人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
ルナの下へと向かう途中、突如聞こえてきた叫び声。
イオのもののようだが、彼女が叫ぶような事がそもそも緊急事態だ。
慌てて声のした方へと全速力で向かう。
「ルナの書斎か? あそこでなにが……」
「急ぎますよ、魔王」
剣に手をかけエリが言う。
イオをよく知る彼女だからこそ、事態の重さを理解してるのだろう。
そのまま二人で室内へと飛び込んだ――のだが。
「おーよしよしよしよし」
目の前に飛び込んできたのは、呆然と立ち尽くすルナとイオの姿。
そして何故か腹を見せて寝転がる犬ジカと……それを撫でる、片腕だけの化け物。
「……」
「よしよし、かわいいですなー」
飛び込んだ俺たちも驚愕に固まり、しばらく男と犬ジカの声だけが響いた。
「これは一体……?」
絶対に非常事態なのだが、犬ジカのせいでどうも締まらない。
「おや、皆さんお揃いで。これは失敬。少々お待ちを」
そのまま呆然としていると、腕の付け根部分、何もなかった筈の場所に縦に切れ目が走った。
空間に、穴が空いたのだ。
腕だけだった筈の怪物は、肩、胴、頭と現れ――、一人の男が出てきた。
「いやー、無事に戻られて良かったです。ひょっとしたらこのまま戻らないのではと、我輩ひやひやしました」
ホッホッホッと笑うその男の頭は、髪ではなく毛に包まれている。
続けて現れた身体には、大きな翼が1対。
身体の一部が獣と似通う種族がいる。彼は恐らく――。
「獣人――いや、混血か」
「はい、ええ。そうですね、我輩は梟人と人間の
くわっと鋭い目を開き、男はこちらを見渡した。
その手には一冊の本が握られている。
『特異主 魔王』と書かれたその本は、ルナが自身の願いのために行った研究の成果だ。
「この本です! これを執筆されたのはどなたですか!」
腹の底から響かせる気迫で男が叫ぶ。
空気が震え、エリと揃って思わず後退る。
なにこの圧力……。
というか、都市にいきなり侵入して聞くことがそれか?
まあ、とりあえず、危険はなさそうだ。
別の意味で恐ろしい男のようだが……。
「それで! どなたなのです! これを書いたのは!」
再びの圧に、全員がルナを見る。
呆然としていたルナもはっとして、手を上げた。
「私です。私がその本を――」
「すんばらしい!」
言い終わる前に、男がルナの手をとっていた。
速い。手をあげてた時にはもう動いてたぞ。
男はそのままルナの手を握り、ぶんぶんと振り始める。
「過去の伝説的存在が実在する可能性――ええ、多くの学者たちが夢想しては否定されてきた課題だ。それも当然。彼らはほとんど確実に、歴史の暗部に触れている。調べるなんて許される筈がない。……ですが!」
再びくわっと目を見開く。
「人類の存在しなくなった今なら調べ放題! この世界において最も価値のある研究の一つです。そしてその精度も素晴らしい! 残された僅かな資料からあなたはほぼ完璧な理論を作り上げている!」
滅茶苦茶早口で、叫ぶように男は言う。
ルナがだんだん圧に負けてのけぞり始めている……。
「どうか、我輩にもそのお手伝いを!」
「えっと……」
「例えばこの魔王について。我が図書館にも蔵書はあります。これらを使えば必ず見つけ出すことが――」
「いえ、いえ! それについては不要です……だって、魔王さまはもう見つけましたから」
ルナの言葉に男の動きが止まる。
そのまま、ゆっくりと首を横に傾けた。
「……んん?」
「あちらが、この本に書かれた特異主、魔王さまです」
ルナに手で示されたので、俺も右手を上げて応える。
「紹介に与った。魔王だ。よろしくな」
「……んんん?」
ルナから手を離し、俺へと近づいてくる。
音もなくぬるりと目の前に寄ってくるのは、相変わらず気味が悪いが。
「……」
凄くじっくりと見つめてくる。
なめつけるように全身を見てきた後、ゆっくりと俺の腕をとる。
「ちょっと失礼」
そういって、俺の服の袖を捲り上げた。
戦士に比べれば細い腕に、蠢く蛇の紋様。
それを見てとった男は一瞬驚きの表情を浮かべてから、ゆっくりと目を閉じる。
……できれば手を離して欲しいんだが。
「……素晴らしい!!」
「うるさっ」
本日一番の咆哮が上がった。
今度は俺の腕を握ったまま腕をふりはじめる。
こいつ、とんでもなく力が強い……!!
