Kuschel   作:小日向

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099 ヒーロー

4月8日

 

 エイジスの事実を知り、眠れぬ夜が明けた翌朝。開いたばかりの食堂は普段なら人は多くないのだが、この日は妙に席が埋まっていた。

 

 早い時間に朝食を食べに来たというより、目が覚めてしまい落ち着かずにとりあえず食堂へ足を運んだという者が多い。その日のアナグラは変に浮き足立っていた。

 

 理由は明白だ。フェンリルから支給された携帯には、黎明に上層部からの一斉メールが二件届いていた。

 

 一件はアリサとサクヤが指名手配になったという旨。

 

 もう一件は――神機使い全員に支部長の出頭命令が下されたという旨。

 

 『順に一人ずつ呼び出しを行う』

 『呼び出された者は必ず指示に従い、支部長室に出頭するように』

 

――一人ずつ、かぁ……。

 

 メール画面を見ながらミツハは重い息を吐き出した。

 

 あの一件以降ヨハネスはミツハに接触して来ないが、特異点が未だに見つかっていない以上、ミツハに再び矛先が向けられても不思議ではないのだ。ヨハネスが進めるアーク計画に、終末捕喰――特異点は必要不可欠な鍵なのだから。

 

 もう一度溜息を吐き、携帯の画面を落とす。プレートに食事を取り、いつもどおりフードを被った男の姿を探した。

 

「おはようございます」

「……ああ」

「メール、見ました?」

 

 席に座りながら聞けば、ソーマは顔を上げて苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。

 

「出頭命令の件か。……俺が呼び出されるとは思えんが」

「そうなんですか? じゃあ私も呼び出されないかも……?」

 

 ヨハネスに対して確執があるのはミツハも同じだ。サクヤたちがエイジスに侵入し、真実をヨハネス自身が明かした翌日のタイミングで神機使い全員を個別に呼び出しとは、十中八九アーク計画についてだろう。方舟に乗ることのできる限られた人間、それが神機使いなのだ。アーク計画に乗るか、乗らないか。そのふるいをかけに来るはずだ。

 

 しかしミツハはソーマと同じように、わざわざふるいをかけるまでもなく反対だというのはヨハネスもわかりきったことだろう。意味の無い問答をするつもりがないのならば、呼び出す意味も無い。

 

 ――意味の無い問答をするだけならば。

 

 ソーマは眉根を顰めて首を振った。

 

「……お前の場合はそうもいかねぇだろ」

「…………うー」

 

 先ほども言ったが、特異点が見つかっていない以上ミツハに矛先が向けられても不思議ではないのだ。意味の無い問答をするつもりはなくとも、1ヶ月近く前のような『実験』を強行するつもりはあるのかもしれない。

 

 そう考えるだけでミツハの気分は重く沈む。不味いレーションを苦い顔をして飲み込んだ。

 

「出頭命令が下ったからと言って、素直に従う必要はねぇだろ」

「無視しちゃえーってことですか?」

「お前がのこのこと来るはずがないのは、ヤツ自身わかっているだろう」

 

 出頭命令に背けられるだけのことをしたのだ。()()()()()があって二人きりにわざわざなりに来る馬鹿だとはヨハネスも思っていないだろう。

 

 ソーマの言うとおり、行きたくなければ行かなければいい。

 

 だが――昨夜のユウの言葉を思い出すと、単純に『行かない』という選択肢を選びたくはなかった。

 

「その……話を、したいとは思うんです。でも二人きりにはなるのは嫌で……」

「……話? あいつとか?」

「ちょっとあの時、気になることがあって」

 

 あの時――ヨハネスは嗤っていた。血を分けた己の息子――ソーマのことを語ったヨハネスの冷たい笑みは、自分自身すらも嘲笑していた。

 

 それはどこか、自虐的な笑みを感じさせたのだ。

 

 方舟に乗ることが出来る名簿にミツハの名前があったのは驚きだったが、ソーマの名があったことには驚かなかった自分がいた。

 

 それは、あの男のあの顔を見たからだろうか。ソーマのことを化け物だと言っているが、息子とも言っている。自身が化け物と罵る男が、息子であることは否定しないのだ。

 

――あの人は、ソーマさんのことをどう思っているんだろう。

 

 ヨハネスが何を思って、あんな顔をしたのか。

 何を思って、化け物のソーマやミツハをリストアップしたのか。

 ユウのように、一度話をしてヨハネスの思いを知りたかった。

 

「本気か?」

 

 怪訝な顔をしてソーマが問う。ミツハは頷き、小さく笑って強がってみせた。

 

