと協力することが討伐の要になる。

 

 そうした後衛支援はサクヤが群を抜いているが、本日は休みを申請していた。咎める者など第一部隊の中に居るはずがない。

 

 「そうだね」とミツハはコウタの言葉に頷き、大きく息を吸う。サリエルの鮮やかに広がるスカートのような部位に狙いを定め、溜め込んだオラクルを放出させた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 任務終わり、アナグラに帰投してユウと一緒にサカキ博士の研究室に足を運ぶ。シオのおやつとしてサリエルの部位の一部をこっそり持ってきたのだ。

 

「博士、シオのおやつ持ってきましたよ」

「おや、ありがとう。でも残念ながらシオはお昼寝中だよ」

「あれっ、またですか。最近よく寝てますよね」

 

 小さな保冷パックをサカキに渡すユウの横で、ミツハは静かにシオの部屋を覗いてみる。やはり先日と同じようにベッドで横になっていた。ここのところ、シオは眠ってばかりだ。

 

 「そうなんだよねぇ」とサカキが困ったように肩を竦める。保冷パックの中身を冷蔵庫に移しながら、サカキは神妙な声で話を続けた。

 

「リンドウ君の腕輪が見つかった頃から、どうもシオの様子が少し……気になるんだよ」

「気になる?」

「今日みたいに眠っていることが多かったり、起きていてもぼーっとしていたりね」

 

 そう告げたサカキの言葉どおり、元気溌剌としたシオはここ数日見ていない。話しかけても上の空といった感じだった。

 

 何かあったのだろうかとミツハは首を傾げるが、生憎と思いつくことは何もない。早く元気になってほしいと願いながら、ユウと一緒に研究室を出た。

 

「リンドウさんの腕輪が見つかった頃からかぁ……」

 

 エレベーターへと続く廊下を歩きながら、ユウはぽつりと呟く。何やら考え込んでいる様子だった。

 

「もしかしてユウ、何か心当たりでもあるの?」

「心当たり……というか、ええと、なんというか……」

 

 言いにくい事情でもあるのか、目線は泳いでいる。独り言のようなそれに思わず問いかけてしまったが、深く追求しないほうが良かったかもしれない。

 

 話を変えようと頭の中で話題を探し始めたが、泳いでいた目線がミツハに向けられたので話題探しは中断した。ユウはミツハだけに聞こえるよう、ひっそりと隠れるように話をする。

 

「ソーマがね、リンドウさんの腕輪が見つかった時、不思議な感覚がしたって言っててさ」

「不思議な感覚?」

「物事が確定したような、取り返しがつかないような、そんな感覚。……僕も、そう思うんだ」

 

 ミツハはリンドウの腕輪が見つかった瞬間、その場に居なかった。ディアウス・ピターがどれほど強敵で、腕輪を取り出した瞬間、どんな思いだったのかミツハは知らない。

 

 だからユウの言う『取り返しがつかない』ような感覚がどんな感覚なのかわからないが――

 

「……でも、二人がそう言うんなら、きっとそうなんだろうね」

 

 リンドウの腕輪が発見されたことによって、彼の死が確定した。だがそれは表面的な事実なだけであり、それだけではないのかもしれない。

 

 いったいどんな事実が隠されているのかミツハには考えつかないが、少なくともユウの表情を見れば良くないことだというのは明らかだ。

 

 エレベーターに乗り、居住区へ移動する。ユウの部屋があるベテラン区画に着くと、エレベーター前の休憩スペースにサクヤの姿があった。

 

「あ、サクヤさん」

「お疲れさまです、体調は大丈夫ですか?」

 

 黒髪のショートボブに前掛けのような薄い布で豊満な胸を隠し、アシンメトリーなパレオから伸びるすらりとした脚が魅力的な女性――橘サクヤだ。

 

 ミツハもエレベーターを降り、声をかける。その表情は浮かない顔をしており、ユウの言葉にサクヤは薄く笑みを浮かばせた。

 

「ごめんね、今日休んじゃって」

「いえ、気にしないでください。任務のことなら僕たちに任せて、サクヤさんはゆっくり休んでてくださいね」

「あら。流石リーダー、頼りになるわね。……じゃあちょっとだけ甘えちゃおうかしら。なんてね」

 

 ふふっと笑って見せるが、空元気だというのは見て取れる。だが本人が気丈に振る舞っている手前、過剰に心配するのも変だろう。「任せてください」とユウは笑った。

 

 ユウと別れ、ミツハも部屋に帰ろうと再びエレベーターに乗り込もうとしたが、話をしているうちに地上のほうまで行ってしまったらしい。戻ってくるまで数分はかかりそうだ。

 

「ミツハもすっかり第一部隊に馴染んだわね」

 

 エレベーターを待っていると、ベンチに座るサクヤがミツハを見上げて笑った。

 

「そうですか? でも第一部隊の任務って大型が多くて怖すぎますよー」

「でもなんとかやっていけてるんでしょ?」

「他のみんなが優秀ですから〜……」

 