「まさか本人を見つけているとは! しかも伝説の通りだ! この体魔術、あの魔王の他にいまい!」
「……!!」
その言葉に咄嗟に腕を弾き、蛇を放つ。
魔力を吸収させ、いつでも放てるように備える。
「魔王さま!?」
「ちょっと魔王、何を……!?」
慌てた周囲の声が聞こえてくるが構わない。
それほどまでに、この男の言葉は危険であった。
「お前、なぜこの蛇を知っている?」
俺を見つけたルナでさえ、蛇のことは知らなかった。
ましてやその大本である体魔術を知ってるとなると、それは大抵ろくな人物ではない。
この男の言う「歴史の暗部」。この体魔術がそれだ。
得体のしれない穴といい、この男は危険だ。
だが男は決して動じることなく、俺ではなく浮かんだ蛇を見つめている。
その目には怯え――ではなく、輝きが満ちていた。
「おお、これがあの蛇なのですな。『人間使い』の最高傑作のひとつ! 自身で増殖、再生する体魔術の到達点……!! いやあ、まさかこの目で拝める日が来ようとは!」
「……」
「あの、ちょっと触ってみてもよろしいか? 大丈夫、我輩頑丈なのでそれくらいなら平気ですから……!!」
ああ、多分こいつ変態の類いだ。
何人か知ってる。政治とか色んなものを無視して暗部に顔を突っ込んでいる癖に化け物過ぎて最後まで生き残るヤバイやつ。
こいつからはそれと同じ臭いがする。
「……いや、俺の勘違いだったようだ、すまないな」
蛇を解いて体へと戻す。
「我輩は良かったのですが……」
残念そうな顔をするが蛇を解いて、男から素早く距離を取る。
この男……やはり変態の類いの様だ。できる限り、穏便に済ませよう。
「それで、お前は何者だ? どこから入り込んだ?」
男の正面に立って問う。
こいつはただの変態かもしれないが、今この状況は非常事態だ。
この広い世界でリヴラを正確に見つけ出し、俺たちの留守の間に入り込んだその能力。
俺の蛇を、体魔術を知るその知識。
そして先ほどから感じるこいつの身体能力の高さ。
ただの学者ではない。そもそもこの時代に身綺麗な姿でいる時点で只者ではない。……何者だ?
「ああ、申し遅れました」
恭しく頭を垂れ、有翼人の男は言った。
「我輩はかつて名高い魔術学府――霊峰天至山の麓に聳えたユラリア魔法学院にて図書館司書をしておりました。梟獣人のランバと申します。以後、お見知りおきを」
こうして、また厄介ごとが、今度は自分から乗り込んできたのであった。
***
そのまま立ち話もなんなので、近くの空き家で腰を落ち着けて話をすることに。
真っ白のテーブルを取り囲んで座り、飲み物を並べる。
ちなみにこれはチビルナの修理で稼働した飲料装置で作ったものだ。
集めた素材や食材で探索の旅にレパートリーが増えていて、探索後の楽しみにもなっている。
俺は珈琲が気に入っている。俺の時代のものより濃厚なのに飲みやすく、香りもいい。
文明の有り難みを感じる瞬間だ。
「それで、お前は司書と言っていたが……」
目の前の男を見る。
屈強と表現していい筋骨隆々の肉体は、修験者が身にまとう裾の広い道着のような服装に覆われている。
そしてその一部は切り取られ、背には大きな翼が生えている。
顔は暑苦しいほど精悍。人間なら髪やら毛のはずの部分は、こげ茶の獣毛や羽に覆われている。
だがそれ以外は人間だ。
本来の獣人は二足歩行であること、多くの種で手が五指になっていることを除いては獣の容姿であることが多い。
男のように顔が人間であることはまずない。
混血……ハーフと言っていたが、その通りなのだろう。
俺の言葉に、男――ランバは大仰に頷いた。
「いかにも。我は司書です」
「司書、司書か……」
俺の記憶が正しければ、司書は図書館の管理や貸し借りを行う職種のはずだ。
どう見ても戦士なこいつの体型は一旦置いておくとして、だ。
「その司書がどうやってここに? どうやってここまで生き延びたんだ?」
ランバ以外のメンバーが全員首をぶんぶんと縦に振る。
今まで魔王やら勇者やら錬金術師やらだったのが、いきなり司書だ。
この過酷な世界を生き残れる職業では、間違いなくない。
それを可能にしているものは……。
「先ほどお前が出てきたあの空間、あれか?」
「ええ、そうですとも! ……というより、皆さんご存じでない?」
いちいち疑うのも馬鹿らしくなる大声で肯定するランバ。
……こいつはもう、ただの変人だと信じてよさそうだ。
「何のことだ?」
