Kuschel   作:小日向

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097 抗いようのない運命

4月6日

 

 シオが行方不明になった。

 

 サカキの依頼でユウ、サクヤ、アリサと共に愚者の空母でシオの食事に出掛けた先でシオが海へ飛び込み、そのまま行方がわからないそうだ。

 

「その時のシオちゃん、なんだか様子が可笑しくて。全身に紋様みたいなのが浮かんでて……エイジス島を見ながら、誰かがタベタイって呼んでるって言って、そのまま……」

「海に飛び込んだ、と……。シオ、どうしちゃったんだろう……」

 

 夜にアリサの部屋で話を聞きながら、ミツハは先日から様子の可笑しかったシオを思い出す。

 

 そもそもサカキはシオの様子が可笑しいことに気づいていたというのに、どうして外出させたのだろうか。シオの食事ならば、先日もミツハたちがおやつとしてアラガミの一部をサカキに渡していた。ソーマも特務の合間に集めていると話していたので、食事に困るようなことはないはずなのだが。

 

「……オペレーターのみなさんが話しているのを小耳に挟んだんですけど、エイジス近郊の海域で特殊な偏食場が観測されているそうなんです。多分、シオちゃんのことだと思います」

「それは……結構マズい状況だね……」

「シオちゃんが支部長に見つかっちゃったら……なんて、考えたくないですね」

 

 重々しくアリサが言う。当然、支部長のヨハネスにもこのことは伝わっているだろう。おそらく明日にでもユウやソーマに特務が言い渡されるに違いない。

 

 ヨハネスの目を上手く掻い潜れるのか不安になるが、上手くやってくれると信じるしかない。特務となってしまったら、他の第一部隊の人間は一切手出しできないのだ。

 

――エイジス島に何があるんだろう。

 

 シオはエイジス島を見つめ、海中に姿を消したそうだ。エイジス島といえば、最高機密のベールに覆われたヨハネスの御膝元だ。そのヨハネスは特異点探しに躍起になっている。

 

 この一致が偶然だとはミツハには思えなかった。

 

 同じ新人区画にある自室に戻り、ベッドに横たわる。天井を見つめながら、ぼんやりと先日のユウとした会話を思い出した。

 

 やはり何か、物事が確定したのだろうか。取り返しのつかないような何かが。

 

――何かって、なんだろう。

――運命……とか?

 

 取り返しのつかない、運命。

 特異点としての――運命が。

 

 ミツハの意思や行動に関係無く、突如として発生してしまったオラクル細胞のように。タイムスリップしてしまった、抗うことのできない運命のように。

 

 特異点として生まれたシオにも、何か抗えない運命があるのだろうか。そしてそれが確定してしまったのだろうか。

 

 それが――『人類最後の希望』と謳われるエイジスに関係があるのだろうか。

 

 ベッドの上で悶々としてしまうが、答えを教えてくれる者は誰も居ない。不安を抱きながら眠りについた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

4月7日

 

 翌日、予想どおりユウとソーマは特務を言い渡されたらしい。本日第一部隊に下された鉄塔の森での討伐任務のアサインメンバーに、ユウとソーマの名前は無かった。

 

 鉄塔の森まではヘリを使って行く。屋上のヘリポートはユウたちが使用するらしく、ミツハたちは出撃ゲートから進んだ先にある第一発着場での集合となった。ミツハが着いた時には既にアリサの姿があり、少し遅れてからコウタがやってきた。

 

「サクヤさん、遅いね」

 

 本日の討伐任務にはサクヤもアサインされていたのだが、集合時刻を過ぎてもその姿は現れなかった。

 

「まだ体調悪いのかな」

 

 コウタが心配そうに呟くが、ミツハは妙な胸騒ぎがしていた。先日の何かを決意したようなサクヤの顔を思い浮かべる。

 

「……私、様子見てくるね」

 

 そう言ってヘリポートを後にし、ベテラン区画にあるサクヤの自室へ向かった。インターホンを何度か押してみるも、返事が無い。オペレーターのヒバリなら何か知っているかもしれないとエントランスへ向かう途中、声をかけられた。

 

「あれっ、ミツハ。出撃したんじゃなかったの?」

 

 タンクトップと赤いゴーグルが特徴的な少女――整備士の楠リッカだ。

 

「サクヤさんが来なくって。部屋に行ったんだけど居ないみたいだし……リッカちゃん、何か知らない?」

 

 首を傾げてリッカに尋ねてみる。すると彼女はハッとしたように目を見張り、どこか気まずそうに目を伏せた。

 

「……急用があるって言って、どこかに行ったみたいだよ」

「……そっか」

「その……しばらくは戻らないと思うな」

 

 何かを隠しているのは明らかだったが、おそらく口止めされているのだろう。それに驚きはしたが、『やっぱり』とどこか腑に落ちる部分もあった。

 

 先日の時点で、既に事は決まっていたのだ。あの時のサクヤは、そういう顔だった。

 

 ヘリポートへ戻り、アリサとコウタにサクヤのことを説明して三人だけで出撃する。キャビンの中で、アリサはずっと何かを考え込んでいる様子だった。

 

 

 

