人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第17話 山奥の特異主

 

 次なる目的地は特異主探しに決まった。

 ただその日は出発せず、三日ほどリヴラに滞在することになった。

 帰ってきたばかりで疲れもあったし、何より「今日は絶対に一緒に寝る!」と抱き合う一人と一匹が主な理由だったりする。

 ルナもまた回収した人類史の保管作業をしたいようだったので、丁度いいだろうとなったのだ。

 

「よーし! じゃあ犬ジカちゃん! 行こう!」

「おい、待て、どこに……!! ……片付けが嫌で逃げただろ、あいつ」

「あはは……流石にそんなことはないですよ。さっ、私たちも行きましょう」

 

 早速犬ジカとどこかへ走り去っていったイオを他所に、ルナとリヴラ中央部へ向かう。集めた物資を納めるためだ。

 坑道の地図などの書類はあの図書室へ。そのほかよくわからないガラクタは、同じく中央部に配置された倉庫へと仕舞うことになっている。

 

 そちらはルナに任せ、俺はバックパックから拾い集めた資材――石材や金属片、魔獣の死骸を取り出してはチビルナに渡していく。

 

「次はこれを頼む」

『リョーカイ!』

『ハコビマス!』

 

 今回は俺も背嚢を装備して資材収集をしていたのだが、数十キロの資材を入れてもほとんど重みを感じず、取り出した瞬間にその重みが現れたのだ。凄まじい性能である。

 それを小分けにしているとはいえ軽々と運んでいくチビルナたちも大概だが……。

 

 集めた資材は多くが都市や人類史の修復に充てられる。

 残りはルナの探索装備の素材用だ。

 こうして集めている身ではあるが、ただの廃材にしか見えないこれらが何に使われているのかはよくわかっていない。

 

 手に入れた人類史もそうだ。

 俺からするとほとんどが何に役立つものかわからないものばかりだが、ルナは大満足の様子。

 

「あれも、これも、遂に見つけました。これでアレが作れますよ……!! ふふふふ……!!」

「……そうか、良かったな……」

「はいっ、楽しみにしていてくださいね!」

 

 彼女曰く、製錬所で走査した自動滑車装置が今回では一番の収穫だったらしい。

 リヴラ内での資材運搬が迅速になるようだ。早速レールの配置を考えねばと張り切っている。

 後はより硬い岩盤を砕けるドリルやら、大型の送風装置などが見つかっていた。

 どれも便利らしいだが……正直使い道は限定的だ。

 

 そんなことより、俺にとって一番の収穫は事務所跡地で見つけた飲料メーカーである。

 水さえ補充すれば自動で飲料を作ってくれる。

 一体どういう仕組みなのかよくわからないが、それで作れる黒い飲料――珈琲がとても美味い。

 食事も魔獣の肉でバリエーションが増えたし、大満足の探索であった。

 

 そう、魔獣の肉も旨いのだ……。思わぬ発見である。

 これはぜひ、リヴラ周辺の魔獣も開拓していかねばならないと誓うのであった。

 

 

***

 

 

 リヴラへ帰還して三日目。

 自室で珈琲を堪能しているところをチビルナに呼び出され、やってきたのはあの少女たちが眠る部屋であった。

 ほのかな明かりの中浮かぶ数十の少女たち。その前で、ルナとイオが待っていた。

 

「ご足労いただきありがとうございます。魔王さま」

「気にするな。それで?」

 

 尋ねる俺に、ルナは頷くと両手に持った魔石を見せる。

 あの修復者から採れた、特大サイズの魔石結晶。それを加工したものだろう。

 

「魔王さまのおかげで手に入った魔石です。探索で必要な資材も集まりました。これでみんなの修復装置が動きます。……それを、魔王さまに見届けていただきたくて」

「……ああ、そうか」

 

 珈琲の感動ですっかり忘れていたが、これが今回の遠征の目的だった。

 帰還した時のあれは都市全体の動力炉だったのだろう。

 