「……連絡が来たら俺にも知らせろ」

 

 他にも何か言いたそうな顔をしていたが、ソーマはそれらを噛み殺してそれだけ告げた。ミツハは強がりではない笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 本日は特に任務が下されておらず、各々呼び出しがかかるのを待っている状態だ。

 

 ミツハは騒がしいエントランスのベンチに腰掛け、自販機で買ったミルクティーを飲みながら携帯が震えるのを待っていた。

 

 一度話をすると決めたものの、やはりヨハネスに対しての恐怖心は拭えない。ソーマには気丈に言い切ったが一人になると、やはり行かないほうがいいだろうか――なんて、弱気に思い始めてしまう。

 

――いや、ちゃんと話を聞こうって決めたんだから。

――一人じゃないんだし、大丈夫、大丈夫。

 

 後ろ向きになってしまう思考を振り払い、俯いていた顔を上げてミルクティーを飲む。気分を少しでも上げようと、60年前のスマホを取り出して音楽アプリを開いた。

 

 しばらく曲を聴いていると、ふいにミツハを見下ろす影ができた。

 

「なぁ。お前確か、第一部隊だろ?」

 

 別部隊の神機使いに声をかけられ、ミツハは慌ててスマホをしまう。話したことはないが回収部隊の神機使いであり、ミツハの印象はあまり良くない男だった。以前ソーマのことを悪く言っていた覚えがあるのだ。

 

「はい、第一部隊所属です。どうかしました?」

「だよな。よく死神と居るヤツだし、覚えやすくて助かるわ」

「ソーマさんにはお世話になってますからね〜。それで、何か用ですか?」

 

 内心『死神』と呼ばないでくれと思いながら、ミツハは笑顔を張り付けて無難に受け答える。男は軽薄そうに笑った。

 

「第一部隊のヤツなら、なんか知ってんじゃねぇかなって思ってよ」

「何をですか?」

「橘サクヤとあのロシアから来た新型のこと」

 

 二人が指名手配にされたことは今朝のメールで全神機使いに知れ渡っている。指名手配にされたと言うことは、二人を調査部に身柄を引き渡せば報酬が貰えるのだ。

 

 そしてその報酬を欲しがる者も、当然居る。

 

 ミツハは眉を寄せたくなるが、努めて平静を装った声で男を突き放す。

 

「ごめんなさい、何も知らないんです。突然居なくなって私たちもビックリしてますから」

「でもよ、第一部隊のお前らからの連絡ならあいつらも出るんじゃねぇの? 逆探知できるかもだぜ」

「ええ〜、指名手配にされてるのに電話に出るほど二人はバカじゃないと思いますよ~」

「ものは試しだろ、今ここで連絡取ってみてくれねぇか?」

 

 拒否することしかできない頼みに言葉が詰まった。男が厭らしく笑い、反対にミツハの愛想笑いが崩れる。

 

「なんだよ、やっぱ何か知ってんじゃねぇのか?」

「……知らないですよ〜。すみません、もういいですか? 用事あるので」

「よくねぇよ、電話してみろって」

「今ちょっと携帯の充電がないんですよね〜」

「指名手配されてるヤツを庇うのかよ」

「――ねぇ、なんの話してんの?」

 

 押し問答から逃げるタイミングを窺っていると、少年の声が不穏な空気を打ち破った。

 

 声変わり前のアルトの声。頭に包帯を巻いた赤毛の少年が、男を睨むように見上げていた。

 

「えっ、カズヤ君!? 怪我はもう大丈夫なの!?」

「ミツハさん、慌てすぎ」

 

 くつくつと笑うカズヤの顔色は瓦礫の下敷きになっていた時とは違い、血色が良く健康的な顔色をしている。ミツハはほっと胸を撫で下ろした。

 

「で、なんの話してたの? 俺も混ぜてよ」

 

 無邪気さを装って笑っているが、少年の声には圧がかかっていた。男は舌打ちを落とす。

 

「ガキが聞くようなもんじゃねぇよ」

 

 そう言って男はミツハに背を向ける。遠ざかっていく背中に、カズヤは子供っぽくべえっと舌を出していた。

 

「……ありがとね、カズヤ君。助かったよ」

「助けられてばっかなんだし、ちょっとくらい良いカッコしたいじゃん」

 

 少年は背伸びをするように胸を張り、今度こそ無邪気に笑った。その笑みに張り詰めていたものが緩む。「そっか」とミツハは擽ったい笑みを浮かべた。

 