 大型と直接相対するより、周りの小型駆除やリンクバーストを撃つほうが討伐に貢献できている気がする。それに先週のバレット勉強会により、回復弾の扱い方も学んだので実践中だ。サポートとして立ち回るほうが性に合うのかもしれない。

 

「そうだ、ミツハ。このあと、ちょっと時間もらっていいかしら?」

「え? はい。大丈夫ですけど、どうしました?」

 

 突然誘いを受けてミツハが首を傾げると、サクヤはベンチから立ち上がる。そしてお茶目にウインクをして見せた。

 

「ちょっとお茶淹れるから、お話しない? ミツハと二人きりで話をすることって、あんまりなかったものね」

 

 

 

   ◇

 

 

 

「お邪魔しま〜す」

「散らかっててごめんね〜。お茶淹れてくるから、適当に座ってて」

 

 ベテラン区画にあるサクヤの自室には初めて入る。少し緊張しながらソファに腰掛け、茶を用意するサクヤを待つ。

 

 散らかっていると言うが彼女の部屋は綺麗に片付けられており、料理を嗜んでいるのか棚の上にはトマトなどの食材もまとめられていた。

 

 そして同じ棚の上には、写真立てが置かれてある。

 

――サクヤさんツバキさんと……リンドウさん。

 

 三人は同郷らしく、幼い頃からの付き合いらしい。なんとなくずっと見るのも憚られ、目線を逸らすとちょうどサクヤが茶を淹れ終わったらしい。ティーカップを両手に持ち、テーブルまで持ってきた。

 

「お待たせ」

「ありがございます」

「砂糖とミルクはどうする?」

「あ、どっちもお願いします!」

 

 飴色の紅茶に砂糖とミルクを入れ、くるくるとティースプーンでかき混ぜる。甘党なミツハはストレートで飲むよりミルクティーとして飲むほうが好きだ。こういうところが子供っぽいのかもしれないと自分でも思うが。

 

 サクヤは何も入れずに、ストレートのまま一口飲んだ。

 

「最近ソーマとはどう?」

「そっ、ソーマさんとですか!?」

 

 まさかソーマとのことを聞かれるとは思いもよらず、先日のことを思い浮かべてミツハの頬が赤くなった。そんな様子のミツハにサクヤはあらあらと笑う。

 

「この前アリサと女子会したんでしょう? 女子会といえば恋バナじゃない。その真似っこよ」

「そ、そうですけど……相変わらずです、多分」

 

 膝枕をされたりしたりの仲が相変わらずなのか進展しているのかわからないが、ソーマの鈍い様子は相変わらずだ。

 

 そっか、とサクヤが目を細め、飴色の紅茶に視線を落とした。

 

「ソーマにはミツハがついてるから、安心ね」

「安心って……」

「ソーマのこと、よろしくね」

 

 柔らかくサクヤが笑う。表情は普段どおりの穏やかなものだが、どこか強い意志のようなものを感じた。

 

――物事が確定したような、取り返しがつかないような感覚……か。

 

 先ほど、廊下でユウが話していたこと。そう感じたのはサクヤも同じなのかもしれない。

 

「ソーマもさ、リンドウみたいにひとりで色々背負おうとするところ、あるじゃない。だから、ちゃんと見といてあげてね? ……なんて、ミツハには今更か」

 

 語りかけるように言葉を紡ぐ。彼女の声色には、どこか自戒の念が込められているような気がした。

 

「……サクヤさんも、ソーマさんと結構付き合いは長いんでしたっけ」

「ええ。初めて会ったのはソーマが初陣から帰って来た時だったかな。私、その頃はオペレーターしてたのよ」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 初めて知ったサクヤの過去にミツハは驚きの声を上げる。

 

 ヒバリのようにオペレーターの制服に身を包んだ彼女を想像してみるが、普段の露出の多いサクヤを見慣れているせいかなかなか想像つかない。しかしオペレーターをしている姿は想像に容易かった。サクヤのオペレーションも射撃の腕のようにきっと的確なのだろう。

 

「そうなの。元々神機使いの候補者だったんだけど、適正神機が見つかるまでオペレーターをしてたのよ。あの頃は早く神機使いになりたくて仕方なかったわ」

「そうだったんですね。なんか、神機使いになりたい人って意外に多いですよね。私の知り合いの子も神機使いになりたいーって言ってますし……」

 

 危険な職場だというのに不思議で仕方ないが、外部居住区の子供は特に神機使いに憧れる者が多い。ミツハの言葉に「そりゃあね」とサクヤは苦笑する。

 

「アラガミからみんなを守ってあげようって意気込む子が多いもの。それに……私の場合は、リンドウの帰りをただ待つばかりで嫌だったもの」

「……サクヤさん」

「置いて行かれるのは……嫌だったのにな……」

 

 力無くサクヤが呟き、顔を隠すように紅茶を一口飲む。

 

 普段、大人のお姉さんとして部隊をサポートするサクヤが弱音を吐くことは珍しかったが、ミツハの脳裏には普段の彼女らしくないサクヤの姿が浮かんだ。

 

