人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
それから半日をかけて、破癒装置の修理は完了した。
浮かぶ青い光に素材を組み合わせていき、全ての素材が埋まったことを確認すると、ルナが最初と同じように魔法陣を生み出した。
「素材、不足なし。構造、エラーなし。修復準備完了――いきます」
そう告げるとともに、ルナの手が魔法陣に触れ、素早く紋様を弄り始めた。
途端に青の光が収束していき、浮かんでいた素材が触れ合う。
その境界付近に浮かんでいた箱型道具の部品が近づくと、その先端から眩い光が弾け――金属部品を接合し始めた。
「――――っ!!」
破癒装置の至る所から閃光と音がばちばちと跳ね回り、無警戒で眺めていた俺たちの視界を焼いた。
咄嗟に閉じた視界が戻る頃には、ルナの前には先程まで光で映し出されていた破癒装置が、形をもって現れていたのだった。
「――ふぅ!」
大きく息を吐き出したルナが手のひらを差し出すと、浮いていた白い部品たちが集まって、元の箱型へと戻る。
結果をみれば、ほんの数時間で破癒装置の修理は完了したのであった。
だが、まだ終わってはいない。
呆然とする俺たちへと、ルナが勢いよく振り向いた。
「これで、完成です……!! 直ぐに治療を!」
「はいはーい。エリ、そっち頼んだ」
「うん!」
早速完成した破癒装置の中に小狼を寝かせる。
持ってきた魔石もすでに入れてある。直ぐに装置は起動し、小狼の傷口に赤い光が降り注いだ。
傷口から体内に入り込んだ毒を破壊する回復魔法。
上手く動作したようで、しばらくすると変色していた傷口は赤色に変化し、本来の傷口に戻ったように思う。
「あれ? これでは傷口はそのままなの?」
「はい。破魔は怪我や欠損を治すものではありません。代わりにこちらを使います」
そういって取り出したのは、青い液体で満たされた小瓶。
それは俺の時代にも見覚えのあるものだ。
「回復薬か」
「ええ、こちらならストックがありましたから。幸い、内蔵までは傷ついていないようです。魔獣なら、これで充分治る筈です。最後にこれで……よし」
ルナが液体を傷口に振りかけると、僅かに発光したのち、しゅわしゅわと煙が上がり始める。
彼女はすかさずバックパックから白い布を取り出し、傷口を覆うように胴体に巻いた。
傷口固定のためだろう。
回復薬は文字通り回復魔法の効果を宿した薬液だ。
患部に振りかけることで治療するが、即効性は弱く怪我の規模によって完治までは数日かかる。
「この傷なら10日もあれば回復するでしょう。それまでは安静にしてあげてください」
「――――!!」
了解した、とばかりに髭狼は鳴いた。いつの間にか髭の赤光は消え、青い穏やかな色に変わっている。
髭狼は愛おしそうに小狼に鼻先を触れさせた後、ルナの目の前で体を伏せた。
それはまるで主に頭を垂れる騎士の様で、その姿には敵意も一切感じない。
「ぬ、主さん……? いったい何を……」
突然の髭狼の行動に、ルナは慌てたように視線をさ迷わせる。
だがそれでも髭狼は微動だにしない。……ルナの反応を待っているのだろう。
「そいつ、ルナにお礼を言ってるんじゃない?」
「そんな! 私はできることをしただけですから。ほら、起きてください、ね?」
恐る恐るといったように髭狼の頬に触れる。
その手を払うことも唸ることもなく、鼻先を彼女の手にこすりつける。
親愛を示すその動きに、ルナは一瞬驚き固まるも、直ぐに――そしてようやく笑みを浮かべた。
「……お子さんが無事でよかったです。本当に、良かった」
そうして呟いたその言葉は、震えていた。言葉だけではない。ルナの全身が震えてしまっていた。
それほど身体を酷使していたのだと、今更気が付いたかのように。
「わわっ……!?」
「――――!!」
