人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
かつて人類を滅亡の間際まで追い込んだ大厄災――魔獣戦役。
意思ある魔獣たちが結託して人類全てを滅ぼそうとした、有史初めての人型三種族滅亡の危機。
その発端となった場所が、大陸南東端にある山脈。通称「無命群峰」。
不毛の山として有名で長らく人の手が入っていなかったその場所は、当時力をつけた人類による魔獣狩りが横行したことによって追いやられた魔獣が寄せ集まり、育った地となった。
種どころか存在自体の消失の危機に、本来意思疎通すらしない魔獣たちが結束したのだ。
人型三種と魔獣の、種をかけた生存闘争は人側の勝利で幕を閉じた。
だが土地柄なのか呪いなのか、それ以降も強い魔獣が頻出し、結果的には人の立ち入らない禁忌の場所となっていた――というのが俺の時代の認識だ。
それが、今は林業の街ときた。
かつての最終決戦の際に無命群峰で最大の高度を誇った大陸第四位の高嶺は撃ち砕かれ、広大な扇状地帯へと変わったという。
広大な領域が掘り返され、結果的に肥沃な大地が生まれたのだろう。
多くの植物が芽生え、この地域は巨大な林業地域として成り立っていたようだ。
魔王城が観光資源化していたり、地下空間に街が詰め込まれていたりとおかしな変化を遂げていた最後の人類史だが、この場所も例外ではなかったらしい。
人工的に植えた木々を育成し管理伐採することで、安定した木材供給を実現した。
魔獣の被害は変わらずあったようだが、それよりも肥沃となった土地を求めて管理がなされていたそうだ。
人類滅亡しかかった原因の土地で林業とは……相変わらず訳の分からない変化だ。
「時代が経つとこうも変わるか……」
長い時を経て、荒れた丘陵地帯は緑に覆われた風景に変わり、緩やかに上る傾斜には多くの木々が生えている。
ただリヴラ周辺と植生が違うのか、木は細く、代わりに高さがあるように思えた。
「この地域で採れる木材は魔力の伝導率が高く、素材として非常に重宝されていたようです」
「ほう、そうなのか」
ならばいくつか伐採して持ち帰るのもいいだろう。
「ここも一度荒廃したのですが、修復者によって直されたようですね」
バックパックを背負ったルナが言う。
今回は俺も大きめのバックパックを背負ってきている。あんまり頻繁には来られない場所だから、多くの資材を回収できるように。
手にした地図を見つめ、行く先を指さす。
「この先、丘陵地帯の直前に目的の街はあるようです。急ぎましょう」
地図をしまって走る手前の速度で進もうとするルナのバックパックをつかんで止める。
「待て待て、初めての場所だろ。もう少し慎重に……」
「大丈夫ですよ。ここはまだ植木屋のテリトリーです。まだ再活性していないうちは、安全です」
「だといいんだが」
立ち上がり、森の奥へと歩き出した。
初めて訪れる場所は、大抵碌なことがないのだが。
嬉しそうに進むルナにそれ以上は言えず、黙って後を追っていった。
***
だが勿論、道中で何も起きない筈はなく――。
「これは、まずいですね……!!」
根によって盛り上がった場所に身を隠しながら、ルナが叫んだ。
その言葉とほぼ同時に飛び込んできた、骨ばった狒々のような大鬼を蛇で両断する。
勢いよく断たれた肉体が両後ろへと飛んでいく。返り血は蛇に纏わせた風で吹き払う。
だがすぐに蛇を構えなおす。
眼前の木々からは、まだ同じような連中が顔をのぞかせている。
両腕が異常発達し、腕だけで俺の胴よりも太いそいつらは、
山間部に住み、繁殖力も高いために狩人たちにとっては登竜門とされる魔獣だ。
本来は一mほどの背丈しかない筈が、二mは優に超えるサイズになっているのを除けば、馴染みある姿だ。
「どういうことだこれは! 魔獣だらけじゃないか!」
林業を行っていたという地帯に足を踏み入れた途端に、こいつらは現れた。
待ち受けていた獲物を狩るように、やつらは俺たちに襲い掛かってきた。
軽々と木に登り、全方位から襲ってくる魔獣相手に進むことは躊躇われ、直ちに引き返したのだが、血気盛んな一部はまだ追ってきていた。
ルナを隠しつつ応戦していたのだが、続々とやってくるのでキリがない。
「おかしいんです。グラウルがこの地域にいたなんて、記録が……」
「俺のいた時代はこいつらはどこにでもいた! くそっ、やっぱり碌なことがない」
槍を放ち、突き立った直後に爆破。それでも片腕がもげる程度だ。
鉱石竜といい、固いなこの時代の魔獣は!