 ルナの横に並び立つと、彼女は装置へ結晶をはめ込んだ。

 がこんと音が鳴ってしばらく経つと、重低音が部屋中に響き始める。

 やがて、魔石を入れた装置から伸びる管が光を帯び、それが立ち並ぶ円筒へと延びていく。

 暖かみを感じる光が、それぞれの円筒に注がれていく。……無事に、装置が動いたのだろう。

 

「やったね、ルナ」

「はい……!! お二人とも、ありがとうございます」

 

 世界を修復することに比べれば、きっとまだ小さな奇跡だろうけれど。

 長い間何もできずに眠る仲間を見てきただろう二人にとって、これは大事な一歩になるのだろう。

 

「これでやるべきことは終わりました。……行きましょう。特異主さんが待つ場所へと」

 

 そして、次なる一歩へと俺たちは進みだす。

 その先には何が待つのかはわからないままに。

 

 

***

 

 

 翌朝。俺たちはイオの案内の下、特異主の待つ場所へと出発した。

 その特異主が住むのはリヴラの南西、俺の城の残骸から更に西に進んだ山中にあるらしい。

 最初にリヴラにやってきた時に使用した西側の入口から、一路南西へと歩き出す。

 

「ここからだと大体二日はかかるかな? いやー、今回は魔王様いるし、道中は楽できるわー」

「……この辺の連中なら構わないが、索敵だけは頼むぞ。――しかし、そんな山奥にその特異主は住んでいるのか?」

 

 歩きながら、ルナが広げてくれた周辺地図を見る。

 大陸南部、への字状になった海岸線の頂点から北へと伸びたその山脈は、険しさと資源の乏しさからどの国からも見放され、放置されていた場所だ。

 発展した人類にとってもそれは同じだったようで、地図上にも都市はおろか、村すら存在した表示はない。

 だというのに、そこに特異主は暮らしているという。

 

「こんな所に住んでいるとは変わった女だな。……いや、まさかな」

 

 ふと浮かんだ考えを頭を振って否定する。

 あの時から、どれだけ時間が経ったと思うのだ。まさか、『生き残り』がいるはずも――。

 

「おかしいですね。そこは人が住んでいた記録なんてないですし、どうしてその特異主はそこに?」

 

 ……そう、ルナの言う通り。そこに人類がいたはずはないのだ。

 それが、正しいはずなんだが。

 

「ううん、そこには人が暮らしていたの。そして今は、その特異主が一人で住んでる」

「……何?」

 

 思わず声をあげてしまう。

 ルナもまた初耳だったのか、手にした紙がくしゃりと潰れる音がする。

 

「本当ですか? でも、そんな記録は……」

「記録はないはずだよ。だって、隠れ住んでいたんだもの。ねー、魔王様?」

「……え? 魔王さま、ですか?」

 

 そう言って、イオが笑みを含んだ目を向けてくる。

 こいつ、まさか――。

 

「イオ、お前知っていたな」

「あははは……実はその特異主から聞いててね。でも、アタシが知ってるのはそこまで。アタシは、アンタを連れてくるように頼まれただけ」

「その特異主とやら、何者なんだ……ん?」

 

 ふと、袖を引く感触に振り返ると、無表情のルナがこちらをじっと見つめていた。

 話せということらしい。

 

「……今更、隠すことでもないか」

 

 大きく息を吐き出して口を開く。

 幸い、目的の場所まではまだ数日もかかる。

 ゆっくりと、話してしまおう。魔王の昔話を。

 

 

***

 

 

 今から遥か昔。俺が勇者に殺される20年ほど前のこと。

 

 当時の世界は、魔獣戦役と呼ばれる未曾有の危機を乗り越えたところであった。

 大陸南東部に端を発した、意思を持った魔獣たちによる軍隊の形成。

『組織だって魔獣が人間を滅ぼしに来る』という世界でも数度しか起きていないだろう規模の厄災は、人間、獣人、妖精の人型三種族の総力を結集することで阻止された。

 

