人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます   作:穴熊拾弐

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第36話 新たな手段

 

 

 

 翌日。いつもの食堂にて。

 

「皆さん! 聞いてください。移動手段が見つかりました!」

 

 食事を丁度終えた頃に、ルナが突如そう言った。

 騒がしかった食堂が一瞬静まり返り、ルナの言った言葉の意味を理解するのに数秒。

 

「ほんと? やったじゃん!」

 

 真っ先にイオが立ち上がり、ルナの下へと駆け寄って抱きついた。

 

「はい、やりました! とはいっても、本当に見つけただけなんですが……」

「充分じゃん。歩いて山越えするよりましよ!」

 

 目的となるマナホールは大陸全土に散らばっている。

 歩くとなると何年かかるか……。いくら不老が揃っているとはいえ、勘弁願いたい。

 

「それで、どんな方法だ?」

「はい、海路です」

 

 食器を片付け、ルナが持ってきていた魔紙を広げる。

 そこに表示されたのは、大陸全土の地図だ。

 羽を広げた蝶に例えられる、北側に向かって膨らんだ台形をしたこの大陸。その中でリヴラが位置するのはその南東の端っこだ。

 

「海路? でも、この辺りには港がないだろ」

 

 そう、この南東部の厄介な特徴として、海岸線が切り立った崖になっていることがある。

 それ故に港が造られず、陸路しかないために魔獣たちへの対処が遅れて大災害になったりもしたのだが……。

 

「それが、見つかったのです。私たちの時代に一つ。隠されるようにして造られたものがありました」

 

 そう言ってルナが指さしたのは、リヴラよりさらに南東に位置する海岸線の一端。

 前に腕鬼と遭遇した林業の街、あの傍だ。

 

「ここにできた洞窟を拡張して、木材を運ぶための港があったようなのです。ただ、何故か殆ど記録が残っておらず、僅かな記述が見つかった程度です」

「それで隠されていた、か……」

「そもそも、我輩の蔵書では新しい時代まではきちんと網羅できていないというのもありましてな。故にただ情報がないだけの可能性も十分にあります」

 

 恐らくそっちの説が濃厚だろうが……気にはなるな。

 港を隠すのは、大体がろくでもない理由だ。

 軍事目的か悪事目的か、どちらにせよ普通なら近寄りたくはないが、まあ今なら誰もいないだろう。

 

「なら今日からそこの探索か?」

「はい! 遠征になりますので、準備をしていきましょう」

「了解だ。……で、誰が行く?」

 

 ここ最近は俺、エリ、クア、イオが交代で探索をしていたが、それ以外は皆リヴラで過ごしている。

 そこそこの大所帯になった今、全員で行くと時間がかかるだろう。

 まだ小さいヤマとウミは外すとして……誰でいこうか。

 

「今回はルナも行くんだろう?」

「勿論です!」

「……だよな」

 

 ふん、と鼻息荒く頷いている。

 えらい気の入りようであるが、まあ彼女の目的達成のためなのだから仕方ない。

 

「ないとは思うが、万が一もある。全員で行くのは得策ではないと思うが、どうだろう?」

「私もそう思います。戦える人が二人は残っていて欲しいかな」

 

 俺の提案に、エリも賛同してくれる。

 やけにキラキラとした視線を送ってくるヤマを無視して、食堂内の全員に向けて告げると、真っ先にロアが手を上げる。

 

「あー、じゃあオレはパスで。まだ研究が終わってないしな」

「我輩も残りましょう。まだ得物が直っていないのですよ」

 

 続いてランバも。こいつは着いてくると思ったから意外だったが、理由を聞いて納得した。

 確かにエリの一撃で壊れていたな、あの籠手。

 

「私のせいで、ごめんなさい……」

「いえいえ、我輩が望んだことですからな」

 

 ルナによると装備の修復設備まであるらしく、現在修復中なのだとか。

 残るのも、その作業の為だろう。

 

「じゃあアタシも残るかな。一人はここに詳しい人が残んなきゃでしょ?」

 

 そう言ってイオも手を挙げた。

 これで3人。残る戦力としては十分だろう。

 

「じゃあ俺、エリ、クア、ルナで遠征か?」

 

 そうルナに問いかけるが、今までの勢いが急になくなり、申し訳なさそうに座る面々を眺める。

 

「あの、実はですね……今回はウミさんに同行していただきたくて」

「……あたし?」

 

