人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第二章 竜と魔獣と乙女と骸骨
第32話 帰還


 

 

 巣に巣食っていた主を討伐し、アルトでやるべきことは今度こそ終わった。

 帰還準備もすべて整い、俺たちは今度こそリヴラへ向けて出発した。

 

「お外、ひろいですねー!」

「……凄い。木がいっぱい」

「んで暑い! おい、これから何日歩くんだ……?」

 

 小さな妖精二人はクアに乗ってもらい、残りはのんびり歩いていく。

 ロアも見た目の通りあんまり体力はないようだが、そこまで急ぐ道程でもない。彼に合わせてゆっくりと進む。

 

「この速度なら15日程でしょうか。行きよりは早く帰れる筈です」

「うへぇ……遠いな……」

「ししょー、がんばって!」

「がんばれ」

「へいへーい。……まあ、この人数なら安全か」

 

 行きに見た植木屋二体はどこかへと消えていた。やはりあのマナホールに反応し、アルトを目指していたのだろう。

 これではっきりとした。彼らは文明ではなく、文明が発し、消費する魔力――正確にはロアの提唱する源素とやらに釣られて現れるのだ。

 

 数多くの都市が未だにその姿を保ち、けれど図ったように我々の前に植木屋たちが現れていた理由はこれなのだ。

 ルナと最初に訪れた都市が植木屋に呑まれたのも、俺が食料設備を起動したからに他ならないのだろう。……都市の探索は、これまで以上に気を付けて行わなければなるまい。

 

 長い移動時間の中で話すことは、お互いのこれまでのことだ。

 特にヤマが知りたがったので、俺たちの目覚めから今までについて、もう一度、今度はもっと詳細に話していった。

 

 俺がエリに倒され、ルナに起こされこの旅が始まったことを。

 そして数百年の時を経て、この時代で再び巡り会ったことを。

 

 ――気付けば、目覚めてからもう数か月。

 ルナ一人から始めた世界復興も、今ではこれだけの仲間が集まったのだ。

 そう考えると、感慨深いものがある。

 

「特異主ねぇ……。んで、お前が世界相手に戦った魔王で? そこのエリがお前を殺した異世界の勇者と」

「別の世界、そんなのがあるんだ……」

「行ってみたいですねー、うみちゃん!」

「駄目。危ない」

「失礼な! 平和ですよ! ……千年前はですけど」

 

 ヤマたちの冗談に反論するエリだが、自信がないのか尻すぼみになっている。

 確かにこの世界の人類はエリたちの故郷である異世界へと旅立ったが、転移した先が安全かは全くわからないんだよな。

 本当に、人類はよく移住する気になったと思う。

 それ程までに、当時の世界は荒廃してしまっていたのだろう。

 

 行きの道中では困惑した地形の変化も、帰り道は風景として楽しめるようになっていた。

 奇妙な形の木々も、これはこれでオブジェみたいで面白い。

 それらを眺めながら気だるげに歩くロアを見る。

 

「それで、お前はどこにいたんだ? ロア」

「オレはアルトのもっと西だ。昔は大陸中央にでっけえ交易地があってな。そこから南に下った山の中で寝てたんだよ」

 

 禁忌の錬金術師ロア。

 俺がいた時代よりも更に数百年は昔に存在したと言われた男だ。

 人の身には不可能と言われた金属魔法を使いこなし、それでいて外見は少年の姿をした奇妙な存在。

 あまりに古い時代の人間である彼の記録は大したものが残っておらず、寓話の様な物語が一部伝わっているのみである。そして、そのどれもが世界最悪の大罪人として描かれている。

 

 ――曰く、多くの人々を金属に変え正義の味方に討伐された。

 ――曰く、獣人のお姫様を攫い、金属の像に変えるも、彼女は王の接吻で元に戻った。

 

 等々。特に多くの民の命を奪ったとして獣人種からは不倶戴天の敵として語り継がれていたという。

 だが、それ故に彼の存在は物語として世界中に広まり、結果、人としての彼の最期を知るものは世界のどこにもいなかった。故にルナも場所の特定をすることができずにいたのだ。

 

「寝てた? 封印されてたとかじゃなく?」

「お前と一緒にすんな。オレは別に世界と戦ってたとかそんな大層なことはしてねえよ」

 

 不貞腐れたようにロアは言う。

 

「ただ、ちょっとした実験でやらかして獣人に目をつけられただけだ」

「……どんな実験だ?」

「核を取り出して、生きたまま動かせるか試したんだよ」

「お前……人体実験か!」

 

