Kuschel   作:小日向

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098 方舟

 その日の夜遅く、ユウから電話があった。内容は『今から部屋に来てほしい』との旨だった。

 

 こんな時間に珍しい。何かあったのだろうかと疑問に思いながら、ミツハはユウの部屋があるベテラン区画へ向かう。エレベーター前へ行くと、コウタがエレベーターの到着を欠伸をしながら待っていた。

 

「あれ、もしかしてコウタもユウに呼ばれた感じ?」

「うん。何かあったのかな」

「……なんか嫌な予感がするんだよね〜」

「ミツハも? 実は、俺も。シオの様子は変だし、サクヤさんもどっか行っちゃうし。俺、嫌な事が二つ重なるとすげぇテンション下がるんだよなー……」

 

 エレベーターが到着する。乗り込みながら、コウタは苦い顔をした。

 

「二度ある事は三度ある……ってことにならなきゃいいな」

「……そうだね」

 

 ユウの部屋に入り、コウタと並んでソファに座る。何かあったのか聞いてみたが、「みんなが揃ってから話をするね」と言われてしまった。

 

 みんな――つまり第一部隊全員呼んでいるらしい。その言葉どおり、しばらくするとソーマがやって来た。

 

 しかし行方不明中のサクヤはともかく、アリサの姿がいつまで経っても見えない。

 

「こんな時間になんの用だ」

 

 部屋の奥の壁に背を預けたソーマがユウに尋ねる。ユウはなんとも言えない神妙な面持ちで、ノルンのターミナルに向き直った。

 

 彼がターミナルを操作をすると、画面にはサクヤとアリサの姿が映った。

 

「サクヤさん、全員揃いました……」

『夜中に呼び出してごめんなさい。あなたたちには、話さないわけにはいかないと思って……』

 

 どこかでビデオチャットをかけてきているらしいサクヤは、どうにも沈んだ様子をしている。隣に映るアリサも同様だ。どうして行方不明になっていたサクヤと一緒に居るのか。それも不思議だったが、とにもかくにもサクヤの話に耳を傾ける。

 

『……今から言うことを、心して聞いて。どうしてリンドウが死んだのか、エイジスで何が行われているのかわかったわ』

 

 リンドウ――そしてエイジス。サクヤの言葉に、空気が重苦しいものへと一変する。

 

 二度ある事は三度ある。先ほど、エレベーター内でコウタと交わした言葉を思い出した。

 

『私は前からリンドウが遺したディスクの解析を試みていたの。リンドウの腕輪を取り戻して、認証のロックがかかっていたデータを見ることができたわ。……ユウ、あなたも見たでしょ』

「……アーク計画、でしたっけ。サクヤさん、もしかしてエイジス島に……?」

『ええ……。プログラム実行ファイルがあったじゃない。それ、エイジスの警備システムをダウンさせるプログラムだったのよ。そのプログラムを利用してエイジス島に潜入したの』

「アーク計画……ですか?」

 

 聞いたこともない単語に耳を傾げる。単にこの世界のことに疎いミツハが知らないだけなのかとも思ったが、隣に座るコウタも知らないようだ。

 

 話だけだと長くなるから、とサクヤはユウのターミナルにデータを送る。ユウはそれらを印刷し、テーブルの上に置いた。

 

 その書面を見てミツハは首を傾げる。

 

「レポートと、何かの名簿?」

「リンドウさんが遺したデータにあったものだよ。リンドウさん、本部からの命令でエイジス計画について調べていたみたいなんだ」

 

 つまり、これはフェンリル本部への報告書なのだろう。事の大きさに尻込みつつも、ミツハはレポートを手に取って読み上げてみる。

 

 ――内容は、このようなものだった。エイジス計画を隠れ蓑として、『アーク計画』という別の計画を進めているらしい。このアーク計画は『真の人類救済のためのプラン』とされているようだが、詳細は不明とのこと――

 

『そのアーク計画がどういうものなのか……エイジスに忍び込んでみたら、支部長が全て教えてくれたわ。……終末捕喰を起こして一度地球上の生命をリセットし、その新しい世界に人類を残すための方舟。それが、アーク計画よ』