そのせいで前へとバランスを崩したルナの身体を、素早く回り込んだ髭狼の顔が支えた。
敵意などまるでない、それどころか親愛すら感じるその行動に、ルナがありがとうございますと、柔らかな笑みを浮かべるのであった。
……不思議なものだ。
魔獣と人間に造られたルナ。本来敵対するはずの二人がこうして心を通わせるとは。
人類がいた時代なら絶対にありえなかっただろう。
そしてここにいたのがルナだったからこそ、起こった奇跡と言えるだろう。
「良かった……!!」
ふと音がしたので見てみれば、エリが泣いていた。
いや泣くどころか号泣してるぞこの勇者。
一方のイオを見れば、彼女は彼女で腕を組んでうんうんと頷いている。
こっちはこっちでおっさん臭い。
……まあ無事に終わったのなら良かった。
ルナが自分から行動した事に驚きはしたが、彼女の中で変化があったのだろう。
髭狼と触れ合いながら柔らかな微笑みを浮かべている彼女は、俺を目覚めさせた時から大きく変わっているように見える。
それが彼女にとって成長と呼べるものであることを願おう。
「さて、無事に治療も済んだんだ。そろそろ戻ろう……その前に、だ」
何より、何よりだ。
俺たちが今一番欲しいものをリーダーは手に入れてくれた。
「なあ髭狼。俺たちには今お前の力が必要なんだ。ちょっと遠くまで行く用事があってな、お前の足が欲しいんだ……協力してくれるよな?」
俺たちに必要な物資の運搬。
それに最適な人材が目の前いるではないか。
はっ、と俺の意図に気が付いたルナもまた髭狼に触れる。
「そうです。あなたの力を貸していただけませんか、主さん」
「――――!!」
ルナを囲むようにして立った髭狼が、答えるように咆哮を上げた。
こうして、奇妙なパーティーにまた一人、魔獣が加わることになった。
***
これは、もう誰も覚えていない遥か昔の記憶。
この場所が森に呑まれる前であり、この教会に人の営みがある頃のこと。
『司祭様、ありがとうございました!』
『気を付けて帰ってくださいね』
この教会は、樹神教会の信者たちが通うほかに治療院としての役割があった。
街の治療所に通うお金のない人々が集まり、ついでに樹への祈りを捧げ――ここには常に賑わいがあった。
そんな教会前に、一匹の狼がやってきた。
『あら? あなた、怪我しているの?』
近くの森から現れた、少し大きな獣。
司祭と呼ばれた女性が、その獣の真っ白な身体が赤く染まっていることに気が付き、手を伸ばす。
弱っていたその獣は抵抗せずに受け入れ、久しぶりの温かな感触に目を細めた。
『安心して。樹神様は種族を選ばす。わんちゃんでも関係なし、よ?』
そうして女性は獣の身体を抱き上げ……ようとして重くて持ち切れず、結局人を呼んでの大治療となった。
怪我自体は直ぐに治り、可愛がられて餌付けもされたその獣は、教会の番犬?として居つくことになった。それこそ、人類史の最期まで。
『ねえシロ。私がいない後でも、この教会はあなたの家だからね。だから、お願い。あなたの気が済むまででいい。ここを護って?』
『――――』
『――本当? ありがとう。……あ、でも、ずっとは駄目よ? あなただって立派な雄なんだから。いい子を捕まえて、群れをつくるんですよ。その時は、見せに来てね?』
『――――!!』
『ふふっ、ありがとう。シロ。じゃあね、また、いつか、巡った先で……』
それは、遥か昔の記憶。
触れた温もりに目を細める髭狼さえも摩耗してしまった、それでも確かに存在した、一つの小さな物語である。
***
それから今後についてを相談し、髭狼とその子供はリヴラで預かることになった。
湖上都市アルトへの遠征に必要な物資の運搬、それを髭狼に任せることにしたのだ。
こいつなら大型のバックパックを背負うことで、必要な物資を運ぶことができるはずだ。