 まさかの指名にウミが自分を指さす。

 

「はい。恐らく、港はあったとしても船はもう残っていないと思っています。造船所があるわけではないでしょうから。可能性があるとするなら、海底です」

 

 手をゆっくりと下しながらルナは言う。

 

「海底に沈んだ沈没船……それが、今回私たちが探すべき人類史です」

「なるほど、だからあたし」

「うみちゃんならもぐれますもんねー!」

 

 納得したようにウミが頷いた。

 現状、今いるメンバーで海中を自在に動けるのは彼女しかいない。

 俺の蛇も、海中ではあまり役に立たないしな……。

 

「もちろん、ウミさん単独では危険ですから、エリさんにサポートはお願いしたいのですが……」

「もちろん! 任せて。よろしくね、ウミちゃん」

「うん。……アルト以外の水、初めて」

「ではヤマも行きますー!」

「はい、もちろんです」

 

 さも当然かのようにヤマが言うが、そこはルナも承知済みのようだ。

 

「ししょーも行こう?」

「あ? ……あー、仕方ねえな」

 

 ヤマのおねだりにあっさりとロアが陥落して、これで遠征メンバーは7名になった。

 そこそこの大所帯になったが、移動はクアに頑張ってもらおう。

 

「では、今日から準備を開始して、2日後出発します。よろしくお願いします!」

 

 こうして、新たな移動手段確保のための遠征が開始された。

 

 

 ***

 

 

 そうして、2日後。

 港捜索隊の準備が完成し、俺たちは南東へと出発した。

 

 大所帯にはなったが、新たに見つけた浮遊する荷台のお陰で移動は大分楽になった。

 元々は林業用に開発されたそれを、チビルナとルナの手によって魔改造し、浮遊する馬車の様な居心地の良い座席スペースに変えている。

 移動の遅いヤマとウミ、保護者のロアはそこにいてもらい、ルナは御者としてクアの上。

 残った俺とエリは自分の足で移動している。

 

 夜になればいつものテントで休めるし、バックパックに入れてきた食料なども豊富だ。

 そこそこの頻度で現れる魔獣を除けば、ピクニックにでも来ている気分だ。

 今回はロアもいるから、荷台から飛んでくる強化魔法のお陰で戦いも楽に行える。

 相変わらず、エリには効いていないようだが。

 

「なあ勇者、頼むから一回解剖させてくれね? 大丈夫、死にゃしないからさ」

「嫌です!」

「いいだろー、一回くらいさー!」

「……師匠、しつこい」

「しつこーい」

「うるせーぞ、気になるもんは気になるんだよ」

「絶対、嫌です!」

 

 時折こんな物騒なやり取りが行われるくらいで、道中は至極安全に進み、目的の手前――林業の街へとたどり着いた。

 

 少し前はこの辺り一帯全てグラウルの巣だったが、一度調査のついでに巣を幾つか潰したことで大分大人しくはなった。

 今では遠巻きに眺めて来るだけで手を出してはこない。

 こちらとしては安全なので助かるのだが、じっと見つめられるのは気味が悪い。

 ルナやヤマたちを一人にしないよう、気を付けておかねば。

 

 そのまま台車を見つけた街の入口で立ち止まり、かつて広大な植林地であったという緩やかに続く斜面を見上げる。

 以前はここまでしか調べていなかったのだが、まさかこの先にも調べられる場所があるとは思わなかった。

 

「それで、ここからはどうするんだ? 具体的な場所は分かるのか?」

「はい。大雑把な方向のみですが」

 

 そう言ってルナが地図を広げ、方角を指し示す。

 

「この裾野の南東端、周囲の山岳との合流地点に入口があるようです。行きましょう」

「おー!」

 

 ヤマの元気な掛け声に合わせて、200年以上手つかずの山中へと進んでいった。

 

 

 ***

 

 

「本当にあったよ……」

 

 木々をかき分け、崩れた岩石を取り除き進んだ先。

 僅かに残った人工物の痕跡を見つけ、エリが土砂を吹き飛ばしてみたら崖下へと続く階段を発見する。

 そこを降りてみたら……あったのだ。

 海面間際、切り立った崖を内側へと抉るように掘られた巨大な空間と、そこに放置された金属製の外壁の痕跡が。

 洞窟は想像よりもずっと巨大で、リヴラの建築物が十は優に入る奥行を誇っている。

 他よりも明らかに風化が激しく殆ど何も残ってはいないが、散らばる金属片や明らかにくりぬかれた岩壁が、ここに何かがあったことを教えてくれていた。

 秘密裏に隠された港という言葉から想像していた以上に、巨大な港だったのだろう。

 

