人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
尋常でないほどの揺れが襲い、イオが銃座から弾き飛ばされる。
咄嗟に蛇を伸ばして手元へと引き寄せるが、沈み、直後持ち上がる床に叩きつけられない様しがみ付くのに精一杯であった。
「――っ!?」
明らかな非常事態。
原因は明白だろうが、まずは身の安全の確保だ。
「蛇よ――っ」
咄嗟に放てるだけの蛇を放ち、船の中へと潜り込ませる。
他の連中はいいが、この揺れだとルナとチビルナたちが危険だ。誰かが傍にいるといいが……。
真下に押しつぶされる程の圧が続いていたが、しばらくして揺れが収まる。
自分もろとも縛っていた蛇を解き、傾いた床に着地する。
突然狂った平衡感覚に転げそうになるのを欄干を掴んで何とか堪えた。
「イオ、無事か?」
「何とかね……びっくりしたー。一体何なの?」
「分からん。だが、間違いなくさっきの樹が原因だろう。……見ろ」
「え、嘘!? 何あれ」
イオを下ろし、先程まで覗いていた硝子を指さす。
海の向こうまで見通せるはずだったその光景は、今は暗い影を映している。
見なくても分かる。その先にあるのは、船を覆いつくす程の巨大樹の枝だろう。
「……魔王様、これって」
慌てて近づいたイオが、呆然とした声をあげる。
先程の衝撃の最中、窓の外を大量の樹木が覆っていくのを見た。
恐らくはこの船全体に絡みつく様に伸びている筈だ。
「ああ。どうやらあの樹に捕まってしまったらしい」
大陸南端部に存在した、樹に包まれた謎の構造物。
俺たちはまんまとその触手に捕らわれてしまったようだった。
***
非常事態が起きているが、先ずすべきは船と全員の安全確認だ。
幸い、先に放った蛇でチビルナたちの確保はできている。
見つけ次第柱や欄干に括りつけていたから、順番に回収。ついでに他の連中が無事かどうか確かめるため、イオと船内を巡ることに。
「魔王、イオも、無事だったのね」
階下に降りてすぐ、エリがこちらへと駆け寄ってくる。
その右手にはルナが抱えられていた。
「エリもね。外、見た?」
「うん。あれは一体……」
「悪いが話は後だ。他の連中を探すぞ」
一番不安だったルナが早速見つかって良かった。
そのままイオを二人に預け、そのまま二手に分かれて船内を捜索していく。
主に俺は蛇で捕まえたチビルナたちの解放に向かい、エリたちは他のメンバーを探してもらう。
幸い大して怪我をした者はいなかったようで直ぐに全員が集まることが出来た。
ただ、大きな問題が一つ。
「おふねにでっかい穴、空いちゃいましたねー」
とりあえず全員で地面に降り、船を眺める。
まさかというべきか、巨大な樹の枝に絡めとられた我らが船は海面より数メートル程浮かんでしまっており、船の先端部分を木に貫かれていたのだった。
「出来たばっかりなのに……あれだけ、準備をしたというのに……リヴラ号……」
旅立った直後に出鼻をくじかれた形になったが、特にルナの受けた衝撃は大きく、降りてからずっと頭を抱えてしまっている。
まあ無理もない。あの船を造るのにかなりの時間をかけたからな……。
「資材も設備も全てあの中です。どうしましょう……」
「あの様子では、運び出すのは無理だろうな」
「そうですね……。空中なので海水が入らないのがせめてもの救いでしょうか」
何せ船は空中だ。
幸い、絡みついた枝が道となって外に出ることはできたのだが、枝の行き先はあの謎の建造物。俺らは飛び降りればいいが、重たい荷物をここまで運ぶことは不可能だ。
「そもそも、アタシたちにはもう戻ることもできないわよ。行けるのはエリとかランバくらい?」
「一応蛇を使えば足場は作れるが、あの中の物を運び出すのは流石に無理だな……」
このままでは、南西部の探索など到底不可能だろう。
陸路でリヴラに引き返すことも考えはしたが、イオが見た限りはこの場所は山脈の合間に出来た窪地らしく、陸路で戻るのは困難になる。
ただその分、生息している魔獣の数も多くはない筈だ。
何せ周囲の大地は穴だらけで、海に近い場所は流れ込んだ海水が溜まった巨大な水溜りが散らばる沼地のような光景が広がっている。
僅かに海狸の様な動物が見えるくらいで、この時代特有の巨大な魔獣が満足に生息出来る地形構造をしていない。
此処に留まったとしても、大した危険はないだろう。