「……終末捕喰を防ぐんじゃなくて……起こすんですか」

 

 どうして支部長が特異点を探しているのか、どうしてミツハの偏食因子を使ってまでわざわざ作り出そうとしたのか――ようやく合点がいった。

 

 終末捕喰を起こすには、特異点は必要不可欠な鍵だ。

 

 終末捕喰が起きれば地球は完全な破壊と再生を迎え、全ての種が一度完全に滅び生命の歴史が再構築される。地球の歴史上で何度か起こった、大量絶滅と同じ生命の再分配システムだと言う。

 

 ノアの方舟みたいだ――そんなことをミツハは思った。

 

 大洪水を方舟に乗って逃れる。だが、方舟に乗ることができるのはノアとノアの家族、そしてあらゆる動物の雌雄一匹ずつだ。方舟に乗らなかった全ての人、動物は洪水に呑まれて絶滅した。水が引いた後ノアと動物たちは方舟から降り、今の生き物の先祖となった――

 

 旧約聖書の創世記を、アーク計画はなぞろうとしている。

 

 ヨハネスはリンドウの探りを察知し、洗脳したアリサにリンドウを暗殺させようとした。接触禁忌種の群れが現れることを、ヨハネスは知っていたのだろう。全てはヨハネスの手のひらの上だったのだ。

 

「確かか、それは……」

 

 ソーマが問う。自分の実父のことだというのに、妙に冷静な物言いだった。

 

『残念ながら、ね……。あなたのお父様は、アリサに私も殺させようとした。アリサの主治医もグルだったのよ。治療にかこつけてご両親の仇のあのアラガミを、暗示でリンドウに摩り替えていたのね』

 

「アリサは大丈夫?」

 

 心配そうにユウが尋ねる。「大丈夫です」とアリサは画面上で頷いた。

 

『ユウやリンドウさん、サクヤさんのおかげです。もう、あんな暗示なんかには負けません』

「そっか……なら、良かったよ」

 

 アリサは静かに、だが力強く答えた。その言葉にユウは安心した様子で息を吐いた。

 サクヤは一度柔らかく口元を綻ばせ、一拍置いて顔付きを硬いものにする。

 

『……以上が、エイジス計画とアーク計画の全容。そして、そこにあると思うけど、『方舟』に乗ることができるメンバーのリストよ』

 

 テーブルの上に置かれた名簿を見る。リストは千まであった。初めて目にする名前が多い中、サカキや第一部隊、防衛班の面々の名前も記載されていた。探してみたが、佐々木カズヤたち外部居住区に住む者の名前はほとんど無い。

 

 だが、コウタの家族の名前は見つけた。

 

『ここに居る私たち全員の名前も記載されているわ。加えて、収容者から二等親以内の親族の収容も認められている。……まぁ、私とアリサはエイジスに忍び込んだことでリストから外れちゃったけど。それでも、このままいけばあなたたちは『救われる』側ってわけ。逆に私たちは極東支部からもお尋ね者にされちゃってるでしょうね』

 

 言いながら、サクヤは肩を竦める。一通り話終えると、ミツハの隣に座るコウタはずっと俯いていた顔をわなわなと上げた。

 

「エイジス計画が……嘘? ……そんな、そんなことって……」

「コウタ……」

 

 その顔色は顔面蒼白そのものだった。当然だ。エイジスが完成すれば母と妹を守れる――その一念でコウタは神機使いになり、ずっと戦ってきたのだ。

 

 だというのに、現実は大勢の人たちを犠牲にして自分たちだけ生き残るという、非情なものだった。

 

 項垂れたコウタを一瞥し、ソーマは覚悟を決めたような神妙な顔つきで宣言する。

 

「……俺は元からあの男に従う気は無い。それに、俺の身体は半分アラガミだ。そんなヤツが次の世代に残れると思うか?」

『……それでも支部長……あなたのお父様は、あなたもリストアップしているわ』

「知ったことか」

 