このままだと押し切られる。
「悪いルナ。少し無茶するぞ」
先ほどから魔力を吸わせていた蛇を一斉に放ち。一回りの巨大な魔法陣を作る。
圧を感じたのか、鬼たちがじりと退がる。
「撃つと同時に走れ」
「はい……!!」
頷くのを見て、魔法陣へ向き直る。
腕鬼は火に弱い。だがここで火は厳禁だろう。
幸い、やつらは鼻が利かない。
視界さえ塞げば……。
「潜れ、蛇!」
魔法陣に魔力を込めた腕を突き入れ、蛇を放つ。
魔法を吸って青い光を帯びた蛇は拡散し、地面へと潜り込んだ。
直後、溜め込んだ魔法が解き放たれ、眼前に視界を覆う氷壁が現れた。
木々も、鬼も巻き込んで、数十メートルにわたる氷の壁が出来上がる。
「行くぞ、ルナ!」
「は、はい!」
既に駆け出していたルナを抱えるようにして、全力で走り出す――が。
「――――ッ!!!」
その行く手を遮るように、腕鬼が一体眼前へと降り立った。
他の個体より明らかに大きく、特徴である腕が紫色に変色している。
特殊個体、もしくはこいつらの主なのか。どちらにせよ間違いなく強い。
何かしらの能力で飛び越えたか、元から回り込んでいたのだろう。
他にも似たやつがいるかも不明だ。直ぐに殺して走り抜けるしかない。
「蛇……!!」
腕から五本、蛇を取り出す。槍をさらに太く、鋭く固めていく。一点突破で殺しきるよう、魔力を全力で込める。
「――――ッ!!!」
鬼の腕、ひじに開いた大穴から魔力が噴きあがる。
恐らく加速装置になっている。それで氷壁を越えたのだろう。
放たれるだろう一撃を避けて頭を撃ち砕く――そう決めて走りながら力を込めた、その瞬間。
腕鬼のさらに上から、灰色の影が降り立ちその巨体を踏み潰した。
それもまた巨大な四足獣。光を帯びた長い髭がふわりと揺れる。
その特徴的な髭は、リヴラ周辺を治める髭狼の魔獣であった。
「主の魔獣!?」
「なにかわからんが、丁度いい!」
「え? わっ――!?」
ルナを前へと放り投げ、押さえつけられた腕鬼の頭に蛇槍をぶち込む。
退け、という前に察知したのか髭狼はそのまま前方へと跳んで行った。
口内に突き立った蛇を解き放つ。
瞬時に頭部から腹へと潜り込んだ五本の蛇が、一斉に爆発を起こした。
分厚い皮下帯も無視して、腕鬼の身体は四散していく。
足元に張った蛇の防御壁で衝撃を受け止め、そのまま踏み台にして前方へと飛び出した。
滑るように地面へと着地。
その前には、ルナを咥えた髭狼がいた。
……受け止めようと思ったのだが、その必要はなかったようだ。この髭狼、やたらと賢い。
「流石です、魔王さま……!!」
「いや、こいつがいなければ危なかった」
ルナを下した髭狼を見て安堵の息を吐く。
助かったのだが、なんでこの魔獣がここにいる……?