仲間になった以上、名前がないと不便だろうということで彼らの呼び名も決めた。
命名はルナだ。というか、彼女以外の言葉を髭狼はあまり聞いてくれない。
俺の言葉は渋々聞くが、残り二人、特にイオの言葉はほとんど無視していると言っていい。
あとなぜかエリを怖がっている。エリは泣きそうになっていたが、あのお化け身体能力を見せられたら魔獣だってビビると思う。実際並走された時ははっきり分かるくらいビビっていたぞ。
ともかく、巨狼の方は「クア」。小狼の方は「マンダ」と名付けられた。
どちらも過去に存在した伝説的な魔獣の名だ。
やはりというか、ルナは大体過去の絵物語を好むらしい。
ちなみに廃教会からの帰りは、俺とルナがクアにまたがり、イオはエリが背負うようにしてリヴラへと戻った。
「ちょっと! 速い! 揺れるってばああああ!?」
イオは散々叫んでいた。魔物に気づかれるからやめてほしいが、あの移動方法を見ると流石に文句は言えなかった。
リヴラに着いてからしばらくはマンダの治療を行いつつ、周辺の探索をしていくことになった。
本来ならすぐにでもアルトに出発はできるのだが、治療を終えてからでないとクアが安心できないだろうとルナが決めた。
無論反対意見はなく、せっかくなのでしっかりと準備をしようと、しばらくはゆっくりとした時間となった。
ルナは治療と装備の準備。
イオはルナの代わりにリヴラ全体の管理を。
残ったエリと俺は、クアを連れて周辺の探索だ。
「……」
「……なあエリよ」
「はいっ! なんでしょう、魔王」
「いや、そこの資材も回収してほしいんだが……」
「わっかりました!」
未だに緊張しているのかいちいちリアクションの大きいのが気になる。
あのピアパライカでの神性すら感じた立ち振る舞いは、どこにも見当たらない。
……まあ気にはなるが、どうせ長い付き合いになるのだ。その内慣れてもらうしかないだろう。
「おい、その辺脆いから気をつけろよー。……なあ、あれどうすればいいと思う?」
「――――」
ダメもとの問いには、鼻息しか返ってこない。
ちなみにクアは常時バックパックを背負ってもらっている。
クアに背負ってもらうために紐ではなく胴にくくりつけられるようにベルト式に変えたので、彼もまた身軽そうだ。
ちなみに、クアは雄だった。他にも仲間の髭狼がいるようなので、種が途絶えることはないだろう。
人類的にそれがいいのかはわからないが。
クア、俺、エリのチームの強みは移動速度だ。
俺を乗せたクアとそれについて来られるエリの組み合わせのおかげで、周辺の探索速度がかなり上がったと言っていい。
おかげでリヴラ周辺の探索はほとんど完了した。これで憂いなく遠征に出られるだろう。
またマンダの方は治療中毎日のように犬ジカたちが突撃してきて、そのたびにクアに追い返されていた。
が、マンダが目覚めたころには慣れたのか放置しはじめ、回復した後はいつも一緒にいるようになった。
友達ができたようで何よりだが、毎朝ベッドに突撃してくるのだけは勘弁してほしい。
犬ジカはともかく、マンダはしっかり魔獣の子供だ。じゃれあいのパンチも結構痛い。
そして、俺たちの集めた資材はルナとチビルナによって多種多様な装備へと変わっていく。
スコープや弾が増えたとイオが喜んでいたが、俺としては飲料の充実がとてもありがたい。炭酸と呼ばれる飲み物は喉が焼けるかと思ったが、慣れると癖になってくる。
そんなこんなで、ルナの準備も終わりアルト遠征の支度が整った。
ルナを背に乗せ、巨大特製バックパックを背負ったクアを連れて、俺たちは初の長期遠征へと旅立つ。
「いざ、湖上都市アルトへ!」
「――――!!」
かつて妖精たちが暮らし、人類史末期には栄華を誇った水上都市。
今度はいったい何が待ち受けているのか、俺自身も楽しみになってきていた。