 核はすべての生物の体内に存在する魔力生成機関だ。

 心臓とは異なり、血管で体内のほかの機関とつながっているということもなく、珠のような形状で胸の中心部に埋まっているという。

 勿論俺の身体にも入っているし、クアの体内にもあるだろう。

 あらゆる生物が持ち、特に魔力を扱う生命にとっては何よりも重要な器官である。

 ただ独立しているとはいえ、他の臓器と同じく、本体が死ねば活動は停止する。

 こいつがやろうとしたのは、他人の核を抜いてもそのまま使えるようにできるか、と言ったもののようだ。

 

「てことは、お前の首飾りの珠は……」

「ああ。核だ。ただ勘違いするなよ。別に誰かを殺してひっこ抜いたわけじゃねえ。ちゃんと了承は得てるんだぜ? ……それが獣人の偉いやつだっただけで」

「十分すぎるだろ……」

 

 当然、生きている生物の核を引き抜けば死に至る。

 流石古代の人。俺たちとは倫理観が明らかに違う。

 

 しかしあいつの魔法の絡繰りは、やはりあの珠にあるようだ。

 生物はその核ごとに異なる特性を持つという。人類において、それは量や質――扱える属性で判断される。

 他人の核を自在に使えるなら、確かに多様な魔法を使うことができる。

 複数の核を操れば、本来ヒトには扱えない筈の金属魔法ですら可能にするのかもしれない。

 

 それは、人類の文明においてはあまりにも規格外すぎる能力だ。

 もしこいつが別の時代――俺の時代や、恐らく最後の人類史に生きていたとしても最大級の危険人物として扱われていただろう。

 

「で、追われたオレは地下洞窟の最奥に逃げ込んで、眠ったんだよ。ほら、オレの魔法なら違和感なく入口を閉じられるだろ。目覚めたときは助かったー!って思ったよ。……まさか、こんな状況になってるとは思わなかったがな」

「それは同意する」

 

 エリもうんうんと頷いている。

 俺よりもずっと長い間眠っていたわけだしな。

 別の世界になっていたと言われても不思議ではない。

 

「んで、目覚めたら洞窟はでっけえ魔物だらけだし、外もそれよりでけえ魔物で溢れかえってるしで、慌てて移動したんだ。そしたら……アルトっつったか? あの街に着いたんだよ」

 

 後はお前らも知ってる通りだと、ロアは手をひらひらと振る。

 

「……でだ。そういうわけでオレは核ってもんに詳しくてな。おいエリ、お前魔法使えないだろ?」

「え? はい。そうですね」

 

 突然話題を振られたエリが驚きながらも頷く。

 

「お前にはオレの魔法が一切効かなかった。んなこと、本来あり得ねえんだが、お前が違う世界の人間っていうなら可能性がある。恐らくだが、お前には核がない。だから魔法が使えないし、補助魔法も効かない」

「……確かに、私の世界にはそんな器官はありませんでしたね」

 

 自らの胸に手を当ててエリが言う。

 彼女は世界を渡るときにその身体が作り替えられたはずだが、核までは形成されていなかったということらしい。

 ひょっとすると他の勇者もそうだったのだろうか。一人魔法を使うやつがいたはずだが……。

 

「ほお、異世界には魔法がねえんだな。……ふむ、この世界にはあってあっちの世界にはない。何の違いだ? 面白いな……」

 

 それからロアはぶつぶつと何かを言いながら、顎に手を当てて何やら考え始める。声をかけても反応すらしなくなってしまった。

 あの様子だと、しばらくは自分の世界に閉じこもりそうだ。

 かなり腕の立つ魔術師ではあるが、その根底は研究者なのだろう。

 ロアのことは置いておいて、俺たちは戻った後のことを相談する。

 

「まずはウミさんの場所を作らないとですね」

「うん、お願い。力に目覚めてから大分余裕ができたけど、やっぱり水がないとダメ」

 

 今は定期的に水筒から体に水をかけて補充している。

 それらが飛び散ることもクアに掛かることもなく、彼女の周囲に膜のように留まっている。見ているこっちからすれば涼し気な光景だが、本人にとっては我々の呼吸と同じくらい重要なものらしい。

 

「はい。場所さえ作れば後は水源はありますので、穴を掘らないとですね」

「それなら私たちが。ね、魔王」

「ああ。それくらいならお安い御用だ」

 