「怪我はもう大丈夫なの?」

「うん。ミツハさんが応急処置してくれたおかげで全然へーき」

「ええー、無理してない……?」

「してないって。……走ったり運動するのはまだダメって言われてるけど、それぐらいだし」

「後遺症とかない? 怪我したの後頭部だし、本当に大丈夫?」

「だから心配しすぎだって」

「心配するよー……」

 

 何せ命の灯が消えてしまいそうな姿を目の当たりにしてしまったのだ。

 

 弱々しい声。真っ青な顔。頭から流れる真っ赤な鮮血。

 今の元気に振る舞うカズヤからは程遠い姿が、ミツハの目に焼き付いていた。

 

 カズヤは困ったように苦笑し、怪我の辺りを避けて頭を搔く。そして何か思いついたのか、悪戯っぽく笑った。

 

「ね、ミツハさん。今時間ある?」

「えっと……呼び出しがいつかかるかわかんないけど、それまでなら大丈夫だよ」

「じゃあちょっと、外に出て歩きながら話さない? もう全然平気だってわかったら、ミツハさんも安心するっしょ」

 

 後押しも忘れずに、カズヤはどうにかミツハを連れ出そうとする。

 

 そんなカズヤにくすりと笑い、ミツハは頷いた。残っていたミルクティーを飲み干し、ペットボトルを空にして立ち上がった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 外部居住区のアラガミ被害から1週間が経つ。建物の損壊が大きかったカズヤの住む第三防衛ライン外側の復旧作業もだいぶ進んでおり、突貫工事ではあるがバラック小屋も建ち並んでいた。

 

「この辺まだ瓦礫多いから気をつけて」

「ふふ、はーい。カズヤ君も気をつけてね」

 

 ミツハをエスコートするように一歩前を歩くカズヤについて行く。

 

 外部居住区は年端もいかない少年少女が縄跳びなどで遊ぶ傍ら、狭い路地に目を向けてみれば真っ昼間から酒を煽る大人も少なくない。たむろする数人の大人たちと目が合わぬようにミツハは目を逸らした。

 

 就ける職も限られているので浮浪者が多いのは仕方がないとはいえ、治安が良いとはお世辞にも言えない。テレビでしか見たことがないようなスラム街が、今ではこんなにも身近にある。

 

「ミツハさんって、元々内部居住区に住んでたの?」

「え、元々? ……あっ、うん。そうだよ〜」

 

 カズヤの問いに一瞬首を傾げたが、少年にはミツハが60年前の世界から来たことを話していない。少々心苦しく思いながらもミツハは少年に嘘を吐いた。

 

 「やっぱり」カズヤは疑うこともなく、少し大きい瓦礫の上に立って振り返った。瓦礫の厚さ分、カズヤの頭が高くなる。

 

「あーいう大人、見慣れてない感じだったし」

「あはは……あんまり外部居住区に出てなかったから、ちょっと世間知らずでごめんね」

「や、謝んないでいーよ! あーいうの、本当は慣れないほうがいいんだろうし」

 

 路地裏の吹き溜まりを一瞥するカズヤ。近くに捨てられている酒瓶に目を向け、少年は口を尖らせた。

 

「飲んで捨てるんじゃなくて、集めてアナグラに持っていけば配給品貰えんのに」

「まぁ、面倒くさいんだろうね」

「それで配給品が少ないって文句言うんだよ、あいつら。あーいう大人にはなりたくねーや」

「ちょっ、き、聞こえちゃうよ? 行こ行こ!」

 

 ああいう輩に絡まれたくはないと、ミツハはカズヤの手を引いて歩き出す。弱気なミツハをカズヤは面白そうに笑った。

 

「ミツハさんって案外臆病なとこあるよね」

「うっ、大人なのに格好つかなくてごめんね……」

「カッコつけなくていーよ。むしろ俺のほうがカッコつけたいのに」

 

 やはりカズヤは瓦礫の上に立って話す。ミツハより背を高くしていたいようだ。背伸びをしたがる少年は頭に巻かれた包帯を指の腹でそっとなぞり、困ったように笑う。

 

「だって俺、二回もミツハさんに助けられたんだよ。なんつーか、守られてばっかだなって」

「…………」

 

 そう言ってくれるカズヤに、ミツハは上手く言葉が出なかった。

 

 確かに一度目は大きな怪我をさせることなく助けられたが、二度目はそうじゃない。駆けつけるのが遅ければ。ソーマが来るのが遅ければ。目の前の少年は、死んでしまっていたかもしれないのだ。

 

 胸を張って助けたとは言えず、ばつが悪そうな表情を浮かべる。そんなミツハを見下ろしながら、カズヤは言葉を続けた。

 

