人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第2話 人類は移住してました

 

「あれは……俺の城、か……?」

 

 無理矢理封印が解かれたと思ったら、人類が移住していて、更に我が……もう違うが、かつての居城が樹の飾りになっていた。

 ……いや、どういうことだ?

 

「なんだこれは……。たちの悪い夢か……?」

 

 呟いた言葉に視界が歪むような錯覚を感じる。……封印って、あまりにも長い時間されてるとおかしな夢を見るんだろうか。

 

「夢ではありません。現実です」

 

 頼むから黙っていろ。そこの銀髪無表情娘。

 せっかく人が現実逃避しているというのに……。

 

 だって、信じられるだろうか。

 俺の記憶ではついさっきまでその中にいて、戦っていたはずの居城だ。

 確かに火の手は上がっていたが、木製なのはあくまでも内装の一部だけ。

 火事程度でこんな有様になるはずがない。

 

 というか、俺の城があった場所は平原地帯だ!

 こんな巨大な木々が生えた森では決してない。

 ましてやそのほとんどが木に侵食されて、古びた史跡のようになっていることなど、絶対にあり得ない。

 

「ちなみに、あれはあなたの居城ではありません」

「なに? だが、あの刻印は間違いなく……」

「正確にはあなたが眠った数十年後、観光資源として改修された『英雄アルマの居城』です」

「アルマ……? 俺を殺した奴の名前じゃないか!」

 

 なにを勝手に人の城を居城にしているんだ。

 しかも観光資源にしただと……? どうしたら魔王の根城を観光なんて思考になるんだ?

 世界を滅ぼそうとしていた奴だぞ?

 人って……時間って怖い。

 

「一体、何が起きてるというんだ。誰か説明してくれ……」

「ですから、みなさん移住したんです」

 

 だからうるさいぞ、銀髪無表情娘……って。

 

「お前がいた! 頼む、この状況を説明してくれ!」

「はい。というか、先ほどそう言いました」

 

 そうだった。あまりの現実に我を忘れてしまっていた。

 

 一呼吸ついて、改めて辺りを見渡す。

 視界の中は一面の緑。

 伸びた苔が色鮮やかに大地を覆い、見上げる程の巨岩に、更にそれを突き破るようにして巨木が並ぶ。

 湿った大気は霧となって視界を覆い、遠くを見ることは叶わない。

 

 まるでどこか秘境にでも迷い込んだ気分だが、俺の記憶が正しければ、ここは大陸南東部に位置する大都市だった筈なのだが……。

 

 唯一わかるのが、ここにはかつて俺の居た城があったということ。

 銀髪娘が言うには、『俺の死後数十年たってから改修された筈の城』でさえ、木々に浸食されてほとんどが朽ち果てている。

 残っているのはかすかに残る石の土台と、枝に貫かれ樹冠に積もった瓦礫に刻まれた、魔王を示す紋章のみ。

 数十年では、決してこうはならない。百年でさえも怪しいだろう。

 

「俺はどれだけの時間、眠っていたんだ……?」

「ええ、よーく寝ていましたね。長いこと」

 

 娘はにこりともせずそう言った。

 

「何が起きたかは、後できちんとお教えします。ですので今は、私について来てください」

「ここじゃダメなのか?」

「死にたいなら構いませんが。勿論私は嫌です」

 

 ……ここはそんなに危険なのか?

 目で問いかけるも、奴はこちらに背を向けてさっさと歩きだしてしまった。

 冗談でも何でもない、そうするのが至極当然の動きであるかのように。

 

「それ以外、なさそうだな」

 

 大きく息を吐き出す。

 どうやら、とんでもないタイミングで目が覚めてしまったらしい。

 

 娘を追おうと歩き出す直前。ほんの数秒だけ、かつての居城の残骸を眺める。

 捨てるつもりだった場所だが、こうも無残に消えたのを見ると不思議な感慨が湧いてくる。

 もうこの城も、ここに住んでいた俺も、この世界には不要ですよと許しを得たような、そんな気がした。

 

「……そんなはずはないか」

 

 バカな考えに首を振って、少女の後をついていく。

 