 種族も国も関係なく、全ての人が手を取り合ったのだ。それほどの災害で、それほどの危機であった。

 

 この時、世界は知ったのだ。

 人種の壁を越えて結集し、協力することこそが平和につながるのだと。

 

 当時の世界は、種族・思想・文化によって様々な国が興り、集い、そして争いあっていた群雄割拠の戦国時代。

 特に生物としての根幹の異なる人間・獣人――人類と、妖精種による対立は根深く、壮絶であった。

 方や文明を。方や自然を重んじる種族同士。そんな三種族が協力し合えたのが全世界規模の厄災だったのだ。

 

 だがそれもここまで。再び戦乱が始まる。始まってしまう――。

 それを嫌う人々は考えた。

 

『自身がコントロールできる厄災を作ることで、この平和を保てるのでは』、と。

 

 いや、普通に和平結ぼうよと思うが、そんな簡単だったらとっくに平和な世になっている。

 

 ともあれその結果生み出されたのが、一人の魔王。

 つまり、俺だった。

 

「魔王さまが造られた?」

「ああ、そうだ。世に語り継がれた……らしい、魔王の物語。あれは人類が故意に起こしたものだ」

「待ってください。魔王さまが……人造? そんなことが、ありえるのですか……?」

 

 ありうるし、その結果作られたのが俺だ。

 自分たちのためなら世界を破壊する連中だ。それくらいは平然とする。

 

「でも、魔王を作るなんてどうやったの? だってさ、当時は戦争後でどこの国もボロボロだったんでしょ?」

 

 人類に対することができる存在を作る余力なんてあるはずがないと、イオの目が言っている。

 その解答代わりに、俺はローブを捲って腕を見せる。

 そこにはいつも通り黒い蛇が蠢いている。

 

「ルナには前にも言ったが、俺のこの蛇は当時の禁呪だ」

 

 体魔術。肉体を糧にして、代わりに超常の効果を得ることを目的とした魔術。

 俺の体に刻まれた蛇は、その魔術によって作られた。

 

「本来存在しないはずの外法。それによって俺は作られたんだ」

「それ、当時のトップがその外法に通じてるってことじゃん……」

「いつの時代も一緒だろ?」

 

 いや、決して悪い意味だけではない。

 統治者であるからこそ、危険な呪法にも通じている必要がある。

 でないと封じ込めることもできないからだ。

 まあ、俺の場合はそれが悪い方に働いたのだが。

 

「でも魔王様、蛇使う時肉体削ってないじゃん。それどうなってんの?」

「この蛇は魔術の『結果』だ。蛇を使うのにいちいち肉体は使わない。だが、蛇の材料は間違くなく人だ」

「つまり、魔王様を作るために、誰かが生贄になったと?」

「そうだ。その材料となったのは、当時俺が兵士として勤めていたある国家――その住人()()だ」

「……ソラウス大虐殺」

 

 微かな声でルナが呟いた。

 

「なにそれ?」

「魔王さまが世界で初めて観測された事件です。大陸南東部にあった小国が一夜にして滅んだという、個人による史上最悪の大量虐殺です。その被害者は数千人に上ったと言われています」

「……まじ? そんなにやっちゃったの、魔王様」

「だから違うと言っただろうが」

「そうです、そこなんです。おかしな点として都市には血の一滴も流れておらず、建物の一つも壊れていなかった――まるで、都市に住む人々が一瞬で消え去ったような……。そんなことはあり得ないと、後世の研究では指摘されていました。魔王の異常さを知らしめるための逸話なのだと思っていましたが……儀式の結果というのなら、納得ができます」

 