***
俺たち四人とクアのチームで、アルトを目指し北上していく。
アルト自体は北西に位置しているが、まずは北上し森林地帯を抜ける考えだ。
その先は草原地帯が広がっており、移動しやすくなるだろうとルナは言う。
アルトがあるのは位置的にもルミナス鉱山地帯の北西だから、草原が広がっているというのも間違いないのだろう。
移動中は先頭をエリが担当し、そのすぐ後ろにイオがつく。
殿をクアが務めて、ルナはその上に跨っている。俺はその間だ。
緊急事態はエリがイオを抱え、クアが俺を咥えて逃げるための布陣。
この先はどんな魔獣が出てくるかわかったものではないからな。
だがこの布陣で問題が一つある。
それは、ルナが歩かないせいでやけに饒舌だということだ。
「ですから湖上都市アルトは錘状の構造をしていてですね、その先端は湖底に向かって伸びる塔となっているんです。その湖底エレベーターが本当に絶景なんですよ……!!」
歩き始めて三日目。この話ももう何度目になったか。
前を行くエリとイオは二人で会話をし始め、クアでさえ耳を伏せている。
眠るときはルナを守るようにしている癖に、話は聞かないつもりらしい。
結果的に、俺が話を聞くしかなくなっているのだ。
ただ黙って聞いていると精神がおかしくなりそうなので、適宜気になることを聞き、話を逸らすようにしている。
人類史末期の妖精たち。湖上都市アルトの成り立ち。目的でもある洋服設備の概要など。
そして今気になっていることは――。
「だがそのエレベーターも今は稼働していないんだろ? 水の中にある設備がまだ生きているとは到底思えないな」
「……問題は、そこなんですよね。これまで多くの設備を見てきましたが、水の中にあるものが耐えられているとはさすがの私も考えてはいません」
だからこそ惜しいのです、とルナは項垂れる。
栄華を誇った文明が失われる損失――人類史をよく知る彼女だからこそ感じる悔しさなのだろう。
「俺からすれば、あの広大な湖にどんな魔獣が生息しているかが恐ろしくて仕方がない」
「それは私も恐ろしいです……」
水棲系の魔物の恐ろしさは、何よりその力強さだ。
水の中に生きているからこそ巨大な体積を持つ彼らは、地上で守りを固めようが飛び込んでぶち壊すほどの破壊力を有している。
そうして一度水の中に引き込まれれば、もう彼らの独壇場。
水中で彼らに勝てるのは、本当にごく一部の強者だけだ。
「海竜種に海獣種。記録に残るものたちが巨大化していると考えると……」
「……今のうちに、戦い方を考えておこう」
できれば戦いたくはないのだが、無理だろうな……。俺の蛇は水中は苦手なのだが。
そんなことを話しているうちに日没が近づいてきた。
そろそろ野営の準備に移るのだが、周囲にはちょうど良い広場など存在しない。
相変わらず隙間もなく生えている木々が続いており、リヴラを出てからそういった場所はほとんどなかった。
だが三日目になると我々ももう慣れたもの。
俺たちは立ち止まり、ただ一人エリだけが先に進む。
しばらくして立ち止まると、腰をわずかに屈めてエリは腰の聖剣に手を伸ばす。
「――ふっ!!」
一息、一閃。彼女の周囲に銀閃が奔ると、風が広がり、それに合わせて木々が倒されていく。
まるで風に押されて倒れたようだが、その断面は驚くほど滑らか。
聖剣の剣身を伸ばして、一気に木を切り倒したのだ。
全ての木が倒れると、10mほどの広場が出来上がる。
「いいですよ、魔王」
「ああ」
勿論株は残るから、そのあとは俺の役目だ。
蛇を放って広場全体を包み込む。エリがこちらへ跳んでくるのを見届けてから、魔法を行使する。
「湧け、蛇」
蛇の魔法陣の下にある土が動き出す。
広場の株の隙間を埋めるようにして土が盛り上がっていき、円形のステージが完成する。
「ルナ、できたぞ」
「お二人ともありがとうございます」