「こんなところに港を作って、何をしてたんだろうね?」

「わかりません……既に設備も殆どが残っていませんので、調べようもないですね……」

 

 尋ねるエリに、悔しそうに答えるルナ。

 念のため少し奥まで入って調べてみたが、やはり何も残ってはいない。

 誰かの悪だくみは、人類史に残ることなく消え去っていったのだろう。

 

「ま、そこはどうでもいいだろ。どうせ大したことじゃねえよ」

 

 海を眺めていたロアが、ヤマと寄せてくる波を避けつつ口を開く。

 半円状に削られた入り江は、大型の船でも収容できただろう。そして沈んでいるとしたら、この下だ。

 

「うわっとと……ここから潜ればいいのか?」

「はい、そうですね。ここが入り江だったようなので、泊まっていた船はそのまま下に沈んでいる筈です」

「流れないのか?」

「錨がある。潮も影響がないよう造っているだろうから、動きはしないさ」

「なるほどねー。ウミ、いけそうか?」

「うん、大丈夫」

 

 ざぱんとウミが二人の足元の水面から顔を出す。

 いつの間にか海中に入っていたらしい。

 

「大きな魔物もいない、流れも問題ない。潜れる」

「良かったです……!! ではエリさん、お願いします」

「はーい」

 

 呼ばれたエリがロアの下へと小走りで向かいながら、身にまとっていた勇者の正装を脱いでいく。

 その下には、アルトの技術で作り上げた全身を覆う水着――ダイバースーツなるものを着込んでいる。

 防御能力は劣るが、その分防水性能は抜群に高い。

 呼吸はロアとチビルナが作ったという装置が何とかしてくれるようなので、後は潜るだけだ。

 

「船があったら探査装置の起動をお願いしますね」

「うん。見つけたらボタンを押す」

「では行ってきます」

 

 そう言って、二人は海の中へと潜っていった。

 

 

 ***

 

 

 ゆっくりと海の中へと潜っていくウミと、彼女に抱えられたエリ。

 想像していたよりも透き通った視界の先には、ごつごつと苔むした岩が並び小さな渓谷を海底に形成している。

 意外なことに魚はそこまで大きくなっておらず、極採色の珊瑚や揺れる海藻の隙間をゆっくりと泳いでいるのが見える。

 

『しらない魚ばっかり。それに、流れが速い』

 

 水中でも話せるウミの言葉に、エリは頷きを返すことで応える。

 湖と同様に、海もまた再生されているようだ。

 

 ふと、ぼこぼことエリが口を開く。

 何か話したいことがあるのかとウミが水を操った。

 

『これで、喋れる?』

『あーあー……聞こえてる?』

 

 こくりとウミが頷くと、エリの顔が弾けるような笑みに変わる。

 

『おおー、凄いね! これが妖精魔法の力なんだね……』

『水で音を伝えてる。で、なに?』

『ああごめんね。……海の中はとっても綺麗だなーって、そう思ったの』

『? それ、普通のこと』

 

 ウミが知っているのはアルトの湖の中だけだけれど、この海の中もそんなに変わらない印象を受ける。

 色んな生き物がいて、透き通るその水は美しい。それが世界の果てまで広がっているとロアは言っていた。

 ヤマを残してはいけないけれど、その先まで行ってみたいという欲求がウミの中にはあった。

 これは水妖精の本能なのだろうか。

 

 そんなことを考えている間に、エリの言葉が返ってくることはなかった。

 気になって抱えているエリの顔を見てみれば、眉をひそめる彼女の表情があった。

 

『ウミちゃんも見たでしょ? 世界は壊れてしまったの。その原因は、私たち勇者にある』

『……ルナが言ってた。発展したの、勇者の知識のおかげ』

『そう、なんだよね……。でも、その結果がこれだと思うと、どうしてもね』

『ふーん』

 

 他人の心の機微なんて分からないと、ウミはそこで会話をきった。

 初めての海にも慣れたのか、沈む速度はだんだんと増していき、直ぐに海底へとたどり着いた。

 だが、海底には岩と海藻が広がるばかりで、目当ての船らしきものは見当たらない。

 

