人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます 作:穴熊拾弐
廃教会の地下から転がり出てきた生首は、ルナとイオの仲間であった。
……いや、どういうことだ?
「ルナ! 良かった、あなたも無事だったのね。でもどうしてこんなところに?」
まったくもってこちらの台詞なのだが、ルナの手に抱えられた赤色の髪の生首はのんびりとした声でそう告げる。
「それは、船が捕らえられてしまって……いえ、それよりも!」
一方声をかけられた方のルナは困惑気味の声を上げている。
それはそうだ。生首に心配されても困る。
「カルメこそです! どうしてこんなところに? というよりも、どうして首だけに……」
「そうなの、そうなのー! 聞いてー!」
遮るようにカルメが経緯を話し始める。
随分と賑やかというか、マイペースな個体らしい。
そのまま一方的に話し続けるカルメを他所に、ロアが近づいてくる。
「おい蛇。あれは何だ?」
「ルナとイオの仲間だ。生き残りが後二人いると聞いていたが、どうも
「はあ? ……あれで生きてんのかよ」
「喋ってるんだからそうなんだろう。下手したら、俺たちの誰よりも頑丈かもな」
ルナの仲間であれば、人造人間と呼ばれる特殊な生命体であるはずだ。
恐らく、相当に頑丈に、しぶとく生き延びられるよう造られているのだろう。
リヴラに眠っていた様々に欠損した少女たちも、全員が治療され傷などなかったかのように再活動していたから理解はできるが……生首でもあそこまで陽気にいられると流石に驚く。
「すごいですねー」
「……ヤマの首は取るなよ。あれが特別だからな」
「はいー!」
「しかし何とも摩訶不思議ですな。それにしても何故壁の中に……?」
壁を破った直後で周囲を警戒しなければならない時だというのに、皆それぞれ呑気に会話を続けている。
それも全てあのカルメという少女の放つ雰囲気のせいだろうか。
未だに途切れることなく一方的に話し続けている。
「それより、気を付けた方がいい」
「んん? なんだよ」
「念のため通路奥に向かわせた蛇が潰された。間違いなく何かがいる」
「それは……何事もそう簡単には進みませんな」
とはいえできることもやることも変わらない。
慎重に、そして速やかに奥に進んでいくだけだ。
のんびりした声色の割にはよく通るカルメの話を聞くに、彼女もまたあの樹に捕らわれた被害者なのだそうだ。
元々はルナたちと別れた後、俺たちの目的地でもある大陸南西部に向かっていた。
目的は武者修行。……そういえばいたな、そんな理由で旅立った奴。
その先で戦いをしていたそうなのだが、装備に限界が来て戻ろうとしたところでこの教会に捕まったのだという。
「なるほど。そういう事情が……」
「その際に身体が取れちゃってね? このまま潰れちゃうのかなーって思ってたんだけど、ルナに会えて良かったー! すっごい偶然! 奇跡みたい!」
ずっと睡眠状態だったそうだが、爆発の衝撃で文字通りたたき起こされたようだ。
「それでそれで? あなたたちはここ樹を調べてるのよね。だったらこの通路を進めばいいわ。ほら、そっちそっち」
ルナを動かしながら、カルメが指示したのは破壊した壁の向こう側だ。
「この先、左側からずっと木が動いているの。多分そっちが大本ね」
「そうでした! これで通路への道ができましたね」
「ああ。行こうか。……そいつも連れていくのか?」
「ええ。このまま置いておくのも危険ですから。私が運びます」
優しく、胸の中に頭を抱え込む。
おかしな状況ではあるが、ようやく再会できた仲間にあるのは変わりない。
頷きを返し、元の隊列に戻して奥へと向かう準備を終える。
「わたしの身体も探してねー」
「……では行くぞ」
相手の方は随分と呑気なものだが。
ともあれ新たな、これまた奇妙な仲間(頭)を加え入れ、通路を奥へと進んでいった。
***
砕かれた向こうの壁を這っていた樹を切り落とし、今度こそ礼拝堂への通路を進んでいく。
この通路は特に樹の浸食が酷いようで、床さえも樹に蝕まれている。
そしてその半分ほどが真っ黒に汚れてしまっていた。
そこまで長くはない通路が、やたら歩きにくいお陰でやけに時間がかかってしまっている。
流石にこの狭い通路に魔物はいないようで、時折乾いた血の跡と魔獣のものらしき骨が散らばっているのみだ。
……本当に、この樹がいつ動き出すかわからないのが恐ろしい。
「カルメさんはどうしてかべのなかにいたんですかー?」