だが、その予想を打ち破るように背後から軋む音が鳴り響く。
リヴラ周辺で木鳴りは散々聞いてきたが、この音はもっと鈍く、低く、古びた石扉を無理やり開くような、思わず身体が強張るおぞましい音色を響かせる。
次の瞬間にはあの巨大樹に叩き潰されてもおかしくはないのだから、気が気ではない。
要するに、一刻も早くここを離れた方がいいということだ。
「そもそもあれ、直せんの?」
ヤマにしがみ付かれた状態のロアが船を指さす。
ゲームをしていたウミ達の側をたまたま通りがかっていたらしく、二人はロアが盾を張って保護していたらしい。
お陰で怪我もなかったそうだが、ヤマの怯えが酷く先程からずっと震えたままだ。
「……設備さえ運び出せれば、修理は可能です。そのための用意もしてありますので。ただ、その船が浮かぶなんて……。このような事態は全く考えていませんでした」
「こんなの予測、無理」
肩を落とすルナにウミが慰めの言葉をかける。
彼女の言う通り、こんな状況になると予想することは不可能だ。
俺たちにできることは起こり続ける事態に対応していくことだけ。
「修理ができるなら、まずやるべきは船を下ろすことだ」
「なら、あそこに行くしかないよな」
心底嫌そうな顔で、ロアが向こう側を指さす。
「明らかあれだろ、原因」
そこにあるのは勿論、あの木に包まれた構造物。
地上から見ても全く理解ができない。恐らく寺院の様な建造物の、窓やら壁やらあらゆる場所から巨大な樹が生え、空中でさらに分裂し殻のような姿を取っている。
「だよなあ……」
いや、分かってはいるのだ。ただあの中に入るのか……。
まったくもって気が進まないが、他に方法はないだろう。
だが、全員であそこに入るのはいくら何でも危険すぎる。
「ルナ。ここは二手に分けることを提案する。あの中には少人数で入った方がいい」
「でもここが安全とは限りませんよ? 残った方はどうするか……」
エリが問うてくる。彼女は先程からチビルナたちを集めて護ってくれている。
「……何処か安全な拠点を確保するしかないだろう。下手したら、しばらくここにいることになる。野宿をするわけにもいくまい」
「そうですね……。ルナさん、それでいい?」
「はい。そうしましょう」
「オレは絶対嫌だね。あんな得体のしれん場所に入るのは」
腰に引っ付いたヤマを撫でながらロアが言う。
……口と手のどっちが本音かは聞かないでおこう。
「私は中へ入ります。どんな場所か、確かめねばなりません。……魔王さま、一緒に来ていただけますか?」
「勿論だ。ロアたちが残るなら、あと一人は欲しい」
「アタシは残るわ。銃は屋内じゃ役に立たないし」
「となるとエリかランバだが……」
先程から無言のランバを見る。
彼は船を降りてからずっと、樹に覆われた建造物を眺めていた。
何か引っかかるものがあるのだろうか。
「ランバ?」
「ふむ? ああ、失礼! つい見入ってしまいました」
「ランバさん。あの建物に見覚えが?」
ルナの問いかけに、僅かに間をおいてから頷きを返す。
「ええ、恐らくは。ただ確証があるわけでもなく、知った所で『あれ』の意味も分からないのですが……あれは、樹神教の建造物ではないかと」
「樹神教の?」
確かに言われてみれば、クアと出会った廃教会に似た意匠をしている……かもしれない。
何せ規模は圧倒的にこちらが大きく、今はその大半が木に覆われている。
……巨大樹が生えている理由は分からないが、木が関わっている場所であることは確からしい。
「ただ、何故そこからあのような樹が生えているかは全くもって理解できませんな」
「お前にも分からないなら、この時代の何かが原因か?」
考えられるのは修復屋たちだが、何もかもあいつ等のせいというのも考えにくい。
やはり、中に入って調べる必要があるだろう。
「丁度いい。ランバ、お前も同行してくれ。お前とルナなら、大体のことは分かるだろ」
いちいち記録を残して後から調べるのも面倒だ。その場で調べた方が早く済む。
「承知しました。お供しましょう」
「なら私が待機だね。修理装置の運び出しは任せて」
「はい! 木がなくなり次第、修理をお願いしますね!」
そうと決まれば探索の準備を開始する。
探索用の装備を身に着け、調査の手順を確認していった。
***
「樹神教の教会は基本的に地下空間が存在します」