「ユラリアにある図書館といえば大陸全土に知られている筈なのですがな」
魔術都市ユラリア。
俺の時代――いやその前から存在していた、獣人たちの暮らす都市だった筈だ。
まだ文明が未発達の頃、それこそロアが生きていた時代なんかは獣人は世界の覇者であり最も知恵のある種族であった。
後の覇者となる人間に魔法を、文明をもたらしたのも彼ら。
特に「翼ある識者」として梟獣人たちは魔法を極めんとする学者として有名だった。
彼らが集い、作り上げた都市がユラリア――それが俺の時代の知識だ。
「ユラリアは勿論知っていますが……」
ルナを見ると、申し訳なさそうに首を横に振る。
「……悪いな。ここにいるのは時代が古すぎるか新しすぎる連中なんだ。教えてくれ」
「ふむ、そうでしたか。いえいえ、知っている筈というのは我らの驕り。お教えしましょう!」
翼を広げ、ランバが立ち上がると左手を掲げ真横へと伸ばす。
後ろを見ることなく、手のひらを自身の背後へと向け力を籠める。
瞬間、彼の手の甲に光が宿り、そのまま彼は何かを下ろすかのように手を下へとずらした。
直後、その背後に亀裂が走り、ゆっくりと開かれる。
何もない筈の空中の景色が
そのまま人一人が通れるほどの隙間が広がると、その向こうの詳細が見えてくる。
「……図書館?」
誰かの呟きが聞こえる。
その通り、目の前に広がっていたのは立ち並ぶいくつもの書架。
そして我らを迎えるように司書の立つだろうカウンターが見える。
よくある、といったら失礼だろうが、記憶にある図書館に酷似している。
「そうです。ユラリアが編み出した究極の資料保管術。別空間に建造された八つの図書館」
ランバが開かれた隙間へと足を踏み入れる。
先ほどまで目の前にあったはずの彼の身体は、その隙間からでしか見ることはできなくなった。
イオが慌てて裏に回っていたが、首を横に振る。
姿形もない。俺たちの見える隙間からしかランバの姿は見えないのだ。
「御覧の通り、異空間なので神出鬼没。閉じれば最後見つけることは不可能。付いた呼び名が『放浪図書館』」
ランバの手が動き、それに合わせて隙間が閉じていく。
閉じ切ると同時に、視界からは裂け目も、ランバの姿も消え失せた。
「どこに、いつ現れるか自由自在です。ユラリアはこの図書館で、貴重な資料をあらゆる脅威から守ってきたのです」
だが今度は俺たちの後ろから声が聞こえる。
咄嗟に振り返ると、先ほどと同じ隙間が開き、ランバがこちらへと手を振っている。
そのまま出てくると、図書館への入口を閉じた。
やはり何もなかったかのように、ランバの姿だけがそこにはあった。
……実際にこの目で見ても信じられない光景だ。
「本来は本を守るための術でしたが、世界がこんなことになった後は生存術としても非常に役に立つのですよ。代わりに、何もできませんがね」
はははと笑うランバをおいて、俺たちは同じ感想を抱き固まっていた。
異空間に仕舞われ、自由に移動ができる図書館。
そんなものは図書館とは呼べん、と。
しばらくランバの笑い声が響いていたが、ハッと我に返り頭を働かす。
帰ってきたばかりだというのに、事態があまりにも急に動きすぎている!
「……なるほど、それで移動したから生き延びれたと。そういうことだな?」
「そういうことですな!」
腕を組んでランバが頷く。
なんでこいつは侵入してきたくせにこんなに堂々としていられるんだ。
「でも、どうしてここが? その放浪図書館が移動可能な異空間だということはわかりました。ですが、この場所が分かったのはなぜでしょうか」
次はルナの問いだ。
この都市は地下に隠されている。
それがさも当たり前のように入り込まれていたのでは、この都市の防衛能力を疑わなければならなくなる。
僅かに視線の強まったルナの問いに、ランバは「ああそれは単純です」と笑いながら続ける。
「図書館内部からも外の世界を見ることはできます。誰かいないものかと探して放浪していたのですが、少し前、空で強い光を見たのですよ。あれはどう見ても人によるもの。それで光の方をたどっていたらここを見つけたのです!」
「あれか……」
また俺の蛇か。ヤマたちといい、やはりかなり広範囲に光は届いているようだ。
不味いな。あの曳光弾、碌な結果になってないぞ……。
「あ、ちなみに地下構造体に気づいたのは風の流れです。我輩、そこには敏感なので」
翼を広げてランバが言う。
梟獣人なら一応納得できる答え……か?