 再びこの世界にタイムスリップした日、ユウと起こした感応現象で浮かんだ白昼夢のような景色の一部だ。

 

 リンドウが教会に取り残され、悲痛な声で訴えるサクヤの姿を思い出し――ばつが悪そうに目を伏せた。感応現象が起きなければミツハは知る由もなかったサクヤの姿だ。

 

 しんみりしたと空気が流れる。窓の無い部屋は話したり音楽をかけなければ完全の無音で、ティーカップをソーサーに置く音がやけに響いた。

 

 その空気を破る一声をミツハが発する。

 

「あの、サクヤさんっ! 昔のソーマさんがどんな感じだったとか、よかったら教えてくれませんか? 確か、背はまだ小さかったんですよね?」

 

 明るい声を務めてにへらとミツハが笑う。場違いのように思えるその声色に、サクヤはふふっと微笑んだ。

 

「そうねぇ、気になるわよね。特にあの子、自分から絶対話さないだろうし」

「自分のことを色々話すソーマさんって想像つきませんしね〜」

「背はねー、ミツハよりちょっと大きいくらいだったかな? その頃はツバキさんが第一部隊の隊長をしててね。写真もツバキさんが持ってるんじゃないかな」

「え〜! 今度見せてもらおう……」

 

 思わぬ情報に胸がときめく。6年前、ソーマが12歳の頃の写真。ミツハが少し大きいピカピカのセーラー服を着ていた頃、ソーマはアラガミと戦い始めたのだ。自分とソーマとの差を思うと、何とも言えない気持ちになる。

 

「会ったばかりの頃のソーマは、ちょっと世間知らずなところがあってね。多分あんまり外に出る機会もなかったんだろうし、ある意味箱入り息子って感じだったかな」

「あー……確かに。ソーマさん食べ方とかすっごく綺麗ですもんね」

「……お父様が支部長だものね。色々教わったんでしょうね」

 

 ソーマの父――ヨハネス。あの冷たい氷の瞳を思い出してしまい、ミツハは唇をキュッと結んだ。彼のことを口にしたサクヤも少し暗い顔をしていた。何故だろう――そう疑問にすら思う前に、サクヤが言葉を続ける。

 

「身長が伸び始めたのは、13歳から14歳ぐらいの時だったかなぁ。いつの間にか抜かされちゃってて、男の子の成長の早さにびっくりしちゃったな。……そうそう、その頃のソーマはツバキさんや私をちょっと避けててね。リンドウに思春期でも来たのかーってからかわれてたなぁ」

 

 当時の事を思い出したのか、サクヤはふふ、と小さく笑う。ソーマにもそんな時期があったのかと想像しては微笑ましくなった。事情があったとはいえ抱きしめられたり膝枕をされたりしたせいか、ソーマが異性を意識するイメージがあまりなかったせいだ。

 

「それからは……第一部隊でずっと戦って、色んな人の死を見てきて……ミツハも知ってる、今のソーマになったの」

 

 サクヤの声が憂いを帯びたものになる。

 

 第一部隊は数ある極東支部の部隊の中でも精鋭部隊で、それ故に与えられる任務は危険なものが多い。それはミツハも身を持って知っている。

 

 そこで6年間、ソーマはずっと戦ってきたのだ。

 

 人の死を多く見届け、死神と呼ばれるようになり――身も心も研ぎ澄まされた、鋭利なナイフのような男になった。

 

 訓練場で見た彼の背中を思い出す。ああして人知れずやり切れぬ思いをひとり抱え込んでいたのは、いつからなのだろう。――きっと、6年前からずっとなのだろう。

 

「……ほんと、全然世界が違うんだなぁ……」

 

 呆けたようにミツハがぽつり、呟く。

 そうね、とサクヤが頷いた。

 

「ミツハの世界……60年前の極東って、凄く平和だったのよね。写真見て驚いたもの」

「そう……ですね。平和だったし、私は事故や事件に遭うこともなくて、何事もなく生きてきました。……本当、悲劇の一つや二つも何もないまま……過ごしてたんだなって……」

「ミツハはそれでいいのよ」

 

 ほんの少し、この過酷な世界で生きる人に対して後ろめたさを感じそうになるほど平和に生きていたミツハに、サクヤは優しく微笑みかけた。

 

「そんなミツハだから、ソーマも息がしやすいんじゃないかな」

「そう……でしょうか」

「そうよ。だから……」

 

 言いかけたサクヤは一度口を閉じ、ティーカップに入っていた紅茶を一気に飲み干した。

 

 空になったカップをソーサーと一緒に持ち、ソファから腰を上げる。

 

「ソーマのこと、よろしくね」

 

 先ほども言ったことを繰り返し、静かに笑った。妙に圧倒されるものがあった。そんなサクヤにミツハは言葉が出ず、静かに頷いた。

 

 ――この時点で、既に事は決まっていたのだと、ミツハは後になって思い知る。

 

 事実、翌日にシオが行方不明になり――

 

 その夜に、サクヤの行方もわからなくなった。

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