 穴掘りは過去には城攻めにも使った手法だ。

 破壊するしか能のない魔法だが、こういう時には役に立つ。

 

「それが済んだら、マナホールの捜索か?」

「……はい。具体的な座標まではわからないですが、大まかな位置ならわかりました」

 

 ルナ曰く大陸を十字に、四つに分割したらそのそれぞれにマナホールがあるのだという。

 北東、南東、南西、北西――四大地方と呼ばれる、かつてこの大陸の覇者たちが分割支配した領域にそれぞれ存在しているということだ。

 この世界は一つの大きな大陸で成り立っており、細かな島はあれど他に大陸は存在していないと言われている。

 海路を使う必要がないので移動自体は楽なのだが、それでも大陸全てを周る、長い長い旅になるだろう。

 

「流石に今回のように歩いて遠征というわけにはいかないな」

「そうですね。新たな拠点と、拠点間の移動手段が必要になります」

「車とか、列車とか?」

 

 列車については初耳だったが、トロッコの豪華版だとイオが教えてくれた。

 一時は大陸を縦断するほどの距離を走るものもあったのだとか。

 

「線路は……間違いなく残ってないでしょうね」

「道路すら残ってないからねー。難しいと思うよ」

 

 むしろ橋がきちんと残っていたアルトが奇跡だとイオが頷く。

 

 

「なら、次は大陸内の移動手段の確保だな。……空とか飛べたら楽なんだが」

「竜種とか、残ってないのかな?」

 

 空を見上げながらエリが言う。

 ワイバーンならこの間切り倒していたが……。

 ここでいう竜種は、より上位の存在である知能を持つ魔獣もしくは霊獣の方だろう。

 

 霊獣は、獣の姿をした妖精種、が最も簡単な説明だろうか。莫大な量の魔力で編まれた魔力体を有し、寿命は存在しないと言われている。

 それ故存在としては希少で、大抵は空に近い霊峰や妖精種の住まうコロニーの周辺などに生息している。

 人を超える知能を有し、時には人に力を貸すこともあったという。

 いれば移動手段としてとてもありがたいだろうが……。

 

「うみちゃん! このげーむっていうのおもしろいです!」

「ちょっと、動きすぎ。見えない……!!」

「……妖精に近い種族だからなぁ」

 

 多分、再び生まれていても小さいだろう。

 俺たちを運べるとなると、魔獣の方を頼るしかない。

 が、魔獣はほぼ間違いなく敵対する。クアのような例外を探すのは相当に骨が折れる作業になるだろう。

 結局、歩くしかないのだろうか。

 

「幸い時間はある。ゆっくり方法を探っていこう」

 

 修復者の行動原理もわかった今は、周辺の探索さえも焦る必要がない。

 ここのメンバーは寿命の心配も殆どないから、ゆっくりと調べていけばいい。

 

「……そうですね。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 ルナの言葉に全員が足を止め、笑顔で頷いた。

 それぞれ出自は違えど、リーダーの下目的は一つだ。

 

 そして数日の旅を終えて、俺たちはリヴラへと帰還した。

 

 

***

 

 

「犬ジカちゃーん!」

 

 いつもの歓喜の声を上げ、イオと犬ジカはひしと熱い抱擁を交わしている。

 毎度の見慣れた光景だが、それも久しぶりなせいか、ホームに帰ってきたのだと感じさせる。

 

「おい、魔王……なんだあの生き物」

 

 ちょいちょいとロアが俺をつついてくる。

 わかるよ、その感想……。

 ビビるよな、あの生き物。

 

「かわいいですねー!」

「でしょー? 犬ジカちゃんていうのよ」

「犬……? シカ……? ウミ、わかるか?」

「知らない、あんなの」

 

 頭を抱えだしたウミとロアをおいて、まずは集めた資材やらを収納するために倉庫へと向かう。

 クアの背に括りつけたバックパックを外し、資材を格納していく。

 金属片や石材、僅かに残った布地などの資材類はそのまま倉庫へ。

 まだ機能が生きている機械や道具類はチビルナたちの工房へと運ぶ。

 

「イラッシャイ!」

「新しい素材を持ってきました。こちらの格納をお願いしますね」

「リョーカイ!」

 

 床に置いたバックパックから、チビルナたちが資材を回収して運んでいく。

 彼女たちは修繕に特化した人造人間。戦闘力も知能もない分、その能力は優秀だ。

 先ほどヤマたちが遊んでいたゲームと呼ばれる携帯玩具も森の中の街で見つけたのをチビルナが修理したものだ。エリが持ってきたものをあげたらしい。……なんで持っていたのかは知らないが。