 蛇紋の魔王。単体で世界を相手取った最悪の個人。

 その逸話の中でも最も恐ろしい事件として語られるのが、一国を一夜にして滅ぼしたソラウス大虐殺だ。

 魔王の脅威を世界に知らしめ、世界の敵として認定された事件だが、真実はその逆。

 魔王を作るために、一国の住人すべてが生贄となったのだ。

 

「どうやって住人全員を贄にしたのかは分からん。だが、目覚めたとき俺は街の中心に寝かされていて、気づけばこの身体になっていた。……人類と戦えという使命を植え付けられてな」

 

 数千を超える人間を使い作られた再生可能な魔法兵器。それが俺の身体に刻まれた蛇である。

 一人で国家と渡り合える戦力を持つ恐るべき魔王は、その通り、一国を一人に凝縮するという禁術によって生み出された。

 我ながら、恐ろしい力を持ったものだと思う。

 ……最近は、もっぱら燃料だったが。

 

「そんなわけで、俺は元から一人で戦うために作られた。だがな……誰も周りにいなかったわけではなかったんだ」

 

 最初の出会いは、俺が魔王になって半年が経った頃。

 

 俺はまだ、頭に刻み込まれた計画通りに近くにあった国を攻撃していた。

 斥候部隊を蹴散らし、城門を破壊し、都市部のほんの入口まで進攻したところで守備隊の本体と遭遇。そのまま総攻撃に恐れをなして撤退――そんな、筋書き通りの侵略を終えた後のことだった。

 

 誰もいない城に帰ると、食糧庫が漁られていた。

 コソ泥でも忍び込んだかと思い覗いてみれば、腹を膨らませて眠る子供が10人。

 身に着けた衣服は泥にまみれ、男か女かも判別がつかないほど汚れていた。

 

 とりあえず水をぶっかけてたたき起こしてみたら、驚いたのもつかの間、手で掬って飲み始める始末。

 仕方なく水を与えてみたら、図々しくここに住まわせろと言い放ってきたのだ。

 

『おまえ一人じゃこんな食えないだろ。オレたちが貰ってやる』

『ふかふかベッド! 服もいっぱい! これ使っていい?』

『……』

 

 その時の俺に、こいつらを殺す選択肢はなかった。

 情が湧いたわけではない。ただ俺が殺すべき相手は決められていて、こいつらはその範囲にいなかったというだけだ。

 

 まあ、どうせ任務以外は寝て過ごすだけ。

 なら城に子供が居ようがどうでもよかった。

 

『いいのかな?』

『いいんじゃない? 何も言わないし』

『てかなんでこいつ一人なんだ? こいつも孤児か?』

『そんなわけないでしょ! ……きっと、事情があるのよ、ね?』

『……』

 

 追い出しも殺しもしない俺を見て、子供たちが何を考えたのかは知らない。

 ただ結果として子供たちは城に居つき――なにかと俺にかまってくるようになった。

 

『蛇の兄ちゃん、また怪我したのか? 仕方ないなあー。また治療してやるよ!』

『あっ! 兄ちゃん! これ読んでもいい? いっぱいあったから……もしかして読めないの? じゃああたしが読んであげる!』

 

 どこかへ消えて傷だらけで帰ってくる俺を包帯で縛ったり、読み書きもできないのかと字を教えてきたり。

 勿論傷は放っておけば治るし、能動的に読まないだけで識字は可能だ。

 だがそれでも、それは魔王の予定にはない影響だった。

 

『おっ! お帰り、兄ちゃん』

『……ただいま』

『……!! しゃ、喋った! 皆、兄ちゃんが喋ったぞ!』

 

 ひと月が経ち、半年が経ち……一年が経った。

 俺たちはいつの間にか一つの共同体となり、俺には、失くされていたはずの自我が再び芽生えていた。

 ()()なる前の記憶も朧気ながら思い出し、自分が置かれた状況のヤバさと、ここに子供たちを匿う危険性も理解することができた。

 それ以降、俺は筋書きに従いつつも、生き残る道を探った。

 自分は最悪どうなってもいい。この子たちだけでも――。

 