――そうだ。私の名前もあるんだ……。

 

 ソーマとサクヤの会話を聞きながら、ミツハは名簿の名前を眺める。井上ミツハ――自分の名前も記載されていたことに驚きだった。

 

 ただの化け物だろう――そう言い放ったのはヨハネス自身だというのに、その化け物を方舟に乗せるつもりなのか。ヨハネスの考えていることが、ミツハには毛頭理解できなかった。

 

『改めて言っておくけど、私はこの船を認めるつもりはないの』

『ええ、私たちは支部長の凶行を止めなければならない。とりあえずは身を隠して、エイジスへの再侵入方法を探すつもりです』

「……そっか。……わかりました。見つからないよう、十分気をつけて下さい」

 

 ユウは止めない。止めたところで、彼女たちは聞きはしないとわかっているのだろう。「ありがとう」とサクヤは頷く。

 

『……伝えておきたかったことは、それだけ。どうするかは、あなたたちが自分で決めてね。その結果、私たちの敵に回ったとしても恨まないから安心して』

『邪魔するようなら、全力で排除しますけどね』

『アリサ……!』

『冗談ですよ……でも、できればそうならないことを願っています』

『……それじゃ、もう切るわ。後悔の無いように、しっかり考えなさい』

 

 そうして、通信が切られる。部屋に静寂が落ち、空気が沈む。

 

 ユウはターミナルの電源を落とし、先ほどから項垂れたままのコウタを見やる。憔悴した様子のコウタに、かける言葉が見つからないようだ。

 

 ソーマは三人を残し、無言で部屋を立ち去った。その蒼い瞳に迷いはない。ミツハはソファに腰掛けたままその背を見送った。

 

 部屋に三人が残る。ユウ、コウタ、ミツハの同期三人だ。

 

 前にこの三人だけで集まったのはいつだっただろうか。ソーマのことをユウの部屋で話した以来だろうか。最終的にミツハのソーマに対する想いを語り、墓穴を掘ったように顔を赤くして逃げたはずだ。

 

 その前は、ミツハの部屋でアリサと一緒に60年前の世界のことを写真を見せながら話をした。コウタの妹への土産に渡した横浜の写真は喜んでくれたそうだ。

 

 同じ日に神機使いになり、訓練を共にした仲ということもあって三人揃った際はいつだって空気は軽くなったものだが――今日ばかりは、そうもいかない。

 

 重い沈黙が続く。しばらくして意を決したように、コウタは顔を上げた。

 

「……悪い。俺は――アーク計画に乗るよ」

 

 コウタのその言葉に驚きはしなかった。「そっか」とユウは相槌だけ打つ。ミツハもまた、「うん」と静かに頷いた。

 

 ――きっとそう言うだろうと、わかっていたからだ。

 

「もちろん、それがどういうことかってのもわかってる。でも、エイジス計画がなくなっちまった以上、他に母さんたちを確実に守れる方法はない。……俺は、どんなことをしても家族を……母さんと妹を守るって決めたんだ。ゴッドイーターになったのもそのためなんだ」

 

 ゴッドイーターになって家族を守ってやるんだ――コウタが子供の頃から描いていた未来を聞いていた。知っていた。コウタがどんなに家族を大切に思っているか、ミツハたちはよく知っているのだ。

 

「だから俺、アーク計画に乗るよ」

 

 ごめん。コウタはもう一度謝る。

 

 謝らなくていいよ。ユウが穏やかに言った。

 

「サクヤさんも言ってただろ、後悔の無いように自分で決めてって。コウタがそう決めたんだったら、それでいいんだよ。僕たちが横槍を入れるようなことじゃない」

「そうだよ。それにコウタならそう言うだろうなって、なんとなくわかってたもん。ね」

「うん。第一部隊のムードメーカーで、座学が苦手で、バガラリー好きで、そして家族のことを何より大切に想っているのが、僕たちの知ってるコウタだからね」

「……ありがとな」

 

 呟くようにコウタが言った。ほんの少しだけ空気が緩む。詰まった息を一つ吐き、コウタはミツハとユウへ問いかける。

 