「ありがとうございます。髭狼さん。なんとお礼を言えばいいか……」
頭を下げるルナを無視するように、髭狼は歩き出した。
だが少し歩くと、俺たちの方を振り向いて立ち止まる。
「……? どうしたんでしょうか」
「……多分だが、ついて来いと言ってるんだと思うぞ」
それならばここにこいつがいる理由は分かる。
俺たちを探していたらたまたま戦闘中に出くわしたのだろう。
何故俺たちを探しているのかは、わからないが。
「で、どうする。行くか?」
「行きましょう。あの魔獣は悪意を感じません」
「……だな。後ろの壁も、長くはもたない。追うぞ」
「はい!」
氷壁を殴りつける音を背に、森をあとにした。
***
無事にやつらを振り切り、髭狼の後をついていく。
だが彼の足は速く、立ち止まる気配もない。こちらを案内しつつも悠長にするつもりはないようだ。
仕方ないのでルナを抱えて走って後を追う。
しばらくして、森の合間に聳える巨影が見えてくる。
木と蔦に絡まれて原型を失くしつつあるが、それは建造物の跡地であった。
髭狼は、その中へと消えていった。目的地はこの場所らしい。
直ぐには追わず足を止め、ルナを降ろした。
「ここは……」
欠けてはいるが天を突くように伸びる石塔。今は無数の蔦に覆い尽くされてしまってはいるが、色とりどりの煉瓦が積まれ、かつては色鮮やかな姿をしていたのだろう。
文明の一部が壊れずに自然と共有するこの景色は、何度見ても奇妙に感じる。
どこか美しさすら感じるその建物の外観には、ある意匠が刻まれていた。
絡まる枝が環を成し、その中で丸まって眠る赤子のような人型の描かれた紋章。
風化し苔むした岩に刻まれたそれは、俺のいた時代でもよく見たものであった。
「あれは教会か?」
「ええと、ここは――ああ、この場所ですか」
ルナは納得したように手をたたき、俺の方へ振り返る。
「仰る通り、ここはかつて教会があったようです。この地方でも大きな教会でしたので、まだ残っていたのでしょう」
「頑丈に造られるものだが、ここまで残っているとは……」
時代、情勢によっては簡易要塞としても使われる。
文化としても重要なだけに、保護するためにも堅く造られているのだ。
「見る限りは俺の時代と変わらないように思うが、この教会はどこのものだ?」
人類史末期に残っていた程に
ルナは「人類史には数多くの信仰が生まれましたが――」と前置きをした上で、
「ここの教会はその中でも最古の信仰。魔王さまの時代から続いている、樹神教のものですね」
その答えにやはり、と頷く。
あの意匠は間違いなく樹神教のものだった。
――樹神教。
世界は一本の巨大な樹から創られ、生命はそこから零れ落ちた果実だとする信仰。
数多の命は、この巨大な樹を循環して巡っていくのだという。
特に古くから自然と共に生きてきた妖精たちの信仰厚く、そこから獣人と人間にも伝え広められてきた。
信仰というよりは世界の歴史として語られる事の方が多い創世神話は、俺の時代では誰でも知っていた。
勇者による技術革命で世界の有り様が大きく変わろうとも、その信仰は変わらず残っていたらしい。
人というものが長い時間を経ても変わらないという、その証なのかもしれない。
まあ、こうして捨てていったわけだが。
「それも今は、ただの廃墟か……」
だが今はこうして朽ち果て、魔獣である髭狼の居場所となっているらしい。
彼等にすれば、神の威光を示す神殿も、他より丈夫な寝床でしかないのかもしれない。
「さあ、主さんの後を追いましょう」
「ああ」
腐って抜け落ちた扉を抜け、ゆっくりと中へと入る。
中は巨大な吹き抜けになっており、上にアーチを描いた身廊からさらに上へと突き抜けた塔のような構造をしている。
天井にはかつて色とりどりのガラスがはめ込まれていたのだろう。
僅かに色を帯びた光が中心部へと降り注ぎ、ほとんどが腐って伽藍となった聖堂内部を彩っている。
光の降り注ぐ中央部には巨大な樹が一本生えており、長い時を経て天井部分まで到達してしまっているようだ。
「中身も変わっていないようだな」
これが樹神教の教会の特徴だ。特定の樹を植え、育て、彼らはそれを偶像としてあがめるのだ。
「主さんは居ませんね……」
「あそこに階段がある。その先じゃないか?」
樹の右奥側。成長した樹によって崩されただろう壁の向こうに、地下へと続く階段が見えた。
上階もあるようだったが、恐らく木造だった階段は腐り落ちたのか見当たらない。
他に行く道はなさそうだと、二人で階段を下っていった。
その先は、聖堂に比べれば小さな――それでも広間と呼んでよい規模の石の部屋が広がっていた。
奥側の天井には採光用の窓が付けられており、地下と言えど室内は明るく照らされている。
周囲は何かは分からない金属塊が並んでいるが、目を引くのは部屋の中央部分だ。
そこには、鳥の巣のように金属片や木材が集められた寝床が作られており、そこに眠る、大きな影があった。
「寝てる……? あの主さんでしょうか?」
くすんだ銀の体毛を持つ、ルナの倍はあろうかという巨躯。
穏やかに眠るその姿は、大きさを無視すれば可愛らしいと言えるかもしれない。
「いや、あの大きさはまだ子供だ。本物は……後ろだな」
「え……?」
「――――」
振り返ったルナの眼前。
いつの間に回っていたのか、音もせず俺たちの後ろに寄っていたあの髭狼が、鼻先を彼女に触れさせた。
「…………!!!!」
声にならない悲鳴をルナが上げた。
こいつのこんな表情は初めて見るなと、ふとそう思ったのだった。