『ねえ、お兄さん。私、見つけたよ。みんながみんなのまま、助かる道』

『……それは?』

『国をつくるの。誰のも見つからず、侵されない。――私たちだけの国を!』

 

 そして、いつしか家族となった俺たちは決めたのだ。

『私たちだけの国をつくろう』と。

 決して見つかることのない、彼らと、俺だけの居場所として。

 

「もしかして、それが……」

 

 ルナの問いにうなずく。

 

「俺らがこれから行こうとしている場所が、そいつらが暮らしていた村だ」

 

 その村の名前は、ピアパライカ。

 飢えと恐怖に苦しむ仲間のために、彼らのリーダーである少女が作った、「平和の楽園」を示す言葉なのだそうだ。いつか、辿り着ける理想郷として。

 

 

***

 

 

 長話をしているうちに、目的地の麓までたどり着いていた。

 道中は魔物が現れるたびにさっさと退治してしまい、またいくつか見つけた廃墟では人類史の収集も行えた。

 手に入れたのはほんのわずかな資源だけだったが、それでもルナにとっては収穫だったようだ。

 

 何より役立ったのは、イオの目の良さだった、

 特殊な眼球を持っているようで、長距離を、精密に観察することが出来るその力で、多くの魔物を事前に見つけることができていた。

 

「この辺りだよー。あとは、ここから登った先が目的地ね」

「……わかってはいたが、まるで違う場所だな。面影は一つもない」

 

 決して立ち入らないよう、人払いの術式も仕込んでいたりしたのだが、今となっては綺麗さっぱり消えているだろう。

 

 獣道すらない山の中を進んでいく。

 既に亜熱帯のような気候は消え失せ、吹き降ろす風は刺すような冷気を感じる。

 元々はこちらの方の土地が温暖な気候だったのだが。

 

「本当はさっさと俺を創った連中を滅ぼして、後はここでのんびり暮らすつもりだったんだがな。勇者が来て、台無しだ」

 

 あいつらが来た結果、緊急策でダミーの体まで用意することになったんだ。

 そして目覚めたら、この時代だ。

 勇者によって、俺の計画すべてが壊されてしまったといっていい。

 

「……案外、この際にいる特異主というのもその方々の誰かなのでは?」

「いや、それはないだろう。奴らは化け物ではあったがただの人族だった。こんな長く生き残りはしないだろうさ」

 

 そう、問題はそこだ。

 この先、集落で俺たちを待つ存在とは誰だ?

 魔王復活を察知して、誰も知らないはずのこの場所も知っていた。

 俺に縁がある人物となると……あまりいい想像はできない。

 いつでも蛇を出せるように、袖の中で魔力を吸わせていった。

 

「さ、この先よ」

 

 そうこうしている内に、目的地へとたどり着いた。

 傾斜のある岩肌と深い木々の間隙を縫って現れる細い山道。

 ここを少し登れば、目的の場所へとたどり着くはずだ。

 

「この先に特異主がいるんですね」

「そうなんだけど……あー、まずい。アイツ寝てるわ」

 

 握りこぶしを作って気合を入れるルナに対して、イオが遠くを眺めながらそう呟く。

 今、あいつと言ったか? いやそれよりも一体何が――と尋ねるその前に。

 

『――――!!』

 

 視界を阻んでいた木々の向こうから、巨大な影が現れて横を通り過ぎていった。

 そのまま、恐らく背後の木々に衝突したのだろう鈍い音が聞こえてくる。

 

「……いま、何か大きなものが通りましたね」

「……ああ」

 

 ちゃんとは見えなかったが、魔獣だろう。

 間違いなくルナや俺よりも大型であったが、それが吹っ飛んできたと?