 ウミの池づくりのためにチビルナを借りて、工房をあとにする。

 

 残った魔紙媒体は、ルナとイオが図書館へと運ぶ。

 しばらくルナは資料の解析と分類に明け暮れることになるだろう。その間俺たちは引き続き周囲の探索や資材集めに戻ることになる。

 クアとマンダは再会を喜び舐めあっている。

 ロアもまたどこかへと消え失せていたが、あいつは好き勝手やっているのだろう。

 

「では、私は資料室へと向かいます」

「ああ。ウミの池は俺たちで作っておくよ」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 ルナと別れた俺とエリは、ウミのための池を作ることに。

 まずはルナ作の大型ガラスケースに水を入れて一時的な水槽を作る。

 そこに入ってもらって、俺たちは作業に入る。

 

「いよいよウミちゃんのいけづくりですねー! 楽しみです!」

「……うん、嬉しい」

 

 ……なぜか、ヤマも一緒に入っているが。

 気持ちいいのだろうか。

 

「ウミ、どれくらいの大きさがいい?」

「ある程度体が浸かれば平気」

「わかった。場所は……広場で良いか」

 

 どうせ場所だけなら沢山余っている。

 折角だし、少し派手にいこうか。

 

 蛇を放ち、地面の上で四角く繋げる。

 大体20メートル四方のサイズまで広げた所で、地下へと蛇を降ろす。

 更に、その上に被せるように、長い蛇を丸めて魔法陣を造った。

 

「エリ、いいか」

「何でしょう?」

 

 とてとてと近づいてきたエリに、魔法陣を指さす。

 アルトへの旅を経て、この勇者とも気楽に話せるようになったのはありがたい。

 ……未だに、一定距離には近づかせてくれないが。

 

「これを全力で殴ってくれ」

「……? これを、ですか?」

 

 いきなり地面をぶん殴れと言われて、首を傾げている。しかも過去散々戦った、爆発する蛇付きだ。困惑するのも無理がないか。

 

「いちいち掘り返すのも面倒だ。お前の力と爆破で、一気に掘り起こす」

「成程……わかりました!」

 

 直ぐに意図を察して腕を振り回すエリからウミたちを連れて離れてから、蛇に吸わせた魔力を解き放つ。

 直後、エリが大地へと拳を振り下ろすのに合わせて、魔法を起動させる。

 

「爆ぜろ、そして湧け、蛇」

 

 金の光が迸ると同時、大地が揺れ、エリの馬鹿力を蛇が囲んだ全てに伝播させる。

 爆発と勇者の一撃に挟まれた土は潰され……熱と圧で綺麗な穴を作り出す。

 行き場を求めて彼女の周囲に飛び散った土を地面から迫り上げた蛇の壁で止めると、人一人が入るには十分な器が出来上がる。

 あとは盛り上がった壁の部分をチビルナたちに固めて、排水機構を掘ってもらえば、円筒型の簡易池が完成だ。

 

「おー!」

「あっという間にできちゃった……」

「結構固いですよ、これ。ここに水を注げば完成ですね」

「いや、流石にちゃんと補強してもらった方がいいだろう。後でルナに頼まないと……」

「そいつはオレがやるよ」

 

 パン、と乾いた音が鳴る。

 淡い光が穴を奔り、穴の表面を白い岩が覆っていく。

 金属魔法の一種だろうか。これで漏水の心配も不要だろう。

 

「ししょー!」

「おう、ヤマ。ここスゲーぞ。あとで見て回ろうぜ。ウミもな」

「ロアか。どこ行ってたんだ?」

「勿論この街の調査だよ。オレの時代の建物まであったぞ。変な街だな、ここは」

 

 面白いからいいんだけどな、とロアは懐から石を取り出し穴へと放り投げた。

 ウミたちの入る水槽にあるのと同じ……いや、それよりも二回りは大きい魔石。

 

「それは?」

「来る途中で会ったルナに渡されてな。これが水源になるんだと……おー、すげえな」

 

 言うが早いか、あっという間に大穴に水が満たされた。

 

「これで完成だな。水草とかは追々足していこう」

「みなさん、ししょーもありがとうございます!」

「ありがとう。これなら、十分」

 

 これでウミ用の水場作りは完了だ。

 今使っている水槽は、家の中でそのまま使ってもらえばいいだろう。

 