 鉄塔の森での任務内容はシユウとその堕天種、そしてボルグ・カムラン堕天種の計三体の討伐だ。三人しか居ない上にシオに続いてサクヤも居なくなってしまったことへの不安からか、戦闘は泥沼と化してアナグラへ帰還する頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。

 

 疲労困憊の中帰投報告をすると、ヒバリから研究室へ行くよう指示される。

 

 ――シオのことだと察したミツハたちは急いで研究室へ向かった。

 

「博士! シオ、見つかったんですか!?」

 

 研究室へ駆け込む。モニターに囲まれたいつもの椅子にサカキは座っており、室内にはソーマが居た。ユウの姿は見えないが、おそらく報告に行っているのだろう。

 

 ミツハの問いにサカキはこくりと頷いた。

 

「ソーマたちが見つけてくれてね。今は落ち着いて部屋で眠っているよ」

「良かったぁ……」

「とりあえず……シオちゃんは無事に見つかって安心ですね」

「そうだなー……」

 

 三人はほっと胸を撫で下ろして息を吐いた。

 

 しかし無事に見つかったとはいえ、状況はあまり芳しくないようだ。サカキはいつになく難しい顔をしてモニターと向き合っており、ソファに座るソーマはずっと俯いたままだ。

 

「……シオを見つけた時、何かありました?」

 

 ソーマの隣に座り、顔を覗く。存外、酷い顔をしていた。揺れる蒼い瞳を誤魔化すように、ソーマは目を伏せながら頷いた。

 

「……少し、いいか。話がある」

「……わかりました」

 

 ソーマから言い出すのは珍しい。ソファから腰を上げて研究室から出た彼の後を追い、研究区画の中でもあまり使われていないフロアへ出る。

 

 人気の無い廊下は嫌に静かで、壁に背をついたソーマが掠れた声で話を切り出した。

 

「今のあいつは、エイジスに引かれているらしい」

「……やっぱり、エイジスに何かあるんでしょうか。あそこ、支部長に許可された人しか入れませんし……」

 

 エイジス島には防衛班に所属していた時に何度か立ち寄ったことがある。だがそれはエイジス島の外周にあるアラガミ装甲壁に近づくアラガミの掃討のためであり、壁の中には一度も入ったことがない。

 

 故にエイジス内部がどのようになっているのか、エイジス島の防衛担当である第三部隊ですら知る者は居ないのだ。

 

「何かあるのは間違いないだろうな。……シオは何かに呼ばれていると言っていた。エイジスにはシオを呼ぶ『何か』がある」

「……支部長が特異点を探してるのも、その『何か』のためなんでしょうか……」

「おそらくな」

 

 苦い顔をしてソーマが頷く。エイジスに何かがあるのは確かだ。だが、それが何なのかまではわからない。あと一歩、核心に届かない。

 

 沈黙が落ちる。重苦しい空気の中、ミツハは記憶を遡る。

 

 ヨハネスが話していた、あの思い出したくもない記憶。

 

「……あの日」

 

 ぽつりと、沈黙に声が落とされる。少しばかり震えた声だった。

 

「その……支部長室に、呼ばれた時……人類の未来のためって、言われたんです。人類の未来の為に、その身を捧げるために……私はこの世界に来たんだって。それが、私がタイムスリップした意味なんだって……」

 

 睡眠薬のせいで朦朧とする意識の中。涙で滲んだ視界の中。氷の瞳をした科学者はそう言っていた。そう言われた。思い出しただけで声が、手が震えた。

 

「おい」

 

 そんなミツハに、無理をするなとでも言いたげにソーマが震える手を添えるように握る。その温かさに震えは止まった。

 

 妙に乾いた喉を潤すように唾を飲み込み、一息吐いて話を続ける。

 

「……支部長が思う『特異点』の意味がこういうことなら、エイジスに特異点を捧げる『何か』があるんじゃないでしょうか。それが、支部長の言う人類の未来のため……だったり」

 

 特異点を捧げることで、どうして人類の未来のためになるのかはわからない。そもそも特異点というのは世界を滅ぼすアラガミと言われている。その『何か』というのが特異点を破壊するものなのかもしれないが、そうだとするとヨハネスがミツハの偏食因子を使って人工的に特異点を作ろうとする意味がわからなくなる。わざわざ作ろうとするぐらいに、ヨハネスにとって特異点は必要なものだということだ。

 

 考えれば考えるほど謎が深まる。エイジスも、ヨハネスの思想も、特異点も。全て断片的な情報ばかりで、考えることはできても答えに行き着くことは叶わない。

 

 それがなんだか、もどかしい。

 

「……人類の未来、か」

 

 吐き出すようにソーマが呟く。触れるだけだった手を、強く握られた。

 

「例えそうだとしても……俺はあの野郎に差し出すつもりは毛頭ない。お前も、シオも。特異点がなんだって言うんだ」

 

 強い意志が込められた言葉だった。その言葉にミツハも強く頷く。

 

 ――特異点だの、化け物だの、なんだろうが関係無い。

 

 シオはシオだ――そうなんの迷いもなく、琥珀色の瞳をキラキラさせて言っていた。

 

「それが特異点の運命なんて……そんなの絶対、認めたくないですもん」

 

 ミツハがタイムスリップした意味のように。シオが特異点として生まれた意味も、そんな悲しい理由であってほしくない。

 

 ――あってほしく、ないのだ。

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