 

「この辺りに生息してる霧鹿ね。大型で、霧に紛れて襲い掛かってくる嫌な奴よ」

「いや、魔物の種類はどうでもいい。なんでその魔獣が、今、向こうから飛んでくるんだ」

「この先に村を守ってる奴がいるのよ」

 

 魔王様は知らないだろうけど、とイオはやけに冷静な口調で告げる。

 

「その守っているのが特異主の方ではないのですか?」

「それとは別。特異主が眠っている間に、代わりに護る門番みたいなものねー……問題は、特異主と違って割と無差別ってこと」

 

 イオの言葉に応えるように、木々の隙間から灰色の巨体が姿を現す。

 肩周りが膨らみ、胴が僅かに窪んだ流線形の体躯。右腕には身の丈程の岩槍が握られており、歩くたびに重苦しい音が辺りに響く。

 見上げる程の巨体に顔はなく、磨かれた石の球体がその代わりとして頭頂部に埋め込まれている。

 故に視線も表情もわからないが、こちらに向かってきていることだけははっきりと理解できる。

 

 ――門番だと? そんなもの置いた覚えはない!

 

 悲鳴に近い声を内心で上げながら、魔力を込めていた蛇を抜き放ち剣の形をとる。

 そうこうしている間に巨人はどんどんと距離を詰めてくる。――やるしかないか。

 

「イオ、ルナを連れて下がれ」

「勿論! でも魔王様、悪いけどあれは壊さないでね。動きを止めてくれれば大丈夫だから」

「分かった」

 

 さらっと無茶を言う。

 だが、足止めだけでいいのならやりようはある。

 

「魔王さま、お気をつけ――」

 

 ルナの言葉をかき消すように、石の巨人が身体を屈めて飛び込んでくる。

 見た目から想像できない速度。加えて見た目通りの質量だろうから、衝突するだけで潰されて終わりだ。

 振りかぶった槍を、勢いを乗せて振り抜いてくる。

 押しのけられる大気の轟音を聞きながら、蛇を放ちつつ横へと跳んで回避。 

 

 立っていた筈の場所が撃ち抜かれて土砂が舞い上がる。

 まともに打ち合ったら間違いなく折れるか千切れ飛ぶ。

 

「この質量お化けめ……」

 

 だが目的は足止めなのでこれで十分。

 地面に放っていた蛇が素早く奴の足元に潜り込み、円環を作って魔法陣へと変わる。

 たっぷりと魔力を吸わせていたから準備は不要だ。

 

「縛れ、蛇!」

 

 鈍い光を放った魔法陣から、土で編んだ鎖が多数現れる。

 それらは幾重にも巨人に絡まり、その巨体を地面に括りつけていく。

 竜の捕縛にも使われる土の魔法。あの巨体だろうと抑える筈だが――。

 

 ギリギリと嫌な音が響いてきており、巨人もゆっくりと槍を投擲しようと構え始めている。

 なんて馬鹿力だ! 長い時間を抑えることは不可能だな。

 

「おい、イオ――」

「充分! ありがとう!」

 

 呼ぶまでもなくこちらに走ってきていたイオが、一直線に巨人へと近づいた。

 そのままその腕に手を触れると、

 

「ただいま!」

 

 と、一言だけ告げた。

 

「――――」

 

 その言葉を合図に、巨人は力を失ったように構えを解いてしまった。

 

「これでよし! 魔王様、もう大丈夫だから解いてあげて」

「ああ。分かった」

 

 蛇を解いて魔法陣を消すと、巨人は構えを解き、ゆっくりと振り返って山道を登っていった。

 本当に呆気なく終わってしまった。

 

「今のは何ですか、イオ」

「住人が使う合言葉。本来は近づいてくる前に言えばいいんだけど、先に魔獣が戦ってたからダメだったみたい。タイミング悪いわー」

「特異主が眠っている間はそいつで自動防衛すると。ちょっと……いやかなりの過剰戦力じゃないか?」

 