「ここから先は無駄話はしないように。合図するまで、黙っていてください」

「ああ、了解した」

 

 このよくわからない世界を知るために、今は黙って従うとしよう。

 少し離れれば霧に紛れてしまうだろう小さな背中を追って俺も歩き出した。

 

 

***

 

 

 銀髪少女と連れ立って霧深い森を進んでいく。

 湿った草地は気味悪い感触を足に伝え、風なのか生き物の鳴き声なのかよくわからない音が辺りに響いている。

 視界に映るのは、どう考えても人の手なんて入っていない大自然ばかり。

 かつて大陸を繋ぎ人類の動脈となっていた街道も、魔物から身を護るための城壁も、今はすべて木々の下……いや、上か? どちらにせよ、栄華を誇った大都市は影も形も残っていない。

 ……本当に、どれだけの時間がたったというのだろうか。

 

「……」

 

 と、目の前を行く銀髪娘が方角を変える。

 彼女はこの濃霧の中でも目的の方向を正確に把握しているらしい。

 魔法を使用している痕跡はない。まさか、この原生林を全て記憶しているとでもいうのだろうか。

 

 湿った空気が肌に纏わりつく。その感触に、服の下がぞわりと震える。

 湿度だけではない。このあたりの魔力の濃さは異常といっていいだろう。

 耐性のないものが吸い込めば、一呼吸で卒倒する濃度だ。

 か弱い人類にとっては毒が漂っているのと変わらない。

 

 ……異常だ。どう考えても。

 

 ここが人の立ち入らぬ霊峰なら理解する。

 だがここは、かつて繁栄した大都市。その跡地のはずだ。

 手で探らねば満足に歩けもしない原生林が広がっていい場所ではない。

 ましてや吸ったら死にかねない魔力の霧が漂う場所でもない。

 

 ああ、間違いないのだろう。

 俺が眠ってから数百は軽く超える年数が経過しているということは。

 

「……」

 

 静かに前を進む銀髪娘を見る。

 だからこそ思う。こいつは何だ?

 こいつの話す通りに、人類は移住したとしよう。ならばこいつは何故ここにいるのか。

 

 全員が行かずに、残った者がいた?

 それはいるのだろう。でなければ目の前のこいつは亡霊の類だ。

 

 そいつらが、この途方もない時間を生き延びた?

 これも正なのだろう。やけに身ぎれいな姿と、なぜか通じる会話に目をつむれば。

 

 そして何故、俺を起こしに来た?

 わざわざ厳重な封印を破ってまで、ねぐらまで穴を掘って探してまでして。

 恐らくは大悪党どころか災害として伝わっているはずのこの俺を。

 

 そして何より。

 今、世界は一体どうなっているんだ?

 

 ……駄目だ。覚めた頭で考えてもやはり分からない。

 今は知らないことが多すぎる。

 すべてを知るには、結局この娘について行くしかないのだろう。

 やけに慎重な娘について、やけに歩きにくい森の中を進んでいった。

 

 

***

 

 

 それから歩くこと、数時間。……数時間!!

 本当にただの一言も発することなく、俺たちはひたすら無言で歩き続けていた。

 一度の休憩もせず、碌に立ち止まることさえせず、銀髪少女は前へと進む。

 俺のこの身体は特別製だ。この程度の運動で疲れるようなやわなものではないが、それでも方角も碌に分からない原生林を歩き続けるのはうんざりしてくる。

 それでも淀みなく進み続ける、どう見たって十代の少女の背を見て思う。

 

 ……一体、何者なんだこいつは。

 

 もう何度自問したか分からない言葉を浮かべていた、その時。

 目の前の少女が不意に足を止める。

 慎重に周囲を見渡してから、ようやくこちらに振り向いた。

 

「着きました」

「……ここが? 何も見当たらないが」

 

 そう告げる彼女の後ろは、今までと変わらない密林。

 正直同じところをぐるぐる回って戻ってきたと言われても信じてしまう光景が広がる。

 なにもあるようには見えないのだが――。

 

「あなたがそう言うのならば、安心です」

 

 そう言って、おもむろに目の前にあったやけに太い木の根を鷲掴みにし――。

 

「よいしょっと」

 