最後はルナ。
クアのバックパックから取り出した白い袋をステージの中央に置く。
ぱん、と彼女が手をたたくと、それは拡大し大きな四角い構造物に変わる。
リヴラにあるような、立方体の簡易テント。仕組みは聞いてもよくわからなかったが、四人で寝泊まりするには十分なサイズだ。
中には照明と、薄いが柔らかな寝床が設置されている。
ルナが遠征用に用意したこのテントのおかげで、かなり快適な旅を送れている。
イオがテント周辺に配置している魔物除けと、クアがテント前に待機してくれるおかげで、夜間の魔獣襲撃もほとんどない。
これまでは蛇を配置して警戒し、襲ってくるたびに追い払っていたのだが、その必要がなくなったのが特に嬉しい。
不満があるとすれば俺だけテントの端に追いやられて仕切りで身動きが殆ど取れないことくらいだ。
ただそれがないとエリが眠れないらしいので、仕方ないのだが……そろそろ慣れてくれないものか。
***
それからさらに六日が経ち。俺たちは変わらない景色の中を、天至山脈を頼りに北へと進む。
「……しかし、おかしいですね。もうそろそろ平原地帯にたどり着いてもおかしくない筈ですが」
地図である魔紙を眺めながらルナが首をひねる。
彼女の見立てでは、もうすでに西へと向かう位置まで来ているとのこと。
だが、その目印でもある筈の平原地帯は一向に現れていなかった。
「予定より遅れているのか?」
「そんなはずはありません。移動速度だけならむしろ速いくらいです」
エリとクアのせいか魔獣が襲ってくることも殆どなかった。
現れてもイオとエリのコンビがさっさと退治しているから、それが原因で遅れていることはあり得ないだろう。
「……北に進んでいるのは間違いないはずだ。昨日から、やけに暑いしな」
「あ、魔王もですか。実は私もかなり暑くて……」
エリが疲れたようにそう言った。
イオやルナは温度の影響は殆ど受けないのかわかっていないようだったが、外気温は昨日から一気に上がっていた。
何より、木々の密度も上がり、足元は低木や草で満たされ邪魔で仕方がない。
前訪れた工業地帯と異なり、熱帯に近い気候になっていた。
「そんな! ここら一帯は乾燥した草原地帯のはずです。そんな訳は……」
ますます地図を睨みつけながらルナは言う。
「方角を間違えた可能性は?」
「ありません」
「お前の知識が――」
「ありえません!」
確信したルナの言葉に頭を抱える。
いや、今まで彼女が間違っていたことはない。
聞いておいてなんだが、そこは信頼している。
だからこそ、頭を抱えずにはいられない。
「……では、考えられる可能性はあれか。この一帯の気候が変わった、と」
これまで何度もあったことだ。
知識に間違いがないのなら、おかしいのは、変わったのはこの世界の方だと。
「信じたくはありませんが、そのようです。ここはもう、目的地だったかつての草原地帯です」
「マジ? それって本来と違う地形になってるってことだよね。ここもなの?」
俺がかつて過ごした魔王城――改めソラウス城周辺も、草原地帯から密林地帯へと変化していた。
「はい。形はどうあれ、気候や地形に大きな変化がある場所が幾つも存在しています。一体何が原因なのか……」
「……どうやら、それだけじゃないみたいだよ。皆、これを」
エリが近くになった木の根元にしゃがみこんでいる。
彼女が見ているのは先程から無数に見ている、この辺りに群生している木の一つ。
根元近くで幹が二股に分かれている、少しだけ特徴的な木だとは思ったが――。
「え? これは――」
「木の幹から、木が生えている……?」
近づいてよく見れば二股に分かれているのではなく、
その先で二つの幹は絡み合い、結果として一本の巨大な木になっているように見えていたのだろう。
「ちょっと待て、じゃあさっきから生えてたやつも全部……?」