 住民以外は全て殺してしまいそうな勢いだったが。

 

「アイツ――特異主曰く、ここに人なんて来ないから大丈夫、だって」

「魔獣ならいいのか……まあいいのか」

 

 益獣なんて概念もあるが、『魔獣』という分類は全てがその逆の害獣にあたる。

 多少やりすぎても、多分大丈夫だろう。

 

「さ、これでもう大丈夫。行きましょ」

「はい……!!」

 

 後ろに吹き飛んでいった霧鹿を憐れんでいる内に、イオたちは先に進んでしまっていた。

 

「……いよいよか」

 

 変わってしまっている光景に困惑しながらも、今度こそ目的の場所へ進んでいく。

 そうして目の前に現れたのは、山の起伏と森に隠れて出来た天然の谷間に築かれた集落。

 

 場所を知らなければ絶対にたどり着けない、外界から隔絶された隠れ里だ。

 忘れもしない。俺があの子たちと作った集落だ。

 目の前に広がる簡素な家々は、俺の記憶の姿ほぼそのままであった。

 

「まさか、何百年たったと思ってるんだ……そのままだぞ」

「ずっと、残していたみたいよ。しばらくは子孫が。そして、そのあとはアイツが」

 

 そう言って、イオは集落の中央へと突き進む。

 

 彼女の行く先。煉瓦と木製の家が連なるその中心部に、簡素だが色とりどりの花が飾られた墓地がある。

 谷間に芽生えた巨大な一本の樹木。

 その周囲を囲むように石版を並べて造った、孤児になる前の子供たちの家族の名前を刻んだ墓。

 そして今は、あいつら自身の名も刻まれているのだろう。

 

 眠る前に見たものと変わらない、時が戻ったのかと錯覚するような眩暈のする光景に、しかし一か所だけ違うところがあった。

 四方を囲んでいたはずの石版が一つ欠けていて、代わりにこれまた石で作られた大きな玉座が設えていた。

 そして、そこに座り、祈りを捧げている女がいた。

 

 まず見えたのは、灰色の長い髪。

 屈んだ腰辺りまで伸びた髪は光を吸い込むようで、ルナたちと比べれば肉付きの良い体は、10代後半といった所。

 だが、その表情はよくわからない。

 何故ならば彼女の身体は石に覆われていたからだ。

 

 祈るように眠る少女の石像。

 明らかに俺の知らないその像の顔には、強烈に見覚えがあった。

 あり得ない。何故この顔がここにいる!

 

「おい、クソ女。お望みの魔王様をつれてきてやったわよ」

 

 呆然としていた思考を一気に引き戻される。

 口汚さも驚くが、こいつ今、この石像に話しかけたのか?

 

「あの、イオ? その像が一体……?」

「だからさっさと起きなさい!」

 

 ルナの問いも無視して、イオは像の足を思いきり蹴とばした。

 

 その瞬間、石像の表面に揺らぎがおこり、石が剥がれ落ちていく。

 

「石が……」

「これは一体……?」 

「……おはよう、イオ。無事に連れてきてくれたのね」

 

 と、同時に。動くはずのない像の口が動き、女の声が響いてきた。

 女は祈りを解き、ゆっくりと立ち上がった。

 その頃には岩の表皮は何処へやら。目の前に立っていたのは、瑞々しい肌の少女が立っていた。

 その顔は、どこか嬉しそうな、寂しそうな笑みが浮かんでいて――。

 

「お前は……」

「久しぶりです、魔王……私を覚えているようですね」

 

 冷たくて熱い、そんな言葉が似合う女だった。

 いつも対峙するときは兜に隠れ埃にまみれていたから顔が分かりにくかったが、その眼だけは忘れない。

 眠る前に焼き付けられた、その眼だけは。

 

「お前だったのか……勇者、エリ」

 

 俺を殺した異世界の勇者がそこにはいた。

 

 

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