「俺さ、ゴッドイーターって無敵のヒーローなのかとずっと思ってたんだ。アラガミをぶっ倒して、俺たちを守ってくれるヒーローは最強なんだって。そう思ってた」

「……うん」

「でもあの時のミツハさん、震えてたじゃん。それ見たら、そうじゃないんだなって思ってさ」

「……ごめん、夢を壊しちゃったね」

「ちが、そうじゃなくて! なんていうか、ゴッドイーターだって人間じゃん! って、思い知ったっていうか」

 

 予想外の言葉に、ミツハは目を丸くする。カズヤはミツハの右腕に嵌はまる赤い腕輪に目を落とした。

 

「無敵のヒーローだって思ってた。でも、ヒーローだって怖くなる時もあるし、震えるんだ。ヒーローは強いけど、無敵じゃないんだよな」

 

 漫画やアニメの主人公のように一撃で敵を倒せる必殺技があるわけではない。怪我をする。恐怖を覚える。下手を打って死にかける。――最悪、死ぬ。

 

 少年は現実を知った。無敵の、最強のヒーローだと思っていたヒーローは、ただの子供の幻想なのだと。

 

 現実を知ってなお、少年は笑う。

 

「だから、ますますゴッドイーターになりたくなった」

「……無敵のヒーローじゃないって知ったのに?」

「無敵じゃないから、俺はヒーローを助けるヒーローになりたい。……俺だって、助けられてばっかじゃなくて……ミツハさんを、助けたいし!」

 

 頬を髪色のようにしながら、カズヤは小麦色の瞳を真っ直ぐミツハに向ける。真正面からぶつかってくる少年のひたむきさに当てられ、擽ったさに下唇を噛んだ。

 

「……ありがとう、カズヤ君」

 

 そして堪らないといった様子で破顔する。今度はカズヤが恥ずかしそうに唇を噛み、瓦礫から下りた。少し上にあった小麦色の瞳が真横にある。カズヤの身長はミツハとそう変わらない。――今は、まだ。

 

「あっ、防衛班のねーちゃんだ!」

「カズヤも一緒じゃん」

「お姉ちゃん、久々だね〜」

 

 不意に声をかけられる。防衛班に所属していた時、任務帰りに何度か会ったことのある子供たちだった。

 

 げっ、とカズヤは苦い顔をする。はしゃぐ子供たちはそんなカズヤをお構いなしに、ミツハとカズヤの間に割って入って来た。

 

「タツミが言ってたんだけど、お姉ちゃんってもう防衛班じゃないの?」

「うん、そうだよ。討伐班に異動しちゃって」

「討伐班!? なんかかっこよさそう!」

「どんなアラガミと戦ってんの!?」

 

 子供たちは目を輝かせてミツハに質問を投げる。その勢いに圧倒されつつ、くすくすとミツハは笑った。

 

 この子供たちはミツハを『無敵のヒーロー』だと思っている。いつかカズヤのように現実を知る日はそう遠くないのかもしれない。

 

 それでも今は、自分たちをアラガミの脅威から救ってくれるヒーローだと思っている。

 

 そしてミツハもまた、そんなヒーローで在りたかった。

 

――だって私は、防衛班だ。

 

 ただアラガミを討伐するだけではない、力無い人々のヒーローになりたい。

 そう思ったのだ。タツミの背を見て、そう感じたのだから。

 

――アーク計画は、この子たちを切り捨てるんだ。

 

 世界が、人類が滅びると言われても、いまいち実感は湧かなかったが――

 

 外部居住区が、力無い人々が犠牲になることは、嫌だと思った。

 

「あ――」

 

 ポケットに入れていた携帯が鳴る。メールの着信を知らせていた。

 

「……ごめん、呼び出されちゃった。アナグラに戻るね」

「えー、久々に会えたのにー」

「コラ、我儘言うなよ」

「カズヤだって寂しがってたくせに」

「そーいうの言うなっつの! ミツハさん、行こ!」

 

 逃げるようにカズヤはミツハの手を引き、アナグラへ向かってずんずんと歩き出した。どうやら送ってくれるらしい。

 

 ミツハが笑みを零すと、カズヤは慌てた様子で手を離した。顔が赤い。アナグラへ続く道を並んで歩いた。

 

「カズヤ君」

「ん?」

「私、外部居住区のみんなを守るヒーローで、いるからね」

 

 ミツハの宣言に、カズヤはきょとんとした顔を見せる。『何を今更言い出すんだ』とでも言いたげな顔だった。

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