ルナたちを見ると、彼女もそれで不満はないようだ。
まあ、この変態だしな……。
「残念ながらいたのは犬ジカさんたちだけでしたが、人の住んでいた痕跡はありました。なので暇をつぶしていたのですが……」
「ルナの本を見つけた、と」
「そういうことです! いやあ、改めて素晴らしい!」
再び机から乗り出してルナの手を取った。
「その発想だけでなく、既に3人も特異主を見つけているとは驚きです! 我輩にもぜひその手伝いをさせてください!」
「え、ええと……」
「そこまでだ、ランバ」
ぶんぶんと振られる腕を掴んで止めて、問を重ねる。
「お前が本気なのは理解した。……理解したとしよう。だが、一つだけ聞かせてくれ」
「何なりと」
恭しく首を垂れて、ランバは応える。
「お前は、何でこの世界に残った? 特異主探しはここに来てから知ったはずだ。その前、そもそもこの世界を放浪していたのはなぜだ?」
人類の移住に賛同せず、残ったのだというならば何か理由があるはずだ。
だって、こんなにも変わってしまった世界だ。人型生物の存在なんて望めない。
そんな場所に一人残ろうと決めた理由。
それを知っておく必要がある。
真っすぐ目を見つめた問いかけに、しかしランバは笑顔を浮かべた。
「ああ、それは単純です。我輩は、他の図書館を探しているのです」
「図書館、ですか……」
「ええ。ユラリア魔法学院にはある伝統がありましてな。それはこの『図書館の奪い合い』です。何せ貴重な資料や魔導書の宝庫。その『利用時間と権利』は学院の専攻や部からすれば喉から手が出る程欲しいものなのです」
図書館の利用権利を奪い合う……?
それぞれ自由に利用して共有すればいいだろうと思うのだが、それは学者ではない者の発想なのだろうか。
呆れる俺に気付かず、ランバは続ける。
「その結果、学院では図書館の利用権をかけた争奪戦が行われました。勝ち抜いた八人だけが司書として利用権と貸出権を得られるのです。無論我輩もそのうちの一人」
どう見ても鍛えてる身体だったが、実戦をこなしてきた強者だったようだ。
……学校だよな?
「ですが時は時代の変遷期。人口の激減に伴い学院も解体。図書館も貴重な資料として当時の支配者が欲しがったのです」
「あれだけの蔵書だ。そうなるのも無理はない」
見えたのはほんの僅かだが、それでも何処かの城の書庫位は蔵書がありそうであった。
俺が生まれる前から存在していた都市が集積した知識群。
異世界へと移住する人類からすれば、喉から手が出る程欲しい知識のはず。
「なので、我々は逃げました」
「……は?」
「だって貴重な資料ですよ? 我々が命を賭して勝ち取った人類史の結晶です。それをみすみす渡すぐらいなら逃げますとも。ええ」
「人類を助けようとは思わなかったのですか?」
「思いませんな。そもそも世界が崩壊する前に我々に頼らなかった人類が悪い」
ルナの問いにあっさりとランバは言い放つ。
いやまあそうなのかもしれないが……一応世界の危機だろう?
だが同じように学者連中のおかしさもよく知っている。
そのせいで思ってしまう。あり得る、と。
「他の司書たちがどうなったかは分からないですが、少なくとも我輩は逃げ切った。そして読みふけった! この図書館の資料全てを!」
「……おい待て。ひょっとして、今になって動き出したのって……」
「ご想像通り、読み終わったからです!」
頭を抱える。やはりただの馬鹿の類いだな? この男。
「気づけば世界は崩壊しておりました。どこを探しても本がない! だから我輩は探そうと思ったのです。他の逃げ切った放浪図書館、その全てを。……ですが!」
そう言って掲げたのは、ルナの書いた本だ。
「我輩はここで出会いました。ルナ殿、あなたの提唱する特異主に!」
「は、はあ……」
流石のルナももう、疲弊しきっていた。
そうだよな、俺たちかなりの大冒険をしてきたばかりだ。
そのあとにこの濃厚な男との会話は、疲れる……。
「我輩の専攻――そしてこの図書館のテーマは『歴史』。そんな我輩の目の前には今、生きた歴史そのものがいる! なんと素晴らしいことか!」
一人元気なランバは翼も手も広げて叫ぶ。
「さあ、ルナ殿。そして皆さん! 我輩とこの図書館の全ての力をお貸ししましょう。共に、すべての特異主を見つけようではないですか!」
「……は、はい……」
なんか、もう、疲れたから、いいか……。
こうして、なし崩し的に新たな仲間が増えたのであった。