「そうみたい。あんまり木は詳しくないけど、初めて見るね、こんなこと」
試しに幾つかの木を調べてみたが、侵食の位置こそ違うが似たような状態になっていた。
他にも色鮮やかなとある低木は、枝から別の花が数種生えているようであった。
これから向かう視界の先、ほとんどの木々も同様だろう。
幹から、枝から、別の木々が生えている。
――まるで、
「ルナ。植木屋でこういったことは起こるのか?」
「少なくとも、私が遭遇した中では初めてです。でも、森の中で発動したらあるいは……」
でも、と言葉が続く。
「植木屋は荒れた地や街に森を生やす存在のはずです。わざわざ自然が復元された場所に森を生やすのは、彼らの行動には反するはずなのですが……」
確かに考えられる可能性としては植木屋だけだ。
森の中で強制的に森を生やす力を使えば、こんな奇怪な光景が生まれるだろう。
だがそれは自然を再生するという彼らの目的からは大きく外れる行為だ。
だってこれは、彼らが求める自然ではありえない。
「ともかく、北上は止めて西に行きましょう。今の目的は、アルトです」
「了解した。……少し、気を引き締めないとな」
奇妙な出来事に、全員が口を閉ざして先を急ぎ始めた。
そして、そのまま歩き続けてしばらく。
さらに森は密度を増し、視界はどんどんと悪くなっていく。
濃密な魔力と暑さで体力も気力も削がれていく。加えて、魔獣なのか何かの鳴き声が辺りに響いていた。
――そんな時、突然ずんと大地が揺れる。
魔獣にしては大きな振動にすぐ反応したエリが近くの木に跳び乗った。周囲をさっと見回りして――それを見つける。
「魔王、ルナ! あれを!」
エリが指した方を見ると、その先には見覚えのある巨大な姿、植木屋だ。
「あの街の奴が動き出したのか?」
「まさか、早すぎます!」
巨大ゆえに、想像するより植木屋の足は速い。だがそれにしてもこの位置にいることはあり得ないとルナが叫ぶ。
「――――!!」
今度はクアが吠える。
いつの間にか近くの高台に登っていた彼のもとにエリが跳んでいき、すぐに戻ってくる。
「どうした、何があった?」
「……植木屋です」
「何?」
「植木屋がいました。……しかも」
そう言って、彼女は指を二本立てる。
それが意味するところは、つまり――。
「植木屋が、複数いた? ……そんな、まさか……」
「植木屋だけじゃないわよ!」
イオが銃を構えると、すかさず発砲する。
直後、巨体が上から降ってくる。猿の姿をした魔獣で、イオの銃撃で右肩が吹き飛ばされていた。
その音を合図に複数の個体が木々の隙間から現れる。
先ほどからの鳴き声は、こいつらのものだったらしい。
「魔獣の巣ですか! 数が多いですね……」
勿論この数相手だろうが戦うことができる戦力だ。
だが、既にこれだけの数がいるとなると巣の規模の底が知れない。
何より、戦っている最中に植木屋がやってきたら一巻の終わりだ。
「ルナ、お前は西を指示し続けろ! 全員、ルナの指示する方角へ全力で移動! 邪魔するのは魔獣でも植木屋でも突破するぞ!」
「は、はい! あちらです!」
「「了解!」」
ルナの指した方向へと全速力で駆け出す。
エリの刺突やイオの銃撃で道を切り開き、後続は俺の蛇で撃ち落としていく。
魔獣の巣と化していた密林地帯を、俺たちは全速力で駆け抜けた。
***
一方その頃。
主たちのいなくなった地下都市リヴラでは、チビルナたちにより最低限の管理が行われるのみで、残っていたマンダと犬ジカは暇を持て余していた。
親であるクアの代わりに自身が都市の番人になると意気込んでいたマンダもまだ幼い。
そもそも驚異の来ないリヴラの環境にすっかり慣れたこともあり、その日は餌を食べた後は牧場で呑気に眠りについていた。
故に、無人となったルナの工房に起きた変化に番犬たちが気づくことはなかった。