「……ユウたちはさ、どーすんの?」

「僕は……一度、支部長から直接話を聞いてから決めたい、かな。あの人が何を思ってこんな計画を決めたのか、知ってから決めたいと思う」

「ユウのそういうとこ、本当ユウって感じだね」

「確かに。お前らしいよ」

 

 コウタと顔を見合わせて頷き合う。「そうかな」とユウは少し困ったように笑い、テーブルにある印刷された資料に目を落とす。

 

 アーク計画についてのレポートと、方舟に乗れる人間の名簿だ。

 

「正直、支部長のしていることも……間違っているとは思えないんだ。人類を確実に救うなら、支部長のしていることはきっと正しいとも……思う。だから、すぐには決められないや」

 

 終末捕喰が起きれば、地球上全ての生命が一度破壊されてしまう。近い将来全人類が滅んでしまうのならば、千人という限られた数を確実に救って次世代に繋いだほうが良い。

 

 方舟に乗るという事実は、残る人々を見捨てて自分だけ生き残るという考え方と共に、そういった考え方もできるのだ。そう考える人だって居る。ヨハネスがそう考えるように。

 

「……そっか。……ミツハは?」

「私? 私はー……多分、乗らないかな」

 

 話題を向けられ、ミツハは苦笑しながら答えた。二人に比べると随分と曖昧な物言いだなと自分で思った。

 

「私はソーマさんと同じように支部長に従う気はないし……。そもそも、タイムスリップしてきたってだけでも実感湧かなかったのに、その世界で人類が滅亡するから宇宙船に乗って回避しようーって……まるで、60年前のSF映画を観てるみたいなんだもん。……実感、湧かないんだ」

 

 ミツハがこの世界に来てから、まだ半年も経っていない。アラガミの脅威は戦ってきたのだからわかるのだが、人類がアラガミによって生活圏を奪われ、日に日に滅亡に近づいていく過程をスキップしている。人類が滅亡してしまうなんて言われても、あまりに現実味が無さすぎるのだ。

 

 この数ヶ月でミツハは60年前では経験できない死線をいくつも潜ってきた。

 

 だが――所詮はたかが数ヶ月だ。生まれてからずっとこの世界で暮らしてきたユウやコウタたちと比べたら、この『世界』に対する意識が薄くなってしまうのは、どうしようもないことなのだ。

 

 世界が滅びる。人類が滅亡する。――何かの物語みたいだ。どうしても、心の奥底ではそう思ってしまう。

 

「……そうだよな。ミツハは、そうだよなぁ……」

 

 埋まることのない絶対の溝を少しでも埋めるように、コウタが繰り返し言葉を咀嚼する。そもそも『世界が滅びる』という点で見れば、ミツハの世界はとっくに滅んでしまっている。人と物が溢れて賑わう横浜の街並みは、この世界にはもうないのだから。

 

「……僕たちはさ、やっぱり考え方とか、信念とか。違うものを持っているから、同じ方向に進むことが難しい時だってある。今が、そうみたいにさ」

 

 語りかけるような口調で、だが芯を持った言葉は不思議と力強い。ユウは本当に不思議な男だと思う。穏やかだが、揺らぐことは決して無い。どこまでも真っ直ぐで真摯な碧い瞳を向けられる。

 

「だけど、僕たちが一緒に強くなろうって誓ったことは変わらないよ。だから違う道を選んだとしても、それぞれの選んだ道で強くなっていこう。コウタは家族を守るために強くなって、僕もまた誰かを守れるように強くなりたい。だからミツハも……ミツハが選んだ道の先で、強く在ってほしい」

 

 いつかの病室で交わした誓い。拳を合わせた日の事を目に浮かばせ、ミツハは頷いた。

 

 ――強くならなきゃ。あの日そう思ったのは、元の世界へ帰るため。ならば、今は――

 

 逡巡し、もう一度ミツハは頷く。

 

 たかが数ヶ月。されど数ヶ月。守りたいと思ったもの。強くなりたいと思った理由は、見つかっていた。

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