「それがわからないのよねー。休んでたら樹に呑まれちゃって、気づいたらあの中だったの」
「かべの中ってどんなかんじですか?」
「暗いわね、真っ暗! あとはぱきぱきーって五月蠅かったからすぐ寝ちゃったわー」
あははと楽し気に会話するヤマとカルメの二人を除いて、進む面々は周囲に神経を張り巡らせている。
その後方。殿を行くランバがロアに囁きかける。
「……ロア殿。お気づきか?」
「この先のことだろ? 嫌な、重苦しい魔力だ。こりゃなんかいるだろ、ヤバい奴」
「やはりですか……。すみませんが、強化をお願いしますよ」
「はいよー」
ロアの周囲に光が纏わり、柏手と共に皆に広がっていく。
彼の魔法の中でも飛び切り強力な強化魔法。それが配られた意図を瞬時に察する呑気な2名以外は、すぐさま戦闘態勢に入る。
そして先頭。明かりを掲げて進む魔王の下に、蠢く黒い影が映る。
咄嗟に踏み潰すと、気味の悪い感触が足裏に伝わってくる。
「これは……蜘蛛か?」
想像以上の硬さと同時に感じる粘着質な何か。
足を上げてみれば、拳大の蜘蛛の死骸が乾いた木の皮に張り付いている。
その体躯は濁ったような黒色。
もしこれらがあの黒い木に張り付いていたとしたら、早々気づくことはできないだろう。
「蛇を殺したのはこいつらか。なら……」
そうして顔を上げて気が付く。
壁を這っていた明かりが消えていく――広い空間にたどり着いたのだ。
蛇が先に入り、遅れて一行が足を踏み入れる。
そこは目的の、地下に広がる礼拝堂……の筈だ。
今はその全てが木に覆われ、分かるのは今まで見た中でも広い空間であるというだけ。
信徒が並ぶはずの椅子も彼らが眺めていただろう神樹も、全ては黒く汚れた巨大樹に呑まれ、撃ち砕かれている。
だからなにも存在しない筈なのだが、照らされた地下空間には大きな影が降りており――目の前に鎮座する何かがあることを教えてくれていた。
「蛇よ」
浮かんでいた明かりを中空へと漂わせる。
僅かではあるが鎮座する何かが照らし出される。
「これは……繭?」
そうとしか表現できない巨大な球体が、地下空間に浮かんでいた。
より正確には床から伸びた幹が真ん中辺りでぼこりと膨らみ、巨大な球体状になっている。
勿論それも全て木でできている筈なのだが――何故かその球は白い糸に覆われているのであった。
「あれがこの場所の原因……なのでしょうか?」
「だろ? あれ以外に原因があったら絶望するね」
ルナの問いにロアが肩を落とす。彼の言う通り、あれが元凶以外の何であるというのか。
木はまだ蠢いている。天井に向かって、ゆっくりと。
「おっきいですねー……」
「ヤマ殿、近づいてはなりませんよ」
まだ巨大なそれしか見えていない。迂闊に近づくのは危険極まりないだろう。
蛇を放ち、いくつもの明かりを生み出していく。
その準備の最中、ルナが直ぐそばに寄ってくる。
「魔王さま、あれ、似ていませんか? 解体屋に」
「……ああ、似ているな」
湖上都市アルトの遥か地下。マナホールで出会ったあの怪物が最後に見せた姿だ。
あの時は追い詰められた解体屋が消滅の間際に取った形態だが、目の前のそれは、そこまで緊急性は感じない。
どちらかというと、動き出す前の卵のように見える。
だがどちらにせよこのまま何も起きないというのはあり得ない。
蛇の展開を終え、全てを魔法陣へと変える。
宙に浮かべた八つの蛇に明かりを灯せば、このだだっ広い空間も照らすことができる筈だ。
「全員、準備はいいな?」
こちらが動けば、間違いなく何かあるはずだ。
全員が頷くのを確認してから、全ての蛇を光に変えた。
真っ白な光が八つ一気に点灯し、空洞を全て明るく照らし出す。
瞬間目を捉えたのはやはり眼前の巨大な球体。
糸の隙間から僅かに見えた通り細い――それでもリヴラ周辺の大木並みの樹に支えられて地下聖堂の中心部に浮かんでいる。
そして球を包むその白い糸のようなものは、球だけではなく広大な空間全てに張り巡らされており、その糸を這うように数多の黒い影が映し出されたのだった。
「……なんか、いるよな」
「居ますな。大量に」
「あれは蜘蛛ですねー」
「くもさんですかー」
呑気な声が大空洞に響き渡る。
それに呼応するように、糸が揺れ、ぎしりと甲殻の軋む音が聞こえた。
『――――!!』
思わず身体の強張る金切り声と共に、視界の中に無数に浮かぶ黒が、一斉に動き出す。
「来るぞ!!」
蛇を放ち叫びを上げる。
樹に包まれた教会の下。我々としては初めての群体との戦いが始まった。