『……船、ない。探してみる』

 

 ウミから離れた途端、エリの言葉は通じなくなった。

 お願いしますと頭を大げさに下げてから、エリ自身も周囲を泳いで調べ始める。

 海の生き物は大人しく、時に魚と戯れながら海底を散策するも目的の船は見つからない。

 

 やはり既に壊れてなくなってしまったのか。それとも遠くまで流されてしまったのではないだろうか。

 しばらくして戻ってきたウミも首を振っている。

 このままでは息が続かないからと一度戻ろうとした、その時。

 

 近くを泳いでいた魚の群れが一斉に散らばったのを視界の端で捉え、エリは念のため身に着けていた剣の柄に手を伸ばす。

 振り向いた先に、それこそ小型の船はありそうな巨大な魚影――鎧のように真っ黒な鱗を持った魚が姿を現した。

 ウミは素早くエリの背に張り付いて腰に手を回す。安全を確保しつついつでも脱出できるように準備してくれる彼女は本当に賢くありがたいと思いながら、エリは目の前だけに集中する。

 

 だが幸いなことに、巨大魚はエリたちではなく逃げるほかの魚を追っていたようで、近くを物凄い勢いで泳いでいくにとどまった。

 

『――――ッ!?』

 

 ただ巨大な質量が通り過ぎることには変わりなく、押し寄せる波に思わずよろけて近くにあった石に掴まった。

 やたら掴みやすい石のお陰で何とか流されずに堪えることができ、巨大魚はそのまま数度通り過ぎた後視界の外まで泳いで行ってしまった。

 

『……びっくり。あんなのいるんだ……ねえ、それ』

 

 お腹に巻き付いていたウミの手が前を指し示す。その先にあるのは、たった今まで自分が掴んでいたやたら持ちやすい岩だ。

 何だろうと思って見てみたら、確かに岩のような表面をしてはいるが――それは欄干であった。

 

『……見つけた、船』

 

 そうみたいだね、と頷きを返した。

 思ったより早く見つけた安堵と、散々近くを見ていたはずなのにという羞恥に包まれながら、エリはルナに託された装置のボタンを押したのだった。

 

 

 ***

 

 

「……というわけで、見つけました。船の残骸」

 

 しばらくして上がってきたエリは、あっさりと船が見つかったことを告げた。

 いくら怪物のエリとはいえ流石に何度か呼吸をしに上がってくるかと思っていたのだが、まさかの一発で見つけるとは。

 まあ、それはそれとして。

 

「見つかってなによりです!」

 

 これで課題だった移動手段が確保できた。

 ルナが調べた限り記録された情報にも問題がないようだ。後は集めた資材でチビルナたちが建造してくれるだろう。

 

「そのためにも、まずはここに建造ベースを造る必要がありますね」

「つまりはまだまだ準備がいるってことだな……」

「はい。他にも移動先の調査や向こうで使う資材の確保も必要ですよ?」

「……そうかい」

 

 先は長い。そして、これからもまた忙しくなりそうだ。

 

「よし、帰るぞー!」

「「おー!」」

 

 皆が準備を始める中、ウミがエリの傍にそっと近寄ってくる。

 

「ねえ」

「ウミちゃん? どうしたの?」

「あたし、ヤマに出会えた。それは、あなたのおかげ」

「……っ」

「それだけ」

 

 そう言って、ウミはとてとてとヤマたちの方へと戻っていった。

 一人取り残されたエリは、ほう、と息を吐いて空を見上げた。

 

「……なら、少しは意味があったのかな」

 

 ほんの微かにそう呟いて、エリは笑みを浮かべた。

 

 

 一方、先程までエリたちが潜っていた海岸際で、ルナが一人海を見つめていた。

 

「ルナ、皆の準備終わったぞ」

「魔王さま」

 

 そのまま横に並び立って、ふたりで海を眺める。

 二人ぼっちで始めた旅も、仲間が増え施設も増え、遂には目の前の大海に旅立とうとしている。

 ルナの生まれた理由だという、世界修復の旅へと。

 

「やっとだな」

「はい、いよいよです……!!」

 

 世界を直す旅。置いていかれた者たちによる、世界の侵略劇。

 脅威しか残っていないとんでもない世界だけれど、今度こそ手にして見せよう。

 

 いざ、広大な世界へ。

 新たな旅が始まる。

 

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