「あとはヤマとウミの家だな。どこがいい?」

「うみちゃんのお水に近いところがいいです!」

「だとすると、この辺りだな。あそこは俺の家だからダメだぞ。他のにしろ」

 

 周囲には新旧様々な住居が並ぶ。

 俺の家となっている元木造のロッジ風の家のほかにも、レンガや見た事のない堅い石材の家など様々だ。

 どれも白いのが残念だが。

 しばらく家を眺めた後、ヤマは俺の方をばっと振り向いて笑った。

 

「じゃあヤマはまおーさまの家にしますー!」

「ダメ。こんな奴と一緒に寝るの、危険」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ……」

 

 しかもヤマ、お前は家を決めるのが面倒になっただけだろう。

 結局ロアに二人を任せて、残った俺たちはルナに合流することにした。

 

 

***

 

 

「ではこの魔道具を倉庫にお願いしますね」

「リョーカイ!」

 

 びしっと敬礼をするチビルナたちに荷物を任せて立ち上がる。

 疲労という概念はない体だが、流石の長期稼働に負荷を感じてしまう。

 うんっと一伸びをしてから、最後の荷物に向き直る。

 

「あとは本ですね。図書館へ行きましょうか、イオ、犬ジカさん」

「おっけー!」

 

 満載だったバックパックも、気づけばもうすぐ空になる。

 今回の遠征で多くのものが手に入った。

 技術も素材も知識も、そして何より新しい仲間も。

 皆強くて頼もしくて、信じがたいことに、私の夢を手伝ってくれている。

 

 世界を元通りに戻すこと。

 少し前まで、それは私の我儘ではないかと思っていた。

 世界は今の姿が正常で、私はまた世界をおかしくしようとしているんじゃないかと。私を造った人類がそうしたように。

 

 でも違った。

 世界はやっぱりおかしくて、それを直すことが私の本当の役目なのだと知ったのだ。

 だから私は全力でこの世界を治そうと、そう決めたのだ。

 手を貸してくれる皆のために、私自身のために。

 そして、私に願いを託した、あの人のために。

 

「いい情報、載ってるといいね」

「……はい」

 

 これからしばらくは、アルトで見つけた魔紙の読み込みにはいる。

 特にマナホール内で手に入れたいくつかの資料は、きっと今後に役立つ情報を与えてくれるだろう。

 

「イオもありがとうございます。あなたがいなかったらここまで来られませんでした」

「いいってことよ。アタシたちはあんたを守るためにいるんだからさ。……後の二人は、いないけどね……」

 

 頬を掻きながらイオが言う。

 あの時は本当にすべてがダメになったと思って、私たちは別の道を歩んだんだ。

 だけどもしここに二人がいれば、彼女たちもきっと力になっていてくれただろう。

 

「二人とも、どこにいるんでしょうね」

「さあねー。でも、会えるでしょ? これから大陸中を回るんだからさ。あいつら、驚くぞー」

「ふふっ、そうですね」

 

 あの二人なら必ず生きている。

 そしたら私の成長を知ってもらおう。

 

 そのまま図書館へと向かっているとき、一緒にいた犬ジカが鳴き声を上げて駆け出した。

 

「あ、ちょっと犬ジカちゃん!?」

「一目散に、私の部屋へ……? だめですよ、犬ジカさん!」

 

 イオの静止にも止まらず、向かう先は私の書斎だ。

 あそこは紙があるから、入ってはダメと言っていたのに。

 

「追うよ、ルナ」

「は、はい!」

 

 慌てて後を追って書斎へと向かう。

 でも、おかしい。

 入ってはダメと躾をして、犬ジカも覚えてくれたはずなのだけれど。

 

 犬ジカに続いて書斎へと入る。

 そこには――。

 

 

「痛い痛い! 離してくだされ!」

 

 犬ジカが唸り声をあげながら、そこにいた人に噛みついている光景だ。

 いや、人かはよくわからなかった。

 

 だって、そこには腕だけがあったから。

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「痛いですよ! 離してくだされー!」

「……」

「……」

 

 だが声は聞こえるし、腕は動いている。

 

 この世界でも初めて見る怪奇現象がそこにあった。

 

「……なに、これ」

 

 イオの声に、ふと腕の動きが止まる。

 ぎゅるんとイオたちの方に手が向き直る。

 見えない口から放たれた声が、二人に届く。

 

「おや、どうも、お邪魔しております」

「いや――――!!」

 

 だからイオの絶叫が響き渡ったのは、仕方のないことだと思う。

 

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