樹の教会への準備を終えた俺たちにランバは告げる。
図書館から引っ張り出してきた、500年前だという教会の写し絵を広げて彼は言う。
「彼らは樹を神と崇め信仰しました。我ら人類は樹から零れ落ちた果実であると。そんな彼らからすれば、樹の芽吹き育つ大地は神の母です。故に彼らの礼拝堂は母胎の中――地下に建造されることが多かったのです」
念のためイオに上空へと伸びる樹をよく観察してもらったが、隙間から見えるのは崩壊した石の壁面で、その奥には何もない空隙が広がっているようだった。
いわゆる通常の建造物とは違い、数十メートルはあろうかというあの教会は外向けの張りぼてとでもいうべき構造をしているらしい。
「地下か……崩れたら終わりだな。脱出経路を確保しておく必要があるか?」
「そうですね。地図は私がつくりますのでお任せください」
「では我輩が調査を請け負いましょう。魔王殿、先頭は任せましたぞ」
「ああ。さっさと終わらせよう」
ついでにイオが見つけたのだが、樹の内側には様々な骨や魔獣の死体が取り込まれているようだ。
恐らくだが、あの樹は防衛機構なのだろう。建造物に近づくものを自動的に襲い、しかし食べる訳でもないから放置する。
その結果があの魔獣の残骸で、肉が腐り風化ほどの長い期間、あの教会が存在しているということだ。
このまま放っておけば、船はあの樹の中に取り込まれ摺りつぶされて終わる。
一刻も早く調べなければならない。
「では――」
「なあ、お前ら」
行くぞと声を上げる直前、ロアが声をかけてくる。
その腰には相変わらずヤマがしがみ付いたままだ。
「どうした?」
「ヤマが話があるらしい。……ほら」
そう言って、ヤマを俺たちの前に押し出した。
胸の前で所在なさげに手を弄っていた彼女は、意を決したように顔を上げて告げた。
「みなさん、ヤマをつれて行ってくれませんか?」
「ヤマさんを? ですが……」
「ずっと声がきこえるんです。だれかって、よんでるんです」
その、要領を得ない言葉にロアを見るが、返ってくるのは頷きだけだ。
彼女の言葉は真実だと言いたいのだろう。
「あの教会からか?」
「はいー。でも、聞こえるのはたぶん、もっと下からです」
「……地下ということは、一致はするか」
誰かがあの中にいて、ヤマだけに聞こえる呼びかけをしているのだと。
あまりにもおかしな話だが、残念ながら目覚めてからここまでずっと、おかしなことだらけだ。
「……だめでしょーか」
正直、ヤマに限らず少人数の今、守護対象が増えるのは危険ではある。
だが見た目が幼いだけで、彼女がただの子供ではないことは身をもって知っている。
意志ある自然の子、木の妖精。もしかすると、あの巨大樹と何か共鳴をしたのかもしれない。
だとすれば、連れていく価値はあるだろう。声を聞いたのが彼女だけというのも気になる。
ルナと頷きあってから、ヤマと、彼女にしがみ付かれたロアを見た。
「わかった、一緒に行こう。……お前はどうする?」
「どうもこうも、行きたいっていうなら連れていくさ。オレも同行するよ」
「ししょー! ありがとう!」
「気にすんな」
ぽん、と頭を撫でられてヤマは飛び上がって喜んだ。
彼らは生まれも種族も全く異なるが、親子のような関係を築いているように見える。
「我輩は構いませんよ。もしあれが樹神教の名残であるなら、ヤマ殿はむしろ心強いでしょう」
「そうですね! 一刻も早く、この事態を何とかしなければ……!!」
そうと決まれば急いで準備を進める。
ヤマとルナが手をつなぎ、そのすぐ後ろをロアが歩いて守る隊列に変える。
これならすぐに壁を張って守ることができるだろう。
「ウミ、お前は待機な」
「……うん。ヤマ、みんなも、気を付けて」
「うん! うみちゃん、まっててください」
手を握り合って挨拶を交わす二人を眺めつつ、最後の確認を済ませる。
「ランバ、殿を頼む。万が一の時は俺を残して戻れ」
「ええ。お任せください」
「よし……気は進まないが、さっさと済ませよう」
二人にも探索装備を渡し、隊列を確認し、息を整えて。
俺たちは木々の蠢く教会へと入っていった。
今日はここまで。読んでもらえてとっても幸せ…。更にごった煮が増していきますが、面白くなってる筈です。良ければ引き続きお付き合いくださいー。
明日からは時間帯分けて3~4話投稿になると思います。