 持ち上げた。

 なんて馬鹿力……ではなく、その先には明らかに人工物とわかる、塗り固められた空洞が存在していた。

 

「入口……? 隠してるのか」

「こうでもしないと安心できませんから。さあ、入ってください」

「入ると言っても……」

 

 どう見ても、穴は結構な急斜で下に向かって伸びている。

 一体どれだけ先まで――。

 

「すみません、急いでいます。さっさと飛び込んでください」

「……っ!?」

 

 背中を女に突き飛ばされ、穴へと落とされた。

 大地の中を貫く筒を加速しながら滑り落ちていく。

 時折、壁面に埋め込まれた灯りが通り過ぎて行くのを呆然と眺めながら、体感約数秒後。

 視界は突如開け、俺は空中へと放り出された。

 

「――――っ!?」

 

 地下深く、広大な空間が目の前に広がっている。

 

 そこは巨大な木の根をくり抜かれた様な場所だった。

 奥に見える壁は遥か遠く。樹の下だってのに日の光があるかの如く光に満ち、壁面は絡み合った巨大な根が詰め込まれている。

 そして、眼下に広がるのは――

 

「……本当に、随分と長い時間が経っているらしい」

 

 落下中であることをすっかり忘れて、呟いた。

 

 落ちていく景色の先。目の前に映るのは巨塔の群れ。

 塩を固めたかのように、白い四角い何かが広大な空間に敷き詰められていた。

 

 ある四角は縦に伸び、窓らしき穴が開いている。

 その横には潰れた球状の建物や、所々は見慣れた三角や四角屋根の家屋らしきものもある。

 それらの共通点といえば、そのどれもが無機質な程に白く、整然と並べられていることだった。

 

 大都市はあろうかという規模の巨大な白の構造物群。

 それが、深き森の地下に広がっているのだ。

 

「……はは、なんだ、これは……」

 

 こんなものは知らない。

 

 そうだ、一目見れば判る。

 歩くのに怯え、吸うだけで死にそうな魔力漂う外の世界。

 人の気配はまるでない、廃墟のような白亜の地下都市。

 そして木の飾りとなったかつての俺の城。

 

 ここはもう、俺の過ごしていた時代とはまるで違う、遥か未来なのだと否応なしに理解した。

 だからこそ思わずにはいられない。

 

 ――俺は、一体どれだけ長い間眠っていたというのだろうか。

 

 

 そのまま墜落するかと思われたが、空中に敷かれた魔法陣によってあっさりと落下は減速され、そのままふわりと底へと降り立った。

 

「ここは、一体……」

 

 呆然と呟く俺の背後に、あの少女が降り立った。

 相も変わらずにこりともせず、彼女は俺を見て頷いた。

 

「無事にたどり着けて、一安心しました」

 

 暗く深い空間に透き通った声が消えていく。

 反響されない声を聞きながら、魔法による空間投影などではなく本当に見たままの景色が広がっているのだとぼんやりとした頭で考える。

 

「ここに俺を連れてきたかったのか、お前は」

「ええ、その通りです」

 

 そう言って、彼女はゆっくりと歩き出す。

 俺の前まで進んだ所で不意にその足を止めると、こちらへと振り向いた。

 

「ようこそお越しくださいました。過去に謳われし魔王さま」

 

 今までの不遜な態度はどこへやら。慇懃にお辞儀をして、娘は告げる。

 それは、王を称える臣下のように。

 

「ここは、この世界を放棄した人類の残した最後の都市。人類史の保管庫――記録都市リヴラです」

 

 地下に広がる白亜の都市。空虚な張りぼての都市の前で。

 かつて世界を滅ぼそうとした魔王相手に、たった一人の少女は願いを告げる。

 

「突然目覚めさせてしまい申し訳ありません。ですが、私にはどうしても貴方が必要なのです」

「……一体、何を……」

 

 屈辱の戦いの果て。長い眠りの末に。

 どうやら俺は、厄介な運命に巻き込まれたらしい。

 

「どうかお願い申し上げます。私と一緒に、この世界を再生してもらえないでしょうか」

 

 こうして、俺とこいつの、途方もない物語が幕を開けた。

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