それは突然現れた。
何もないはずの空間が縦に切り裂かれ、その間から『腕』が現れたのだ。
それは手探りであたりを物色した後、無造作に置かれていた本を一冊手に取った。
ルナの研究の成果であり、魔王を探し当てた彼女の成果ともいうべき研究ノートを拾い上げ、その手は裂け目の中に消えていく。
直後、するりと裂け目は消えていき、初めからそこには何もなかったように元の部屋に戻っていた。
が、その直前。裂け目から楽し気な声が漏れる。
「――ほう、これは面白い! 実に興味深い!」
だがその声も、裂け目の消失とともにかき消えてしまうのであった。
***
俺たちが足を止めたのは、日没が過ぎてしばらくが経った頃であった。
すっかり暗くなった密林の中を、俺の蛇の明かりだけを頼りにして進んでいたのだが、それも限界と倒れこむ。
「……撒いたか」
「なんとか……ああもう、血でべっとり」
主に前面を血で濡らしたエリが泣きそうな声でいう。勿論全部魔獣の返り血だが。
彼女は最前面で切り倒し続けていたから特に汚れがひどい。
「運が悪いわね、魔獣の巣に突っ込むなんて」
「本当にな。南東といい、やけに魔獣が多い」
「確かにどちらも元から魔獣が多い地域でしたが……それにしても異常ですね」
地図を眺めながらルナが言う。
彼女は彼女で方角を見失わない様にクアの上から指示を飛ばしていたから、疲労も溜まっているようだ。
「帰り道は迂回していこう……ああっ、水が欲しい……せめて顔を洗いたい」
「そうだな。だがまずは寝床の確保だろう」
「はいよ。じゃあアタシとクアで水場は探してくる。明かりを貸して?」
「お願い! じゃあ私たちはいつも通りの広場作りね」
血だらけの衣服を身にまとったエリが剣に手を伸ばす。
味方だと分かってはいるが、思わず身構えそうになる恐ろしい光景である。
そして寝床の準備を終えたころ、イオたちが戻ってきた。
どうやら水場を見つけたようなのだが、その顔は思案気だ。
どうしたと問うと、直接見た方が早いと言って案内をしてくれた。
意外と近くにあった水場は一見、川に見えた。
だが促されるようにのぞいてみるとすぐに違和感に気が付いた。
「これは水路か?」
川は岩で滑らかに舗装されており、どう見ても人の手が入っているようであった。
「そのようです。……もしかすると、街が近いのかもしれませんね」
上手くいけば明日にはたどり着けるかもというルナの言葉を信じ、その日は予定通り野営することにした。
念のため交代で番をしていたが、魔獣が襲ってくることがなかったのが幸いだった。
***
翌日、改めて西へと旅立った。
やはりというか、昨日見つけた水路の先は西に向かっているようで、そのまま沿って進むことにした。
進むにつれて水路は大きくなっていき、分岐したり新たな水路が現れたりと町が近づいていることが予想された。
まだ遠くに植木屋は見えるし、魔獣の襲撃も度々あったが、すっかり慣れてしまったので気にせず突破して進んでいった。
そうしてさらに二日。
俺たちは、ついにアルトへとたどり着いた……のだが。
「これがアルト! 綺麗ですね、魔王さま、勇者様!」
「そうねルナさん! 私もこんなに幻想的な場所、随分と久しぶり」
「嘘でしょ……」
「なんだこれは……」
眼前の光景に呆れるイオと俺。
一方でルナとエリははしゃいでいた。
この異常気候や、植木屋・魔獣の存在。
そして考えないようにしていたが枯れたはずの水源が復活していることなどから想像できる、碌でもない事態が目の前に広がっていた。
つまりは、今回も現実は想像の遥か上をいっていて。
具体的に言うと、木々生い茂る美しい都市が目の前にあり。
流れる水路も至るところから吹き出る噴水たちも稼働しているようで。
二百年という長い時間を経てなお、水上都市は動き続けているらしかった。